第15話 10年を、超速で縮める


「お帰りなさいです。……これまた沢山買ってきましたね」


 昼過ぎ、大量の種や苗を抱えて帰ってきた俺たちを、アディプスはそんな言葉で出迎えた。

 屋敷まではロビンの馬車だったが、そこからは荷車しかなかったので、自分たちで引いてきたのだ。

 

 あまりに多く積み込んだものだから、途中で俺たちが何かをやってることに気付いたフミリスが驚いていたほどだったけれど、どうにか自力で運びきれた。

 

「ま、まあね。とはいえ、広さを考えると、まだまだ足りないんだけど。――あ、そうだ。ところで、アディプス。土について、教えて欲しい事があるんだけど」


「なんですか?」


「育成期間が長いから、出来るだけ早く育てたい作物がある場合って、どうすればいいんだい? 具体的には、これなんだけど」


 俺は、運んできた種の中でもひときわ大きい――球根というにも大きすぎる――トマトの種を見せた。

 すると、アディプスは、目を細め、

 

「育成期間が長いというから果物の樹木かと思いきや、奇妙なものを持ってきましたね」


「あ、奇妙って見ただけで分かるんだ」


「ええ。奇妙な雰囲気の植物の種という感じで、呪いは掛かっていなさそうですが。祝福された後は幾つか見られますけど。これが長い期間掛かると?」


「10年くらいだってさ」


 俺の言葉に、アディプスは目をつむり、考えたあと、


「普通の植物と同じ育ち方をするのであれば、基本的に魔力をたっぷり込めれば、育ちやすくはなります」


 そんなアドバイスをくれた。


「モンスターから取れる魔石を肥料にするのもいいわね。魔王城跡地で育ちやすいのって、そういうのが何年も何年も、積み重なった層があるでしょうし。その分、地面は硬いけど」


「なるほどなあ」


「あと……土壌単体で言うなら、そこの一角、めっちゃやばいです」


 アディプスはそう言って、畑の一角に視線を送った。

 

 そこは、耕してはあるものの、作物が一切植えられてない場所。傍から見ても、ここだけ空白が空いているようにも見える場所だが、 


「ここって確か、竜の血が入っている場所だよね?」


「そうね。私が、沢山ぶっ飛ばしたところね」


 畑の端にある、二坪。

 

 以前シアが倒して折り重なった竜たちの血が流れ込んだ穴があった場所だ。


 それ以来『竜の二坪』と呼んでいるが、実は、ここだけは、作物を作っていなかった。

 

 というのも、一回、一つだけ種芋を植えたのだが、植えた瞬間に芽が出て、茎が出来て、花が咲いたという、異常な成長速度を見せたからだ。

 

 そして収穫まで、1日どころか、半日も掛からない、そんな場所だった。


 そればかりか、収穫し損ねた芋が数十分で芽が出てしまい、収拾がつかなくなりそうだったので、慌てて掘り出したのだ。


 ……ここだけ収穫が速くても、畑全体のバランスが崩れそうだったしね。

 

 それにつきっきりで見ていないと何が起きるか分からず、作物育成のコントロールが出来なさ過ぎて、ひとまず休耕地にしてあったのだが。


「速度だけで言うなら、多分、ここが一番です」


 アディプスがそう言ったのを聞いて、俺は、決めた。


「……少しだけここに植えて、様子を見ようか」


「そうね。てんやわんやだったあの時よりも、アルトも鍛えられたし、ある程度なら大丈夫じゃないかしら」


 そもそもこのトマトが根付くかどうかも分からないけれど。

 

 やってみる価値はあるだろう、と俺は思い、


「じゃあ。行くね。――上手く育ってくれよ……」


 畝を作った大きな種を、竜の二坪に植えた。そして水を与える。

 

 ……さて、芋だったらすぐに茎が出てきてしまったが、どうなる……。

 

 やや身構えながら、数秒待った。

 

「何も……ないみたいね」


「うん。だね」


 反応は何もなかった。けれど、


「ですが、種は生きていますよ。土の中でも、栄養を吸っている様子が感じられます」

 

 アディプスはそう言った。つまりは、


「順調に育っているって事?」


「まだ分かりませんが、その可能性が大きいかと」


「だとしたら、しばらく経過観察が必要だね」 


 成長が上手く行っているのか、もしくは枯れてしまうのか、データを取るのが良いだろう。

 ……農家の皆さんが、農業はデータの集積が大事だ、と言っていたしな。

 

 教えて貰った事は、ここでも活かしたい。

 

「経過観察って、ずっと見ているって事よね。だったら、スライムに任せてみる?」


「スライムに?」


「ええ。24時間見続けなきゃいけないなら、適任だと思うわ」


「そうですね。スライムたちは、群体ですから。一部が動いていても他の身体が休んでいれば、休まりますし」


「勿論、24時間召喚しっぱなしは、アルトの体力と魔力を消耗するし、休みにくくなるけど。どう? やる?」


「それは……当然やるよ! 俺の体力と魔力のトレーニングにもなるしね。あとはスライムたちの許可を取らなきゃだけど――」


 言っていると、後ろからぽよん、とやわらかな衝撃がきた。

 

 スライムだ。いつもの調子で、召喚して草抜きをして貰っていたのだが、先程の話を聞いていたらしい。

 

『毎日美味しい水をくれるなら、やってもいいよ』


「本当かい。ありがとう……!」


 そうして、スライムによる24時間管理の畑が出来上がった。



 24時間召喚しっぱなしというのは、最初は少し大変だった。なんといっても夜、寝辛かったのだ。

 

 頭の奥の3割くらいが、寝れてないようなそんな感覚があった。

 とはいえ、慣れれば行けるもので、数時間もすれば、睡眠は上手くできるようになった。そして翌日、

 

「――芽が出てる!」


『エルフのトマト』は発芽していたのだ。


―――――――――――― 

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