第5話 食べ物の怒りは恐ろしい


 その日、日課の読書を終えた俺は、シアと共に魔王城跡地にいた。

 勿論、開拓のためだ。


 少しずつでも進めねばと思っていたのだが、


「あれほど硬かった荒れ地が、ゼリーみたいに耕せるな」


 鍬の進みが初日とは段違いだった。

 

「ステータスでここまで変わるんだな」


 たった一日でも分かるくらい、体付きも変わったし、体力も増えた。

 補正の大きさを感じる。

 

 さらに言えば、

 

「ぷ」


「あーそこね。その辺りの草は抜いちゃっていいらしいわ」


 スライムたちやシアにも手伝ってもらっていた。

 

 俺がスライムたちを召喚し、簡単にやってほしい事を伝え、細かな場所はシアが指揮するという形だ。

 

 スライムたちは転がりながら草の上にのしかかる。そして数秒もすれば、草は彼らに取り込まれる形で抜かれるという寸法だ。

 

「いやあ、助かるな」


 単純に人手――というかスライム手が増えたおかげもあって、開拓の速度が上がっている。


 お蔭で、畝が作れたし、芋や野菜の苗を植えられた。これは立派な畑だろう。と、汗を拭きながら思っていると、

 

「アルトー。こっちに蛇型モンスターがいたから、狩っておいたわよ」

 

 と、シアが、二メートルくらいありそうな体躯の蛇を仕留めて、持ってきていた。

 

 この魔王城跡地では、モンスターが少なからず出現する。

 

 農家の領民の話では、そういう物が出てきたら、退避するか、警護隊に連絡するか、が基本らしいのだが、

 

「シアがいると、倒せちゃうから、助かるなあ」


「何言ってるのよ。コイツ、レベル10くらいだから、貴方でも倒せるわよ。というか、今のあなたなら、ドラゴンだって倒せると思うけど。今度やってみれば?」


 と、シアは蛇をつつきながら言ってくる。


「うーん。蛇とドラゴンだと差があると思うけれどね。君に頼りっぱなしって言うのもアレだし、機会があったらやってみようか。……とはいえ、君は本当に、普通の犬ではないんだね」

 

 そう言うと、シアは自慢げに言ってくる。

 

「そうよ。私、本当は恐ろしいくらい、凄いまじゅーなんだから! 伝説の、とか言われたこともあるんだから」


「ああ、うん。伝説かは分からないんだけど……」


 シアには昨日、色々と話を聞いた。

 なんでも魔王が存命のころから生きていたらしい。


「昔はね、もっともっと大きかったけど、凄い戦いがあって死にかけちゃって。強引に転生したの! でも、魔王城が滅びちゃったでしょ? だから50年くらい、あそこで放置されてたのよ! ひどい話じゃない!?」


 転生した影響で、大分言葉遣いも幼くなっているらしく、上手く説明もできないらしいのだが、そういうことらしかった。

 

 転生云々については、前世の記憶がある俺としては信じられることではある。

 

 ……マルコシアスって言う名前の魔獣はいたらしいのは、爺ちゃんから聞いているしな……。

 

 とはいえ、ざっと50年以上昔の話。

 俺にとっては、もはや言い伝えや伝記の世界である。

 

 今もなでろって顔で近づいてきたので、撫でているが、手触りは柔らかく、とても恐ろしい伝説の魔獣とは思えない。


「うふふふ、一仕事した後に撫でられるのは、心地いいわあ」


 めちゃくちゃに尻尾を振っている。本当に魔獣とは思えない。

 

 ……その豊富な知識と魔法に教わる所はいっぱいあるから。あくまで見た目だけは、なんだけど。


 などと思っていると、だ。

 ピク、とシアが反応した。

 

「アルト。空から来るわよ」


「来るって何が――」


 その視線の先を俺も目で追う。すると、そこには、

 

「――」

 

 竜がいた。 


 翼を大きく広げ、滑空している。

 

「ドラゴン!?」 

 

 声を上げて間もなく、

 

 ――ズズン!

 

 と、ドラゴンは着陸した。俺やシア、スライムたちが必死で作った畑の上に、だ。

 

 ドラゴンは、その畑を踏みつぶしながら、俺たちを見ていた。

 

 そして、声が聞こえた。ドラゴンの声だ。

 

『なんだ。奇妙な魔力な香りがすると思えば、矮小な人間と、犬か』

 

『これでは成長の足しにもならんではないか。こんな足場の悪い場所に着地させておきながら、期待外れな』


 動植物会話レベル1の効果か、しっかり聞こえた。

 

『足元に絡みついているのは植物か? 全く邪魔な。どうして人間はこんな邪魔なものを植えるのだ。踏み潰せば少しは楽しいが』


 スキルの効果を凄いな、と思いながら、俺は目の前で、せっかく植えた芋や苗が踏み荒らされているのを見ていた。

 

 普段だったら、ドラゴンを見た瞬間、逃げていただろう。けれど、今は、少しばかり、否、結構な怒りが身の内に渦巻いていた。


「ねえ、シア。さっき、俺がドラゴンに勝てるって言ったけど、本当かい?」


「ええ。昨日教えた魔法、あるでしょ? アレを使えば、行けるわよ」


「そう。じゃあ、今ここで、やるね」


 俺たちの努力の結晶である畑を壊すのは勿論、食べ物を粗末にする奴は許しがたかった。

 

 腹が減って、自分たちを餌として思って飛び込んできたのだったらまだしも。そんな理由でもなく、ただ遊びで粗末にされている。

 

 あまりに許しがたい。だから、俺は、怯えよりも先に来た怒りを糧に、魔法を使う。


「来たれ【雨と東風の軍団長:エウロス】!」


 瞬間、俺の周囲に嵐が沸き起こった。


 ――ズオオッ

 

 と、風が音を立てる中、俺の目の前の空中に現れたのは、半透明の豊満な女性の形をした存在だ。


「エウロス、参上したわ」


 エウロスと名乗った彼女は、こちらを――正確にはシアを見て、ふっ、と笑う。


「……ご主人様。ちっちゃくなったわね」

 

「しょーがないじゃない。あの魔法の効果なんだから」


「はいはい。それでアタシを呼んだのは、ご主人様のご主人様――貴方ね」


「ああ。アイツをどうにかしたくて。まず、この畑から追い出したいんだ」


 俺の視線の先にはドラゴンがいる。奴は、いきなり起こった竜巻に、目を点とさせていた。

 

『なんだ。この人間が起こしたのか……!?」


 驚いているようだ。エウロスはそれを見て、ふふ、と笑い、

 

「そ。呼ばれたからには仕事をさせてもらうわ」


 と言って、俺の背後に回った。そして、俺に絡みつく。

 

 風が、体にまとわりついたようだ。


「アタシ憑依型だから、ちょっと疲れると思うけど、頑張ってね」


「わかった」


 俺はエウロスに動かされるように、右腕を大きく引いた。

 

 それに連動するようにして、竜巻が動く。俺の体に拳の先に、圧縮されたのだ。


『人間が嵐を手にしただと? 貴様、それは一体――!』


 答える義理はない。

 

「東の風は暖かだけど鋭いの。――その嵐で叩き潰れなさい」


 俺は、エウロスに促されるように拳を振るった。


「テンペスト・ハンマー!」


 瞬間、俺の拳の先から、圧縮された竜巻が打ち出された。

 

 勢いは鋭く。

 

 ドラゴンの腹に一瞬ののちにめり込み、

 

『ぬ、おおお……!?」


 一瞬たりとも拮抗することなく、ドラゴンをくの字へし折り。

 

 そしてあっという間に、魔王城跡地の向こう側まで、吹っ飛ばしたのだ。

 

 それを見届けて、エウロスは俺の背中からはがれた。


「お仕事終了。ご主人様の昔の身体の方が、私の身体と近しいから、動きやすかったけど。貴方もまあまあだったわよ。それじゃあねー」


 と、軽い口調と共に、エウロスは消えていった。

 

 それを見て、シアは満足げな顔だ。

 

「ほら、勝てたでしょ」


「う、うん。どうにかね。めちゃくちゃ疲れたけど……」


 正直、体が今までにないくらい重い。

 

 ドラゴンをふっ飛ばしたことに対する興奮よりも、疲れの方が上回るレベルだ。


 足元がふらふらしている。思わず倒れると、先ほどまで避難していたらしいスライムが、クッションになってくれた。

 

「あ、ありがとう。まさか立ってられないほどとは」


「魔力疲労ね」

 

 その理由をシアが教えてくれる。


「召喚するのも、維持するのも、結局は貴方の魔力依存だからね。一気に使ったものだから、疲労が来ているみたいよ。こればかりは、まだまだ鍛錬がいるわね」


「なるほどなあ。畑仕事の為の肉体トレーニング以外にも、やらなきゃいけない事は、いっぱいみたいだね」


「別に、魔法を多用しないのであれば、やらなくてもいいのよ?」


「ううん。折角覚えたものだから、使えないと勿体ないし。そこは頑張るよ」


「応援してるわー」


 シアがそんな風に軽くいってくるけれど、俺としてはさっき気になったエウロスのセリフがあって、

 

「ふう……。でも、シアの昔の身体って……? 大きな魔獣だったころの話? 似ているっていってたけど、そんなに人間っぽかったの?」


 シアに聞くと彼女は、うーん、と首を傾げ、


「人間に変化することが出来たの。今も出来るけど……」


「え? 本当? 結構見たいんだけど」


「えー」

 

 嫌そうな顔をされたが、少し悩んだ後、


「しょうがないわねえ。――変化」

 

 ――ポン

 

 と軽い音と煙が彼女を包んだ。

 すると次の瞬間には、15歳くらいの、犬耳と尻尾を生やした女の子が、そこにいた。


「ど、どう?」


「おー。すごい、可愛いと思うよ」


 疲れているのもあって、率直な感想しか述べられなかったが、それでもシアは嬉しかったのか、


「そ、そう?! 嬉しいわ!」


 顔を赤らめ、耳をピコピコ、尻尾をブンブン振っている。


「時が経てばエウロスくらいに成長すると思うから期待していてよね!」


「……? 何の期待か分からないけど、分かったよ」


 そんな会話をしながら、数時間ほど休んだ後、シアに肩を借りながら、俺は屋敷に戻るのだった。

 


 グローリー家の執務室では、エディが難しい顔をして領民からの報告書をみていた。

 

 その部屋には、アルトの兄であるジン、姉であるティアラ、もいた。

 熟練の剣士、魔術師である彼と彼女は、現在領地の警護隊に力を貸しているのだが、

 

「ドラゴンの亡骸が魔王城の跡地にあったと報告があった」

 

 彼らに向かってまず、エディはそう告げた。


「竜はうろこは勿論、肉や魔石まで上質な素材になる。売り物にもなるし、領民は大助かりのようだが……倒したのは君たちか?」


 聞くと、両名は首を横に振った。


「いや、俺は何もしてないぞ」


「私もよ。ずっと研究室にいたし」


「……むう。では、誰が倒したのだ……? 既に警護隊の報告によれば、腹を起点にねじれたような状態で転がっていたというが……」 


「じい様、その竜はどのくらいの大きさなんです?」


「10メートル級だ」


「成体ではないですか。しかも、その大きさだと、警護隊では歯が立たぬし。竜種が持つ魔法防壁があるから、各地の冒険者や、レベル60以上の英雄クラスの戦闘職でなければ、攻撃を通すことも能わぬ筈ですよ……」


「うむ。だから悩んでおるのだ。通りすがりの大魔術師か、勇士が倒してくれたのかもしれんが……」


 エディは、うーむ、と悩み込む。それを目にして、ジンは頷く。


「どちらにせよ、今回は幸運でしたが。愛する弟、アルトが頑張って農地開拓をしているのです。安全のためにも、しっかり調査をしましょう」


「そうね。アルトに何かがあったら困るもの!」


「うむ……。そうじゃよなあ……。しかして、一体だれが、ドラゴン殺しを成し遂げたのやら」


――――――――

【お読み頂いた御礼とお願い】


 本作品をここまでお読み頂き、有り難うございます。


「面白かった」

「この先が気になる」

「アルトやシアがどう成長していくのか、続きが読みたい!」


 ちょっとでもそう思って頂けましたら、↓にある「☆で称える」の「+ボタン」を3回押して、☆を入れて、応援して貰えますと嬉しいです!


 大勢の方に見て貰う事が出来ますので、作者の執筆継続のモチベーションになります! 

 また、フォローして頂けると、とても助かります。


 どうぞよろしくお願いいたします。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る