おじいちゃん、心が痛む
「軽トラで来たのは失敗じゃったな。これ以上戦火を広げられては
「いきなし街がこんなことになるんだもん仕方なかっぺよ。それにしてもまあ……悪い意味で昔を思い出しちまうな」
渋滞に巻き込まれ、思ったように進まない車をコンビニに捨てて、仏の岩窟へと歩いて向かう。
モンスターと戦う探索者。逃げ惑う人々。燃える民家。地獄のような光景じゃ。
"おじいちゃん、ひたちなかがやばいらしいよ"
"ひたちなかの知り合いと連絡が取れない。めっちゃ心配だわ……"
"ひたちなかにはデスタクシーがいるって前におじいちゃん言ってなかったっけ?"
"デスタクシーは今、
"だからか……。ランサーズが向かってるって聞いたけど、それまで持つかな?"
"えぇ!? 引越したんですかね……"
"ダンキンもひたちなかに向かうかもって!"
……県外からの応援が間に合うかどうか。
いかんいかん。ワシとしたことが弱気になってしもうた。茨城に住む仲間を信じなくてどうするんじゃ。
ひたちなかには、デスタクシーの他にも名のある探索者がおる。人は移り住むものじゃが、全員がそうとは思えん。ともに戦ってくれることを願うしかない。
今は、自分ができることを全力でやるのみ!
赤信号で停車中のワゴン車を揺さぶるオークの首を
モンスターが
何かよからぬことが起きているに違いない。悪い予感がする。
「走るぞ三島!」
「はぁ……。寝てっとこ叩き起こされて、今度はマラソンかい。へえへえ、行きますよ!」
今一番重要なのは、ダンジョンから
だからこそ走る。視界に入るモンスターを片っ端から倒し、とにかく前に出る。
責務を放棄して逃げ出してしまったのか、街中で戦っている探索者の数が少ない。モンスターを倒さなくとも、引きつけてくれるだけで助かる命が増えるんじゃが。
"五本指靴下の加藤がゲンジに嫉妬して配信してるらしいぞw"
"俺も同時視聴してるわ。目で追えないほど速い加藤の動きに、四天王が余裕で対応してる"
"……四天王!? どうなっちまうんだよ茨城は!"
"茨城が落ちたら日本中に広がるやろ。茨城だけの問題じゃなくなっとるで"
"そういえばさ、動画で
"マタギのマサヨシもかっけえよな!w"
かつての仲間が暴れ回っとるようじゃな。
この時間の老人どもは寝とるから、気づいたら天国でした……なんてことにならねばよいが。
「紅蓮根て、聖子ちゃんの師匠の
「ワシの嫁をちゃん付けするなと言うとろうが。
「しょうがないべ。聖子ちゃんは昔からみんなの憧れだったんだからよぉ! それが……源ちゃんみたいな不細工に……」
「
"ばあちゃんの師匠だったんか! つええわけだ!"
"なにをノロケとるんやこのジジイはwww"
"この状況でこの余裕w ゲンジに任せとけば茨城は安泰だねw"
"今掲示板で見たんだが、ひたちなかに謎のババアが現れたらしい!"
"背の高いばあさんが黒いスケルトンの軍団と戦い始めたぞ! タワーシールドとロングソードでぐちゃぐちゃにしてるwww"
"「あたいに勝ちたきゃ肉をつけて来な!」だってさ! イカしたばあさんだなw"
"こんな中で動画撮影してるやつすげえわ……"
「背が高い……もしや、ミチコ・ザ・ジャイアントが動いたか! アゴがしゃくれとるじゃろ? あの女は相当に強いぞ!」
「湊大橋の女弁慶よりも当時は有名だったもんな! あの強さに
「三島もフラれとったしな!」
「なんで人様の前で言っちまうんだべ、このバカタレは。青空の下でモンスターをばったばったと薙ぎ倒してさ、
これを待っとったんじゃ!
この流れはもう止まらんぞ。次から次へと老人達が街へと繰り出すはず。モンスターどもめ、好き放題暴れたことを後悔するがいい。
ワシも負けてはおれんな!
気持ちが乗ると体が軽くなる。速度を上げて、風を追い越す。
すれ違い様にオーガの手首を斬りつけると、三島がふくらはぎの秘孔を突いて無力化する。
三島がサイクロプスに詰めより、右足の甲を素早く三ヶ所突き刺す。そのまま裏へと回ったハゲ頭を追いかけようと、怒りの表情を浮かべて振り返ろうとする一つ目の巨人。
しかし、右足が地面に縫い付けられたかのように動かず、バランスを崩して地面を揺らしながら地面に倒れてしまう。
ワシは落下地点に回り込み、大きな瞳に全力の突きを放つ。
「――
閉じられた分厚いまぶたの上から衝撃を内側へと伝える。
「ギャアアアアアア!」
悲痛な叫び声を上げ、脳を貫かれたサイクロプスが消えていく。
流石は三島。いい仕事をするわい。
「ほっほっほ、ええパーテーじゃな!」
「こんな状況で
「馬鹿には理解できんか……」
「なにぃ? お
"小学生かよw"
"ワロタwww"
"三島さん、さっきからどうやって敵の動きを止めてるんですか?"
"パーティーってのは、簡単に言うと一緒に戦う仲間のことだぞ!"
"小競り合いが可愛いんよw"
「あ? 俺はツボ突いてるだけだ。
「分かりやすく説明せんか。体にいい影響を与える秘孔があれば、その逆もあるんじゃよ。……まったく、ハゲとるせいで頭も悪いようじゃな!」
「源ちゃんもハゲとるでねえか! 未練たらたらに中途半端な残しかたしやがってよぉ!」
「ワシのはいいハゲで、お主のは悪いハゲじゃ!」
"いつまでやんねんwww"
"三島さんの説明でも伝わったけどなw"
"ハゲはハゲだろw"
"……ん? 何だあれ?"
"見たことないモンスターだな……人?"
遠くから、モンスターの大群が押し寄せてくる。
鼻……というより、顔全体が押し潰されたかのような、コウモリに似た外見。身の丈は二メートルほどか。
手首から腰のあたりにかけて翼膜が広がっており、全身がベージュに近い茶色の毛で覆われている。
無理矢理通り抜けようとした乗用車が、力づくで止められる。車体の下から持ち上げられて、簡単に転がされてしもうた。
その光景を見た他の車は急ブレーキをかけ、中から飛び出した人々が
コメントの言う通り、コウモリ男の他に人間が混じっておるようじゃ。……いや、かつて人間だったものと表現したほうが正しいかもしれん。
肌は変色して薄い紫色に。視点が定まっておらず、ふらふらと
「おい源ちゃん……あれって……」
「今は考えるな!」
三島はいい奴じゃ。だからこそ、こんな所で死んで欲しくない。言いたいことは分かる。だが、誰かがやらねばならんのだ。
まずはワシが動かねば。三島の迷いを断ち切るためにもな!
「
敵の数は五十以上。強さは未知数。
……じゃが、ワシは怒りに任せてコウモリ男に斬撃を放つ。
「キュェエエエ!」
どうやら
剣を戻して袈裟斬り。さらに一体を地獄に送る。
そして……。
「ぬぉおおおおおっ!」
胸の痛みを吐き出しながら、首を
……すまん。
……必ず
心の悲鳴を押し殺し、剣を振り続ける。
「三島ぁああああああ!」
この混乱を一刻も早く
「ち、ちきしょおおおおおお!」
……応えてくれた。三島の剣がコウモリ男の脳天を真っ二つにかち割る。三島の放った連続の突きが……いや、指先が男の動きを止める。
「お前のそれは優しさではない! ただの臆病じゃぞ! 目を見れば分かるじゃろ……そいつらはもう死んでおるんじゃ。弱い意志のまま戦うくらいなら、今すぐ帰れ!」
「俺だってなぁ……俺だって、分かってんだよ! このやり方しか考えつかなかった。お
仕方がない男じゃわい。
胸焼けするほどに甘すぎるが、あの動きを見せられてはもはや何も言うまい。
三島は吹っ切れたように突きを放ち、片っ端から敵を無力化。コウモリ男を一時的に壁として不意打ちを防ぎ、動けない相手を一体ずつ倒しては止めていく。
前方に複数体のモンスターがいる状況ではあるが、結果的に一対一を作り出している。
"いけええええええ!"
"見てて辛いな……"
"かなり減ってきたぞ!"
"暴れ納豆もすげえw"
"たしかに! 台風みてえだwww"
掴みかかる手は盾で払うか受け流す。体勢を崩して隙だらけとなったところで首を刎ねる。常に両手を動かして続ける必要はあるが、楽な相手じゃ。
もう半数は減らしたじゃろうか。
「……チッ! 使えねえなぁ。下がれ
上空から聞こえる乱暴な言葉
身に
三日月の形に吊り上がった唇には、血液を思わせる赤が貼り付けられていた。
「あたいは魔王軍四天王の一人、ヘイルメリー・ダステルヘイム。あたいの
「あたい……じゃと……?」
"どこに引っかかってんねん!w"
"もっとつっこむとこあっただろwww"
"魔王!?"
"モンスターなのに怖いくらい美人だな"
"……四天王になんて勝てるのか?"
ゆっくりと羽ばたきながら、ヘイルメリーが降下してくる。その動きに呼応して、コウモリ男の集団が左右に広がり道を作った。
奥から二人の男が歩いてくる。
「レガンテ!」
「はい、お嬢様」
金の
肌はやはり驚くほどに白い。白金の長髪をオールバックになでつけている。糸のように細い目のせいで、表情を読み取るのが難しい。
「ダッカルト!」
「はっ!」
こちらは、細剣を腰に
「お前たちは、鎧を着た不細工なジジイを
「モンスターのくせに、美的感覚はまともなようじゃな!」
「俺は認めねえ……」
ヘイルメリーの手に、血液を固めたかのような真紅の大鎌が出現した。
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