第6話 主の財産を守るモノ


 深夜。

 

 魔王城跡地に、六体の竜が集まっていた。

 

 みな、十メートル以上の体躯を持った、成体の飛竜だ。

 

「我が同類が倒れたのはこの辺りか」


 一番先頭を飛ぶ竜がそう言った。

 

「然り、長(オサ)。あ奴は若輩で、迂闊な者ゆえ、いつかは倒されるだろうと思っていたが、まさかこんなところで、とはな」


「だが、有難い事だ。竜を倒した者を倒せば、我らはもっと強くなれる。その撒き餌になってくれたのだから」


 そんなことを竜たちは、低空でホバリングしながら喋っていた。

 その時だ。


「相変わらず、竜は個人主義というか、仲間に厳しいわねえ」


 地面の方から声がした。

 

 それは瓦礫の上に座る者によるもの。


「なんか集団の気配を感じたと思ってきたら、なんなのよ、あんたたち。速くアルトの所に帰って寝たいんだけど」


 赤い毛並みの犬が、竜に向かってしゃべっていたのだ。


「なんだ貴様は? 竜の言葉を扱えるようだが、何者だ」


「見て分からないの? 歳を取った奴はいないのかしら」


 言われ、先頭の竜の長は、はっとしたような目を犬に向けた。


「まて……この魔力の匂い、もしや、貴様、マルコシアスか」


「あら、そうよ。よくわかったわね」


「転生体がどこかにいるとは聞いていたが。まさか、魔王城にいたとはな」


「元、魔王城よ。アンタたち、ここが今は、私とアルトの縄張りだってわかってる?」


 竜たちは顔を見合わせ、首をかしげる。


「ナワバリに入った、という意味を分かってないみたいね。あるいは、私を甘く見ているのか」


 マルコシアスの声に、竜たちはせせら笑う。

 長の背後にいた一体が声を上げる。


「我らは竜ぞ? 犬如き、甘く見て当然だろう」


「アンタたちは、見たところ、レベル80くらいの集団かしら。だとしたら、その自信のありそうな態度は分かるけどね」


 マルコシアスは溜息を吐いた。


 竜たちは相変わらず笑みを浮かべている。

 

 が、竜の長だけは、ホバリングの高度を一段上げた。


「分かった。我は引こう」


「長?」


「挑みたいものは挑むといい。我とて強くなりたいが、ここで挑むには早計だと、忠告をしよう」


 そう言って、竜の長は帰っていった。

 それを見て、他の竜は落胆している。

 

「われらが長にもかかわらず、なんと情けない……」


「見たところ、転生体といっても、レベルは低いようだが」


「そうね。ご名答よ」


「では、我らの相手ではないだろう」


「伝説の魔獣を倒せば、我らはもっと強くなれる。糧となって貰うのも悪くない」


 そう言って、一体の竜が地に突っ込んだ。

 

 降りる勢いと共に、その大きな翼とかぎづめをもって、瓦礫の上に立つマルコシアスを打った。


 ただの犬であれば、翼の重みでつぶれるし、竜の爪は鉄をも引き裂く。

 

 故に、目の前のマルコシアスを名乗る犬は、死ぬはずだった。


 その威力を示すように魔王城の瓦礫は、粉々に、吹っ飛んだ。が、


「若い竜は蛮勇で、命知らずで、挑みたがり、か。飛竜種は変わらないわねえ」


 マルコシアスは、動きもせず、竜の翼を受け止めていた。

 爪すら、マルコシアスの皮膚に食い込むことはなかった。


「う、動かん……!?」


「50年よ」


 マルコシアスの台詞に竜は、戸惑いを浮かべた。

 

「何……?」


「50年! 誰にも見つけられず、飢え続けた事はあるかしら?」


「何を言って……」


「魔力切れにより軍団も呼べず、ただ、転生の魔法の効果で死なないだけの、飢餓感だけが募り続ける毎日。――そこから救って貰えた嬉しさ、分かる?」


 マルコシアスがゆっくりと喋る。

 そこで竜は、気付いた。

 マルコシアスの身体が、どんどんと大きくなっていくのに。

 そしてこの小さな体躯が、甚大な魔力と肉体の凝縮によって出来上がっていることに。


「――!?」


 恐怖から、マルコシアスを翼で押さえつけようとする。が、


「私は、食事と血をもって助けてくれた彼を契約主としている。故に、彼が血と汗を流し、作り上げた場所に土足で踏み入り、荒そうとする輩は容赦しない」


 雰囲気が変わった。

 

 月明かりで照らされるシアの姿が、影がどんどん大きくなっていく。

 

 子犬の姿は、徐々に徐々に増大し。十メートルははるかに超えて、竜の体高すら超えるほどに。

 鋭い牙、鋭い爪、竜の鱗すら圧倒する、硬い毛並みを持った獣の姿。

 

 竜の翼は、今やマルコシアスの身体で、持ち上げられていた。

 

 竜は気付いた。

 

 自分が翼で押さえつけていたというのは幻想で。事実は、マルコシアスの肉体、筋肉の隆起によって、翼が離れなくなっていたのだと。


「私はマルコシアス。アルトが開拓した土地を守る者。無許可で立ち入ったらどうなるか――見せてやろう」


 そして――蹂躙の嵐が巻き起こる。

 


 月明かりの中、マルコシアスは小さな犬の身体に戻っていた。


「あーあ。貯めてたエネルギー使い切っちゃった。あの姿は10分が限界かしら」


 手足をぷるぷるさせて、付いた水滴を払う。


「汗もかいちゃったわ。でも、全部片付いたし、良いかしら。アルトが寝る前に夜食を用意してくれたし、食べに帰ろっと」


 既に滅びた魔王城跡地。

 

 今、そこに広がる光景は、瓦礫となった魔王城と、それ以上に無惨な姿になって倒れる竜たちであった。



 朝、起きて朝食を食べ、日課の筋力トレーニングを行っていると、メイドのフミリスが飛び込んできた。


「た、大変です、アルト様!」


「どうしたんだい、フミリス。そんなに慌てて」


「魔王城跡地に沢山の竜の亡骸があったんです!」


「え?」


「エディ様たちが確認したところ、どれも、素材としては一級品らしく! これだけあれば、領地の道路整備や、公共事業を手厚く出来るって言ってましたよ!」


 興奮しながらフミリスは報告してくる。

 

「この前のドラゴン殺しといい、もしかしたらすごい冒険者が、グローリー家の領地に来てるのかもしれませんね! スカウトしたいところだ、とジン様も仰ってました。それと、開拓は、竜の亡骸を片付けるから待ってて、という事です。竜の血が付いている土を使うと、作物が沢山育つそうですよ」」


「ああ、色々とありがとう。それまではトレーニングしたり、本を読んで過ごすよ」


「了解です! それでは私も、エディ様たちのお手伝いに行ってきますね!」


 そう言ってフミリスは出て行った。

 

 それを見送ってから、俺はベッドに戻り、そこで未だまどろみの中にいるシアに話しかける。

 

「シアー。起きてるかい?」


「ちょっと寝てるわ。撫でてくれたら、喋る位には起きるわ」


 じゃあ撫でよう。撫でながら聞こう。


「寝ながらでいいから聞きたいんだけど、昨日何かやったね?」


「ええ、ナニカやったわ」


 どうやら予想はあたったらしい。


「あとで教えてね。把握しておいた方が、説明するタイミングが来た時、やりやすいから」


「はーい」


 まだまだ俺は、シアのことを知ってないみたいで。色々な話を聞いていこうとそう思った。 

 一応この後、畑を100メートルほど耕せた。竜の血が混じっている畑になってしまったが、もとより魔王城跡地だし。世話をするのも、ちょっと怖いが、楽しそうだ。

 

――――――――

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