伝統と守破離(三人称視点)
「暴れ納豆のガキばかり有名になりおって。明日から配信する予定であったが……まあ、仕方あるまい。平和というのは長く続かぬものよな」
場所は変わって北茨城。銀色に近い
厳しい戦いの歴史を表す、
グリップ力に優れるタイヤメーカー製のスニーカーを
チャンネル名は、『五本指靴下の加藤』。工藤源二の表彰式を新聞で見かけたことで、かつて自分と一緒に茨城を守っていた同業者が、ダンジョン配信で活躍していることを知った。
どうやら、おじいチャンネルの配信を見ているうちに、心の底から沸き立つような熱い気持ちが芽生えたらしい。
"うおっ! 本物か?"
"顔怖すぎwww"
"五本指靴下の加藤って、ゲンジが名前出してた人だよな?"
"お侍さんみたいw"
"盛り上がってキター! 拡散しとく!"
左耳のイヤーチップから聞こえる
侍と呼ばれたのもそのはず。左腰に差した日本刀が、その姿を
この刀は、鎌倉時代に作られた。現代の技術では再現不可能といわれるオーパーツである。
切れ味や硬さならば、むしろ最新の日本刀に軍配があがるだろう。しかし、「自分をこう振れ」と使い手に伝えるような重心のバランス。そして、圧倒的な軽さこそがロストテクノロジーなのだ。
「……じい様。やはり僕は、ひたちなかに向かうべきだったのではないでしょうか?」
「ならん! お前には全てを伝えたつもりだが、まだまだ未熟。今回の騒動……何やら嫌な予感がしておる。大事な跡取りを一人にするわけにはいかんのだ」
加藤の背後から現れたのは、女性と言われても信じられる、顔立ちの整った中性的な青年。
"えぇ!? 最年少Sランク探索者のコモリじゃんか!!"
"……どういうこと?"
"コモたんキャワワ"
"もしかして、加藤さんの孫とか?"
"に、似てねぇ……"
十九才でSランクに認定された
「では、行くとしよう。バックビュー」
すでに戦っている探索者の姿がちらほら。ゴブリンやスケルトン、コボルトといった弱いモンスターが多く、助けは必要なさそうだ。
フロートカムを使いこなして視点を変更した加藤は、
サイレンサーがよく機能しているようで、エンジン音は思いのほか小さい。
アーミーグリーンのタンクが街灯に照らされると、丸みを帯びた表面で光が滑る。
同色の
なんとアンバランスな組み合わせだろうか。
"侍がバイクに乗ってるよw"
"アップハンドルかっけぇ!"
"おじいちゃんに抱きつくコモリンが
"トライクって初めて見たかも。改造費にいくらかかってんだこれw"
"クソ似合ってるんだがw"
この状況を説明するには、彼の過去に
五本指靴下の加藤が産まれたのは、時代に逆らうような伝統を重んじる家系。親の言うことは絶対で、逆らえばすぐに手が飛んできた。
幼少期は、ほぼ毎日『
父も祖父も同じような生活をしてきたと聞いていたので受け入れていたし、剣術の上達を感じるのは楽しかった。
侍の足は、大地を
鍛えられた
古くから刀は突くもの、槍は叩くものとされてきたが、空和一刀流の
幼少期の加藤は、ただ教えられるままに構え、師匠である父親の手本通りに刀を振った。
青竹に藁を巻きつけた
十五のとき、加藤は父親に腕前を認められた。
刀を握り続けた指は
空和一刀流の使い手として相応しい。その言葉は、修練が結果となって現れた一番嬉しい形ではあった。しかし、変わらず修練を繰り返すうちに技を極めていくと、日に日に疑問が浮かぶ。
地を蹴り、加速。刀を振る。何万回と繰り返した動作。同じ動きを繰り返し、技と呼べるほどに昇華した一振り。これは正しいのだろうか……と。
試しに上半身を右に大きく倒しながら、剣筋をずらして巻藁を狙う。地を
刃が青竹に触れた瞬間、抵抗が違和感となり両手のひらに響く。真っ二にはなったが、断面は力で引き裂いたかのようにささくれ立っていた。大地の力が少しも伝わっていないのだから、その結果は当然だ。
誰が見ても失敗であり、
その後も、『なぜ』、『どうして』が湧き上がり、あれこれと試行錯誤を繰り返す。父親に見つかれば、「愚か者が!」と木刀で打たれる毎日。だが、痛みよりも止まることの方が怖いと感じていた。
ある日、基本に立ち返って考えていると、空和一刀流の動きは、足の指から始まっていると気づく。
……では、二本の
スポーツの世界で、
最初は裸足だったが、足というのは思ったより汗をかくらしい。色々と調べてみると、靴下を履いた方がグリップ力は増すという。五本指靴下にたどり着くのは必然というもの。
何事にも疑問を持ち、良い物を積極的に取り入れる。五本指靴下の加藤は、伝統や常識に縛られない開拓者なのだ。
「じい様、大型のモンスターが増えてきました。そろそろ戦うべきでは?」
「そう
トライクの上で祖父にしがみつくコモリが、使命感を秘めた瞳で話しかける。それに対し、自分達が戦うべき相手を知っているかのような加藤。
視界の端では、二体のオーガが四人パーティに襲いかかり、サイクロプスがもぬけの殻となった民家に拳を振り下ろしている。戦闘の激しさを伝える悲鳴や怒声、家屋が倒壊する音が、あちこちで鳴り響く。
探索者が足りない。数というよりは質だろう。助けてやらなければ、命を落としてしまいそうな危ういパーティも多い。
コモリは、悲痛な表情を浮かべて歯を食いしばる。加藤も、あえて彼らを救わずに進む。……この先に、強敵がいると確信しているから。
「静香、ここからは甘い考えは捨てろ。お主は強いが、まだ道の途中。もし拙者が死んだときは、なりふり構わず逃げなさい。まあ、有り得ぬとはおもうがな」
「……それほどの相手が。では、じい様がやられたら、腰の刀は僕が貰いますね!」
「少しは心配せんか! 涼しい顔で寂しいことを言いおって!」
「あははは! じい様が負けるはずないですからね!」
他人の家の駐車場にトライクを
加藤が日本刀を抜くと、コモリも黒いカタナを構えた。そして、何かに向かって歩きだす。
"ゲンジと同じくらい強い加藤が
"コモリがいれば大丈夫っしょ!"
"コモリンの名前ってシズカだったんだ。かわゆw"
"もしかして、コモたんも五本指靴下なの?"
"そんなの今どうでもいいだろw"
"ゲンジのとこもやっと戦闘が始まったぞ!"
「同じくらいだと? ……たわけが。暴れ納豆なんぞ静香の足元にも及ばん!」
「いやいや、僕よりは間違いなく強いですよ?
「ふんっ! 格の違いを見せてやろうではないか!」
「僕としても、じい様が世界一だってみんなに知ってもらえるのは嬉しいですから」
前を行く加藤の口元が緩む。孫から尊敬の眼差しを受け、修羅のような
だが、それも一瞬。すぐに顔を引き締めた。
遠くに灯りが見える。ダンジョン『
スキルを叩きつけた爆発音。断末魔の叫び声。それらは、近づくにつれて大きくなる。
「遠藤さん、もう逃げましょうよ! あなたはトップに立つべきなんだ! たまたまヘルプに来てくれただけなのに、命を懸けるなんて馬鹿げてます!」
「逃げたいのなら、止めはしない。民間人を守るのも協会員の仕事だからな。これが街に解き放たれれば……終わるぞ?」
ダンジョン街に入ると、探索者のパーティと協会員が協力してモンスターの
敵は、青い体のオーガ。それにまとわりつくようにして相手の動きを阻害しているのが、緋色の短刀を持った遠藤と呼ばれる男。
撤退を希望した若者は、
その様子を、愉悦の表情を浮かべながら遠くから見守る小柄なオーガ。大きさは人間とさほど変わらない。
見るからに上質と分かる防具を身につけ、背中に担いでいるのは
その周りを囲むサイクロプスほどもある別種の青いオーガ。こちらも金属の鎧を
「どうやら、
「はい。見たこともない巨大なオーガでさえ、ダンジョンボスと同等に思えます……。まずは、あの四十体ほどの群から片付けましょうか」
"ダンジョンボスが五体ってどういうことだよ……"
"青いオーガでさえ、普通の個体とは動きが全然違うぞ?"
"集団の中で戦ってる眼鏡ってさ、仏の岩窟でゲンジのランク判定してた協会員じゃね?"
"多分そう。只者じゃなかったんだな!"
"奥の小さい奴が動かないの不気味なんだが"
何体かは倒れているが、ペンキを塗りつけたかのような真っ青な肌をしたオーガの動きは速い。そして、ぴくりとも動かない地面に倒れ伏した探索者の無惨な姿が、普通のオーガとは比べ物にならない
「空和一刀流――【
加藤の姿が消えた。……直後、戦場では紫色の
老いた
その後を追いかけるように、コモリが丁寧に首を
「見たかリスナー? 小細工など必要ない。これが力だ!」
"いや、見えねえよ!w"
"人間の動きじゃない……"
"分かりやすいので頼むw"
"刀を下段に構えて、腰を落としたのまでは見えたよ? でもね、その後は完全に消えてたwww"
"お侍さんて強かったんだな"
その時、オーガ軍の総大将が動きを見せる。怨念を固めたかのように波打つ漆黒の剣を構えたのだ。
身長二メートルと少し。筋肉は、詰まっているが大きくない。モンスターというより、どこか人間を思わせる外見。だが、異様な威圧感があった。
一歩ずつゆっくりと歩きだし、加藤へと近づいていく。
「貴様には、
「モンスターが喋るとは……。拙者は五本指靴下の加藤。加藤
自らを四天王と名乗るモンスターと、五本指靴下の加藤の戦いが始まった。
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