第5話 それはお昼ごはんのために

 ボランティア。それは自分が社会のために!人のために!心から困っている人を助けたい、人の役にたちたいと思い、行われる行為。


「痛みがひいていく!今までどんな薬を使っても無理だったのに!」


「傷が塞がっていく……すごい……」


「うちの子の病気が消えた!?ありがとうございます」


 目の前に涙を流しながら感謝の言葉を残していく人々。神殿にやってくる人々を無料で治癒している。


「いいえ、私でお役に立てることがあるなんて、嬉しいです。また困ったことがあったらいつでもいらしてください」


 ニッコリ微笑む私の笑顔。サラサラとしたピンクブランドの髪、慈しむような柔らかな茶色の目の視線。見た目は完璧な神聖さと純真さを兼ね備えた聖女を演じている。


 その姿に頬を染めたり感激したりしてくれる。なんて良い人たちなのかしら。


「なかなかやるじゃないか。聖女って感じがするな」


 護衛として、セスは私の仕事を眠そうな顔で、ずっと眺めていた。私はキョロキョロと辺りを見回して、人がいないことを確認した。イメージ大事。


「これは以前からしてる仕事よ。感謝してくれるのは嬉しいけど、神殿の権威と名声を高めるためのものじゃない。神殿の慈悲の心とやらで人々に施すならば、私達の方から街へ行き、癒やすべきよ。無償とかいいつつ、お布施とってるでしょ」


「おい……ハッキリ言いすぎだろ?黒い聖女だな……さっきの聖女スマイルどこいった?」


「延々と癒やしの力を使い続けて毎日クタクタになる。そんな中で笑顔でいれる鋼の精神を褒めてくれるかしら?」


 白の神官服に薄いフワリとしたベール、額になんの効果も生み出さないただの飾りの青い宝石のサークレットをつけさせられ、美しい姿と柔らかな微笑み。これを常にキープしなければならない。それだけでも疲れる。


 次のお客様が来た声がした。


「昼の休憩もなく働くのか?」


「いつものことよ」


 セスが眉をひそめる。


「大丈夫か?」


「心配してくれてるの?」


「いや、オレがいなくても大丈夫かっていう確認」


 バシッと私に背中を叩かれるセス。飽きてきたんだよ!と小声で文句を言う。


「オレの代わりを置いておく。腹減ったから食事をとってくる」


「え……まさか!?」


 ニッとセスは笑う。手のひらにを上に向ける。浮かび上がる魔法陣、流暢な詠唱。私は初めて見る召喚術に心が高まる。


 来た!出現する!


 輝く手のひらに………ポンッと可愛い1つ目の丸っこいモフモフとした白い毛並みの生き物が出現した。


「ちっさ………」


「な、何言ってるんだよ!このモフモフが、おまえを見守るオレの目となるから置いておけよ!?」


「初めて見る召喚術がコレなんて……期待値のわりに……」


 さっきのワクワク感返して。


「うるせーなっ!十分だろ!?」


 昼飯食べてくるからな!と、ややスネ気味に頬を膨らませていなくなるセス。モフモフとした生き物が私をジッとみつめる。


 ……本物の召喚士だったのね。初めてみた。内心は召喚術に驚いていた。でもこんな可愛らしい物しか出せないなら力は大したことなさそう。


「可愛らしいわね」


 ヨシヨシと白い1つ目の毛玉を撫でると嬉しそうにピョンとボールのように跳ねたのだった。


 そして仕事を続ける私だった。当たり前だけど、力を使えば疲弊していく。回復する間もなく、毎日、毎日……この繰り返し。今は聖女候補としての仕事があるから、3日に一度になったが、その前は毎日だった。


 宿舎に帰って食事とお風呂に入って眠るだけの生活だった。


 癒すことが作業のようなものになっていき、ありがとうと感謝されてるのに素直に受け取れない自分に嫌気がさしてきていた。


 そんな時に聖女候補の話が舞い込み、条件付きで引き受けた。


 『給料2倍』『ボーナスは3ヶ月に一回』『週休2日』『残業なし』と次々要求していくと、ひきつった笑いを浮かべていた大神官長様の顔が思い出される。


 神官は神殿に管理されるし、逆らえない。ちょっとした条件を出すくらい可愛らしいものだと思ってほしい。


 でもセスは神殿にいる割に自由に過ごすことを許されている気がする。召喚士ゆえ特別なのだろうか?


 それにしてもお昼ごはんのために伝説級の珍しい召喚術を使った彼。なんだか可笑しさがこみあげてくる。めんどくさいと言いつつも、ちゃんと自分の代わりを置いていく。自由気ままに生きてるようで、割りと真面目な怠け者なのかもしれないと思うのだった。

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