おじいちゃん、最奥へ

「ここが最奥のじゃ。この中にいるモンスターを倒すと、しばらくダンジョンに入れなくなる。再びポータルが開いたときには、新しい階層ができあがっておるという仕組みじゃな。今日は中を見て、配信を終わろうかのぉ」


 "今はボス部屋って呼んでますよ!"

 "老人二人でボス部屋到達って……"

 "ほぼ、おばあちゃん一人で戦ってたけどなw"

 "そうだ! ばあちゃんのレベルが上がってるか見てみない?"

 "これで数字が増えてれば、確定でいいかもね"


「やってみましょうか。おじいさん、出してください」


 エリカから預かっておいた白い石板をポーチから取り出し、ばあさんに手渡す。

 ワシらの数字はタイツマン約一人分離れておるから、大丈夫だとは思うが……まさか、追いつかれてないじゃろうな。


 またばあさんが、ワシのショートソードで指を傷つける。石板に指を押し付けると、表示された数字は『979』。

 変わっておらんのぉ。危ない危ない。


 "あれぇ?"

 "深層で十二体くらいは倒したよな?"

 "うーん、レベルじゃないんかね"

 "レベルが高すぎて上がりづらい説もあるぞ"

 "ゲンジはボス倒せる? ボスならさすがにレベル上がるやろ"

 "無理言うなってw"


「倒せんこともないが、これから地上に戻るからのぉ。夕飯時を過ぎてしまうじゃろ? それに、タイツマンとお嬢がおっては危険じゃしな」

「自分、帰還の羽なら持ってますが。滅多にない機会ですから、この目で見れるものなら見てみたいですけど」

「あ、あたしも見てみたいなぁ……なんて?」


 困った奴らじゃ。……どうしたもんかのぉ。

 見せてやりたいのは山々じゃが、最奥の魔物が相手では若い二人を守りきれるとは限らん。久々じゃしな。

 まあ、気持ちしだいか。 


「マナティ、今は何時じゃろ?」

「十五時半くらいだよ!」

「命を賭ける覚悟はあるか? エリカ、そしてタイツマン! ここから先は、自分の身は自分で守らねばならんぞ?」

「命……。そ、それでも! 自分はお願いしたいです!」

「探索者になった時点で決めてました。この道で……一番になりたいって! だから、あたしからもお願いします!」


 ここまで熱い視線を向けられては断れぬか。ワシも覚悟を決めねば男がすたる。

 工藤源二、一世一代の大勝負じゃ!

 ボスを倒し、北村とエリカも守ってみせようではないか!


「その心意気やよし! お主らを無事に返すと誓おう!」

「安心して……とは言えませんが、私も全力でサポートします。行きましょう!」

「「はいっ!」」


 上部が半円状の両開きの扉。まるで血塗られたかのように赤く、金色こんじきのあしらいが縦方向にいくつも入っている。

 人が通り抜けるには十分じゅぶんなほどに大きいのだが、ボスは通れない。危険だと感じたときは、外に出れば最悪の状況を回避できる。

 ……逃げれたらの話じゃがな。


 扉の右側に両手で触れると、ひんやり冷たい。ぐっと力を込めると、重くきしむ音を立てながらゆっくりと開いていく。

 中はまるで闘技場。観客席こそないが、直径二百メートルを超える円形になっている。地面はやはり驚くほどに平らで、障害物は何もない。


「さて、何がでるやら……」


 反対側にある巨大な門が開く。

 奥には、冷たさを感じる暗闇が広がっている。


「グルァアアアアアアア!」


 熱した鉛を体の中に注ぎ込まれたかのようなプレッシャーを感じる重低音の咆哮ほうこう。じんわりとにじんだ汗が背を伝う。

 こりゃあハズレを引いたかもしれん。なかなかにまずい雰囲気がぷんぷんじゃわい。


 地を揺らしながら、一歩……また一歩と近づいてくる足音が聞こえる。


「北村、エリカ、絶対に扉の前におれよ! いつでも逃げられるよう準備をしておけ! ワシやばあさんを助けようなどとは思うな!」


 現れたのは、獅子ししに似たモンスター。体長はおそらく十メートルを超え、体高は七メートル近い。

 鼻の頭から真っ直ぐに突き出した螺旋状の角。黒いたてがみは首から背の中央まで伸び、両耳の上からは湾曲わんきょくした二本角が。

 体色は灰色に近く、猫科のしなやかな体にサイを思わせるたくましさをそなえている。

 

 "でけええええええ!"

 "あんなのに勝てるわけねえよ……"

 "モンスターデータベースにってないぞ?"

 "そりゃそうだろw ボスなんて情報ほぼ無いんだからさw"

 "ベヒモスにしとくか!"

 "あー、悪くないね"


「聖子、お主も下がれ。あれベヒモスはまずい」

「お断りです!」

「……気の強い女じゃのぉ」

「ふふっ。分かりきったことでしょう?」


 まったく、困った奴じゃて。見たことがないモンスターじゃから、動きを確認しながらゆっくりやりたかったんじゃがな。

 圧倒的強者の気配。ボスの中でも上位の存在じゃろう。六十五にもなって、こんな強敵と戦うはめになるとは。


 ベヒモスよりも先にこちらから動く。後ろに雛鳥ひなどりがおるからのぉ。

 ワシが右、ばあさんが左に分かれて距離を詰める。

 ……その時、ベヒモスのたてがみが逆立ち、白く光を放つ。


「ばあさん!」

「言われなくても見えてます!」


 あごがはずれそうなほどに大きく開いたベヒモスの口内から、漆黒の稲妻いなずまが放たれた。

 狙いはワシのようじゃ。何本ものいかずちが束になり、大気を破裂はれつさせながら襲いかかってくる。

 そこで、体を前傾させて一気に加速。背に振動を感じながらかわす。


「ぬぉおおおおおっ!」


 ベヒモスがワシを追いかけるように首を振り、その動きに合わせて死の息吹いぶきが追いかけてくる。

 捕まってしまえば丸焦まるこげにされてしまう。背後に破滅の音を感じながら、徐々に速度を上げていく。


「おじいさん、一番槍は貰いますよ!」


 ベヒモスへと到達したばあさんが、体をひねりながら飛び上がる。ワシが逃げ回っておるすきに、遠心力をたっぷり乗せた一撃を放つ。

 狙いは極太の右前脚。くの字に折れたひざ関節じゃ。真紅の斧がを描き、のしなりが戻るタイミングで叩き込まれる。

 ミノタウロスの首くらいなら真っ二つにしてしまいそうな見事な斬撃。……しかし、ベヒモスは気にも止めていない。


「なんという硬さ……」


 着地したばあさんは、そのまま脚を斬りつける。サイクロプスを屈服させた、あの猛攻じゃ。

 時計回りに体を回転させて一発。刃を滑らせ、二周分の遠心力を加えた突き。

 反動を利用して、今度は逆回転。三発四発五発……と、竜巻のような連続切り。あんなものを叩き込まれてはひとたまりもない……はずなのにのぉ。敵は無傷じゃ。


 "嘘だろ……? あんなに強かったおばあちゃんの攻撃が効いてない……"

 "このボスやばくないか?"

 "ここまでダメージが通らない敵、見たことないわ。そもそも、ボス戦の映像は母数が少なすぎるんだよ"

 "さすがに撤退か?"

 "スキルしか有効じゃないパターンかもね"

 "それ詰んでるやんw"


 ようやくワシもベヒモスに接敵した。

 ここまで来れば、黒雷こくらいは届かん。すれ違いざまに鬼鉄の剣を振り上げ、左前足のすねを斬る。

 ……手応えはあるが、刃は通らぬ。


「コメントの皆さん、スキルはどうやって……」

「やめんか馬鹿もん! 未知の力に頼ろうなんぞ言語道断ごんごどうだん。ベヒモスはワシがる! 盾を持たねば、最奥の魔物には勝てんとあれほど言うたじゃろうが! 入り口で反省しておれ!」

「……はい。私とは相性が悪いみたいです。おじいさん、信じていますよ!」

「当然じゃ! 任せておけ。男に二言にごんはない!」


 守る者が三人か。

 燃えてきたぞい!

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