米と梅干し(三人称視点)
世界の色は、太陽が決めている。
空を晴れやかな青に染めてみたり、帰り道を
かつて、日の丸弁当の高橋と呼ばれた男――高橋
思っても言葉にできない口下手な男。だからこそ行動で示そうとする。決めた事を、ただひたすら真っ直ぐ。
地球にダンジョンが現れたとき、何故か自然と体が動いたのは、何か言い表せない使命感に駆られたからだろうか。
当時十七歳だった彼は、実家の米農家を継がずにモンスターを倒す道を選択した。
父親を早くに亡くし、なおかつ一人っ子だ。母親が反対するのは必然。しかし、決意を秘めた瞳が意見を押し通した。
自然豊かな
右も左も分からず
頭は悪い方だろう。運動も得意ではない。特に
自分の帰りを待つ母親の元に帰らなければ――胸に
二年間戦い続け、十九歳となった男は、モンスターをあらかた掃討し終えたと判断してダンジョンの入り口――ポータルへと向かう。
心に決めたのだ。外に出てきた敵を、その場で倒してしまおうと。
その日から、家には帰らず、ポータルの前で二十四時間戦い続けた。疲れたら少し離れた場所で仮眠をとり、敵の足音で目を覚ます。臭い物には
ニワトリの化け物だろうが、一つ目の巨人だろうが、次から次へと斬り
肌は日に焼け、
日射で痛み、
仙人と称されてもおかしくない。街中を歩けば、誰しもが避けたくなる姿になっていた。
なぜ、このような異常なまでの生活が送れたのか。背景には、朝昼晩に母親が持ってきてくれる日の丸弁当があった。
三合の米と二粒の梅干し。炊き立ての米は白く
梅干しは大粒。梅本来の旨みを感じられる、昔ながらの製法で作られた手作りのもの。塩辛く酸味も強いが、一口食べれば力が湧いてくる。
広大な
母親の急死をきっかけに、探索者を引退するまでの二十二年間ずっと。
「行って参る」
怒っているわけではない。元から勘違いされやすい顔というだけ。
身に
背負う真四角の盾は暖かな光を放ち、スケルトンやゴブリンなどの弱いモンスターであれば、照らされた瞬間に消滅してしまう。
「剣を握るのはいつぶりか……」
高橋は、玄関に立て掛けてあった剣を手に取る。まるで、雨の日に傘を持ち出すかのように。自分でも驚くほどに自然で、ブランクなど考える必要はないなと悟った。
外に出て、『
肩紐から吊り下げたずいぶんと型遅れなラジオの電源を入れると、無事にニュースが流れてくれた。日本の電化製品は丈夫らしい。
ボリュームは当時のまま。あまりに音が大きくて、騒音を撒き散らしていた昔の自分を笑ってしまう。
街灯一つない田舎道。視界が闇に
頼りとなるのは月明かり……そして、盾が放つ聖なる光。だが、周囲を染めあげる黒の前では弱々しい。
一歩を踏み出すことすら
二十四時間、二十二年間という戦いの日々が、彼の体に変化をもたらしていた。針のように研ぎ澄まされた五感により、見えるのではなく、
光を取り込もうと人一倍大きく開いた
聞こえるのは、茨城県内の様子を伝える騒がしいラジオと、虫やカエルの合唱くらい。しかし、何かを感じ取ったらしい高橋は、背中の盾を左手に通す。
右手に構えるは異形の剣。燃えるような紅の
たまたまその場に居合わせた話好きな探索者が、まるで
「来たか」
……地震だろうか。いや、何かが来る。大量の何かが。
足裏に伝わる
常人では知覚できないほどの小さな異常に、彼は気づいていた。
少し歩けば道が開けるのは分かっている。だが、足を止めたのは両脇が林に囲まれた細い道路。一見戦闘には不利に思えるこの場所を、あえて選択したらしい。
迫り来る足音は二十を超えている。モンスターがここまでの群れを形成して襲ってくるなど、前例がない。
この規模が街を襲っている……想像したその一瞬で、高橋の
「……ィイイ」
モンスターの鳴き声が聞こえる。ガラスに刃物を押し当て、傷をつけるが如く耳障りな音。
地を揺らす足音は
……敵は近い。
ラジオからは、ひたちなかの
高橋は、奥歯を強く噛み締めた。助けに行ってやりたいが、自分の体は一つ。手の届く範囲しか守れないことを理解している。
仲間を信じるしかない……昔もそうであったから。
フゴフゴと鼻を鳴らす音。緩やかに曲がる道を通り、現れたのはオークの大群であった。
しかし、普通のオークとは体色が違う。瞳は赤く、夜闇から浮き出すような純白の毛皮を
臭いも声も異なる未知のモンスターが押し寄せてくるのだ。早くから警戒していたのは当然だろう。
「ビギュィイイイイイイイ!」
高橋を見つけるやいなや、白い二足歩行の獣は横一列に並び、天に向かって
オークとは比べ物にならないほどに速い。下層……いや、深層のモンスターと言われても納得してしまうほどに。
「ふぅ……」
肺に溜め込んだ空気をゆっくり吐き出した男は、射殺さんばかりの眼光を白いオークの群れに向ける。迫り来る肉の壁を前にしても、微動だにしない。小柄な体で受け止めようとでもしているのだろうか。
いや、違う。どうやら、攻めに転じるタイミングを
囲い込もうとしたのか、左右のオークが少し前に出たことで、
盾が放つ光が、暗闇の中で直線を描く。それほどの鋭い踏み込みで、左のオークに接近。目の前の老人を捕まえようと伸ばされた毛むくじゃらの両腕は、体勢を低くして潜り込んだ高橋に軽々と
「ぞあっ!」
気合いとともに振り抜かれた
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます