第32話 草を薙いでいた剣


 ドーズは圧されていた。


 ……なんだ! なんなんだこいつ!


 目の前にいたのは踏みつぶせるような大きさの、それも非力なはずの人間種の子供だった筈だ。

 

 ただ、エルフを滅するついでに、殺してしまえるような何てことない存在だったはずだ。なのに、

 

「俺の鎧が、体が斬られているだと……!」


 目の前の子供が振るう剣は、こちらの翼を、氷の外皮で固めた手足を、体を的確に切り裂いてきていた。


 大剣を持っているのに、動きは素早い。さらには異常なまでの剛力だ。こちらの爪は受け止められ、しっぽの薙ぎ払いは避けられ、氷弾も弾かれる。


 どれだけ大きく動いても、まったく意に介さず攻めてくる。

 

 ……こいつ、自分よりでけえやつと、戦い慣れていやがるのか……! 


 ドーズはそう思っていると、人間の子供がポツリと呟いた。

 

「斬っても斬っても、まだ元気そうだな」


「とにかく全部、削りとっちゃろうじゃねえの、坊主! いつも雑草にしてるみたいによう!」


「雑草扱いだと……! くそが! いい気になるなよ!」


 ドーズは、即座に魔法を展開する。

 もはや、エルフを滅ぼすために力の温存など言っていられない。

 

 全身全霊をもってつぶしてやろう。その気をもって、魔力を放出する。


「俺の力は、ここからだ! ――クリエイト・アイスドラゴン!!」


 空中に魔法陣が浮かび、そこから生み出されるのは、氷でできた自分の分身だ。


「竜が、もう一体だと……!?」


 彼方でエルフが驚愕の声を上げるのが聞こえた。

 それにドーズは笑みをもって返す。


「分身と氷結魔法のあわせ技だ! いくら素早かろうと、一帯を一気につぶして凍り付かせれば、問題ねえだろうよ!」


 さらに、自分の斬られた翼を、氷で補強することで、攻撃範囲を広げた。


 自分と分身、二体分の質量で辺り一帯をすべて押しつぶす。


 今、人間の子供は足元で剣を構えているが、

 

「もう、逃げられねえぜ!」

 

 最初のように受け止めようものなら、その時点で横から分身が攻撃をする。それで、この戦いは終いだ。そう思っていた。その瞬間、

 

 ――ガオン!!


 そんな咆哮が響いた。

 

 方向は己の横――分身のいる方から。そちら見ると、

 

「……な……?」

 

 作り出していた、氷の分身。その胸元が、円形にえぐれていたのだ。


 先ほどの咆哮の衝撃で、だ。

 

 衝撃の発射地点。そこには、一人の赤毛の少女がいたのだ。

 

「エルフの避難が終わったから、手伝いに来たわよアルト」


「ありがとうシア」


「俺の氷を、声だけで砕いただと……?!」


 その声に、少女は笑う。獰猛な笑みで。


「当然でしょ。竜が作った氷ごとき、私が砕けないはずないじゃない。さあ、あとは、アルトお願いね」



 上空で氷の分身が砕かれた。

 

 残るはドーズだけだ。俺は剣を大きく振りかぶる。構える俺に対して、シアの声が響いた。

「殲滅兵器の弱点は胸元。心臓の中にある魔石よ」


「わかった。助かるよ、シア」


 どこを斬っていいのかわからないから、手当たり次第に斬っていたのだが、弱点があるのなら話が早い。


「行くよ、ハバキリ」


「思うままに斬るといい、坊主」


 俺は強く一歩を踏み込み、横なぎに構える。

 ハバキリから教わった、彼の威力を発揮できる技を振るうために。


「人間ごときに、俺が負けるかよ! ――フリーズ・ミーティア!」


 対しドーズは、巨大な氷弾を胸前に作り出し、叩きつけてこようとする。だが、


「腹いっぱいに、鋼の一撃を喰らえ」

 

 それより早く、俺はハバキリを振るう。その技の仕組みは単純。

 振られる最中に、ハバキリが長く、大きく伸びるというもの。魔法ではない、物理的な一撃。

 

 それによって得られるのは、高速で振られる巨大な剣の一閃。ハバキリによって名付けられた技名は、

 

「都牟刈(つむがり)……!」

 

 伸びた刀身は、そのまま氷弾にぶち当たり、一瞬拮抗する。だが、

 

「く、そがあああああ……!」

 

 ――キイン

  

 という音と共に、氷弾を砕き、さらにはその奥にあるドーズの胸元を薙ぎ払った。


「お、俺が、人間ごときにぃぃぃ……!」


 胸元を両断されたドーズは、そんな声を最後に、地面に倒れ伏す。

 

 そしてそのまま、肉も血も残さず、ドーズは、塵となって消えていくのだった。



 

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