第17話 声高らかに言えば嘘も真実になるのか

 どのくらい時間が経ったかしら?私は頭が痛くて床に倒れ、目を閉じているうちに、しばらく寝てしまっていたらしい。


 嫌な夢を見た。昔の出来事で、何度も繰り返し見てしまう。幼い頃の記憶など、いい加減に忘れたらどうなのと額に浮かんだ汗を拭う。


「……ったく、この痛み、自分で癒せたら良いのに、効かないのよね」


 痛みを誤魔化すように、私はブツブツそう言う。これは精神的な痛みで、実際に痛いわけではない。だから治せない。


 治すためにはここから出るしかないわね。かと言って、逃げることもできない。もし……もし逃げたら本気で懲罰される。それだけは怖いし、嫌だ。


 とりあえず気分を紛らわせるしかない!……と、思って手をついて、起き上がろうとした時たった。


「キュッ」


 可愛い鳴き声がした。手元になにかフカフカしたものが当たり、踏んづけてしまっ………え?


「わっ!きゃ!……?モジャコ!?」


 大声を出しかけて慌てて自分の口を塞ぐ。半分潰れかけてぺしゃんこになっているモジャコをごめんねと横を押して、丸い形に直す。抗議するようにクルクル回った。


「なんでここにいるの?」


 1つ目をパチクリし、瞬きしている。モジャコには分かりませーんと言っているように見える。


「セスが心配してつけてくれたのかしら?」

 

 私がモジャコにそう言うと1つ目が半眼になった。……どういう表現!?なにこれ!?


 気づくと、頭痛は消えていた。


「モジャコのおかげかしら。……セスは大丈夫なの?」


 セスもこの懲罰室には普通の神官のように入れられるのだと気づく。そこは特別ではないのだと。


 また反抗することなく歩いて行った。あのすごい召喚術があれば、神官たちなんて敵わないんじゃないの?私はハッとして自分の額を抑える。なんだか……今、とても嫌な結論に至った気がした。同時に焦燥感が生まれる。


「セスが無事か確認したいわ」


 でもこの部屋からは出る方法はない。どうしようか?と考えていると、ドアが開いた。モジャコを慌てて懐に入れて隠す。


「ラウラ、大丈夫だったのですぅ!?」


 ミリーだった。これで、この部屋から出れる。そう思った。


「良かった。無事だっ……」


 私がすべてを言う前にミリーはギュッと私の手を握って、声高らかに言う。


「ラウラ、無事で良かったですぅ!ラウラが無事ならそれ以上望まないのです!」


 ………は?


「よくわからないんだけど?」


「ラウラを助けることができて良かったですぅ。怪我はなかったのですぅ〜?」


 純粋な目で私のことをみつめる演技をするミリーの後ろで神官たちが何やら話している。


「ミリー様とマテオ様は自分を犠牲にして助けたそうだ」


「同じ聖女候補なのにこうも違うとはな」


「まだ幼いのに優しいミリー様だ。怖い目を見られたというのに……」

 

 つまり、私とセスのことを暴れる御神体の根っこから、守ったのはミリー達になっているってこと!?


「ちがっ!」


 違うわよ!と否定しようとした時、ミリーが他の人に聞こえない声で私の耳に囁いた。


「ここから出れなくなるのですぅ。ラウラの証言は信頼されてないのですぅ。このままお礼を言えば出れるのです」


「私に真実を語らせないつもり?」


「声高らかに言えばそれは真実になるのですぅ。嘘も本当になるのですー」


 真実を曲げるってこと?そんなことするわけないじゃないの!私はモジャコをギュッと抱いたままキッと強い視線をミリーに送った。


「そういえば、セス様の処罰をそろそろお止めになってあげてほしいのですぅ」


 え?私は目を見開いた。


「ま、まさか……」


 私はミリーに『ありがとう!』と口早に言うとドアから出る。神官たちがラウラ!と名を呼んで、静止する声を無視して走る。先ほどの廊下での分岐路で別れたセスがいる部屋があるであろう場所を目指し駆けてゆく。


 神官たちが立っている。ここね!


「ラウラ!?」


 私の登場に驚く。神官たちの手に紙切れがあった。まさか術を発動させるための……呪符!?


「モジャコ!あの紙切れ燃やしちゃって!」


 了解!とばかりに懐から飛び出たモジャコの目が赤色に染まった。


「ぎゃあ!熱い!」


「あちちち!紙に火がついたぞ!」


 手にしていた紙切れが燃えてなくなる。動揺する見張りの神官達。


「こんなことをして、ラウラ!ただで済むと………うわっ!」


 ドカッと私は飛び蹴りをくらわした。不意うちでやられ、体勢を崩して倒れる。


「な、なにをするっ!」


「聖女候補の1人として命じるわ。鍵を寄越しなさいよ。あなたも燃やしちゃうわよ!!」


 モジャコを掲げて脅す。ひいい!と鍵を投げて寄越すと、他の人の応援でも呼びに行ったのか、走り去る。


 私は慌てて扉を開けた。

 

 私とモジャコは入り口で立ち尽くす。


 スースーと寝息をたてて、気持ちよさそうに寝ているセスがいた。そのそばに彼を守るようにして、ふわふわの毛並みでと手足で囲っている大きな犬がいた。ベッド代わりに使ってるらしい。


 気持ち良さげに犬に寄りかかって寝ているじゃないの。心配して損した気分になったのだった。


 召喚獣もスヤスヤと彼と共に寝ている。起こすべきか起こさぬべきか??

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