第2話 牧羊犬との出会い(in元魔王城)
赤い毛をした、奇麗な犬であるが、この様子を見るに、
「捨て犬って、酷いな、こんなところに」
こんなところだから、捨てるのにちょうどよかったのかもしれないが。
いや、今はそんなことを考えている場合ではなく、
「可哀想に」
まず、犬が潰されないように瓦礫をどけた。
……いてて。
大分重い。瓦礫が尖っていたから、手の豆が破れて血だらけになったが、どうにかどかせた。これでもう潰れる心配はない。
「ええと……大丈夫かい?」
まず声をかけた。すると、
『おなか……すいた』
先ほどまで聞こえていたのと同じ声がした。
この子が発していた声だったようだが、
……これが、もしかして動植物対話、ってスキルの効果なのか……。
今日得たばかりの職業の力に感謝しながら、俺は懐を探る。
……お腹が空いている子を見ると、凄く悲しくなるからな。
確か、祖父に昼食代わりに持たされたパンとミルクがある。
素朴な味付けのものだ。子犬に食べさせていいものかは分からないが、昔、家の番犬が喜んで食べていたのを見た事がある。だから、
「これ、食べられるか」
小さくちぎった上で、差し出した。
……ちょっと血がついてしまったが。
食べてくれるだろうか、と思っていると、
「……!」
一心不乱に、子犬はパンに食いついた。
むしゃむしゃとかみ砕き、飲み込んで、
『美味しい……!』
喜んでいるようだった。
「良かった。ミルクもあるぞ」
ミルクの入った瓶を差し出すと、それもぺろぺろと舐め始めた。
そして、俺が持ってきた分を食いつくすと、子犬は落ち着いた息を吐き、
『ふう……ありがとう。生き返った心地』
「ウチで焼いてるパンは、街でも結構評判がいいからな。好評で何よりだ」
などと喋っていると、犬が目を白黒とさせた。
『今更だけど、私の言葉、通じるの?』
「ああ。俺のスキルらしい。《羊飼い》っていう職業のな」
俺としても犬とこうして喋れるのが、不思議な気分でもあるが。そう言うと、犬は笑った。
その表情から見るに、先程の弱り具合から、多少、元気が出たらしい。
……とはいえ、まだふるふると、体が震えているな。
寒いのかもしれない。少なくとも、ここで放置しておいていいような状態じゃないのだが、
「君、これからどこか行くところはあるのか?」
一応、聞いた。すると、犬は首を横に振った。
『どこにも。今の私に、居場所はないみたい』
犬は周囲を見ていった。この子なりに、捨てられたという、現状を理解しているのかもしれない。だから、という訳ではないのだが、
「……一緒に来るか?」
聞いた。すると、犬は少しだけ窺うような目になって、
『……良いの?』
「構わないさ。ウチの家族が断るなんてことはないし。万一断ったとしても説得するさ。だから、気にせず来ると良いよ」
空腹だった子を、こんなところに置いておくわけにはいかない。その為だったら、説得なんていくらでもしよう。
そう伝えて、犬の前に手を広げた。すると、犬は、少しびっくりしたような顔で
『血まみれ……。さっきのパンについていた血って……』
「ああ、ごめんな。ちょっと瓦礫をどけた時にやっちまって」
いうと、犬は首を横に振った。
『ううん。大丈夫。全部分かった。私、血肉をもって助けてくれた、貴方のとこへ行く……!』
胸に飛び込んできた
小さな体を、優しく支える。
ぷるぷると未だ震えているが、その毛は、
……ふかふかで、ふわふわだなあ。
触り心地がいいなあ、なんて思っていると、
『あ、れでぃーなんだから、丁寧に触ってよ』
彼女がそう言ってきた。
「ああ。悪い悪い。というか、君は女の子だったんだな」
『気づかなかったの?!』
「今気づいた。まあ、ともあれよろしくな。俺はアルトっていうんだ」
若干むっとされたので、誤魔化すように自己紹介すると、彼女は俺の名前を噛みしめる様に頷き、
『アルト……。なら、私も名乗る』
「え、ここに置きざりにされていたのに、名前があるのか?」
『うん。私は●●●シアス・ディアスシア。30の軍団を指揮する者よ』
「……? 立派な名前があるんだね。ちょっと前半が聞き取れなかったんだけれど」
動物対話というスキルで、音としては聞こえるのだが、意味が取れない。そんな感じだ。
『人間の言葉の発音にないのかも。まあいいわ。シアって呼んで。そして、どうか末永く、よろしくね』
シアはそう言った後、こちらを見て、
『血の盟約の名のもとに、私は、ずっとあなたと一緒にいるからね』
「? なんだかわからないけど、よろしくお願いするよ」
それが、俺と相棒――シアとの出会いだった。
〇
アルトを連れて自宅に戻ったエディは、アルトを寝かしつけた後、己の娘から声をかけられていた。
「お父さん。アルト、ワンちゃんを拾ってきたのね。可愛い子だったけど」
「ああ。羊飼いになったばかりではあるが、動物の声を聞いて助けたそうだ」
「大変な職業になっても優しいままで、良かったわ」
「そうだな……しかし……」
「あれ、何か困りごと?」
「いや、少しな」
エディは、呟くように零す。
「あの子犬、伝説の魔獣の一体、マルコシアスに似てるな、と」
「マルコシアスって……お父さんたちが、戦争の時に、魔王の軍と戦っている姿を見たっていう?」
「うむ。人間の味方というわけでもなかったので、恐れられていた伝説の魔獣だ。とはいえ、マルコシアスは体長十メートルを超える超巨大な怪物だ」
あの子犬は、どうみても、そんな大きさではないし、アルトに懐いてもいるようだったし、
「まあ、見守っておけば問題ないか」
エディは、そう思いながら、熟睡しているであろうアルトのいる部屋を見るのだった。。
〇
アルトの部屋。
その奥に置かれた棚に、彼のスキル書は収められていた。
そのスキル書には今、光と共に文字が新しく刻まれている。
『羊飼いとの契約を確認。牧羊犬としてマルコシアス・ディアスシアを契約します』
『これより、羊飼いのレベルに、契約者と契約者が所有する軍団のレベルの合算が加わります』
「《羊飼い》アルト・グローリー レベル 250
筋力 B
知力 D
魔力 D
体力 D
異常耐性力 C
習得スキル
・動植物会話ランク1
・魔法【〇】
――――――――
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