伝統と守破離(三人称視点)

「暴れ納豆のガキばかり有名になりおって。明日から配信する予定であったが……まあ、仕方あるまい。平和というのは長く続かぬものよな」


 場所は変わって北茨城。銀色に近い白髪はくはつを頭頂部でつつ状に束ね、さらりと背中側に流す特徴的なヘアースタイルの老人――加藤雪政ゆきまさは、正八面体のフロートカムを浮かべて配信を始める。


 厳しい戦いの歴史を表す、眉間みけんに深く刻まれたシワ。えんじ色の直垂ひたたれに包まれているため外からは見て分からないが、七十五という年齢にはとうてい思えない鍛え込まれた肉体。

 グリップ力に優れるタイヤメーカー製のスニーカーをき、足を包むのはもちろん五本指に分かれた靴下だ。


 チャンネル名は、『五本指靴下の加藤』。工藤源二の表彰式を新聞で見かけたことで、かつて自分と一緒に茨城を守っていた同業者が、ダンジョン配信で活躍していることを知った。

 どうやら、おじいチャンネルの配信を見ているうちに、心の底から沸き立つような熱い気持ちが芽生えたらしい。


 "うおっ! 本物か?"

 "顔怖すぎwww"

 "五本指靴下の加藤って、ゲンジが名前出してた人だよな?"

 "お侍さんみたいw"

 "盛り上がってキター! 拡散しとく!"


 左耳のイヤーチップから聞こえる無機質な声コメント。問題なく配信できたことを確認し、男は小さくうなずく。

 侍と呼ばれたのもそのはず。左腰に差した日本刀が、その姿を彷彿ほうふつとさせるのだろう。


 この刀は、鎌倉時代に作られた。現代の技術では再現不可能といわれるオーパーツである。

 切れ味や硬さならば、むしろ最新の日本刀に軍配があがるだろう。しかし、「自分をこう振れ」と使い手に伝えるような重心のバランス。そして、圧倒的な軽さこそがロストテクノロジーなのだ。


「……じい様。やはり僕は、ひたちなかに向かうべきだったのではないでしょうか?」

「ならん! お前には全てを伝えたつもりだが、まだまだ未熟。今回の騒動……何やら嫌な予感がしておる。大事な跡取りを一人にするわけにはいかんのだ」


 加藤の背後から現れたのは、女性と言われても信じられる、顔立ちの整った中性的な青年。はかまに似た濃紺の防具に身を包み、アダマンタイトのカタナ・・・を左手に持っている。


 "えぇ!? 最年少Sランク探索者のコモリじゃんか!!"

 "……どういうこと?"

 "コモたんキャワワ"

 "もしかして、加藤さんの孫とか?"

 "に、似てねぇ……"


 十九才でSランクに認定された小森コモリ静香しずかは、一子相伝いっしそうでんの剣術――『空和くうわ一刀流いっとうりゅう』を受け継いだ加藤の孫。

 せいが違うのは、加藤の一人娘が嫁入りしてしまったから。血の繋がった正統後継者である。


「では、行くとしよう。バックビュー」


 すでに戦っている探索者の姿がちらほら。ゴブリンやスケルトン、コボルトといった弱いモンスターが多く、助けは必要なさそうだ。

 フロートカムを使いこなして視点を変更した加藤は、トライク三輪に改造した大型のアメリカンバイクにまたがり、コモリを後ろに座らせて走りだす。


 サイレンサーがよく機能しているようで、エンジン音は思いのほか小さい。

 アーミーグリーンのタンクが街灯に照らされると、丸みを帯びた表面で光が滑る。

 同色のマッドガード泥よけに、艶を消した黒一色の車体。それを操る和装わそうの老人。

 なんとアンバランスな組み合わせだろうか。


 "侍がバイクに乗ってるよw"

 "アップハンドルかっけぇ!"

 "おじいちゃんに抱きつくコモリンがとうとい……"

 "トライクって初めて見たかも。改造費にいくらかかってんだこれw"

 "クソ似合ってるんだがw"


 この状況を説明するには、彼の過去にさかのぼる必要がある。

 五本指靴下の加藤が産まれたのは、時代に逆らうような伝統を重んじる家系。親の言うことは絶対で、逆らえばすぐに手が飛んできた。

 幼少期は、ほぼ毎日『空和くうわ一刀流いっとうりゅう』の厳しい稽古けいこ。剣道のように大会があるわけではなく、ただ歴史を紡ぐために。

 父も祖父も同じような生活をしてきたと聞いていたので受け入れていたし、剣術の上達を感じるのは楽しかった。


 侍の足は、大地をつかむ。足袋たびを履くのは、草鞋わらじ前坪まえつぼを挟む第一と第二を保護するため。

 鍛えられた足趾そくしは、地を蹴る力に直結――すなわち、相手の間合い外から一瞬で距離を詰め、敵を斬り伏せることが可能となる。


 古くから刀は突くもの、槍は叩くものとされてきたが、空和一刀流の真髄しんずいは一撃必殺。大地で爆発させた加速度を全身で増幅させ、刀に乗せる。

 幼少期の加藤は、ただ教えられるままに構え、師匠である父親の手本通りに刀を振った。

 青竹に藁を巻きつけた巻藁まきわら袈裟斬けさぎりにすれば、断面の美しさで斬撃の鋭さが分かる。何枚も積み重ねたたたみと垂直に剣を振り下ろせば、刃がどこまで達したかで技量が伸びていると気づく。


 十五のとき、加藤は父親に腕前を認められた。

 刀を握り続けた指はふしくれだち、異形とも呼べる不自然さがある。手のひらにできた豆は何度も潰れ、皮膚は硬く分厚くなっている。

 空和一刀流の使い手として相応しい。その言葉は、修練が結果となって現れた一番嬉しい形ではあった。しかし、変わらず修練を繰り返すうちに技を極めていくと、日に日に疑問が浮かぶ。

 地を蹴り、加速。刀を振る。何万回と繰り返した動作。同じ動きを繰り返し、技と呼べるほどに昇華した一振り。これは正しいのだろうか……と。


 試しに上半身を右に大きく倒しながら、剣筋をずらして巻藁を狙う。地をうように剣先を振り回し、無理矢理に斬り上げる。

 刃が青竹に触れた瞬間、抵抗が違和感となり両手のひらに響く。真っ二にはなったが、断面は力で引き裂いたかのようにささくれ立っていた。大地の力が少しも伝わっていないのだから、その結果は当然だ。

 誰が見ても失敗であり、不恰好ぶかっこうな斬撃。だが、もしこの体勢から文句なしの剣を振るえたら……加藤は、脳が痺れるような気づきを得た。


 その後も、『なぜ』、『どうして』が湧き上がり、あれこれと試行錯誤を繰り返す。父親に見つかれば、「愚か者が!」と木刀で打たれる毎日。だが、痛みよりも止まることの方が怖いと感じていた。


 ある日、基本に立ち返って考えていると、空和一刀流の動きは、足の指から始まっていると気づく。

 ……では、二本の足趾そくしより、五本で地を掴む方が正しいのではないか。思い立ってしまえば、あとは行動するのみ。

 スポーツの世界で、草鞋わらじを履いている選手はいない。技術はスニーカーを改良し続けているのだから。

 足袋たびを脱ぎ捨て、有名なメーカーから、マイナーな海外産の物まで、片っ端から靴を選ぶ。最終的に、今の靴に落ち着いた。 

 最初は裸足だったが、足というのは思ったより汗をかくらしい。色々と調べてみると、靴下を履いた方がグリップ力は増すという。五本指靴下にたどり着くのは必然というもの。

 何事にも疑問を持ち、良い物を積極的に取り入れる。五本指靴下の加藤は、伝統や常識に縛られない開拓者なのだ。


「じい様、大型のモンスターが増えてきました。そろそろ戦うべきでは?」

「そうくな。ひりつくような空気。この先に何かがいる。止めねば街が崩壊するほどの何かが……。おそらく、ひたちなかの状況を作ったのも奴ら・・だろうの」


 トライクの上で祖父にしがみつくコモリが、使命感を秘めた瞳で話しかける。それに対し、自分達が戦うべき相手を知っているかのような加藤。

 視界の端では、二体のオーガが四人パーティに襲いかかり、サイクロプスがもぬけの殻となった民家に拳を振り下ろしている。戦闘の激しさを伝える悲鳴や怒声、家屋が倒壊する音が、あちこちで鳴り響く。

 探索者が足りない。数というよりは質だろう。助けてやらなければ、命を落としてしまいそうな危ういパーティも多い。

 コモリは、悲痛な表情を浮かべて歯を食いしばる。加藤も、あえて彼らを救わずに進む。……この先に、強敵がいると確信しているから。


「静香、ここからは甘い考えは捨てろ。お主は強いが、まだ道の途中。もし拙者が死んだときは、なりふり構わず逃げなさい。まあ、有り得ぬとはおもうがな」

「……それほどの相手が。では、じい様がやられたら、腰の刀は僕が貰いますね!」

「少しは心配せんか! 涼しい顔で寂しいことを言いおって!」

「あははは! じい様が負けるはずないですからね!」


 他人の家の駐車場にトライクをめて、シャッターを閉める。

 加藤が日本刀を抜くと、コモリも黒いカタナを構えた。そして、何かに向かって歩きだす。


 "ゲンジと同じくらい強い加藤がられるような相手って何?"

 "コモリがいれば大丈夫っしょ!"

 "コモリンの名前ってシズカだったんだ。かわゆw"

 "もしかして、コモたんも五本指靴下なの?"

 "そんなの今どうでもいいだろw"

 "ゲンジのとこもやっと戦闘が始まったぞ!"


「同じくらいだと? ……たわけが。暴れ納豆なんぞ静香の足元にも及ばん!」

「いやいや、僕よりは間違いなく強いですよ? 贔屓ひいきはよしてください。でも、じい様には勝てないと思いますね」

「ふんっ! 格の違いを見せてやろうではないか!」

「僕としても、じい様が世界一だってみんなに知ってもらえるのは嬉しいですから」


 前を行く加藤の口元が緩む。孫から尊敬の眼差しを受け、修羅のような強面こわもてが、だらけきったダメ老人へと変わる。

 だが、それも一瞬。すぐに顔を引き締めた。


 遠くに灯りが見える。ダンジョン『紫陽花あじさいの森』周辺の商業施設のものだろう。

 スキルを叩きつけた爆発音。断末魔の叫び声。それらは、近づくにつれて大きくなる。


「遠藤さん、もう逃げましょうよ! あなたはトップに立つべきなんだ! たまたまヘルプに来てくれただけなのに、命を懸けるなんて馬鹿げてます!」

「逃げたいのなら、止めはしない。民間人を守るのも協会員の仕事だからな。これが街に解き放たれれば……終わるぞ?」


 ダンジョン街に入ると、探索者のパーティと協会員が協力してモンスターのむれと戦っていた。

 敵は、青い体のオーガ。それにまとわりつくようにして相手の動きを阻害しているのが、緋色の短刀を持った遠藤と呼ばれる男。七対三しちさんに固めた髪型は崩れず、時折眼鏡の位置を直しながら果敢に攻め込む。

 撤退を希望した若者は、大楯おおたてでオーガを押さえつける。その後から、他の探索者が遠距離スキルを放ち、カバーしている状況だ。 


 その様子を、愉悦の表情を浮かべながら遠くから見守る小柄なオーガ。大きさは人間とさほど変わらない。

 見るからに上質と分かる防具を身につけ、背中に担いでいるのは禍々まがまがしいオーラを放ついびつな剣。

 その周りを囲むサイクロプスほどもある別種の青いオーガ。こちらも金属の鎧をまとい、大槌おおつちや大剣、槍など様々な武器を持っている。それが五体。


「どうやら、アレ・・に呼ばれたようだな」

「はい。見たこともない巨大なオーガでさえ、ダンジョンボスと同等に思えます……。まずは、あの四十体ほどの群から片付けましょうか」


 "ダンジョンボスが五体ってどういうことだよ……"

 "青いオーガでさえ、普通の個体とは動きが全然違うぞ?"

 "集団の中で戦ってる眼鏡ってさ、仏の岩窟でゲンジのランク判定してた協会員じゃね?"

 "多分そう。只者じゃなかったんだな!"

 "奥の小さい奴が動かないの不気味なんだが"


 何体かは倒れているが、ペンキを塗りつけたかのような真っ青な肌をしたオーガの動きは速い。そして、ぴくりとも動かない地面に倒れ伏した探索者の無惨な姿が、普通のオーガとは比べ物にならない膂力りょりょくを物語っている。


「空和一刀流――【地這ちはい】!」


 加藤の姿が消えた。……直後、戦場では紫色の血飛沫ちしぶきが地を染める。右脚を付け根から失ったオーガがバランスを失い、次々と地面に倒れていく。

 老いたさむらいが群を通り抜ける頃には、二十体もの敵が転がっていた。一瞬で約半数の敵を無力化したことになる。

 その後を追いかけるように、コモリが丁寧に首をねてとどめを刺す。


「見たかリスナー? 小細工など必要ない。これが力だ!」


 "いや、見えねえよ!w"

 "人間の動きじゃない……"

 "分かりやすいので頼むw"

 "刀を下段に構えて、腰を落としたのまでは見えたよ? でもね、その後は完全に消えてたwww"

 "お侍さんて強かったんだな"


 その時、オーガ軍の総大将が動きを見せる。怨念を固めたかのように波打つ漆黒の剣を構えたのだ。

 身長二メートルと少し。筋肉は、詰まっているが大きくない。モンスターというより、どこか人間を思わせる外見。だが、異様な威圧感があった。

 一歩ずつゆっくりと歩きだし、加藤へと近づいていく。


「貴様には、吾輩わがはいが当たらねばならぬようだ。ジジイ、名乗ってみよ! 四天王が一人、ギリエ・ガーストリッシュが相手をしてやろう!」

「モンスターが喋るとは……。拙者は五本指靴下の加藤。加藤雪政ゆきまさだ。どこから来たのかは知らんが、冥府めいふに送ってやろう!」


 自らを四天王と名乗るモンスターと、五本指靴下の加藤の戦いが始まった。

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