おじいちゃん、スキルを使う

 さて、今日も仏の岩窟にやってきた。

 魔法使いはワンドと呼ばれる専用の杖を使用するらしいのじゃが、倉庫を探しても見当たらんかった。

 麻奈が言うには、無くてもスキルは使えるらしい。ワンドは、スキルの威力と効率を上げてくれる補助的な武器なので、装備はいつも通りに剣と盾じゃ。


 まだ朝の九時だというのに、ダンジョン街は大勢の人でにぎわっておる。探索者の姿もちらほら。サインを求められとる者もおるようじゃ。

 夏休みじゃから、芸能人と違って会える可能性が高く、気軽に声をかけられるダンジョン配信者を一目ひとめ見ようと観光客が宿泊しておるのじゃろう。

 ……ワシは素通りされたけどのぉ。


 天気は快晴。じゃが、ワシの気持ちは晴れない。おはようの前にごめんなさいから一日が始まったからのぉ。

 ちなみに朝飯は、目がよくなるようにとブルーベリージャムをふんだんに使ったジャムトーストに、頭がよくなるようにと鯖のみりん干し。心に突き刺さる素晴らしい献立じゃったわい。

 ワシがお願いした卵焼きはどこへ行ったやら。


「おじいちゃん、そろそろ配信始めてもいい?」

「いつでもええぞー!」

「おじいちゃんのあとに麻奈も挨拶するよ。チャンネル登録のお礼だけ忘れないでね? カメラの操作は麻奈に任せといて。おじいちゃんのカッコイイ姿をばっちり映すから! じゃあ、いくよ……スタートっ!」


 "暴れ納豆キター!"

 "ジジイの朝は早い"

 "スレッダーフォローしたぞ!"

 "初見です"

 "大魔導士の魔法見せてくれー! あ、魔法使いのスキルは魔法って呼ばれてるからね"


 始まったようじゃな。若いもんがたくさん配信しておる中、ワシのようなジジイのところに集まってくれるとは嬉しい限りじゃわい。

 今日で二回目の配信じゃが、初っ端の挨拶だけは緊張してしまう。何を話せばよいものか。


みなしゅう、よく来てくれたのぉ。多くの者がチャンネル登録をしてくれたようで嬉しいわい。孫も大喜びで、朝の三時から二人ではしゃいでおったんじゃが、ばあさんに胸ぐらを掴まれて叱られてしもうた。では、さっそくダンジョンに行くぞい!」

「ちょっとおじいちゃん! そんなこと言わなくていいんだってば! みなさん、チャンネル登録ありがとうございます。変わってるおじいちゃんですけど、今後ともよろしくお願いします!」


 "マナティはしっかりしてんなー!"

 "これからダンジョンに潜るってのに、一回テンション落としてどうすんだよw"

 "おじいちゃんよりおばあちゃんの方が強かったりしてw"

 "そういえばさ、掲示板で話題になってたんだけど、ブラックワイバーン倒したことある? ゲンジの革鎧がそいつからドロップしたんじゃないかって言われてる"


 モンスターの名前を言われてもピンとこないんじゃよなぁ。ワシの時代はゴブリンも緑の小鬼と呼ばれておったし。


「おじいちゃん、携帯見てみて! 画像送っといたよ!」

「ナイスじゃ孫! これは……カラストカゲじゃな。黒一色の体で、ギャーギャーやかましく鳴きながら飛び回るんじゃ。剣で突けば簡単に倒せるモンスターではあるが、コツがあるからのぉ。これもそのうち機会があれば披露しよう。今日はオーガを倒したら帰る予定じゃからな」


 "え、マジ!?"

 "いやいや、あいつらの体に刃は通じないはずだけど……"

 "これ、上級探索者にとっては金払ってでも欲しい情報じゃないか?"

 "ジジイの攻略が今の常識変えちまうぞ"

 "簡単そうに言ってるけど、Cランク判定のおじいちゃんがソロでオーガを倒せるってだけで異常だからな?w"


 このまま話続けていては、ダンジョンに入る前に一日が終わってしまいそうじゃわい。コメントの質問が尽きぬ尽きぬ。

 いったん会話を終えてポータルをくぐり、ダンジョンに侵入した。


 まずはスキルを試すためにスライムを探す。

 相変わらず一階層には探索者の姿が少ないが、息を吹いてスライムを倒す練習をしている者がおる。

 スライムが体を広げきる前だったので魔核まかくを分離できず、顔にへばりつかれてしまいよった。怖がってタイミングがズレるとそうなってしまうんじゃ。


「お若いの、もう少し引きつけるんじゃよ。もっと薄くなったところを狙ってみなされ」

「もごっ……ぶへぇ! あ、暴れ納豆!? アドバイスありがとうございます。……あの、一緒に写真いいですか?」


 可哀想じゃからスライムをひっぺがしてやると、ワシの顔をみて驚いておる。配信を見てくれたんじゃろうか。

 麻奈に教わったファンサービスとやらのチャンス。親指をビシッと立てて、満面の笑みでツーショットじゃ。


 ファンと別れて通路を進むと、ついにスライムを発見した。

 真っ直ぐな道の真ん中にぽつんと一匹。二十メートルは離れておるじゃろう。


「どれ、スキル――ワシが使うと魔法じゃったか? さっそく試してみようかのぉ」


 "待ってました!"

 "炎系が見たいな"

 "魔法の名前考えたの?"


 自分のスキルには名前をつけるものらしい。麻奈と一緒に考えようと思うとったんじゃが、昨日は寝てしもうたからのぉ。

 まだ使えると決まったわけではない。一晩考えた魔法名を自身満々に叫んで、何も起こらなかったときは赤っ恥ものじゃしな。


「今日はお試しじゃから、動画を参考に勉強した魔法を使ってみようと思っとる。えぇ……狙いを定めてと。頭の中で思い描いた魔法を、体の中から捻りだす感覚じゃったな。……【パイア】!」


 剣の先をスライムに向ける。

 渦巻く炎を球状にまとめ、火の玉と呼べる大きさまで圧縮していく。

 込めるのは敵を焼き尽くす熱量。触れた瞬間に燃え盛り、呼吸すらも焦げつかせる初級魔法――【パイア】じゃ!


 魔法を唱えると同時に、イメージを体の外に放出する。

 剣の先端から目が眩むような輝きを見せ、鬼鉄の剣よりさらに赤い、小さな太陽が如き球体が出現した。


 ワシが指示を出すでもなく、ターゲットスライム目指して一直線に飛翔するパイア。火薬が弾け、つつから飛び出した銃弾のように大気を切り裂いていく。


 ……これをワシがやったのか。

 脳裏に浮かんだ短い言葉。その一瞬で二十メートルもの距離を飲み込んだ灼熱の火球が、スライムを捉える。

 まだ触れてさえいないのに、魔核を包む消化液がボコボコと沸き立つ。急激に熱された水分が蒸発する――ジュッと短い音とともに、スライムの体が霧散してしまう。

 何もいなくなった地面に着弾したパイアは巨大な円柱状の火柱となり、落下地点を中心に炎の渦を巻き起こす。

 その熱量はすさまじく、辺り一面がぼやけるように揺らめく陽炎かげろうを発生させた。


「……ほぇ? ……消火じゃ! パイア、消えてくれんか? あぁ、そうじゃ。イメージじゃったな。……ぬぅんっ!」


 目の前で繰り広げられる超常現象に、何が起きているのか分からず混乱してしもうた。

 頭の中で鎮火させると、地獄のような光景が嘘のように消えていく。

 ……遠藤の言うとおり、人のいない場所で試して正解じゃったわい。


「す、すごい……けどね、おじいちゃん。パイアじゃなくてファイアだよ!」


 "パイアやばすぎ!www"

 "うわ……ゲンジくん間違えてるぅ!w"

 "ジジイだっさwww"

 "ワンド使ってないのにこの威力って……"

 "他の魔法も見せてください!"


「ま、間違いは誰にでもあるじゃろうが! ぬしら、老人を馬鹿にしおってからに……。次はバッチシ決めてやるから見ておれよ!」


 "なるほど、バッチシね?w"

 "人に当てないようにだけ気をつけてな?"

 "自分で魔法使ったくせに驚いてたからなw"

 "今日も安定しておもろいwww"


 確かにのぉ。あんなもの魔法が人に当たってしもぉたら、怪我ではすまんじゃろう。

 とっさに消せるようにだけはしておかねばならんな。


 次は、動いている相手にも有効かを試さねば。

 二階層は人が多いじゃろうから、三階層か四階層の武器持ちゴブリンを相手にしようかのぉ。

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