おじいちゃんおばあちゃん、大暴れ

 身を低く、的を絞らせないように走る。

 ワシを矮小わいしょうな存在と認識したのか、下顎したあごをカタカタと揺らして小馬鹿にするスケルトンロード。タワーシールドの影で腰を落とし、半身を隠す。


 ここで本体を狙おうと、ロングソードの方から攻めてはならん。奴はそれを待っておるからな。

 スケルトンロードとの戦いで大事なのは、背後に回り込むこと。これが何より難しい。いくつかの駆け引きが必要になるからのぉ。


 まずは、巨大なタワーシールドに張り付く。

 半身になり、こちらも盾を構えて体を預けておけば、いくらか衝撃を吸収してくれる。距離さえ空けなければ、致命的なダメージを受ける心配はない。

 敵の手にもワシの存在が盾を通して伝わっておるじゃろう。ここからは読み合いじゃ。


 スケルトンロードが左手を突き出し、タワーシールドでワシの体を押す。骨だけとは思えぬとてつもないパワーじゃわい。後方へ三歩よろけてしまう。

 そこへ、ロングソードが上から下に振り下ろされる。

 斜め前に飛んで躱し、再びタワーシールドの影に入り込むと、地面に振り下ろされた剣撃が金床かなとこにハンマーを打ちつけたかのような金属音を鳴らす。

 心理戦の始まりじゃ。


 ワシはここにおるぞと肩でタワーシールドを押してやる。このとき、スケルトンロードがとる行動にはいくつかパターンがあるのじゃが、今回は『盾を引く』を選択したようじゃ。

 当然、次にくる攻撃は『盾で殴る』。巨大なタワーシールドが、プレス機のように突き出される……が、ワシはもうそこにはおらん。

 肩に伝わる金属の冷たさが消えたその瞬間、無音歩法で背後に回り込んでおったからのぉ。今頃、手応えのなさに驚いておることじゃろう。

 ……これで終わりじゃ!


 大きく踏み込み、両手で突きを放つ。

 狙うはスケルトンロードの弱点神道。ミスリルの鎧に阻まれてしまうが、この技の前では関係ない。


「奥義――鎧通し!」


 剣先が鎧に触れたその刹那せつな、両手に感じる痺れるような反動。背筋を爆発させ、上半身で大気ごと押し込む。

 振動とはすなわち波。突きの衝撃を分散させずに移動させてやれば、その威力がそのまま鎧を通り抜け、相手の体内に伝わる。これぞ鎧通しの極意じゃ。


 ――キィイイイン


 鈴虫の羽音が如き硬質な音が、スケルトンロードの神道を貫く。三十年ぶりじゃが、手応えはあった。


「……どうじゃ?」


 技術とは、おとろえても体に染みついておるものらしい。真紅の骸骨が力無く地面に倒れ伏し、そのままダンジョンに吸収されていった。


 "すげええええええ!"

 "このジジイ、ソロで倒しやがった!w"

 "鎧通し……スキルよりスキルやんけw"

 "二分かかってないぞ?"

 "合気あいきの技だっけ? 嘘かと思ってたけど、本当にあるんだな……"

 "無音歩法は必須だねこれ。鎧通しとかできる気しないけどw"


「深層のモンスターと戦っているとは思えないほど圧倒的でした!」

「おじい様、お疲れ様です! あたしの所属するパーティは、スケルトンロードに手も足も出なかったんですよね。あの技……鎧通しは、どういう原理なんですか?」

「あれはな、体で空間ごと衝撃を押し込むんじゃよ。ワシの同級生に『波動使いの猪俣いのまた』という探索者がおってな、古武術を教えとる道場のせがれなんじゃが、其奴そやつから習った。腰から下は関節を固定して、足の裏から根を生やすイメージじゃ。手のひらに返ってきた波動を、タイミングよく返してやる。胸を開き、背中の力で前に出るんじゃが、これがまた難しい」

「……なるほど。おばあ様はどうやって倒すんですか?」

「鎧の上からボコボコにしますよ? まず、手首を切り離して盾を剥がします。あとは……ねぇ?」

「……な、なるほどぉ」


 盾と剣で戦うワシらのような昔の探索者と違い、ばあさんは自分のやり方を貫いてきたからのぉ。

 速さとしなやかさを乗せた攻撃を、一方的に押し付け続ける。それが通用してしまうからタチが悪い。

 盾を持つべきじゃと何度も言ったが、聞く耳を持たんかった。


「エリカさんのために、次からは私がやりましょう。いいですかおじいさん?」

「ええぞい!」


 ワシばかりが良い所を見せてしまったせいか、ばあさんがやる気まんまんじゃわい。こうなっては止まらんからな。

 ワシら三人は後をついて行く。


 まず現れたのは、体長三メートルを超える巨大なカマキリ。紫色の体が風景に溶け込み、保護色のようになっている。

 カメレオンカマキリなんて呼んでおったな。


 "キラーマンティスだ!"

 "盾役がいないときついんじゃねえの?"

 "風の刃を飛ばしてきますからね。おばあちゃんが見てから反応できるとは思えないんですが、大丈夫でしょうか……"


 コメントが心配する中、聖子が走り出す。その後ろを、いつの間にやら麻奈が操作してくれていたようで、フロートカムが追いかける。

 対するキラーマンティスは、両手の鎌を持ち上げ、羽を広げて威嚇を始めた。


「どれ、岩陰に隠れて見守るとしようかのぉ」


 北村とエリカに事故があってはいかんから、安全な場所に避難しておく。


「シィイイイイイ!」


 両者の距離は十メートルほどか。

 キラーマンティスが、二つの大顎おおあごと四つのヒゲをモソモソと動かす。……スキル発動の合図じゃな。

 ノコギリのような鎌が光を放つ。右に左にと振り回すと、三日月型の薄刃が飛びだした。


「甘いですよ、昆虫さん!」


 慣性なんぞ無視とばかりに、ばあさんが直角に曲がる。ハルバードの重さを利用したお得意の歩法じゃな。敵の攻撃を読んでいたからこその動きじゃ。

 キラーマンティスのスキルが、ばあさんの幻影を切り裂く。


 攻撃を避けたばあさんは、さらにハルバードをひと振り。穂先に導かれるように、モンスターとの距離を詰める。


「――残影ざんえい!」


 キラーマンティスの目前で、ばあさんが立ち止まる……いや、そう見えただけじゃ。

 気付いたときには、すでにカマキリの右後ろ脚を切り落としておった。


「ギィイイイイッ!」


 悲鳴を上げながらもばあさんを捉えようと体を動かすモンスターは、何をするにも一歩遅い。残る後ろ脚も、付け根の関節からね飛ばされてしまう。


 機動のかなめを失ってしまえば、なすすべがない。あれよあれよといううちに、四つの脚が無くなってしもうた。

 あとはもう……ボッコボコじゃ。


 "あっ……"

 "カマキリさん……"

 "誰が見てもバーサーカーw"

 "……何あの動き? 背中にジェットエンジンでも積んでるんじゃねえの?w"

 "みんな見えたの? おばあちゃん、一瞬消えたよね?"

 "ワイには見えたで! ……残像がな!w"


 これでもかと切り刻まれ、無惨むざんな姿になったキラーマンティスが消えていく。


 静寂と、宝箱だけが残っておった。

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