おじいちゃんと謎の数字

「うおおっ! 深層の宝箱……いったい何が入ってるんでしょうか!」

「エリカさん、開けてみては?」

「いいんですかおばあ様! ありがとうございます!」


 両手を前に組んで飛び上がり、喜びを体で表現したエリカが宝箱の宝石部分に触れる。

 中から現れた光は小さく収束していき、白い板へと形を変えた。


「あれ? ……これって、鑑定の魔道具ですかね? 色が違うか」

「ほほっ、お嬢は運が悪いのぉ。その石板はハズレじゃ。宝箱から出る確率は低いが、何の役にも立たんぞ。硬くて砕けんからゴミ箱に捨てるわけにもいかず、家の倉庫にも何枚か眠っておるわい」

「ちょっと自分、試してみても良いでしょうか?」


 北村が白い石板を受け取ると、ロングソードの刃で小指の腹を傷つける。滲み出した血液を押し付けると、赤い文字で『283』という謎の数字が浮かび上がった。


「あたしもやってみたいです!」


 続いてエリカの番じゃ。槍の穂先で指先を傷つけ、板に血を垂らす。

 表示された数字は『312』。北村よりも大きなあたいじゃ。


「あらあら、楽しそうですねぇ。何の数字か分かりませんが、私も試してみようかしら」


 お次はばあさんじゃな。

 自分の武器を汚したくないからか、ワシのショートソードで血を出しよった。

 白い石板に浮かび上がったのは『979』という数字。今のところ一番高い。

 ……気に食わんな。ばあさんに負けるわけにはいかんぞ。


「ワシにも貸せ! ぬおおおっ!」

 

 ショートソードの剣先を親指の腹に突き刺し、謎の魔道具にみなより多めの血液をりたくる。

 現れた数字は『1265』。最高値じゃ!


「だーっはっはっは! ワシの勝ちじゃな? お主ら、ひれせい! ……ところで、これは何の数字かのぉ? 受付番号じゃろうか?」


 "何の受付してんだよwww"

 "おじいちゃん、ダンジョンは病院じゃありませんよ?w"

 "ジジイだけ血だくだくで笑うわw"

 "これさ……もしかしてレベルじゃね?"

 "うっわ、めっちゃありえる! だとしたら、暴れ納豆のレベルやばすぎんか?w"

 "ばあちゃんだって、Aランクのエリカの三倍あるぞ!"

 "俺ら、歴史的瞬間に立ち会ったかもな。もしこれが本当にレベルなら、探索者界隈かいわいに新しい概念がいねんが生まれたことになる……"


 レベルだかラベルだか知らんが、コメントのしゅうはいったい何の話をしておるのか。さっぱり分からん。

 高い数字であればいいんじゃろうとは、なんとなく理解できる。……まあ、ワシの勝利は揺るがないようじゃな。


「さて、ワシ以下の者たちよ! そろそろ先へ進まねばな!」


 ポーチからポーションを取り出し、みなに配る。傷口に振りかければ、みるみるうちに塞がっていく。

 手に傷があると、それがどれだけ小さかろうが、武器の握りに違和感が生じてしまう。治しておくに越したことはない。


「コメントのみなさん、どうすればレベルは上がりますか? この老いぼれおじいさんを調子に乗せたままにしておくわけにはいきません」

 

 "モンスターを倒す!"

 "経験値を稼ぐ!"

 "老いぼれてwww"

 "強い敵を倒したら、たくさん経験値が入るってのがゲームとかだと基本だよな? 同じ仕組みとは限らんけどね"


「分かりました。おじいさん、すぐに追いつきますからね!」

「ほっほっほ。高みで待っておるぞ!」

「ぐぬぬっ……。エリカさん、タイツマンさん、ハゲたジジイは無視して行きますよ!」


 ワシが右、ばあさんが左の岩陰を調べながら進むが、出口までモンスターは現れなかった。おそらく、奥の方に隠れておったのじゃろう。


 張り切りすぎて、北村とエリカが悲鳴をあげるほどの速さで走るばあさんの後を追いかける。

 部屋を出て、通路を駆け抜け次の部屋へ。


 "サイクロプスだ!"

 "深層最強のモンスターじゃん!"

 "あれをソロなんてしないよな?w"

 "さすがに無理っしょw"


 一つ目巨人――サイクロプスが中央でうろちょろしている。体長はミノタウロスをゆうに超え、七メートルはあるだろう。

 肌は薄い緑色。体表を侵食するようにボコボコと浮きでた禍々まがまがしい紫色の血管。縞模様の毛皮を身にまとい、人間では起こり得ないほどに肥大化した筋肉に覆われている。

 弱点は頭部の巨大な一つ目。だが、それを守るまぶたが恐ろしく固い。簡単には倒せん相手じゃ。


「私の得意なモンスターですね」


 "……へ?"

 "……嘘だよな?"

 "サイクロプスが得意!?"


 深層のモンスターは知能が高く、こちらの動きに対処しようと攻撃のパターンが多彩じゃ。中でもサイクロプスは、人型ということもあり、その傾向けいこう顕著けんちょに出る。


「ワシらは入り口で待つとしよう。アレサイクロプスは暴れよるからのぉ」

「おばあ様だけで大丈夫なのでしょうか?」

「聖子にかかれば動物のしつけと変わらん。楽勝じゃわい。まあ、見ておれ」


 ばあさんがサイクロプスとの距離を詰める。

 ……十メートル。

 ……五メートル。

 体を振るなどしてフェイントを使うこともせず、最高速度で一直線じゃ。

 敵は、右拳うけんを高くかかげて待ち構える。


 "まずい! スキルがくるぞ!"

 "おばあちゃん離れて!"


「ガァアアアアアッ!」


 猛獣が如きうなり声とともに、サイクロプスが拳を振り下ろす。この攻撃は、ばあさんを狙ったものではない。

 その前方――二メートルほど手前の地面を撃つ。はるか上空から大気圏を突き破り、地上に落ちてきた隕石のようじゃ。

 強い光と衝撃。大地が揺れる。轟音ごうおんが渦を巻き、巨大な拳を中心に衝撃波が発生した。


「そこですっ!」


 ばあさんが飛び上がり、横向きになって衝撃波を飛び越える。これから大きく広がろうとする波の勢いに巻かれながら体が回転し、その遠心力を乗せたハルバードでサイクロプスの上腕を何度も何度も切り刻む。

 ……まるで電動の丸鋸まるのこじゃわい。


「ギャアアアアアア!」


 悲痛な叫び声を上げ、左手で傷口を押さえながら後退りする一つ目の化け物……猫のようなしなやかさで着地したばあさんが、足元に入り込む。

 右足を上げれば左足を斬る。左足が上がれば次は右足じゃ。相手の行動と攻撃を結びつけるように、これを繰り返す。


「グガァアアアアッ!」


 その時、辛抱しんぼうたまらんとサイクロプスが大きく右足を持ち上げた。

 スキルの合図じゃな。


「……それはダメ」

 

 巨大な右足が地面を踏み締めると、光を発しながら衝撃波が広がる。その上を転がるように、丸鋸ばあさんがふくらはぎをこそげ落とす。

 地獄の針山を歩いておる気分じゃろうな。動くたびに痛みが走るんじゃから。


 歩けば斬る。スキルを使えば肉を削ぐ。作業のようにこれを続けるばあさん。

 膝から下が傷だらけになり、自身の血で紫色に染まったころ、サイクロプスは呆然ぼうぜんと立ち尽くす。


「巨人さん? あきらめたのなら、そろそろ死んでくれませんか?」


 そろそろ終わりが近いようじゃ。

 まとと化した両脚を、真紅のハルバードが好き放題にえぐっていく。


「……ァォオ」


 サイクロプスが膝をつき、土下座のような姿勢をとる。そこで初めてばあさんが手を止めた。

 正面に回り、巨大な一つ目と見つめ合う。


「まだ少し高いですねぇ」


 手のひらを地面に向けて、上から下へ動かす。犬にせろと合図を送っているかのようじゃ。

 巨大な忠犬サイクロプスは指示に従い、両手両足を大の字に広げてうつ伏せに寝そべる。


「よくできました。では、殺してあげましょう」


 背筋が凍るようなセリフをつぶやいたばあさんが、地を蹴り加速。恐怖で開ききった巨大な瞳孔どうこうに突きを放つ。

 死を受け入れてしまったサイクロプスのまぶたが閉じることはない。真っ直ぐに目の前の敵を見据すみえておる。


「はい、おしまい」


 眼球に深々と突き刺さったハルバードを引き抜くと、安心しきった表情を浮かべたサイクロプスが瞳を閉じる。眠るように、ダンジョンに吸い込まれていった。

 

 "おばあちゃん怖すぎ!"

 "力で屈服させた?w"

 "殺してくださいって、サイクロプスがお願いしてたぞwww"

 "モンスターって自殺するんだな……"

 "やべえもん見たわ"

 "あの衝撃波のスキルが厄介で、なかなか近づけないんだけど……普通はねw"


 頭がいいからこそ、勝てないと理解してしまう。どうせ殺されるのだから、このまま痛みを感じ続けるよりも早く楽になったほうがマシだと考えるんじゃ。


「どんどん行きますよ!」

「ほいほい!」

「……すごすぎなんですが?」

「あたしも、ほとんど理解できてないです……」


 ばあさんの勢いは止まらず、深層のモンスターを狩りに狩り続けた。

 ……ワシらの目の前に、赤い扉が現れるまでずっと。

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