おじいちゃん、スケルトンを倒す

 無音歩法を駆使して四階層に到着。二階層と三階層は探索者が多く、危険性を考えると魔法を試すのははばかられた。


 道中にコメントとの会話で分かったことがある。

 ワシが武器持ちと呼んでおったゴブリンじゃが、剣持ちであればソルジャー、槍ならランサー、遠距離から弓を撃ってくるのがアーチャーに分類されるらしい。

 四層からは魔法を使ってくるゴブリンメイジが現れるので、初心者は敬遠するようじゃ。

 火の玉を飛ばしてきよる変わったゴブリンがおるなぁとは思っとったんじゃが、今考えればあれがスキルだったんじゃのぉ。


 "おっ、いたぞ! ランサーとソルジャー……それにメイジか。一番だるい組み合わせだわ"

 "次は氷魔法を見せてくれー!"

 "さっきは初級魔法のファイアであの破壊力だったからな。あっ……パイアだっけ?www"

 "大魔導士ともなれば、中級魔法なんて余裕でいけちゃうんかな? 魔法の範囲が広がるから、かなり疲労度は増すらしいけど"

 "フレイムランスとかアイスジャベリンとか、小規模なスキルだとしても連発できちゃう魔法使いが羨ましいよ。俺も火力枠になりてーw"


 角を曲がった先で、三体のゴブリンを視認した。

 距離はおよそ十五メートル。道のすみっこで向かい合いながら固まっておる。井戸端会議に花を咲かせておるのじゃろうか。


「理想的な状況じゃから、氷の中級魔法を試してみるとしよう。さっきは名前を間違えてしもうたが、今回は完璧じゃぞ? 動画をみて勉強しておるときに、ワシも同じ気持ちになったんじゃから!」


 次に試すは氷の絨毯じゅうたん。単体をターゲットとするファイアとは違い、広く地面を凍らせて敵を捕える範囲魔法と呼ばれるスキルじゃな。


「ゲギッ……」

「ガガッ!」


 殺意を込めて吊り上げた三つの視線が突き刺さる。あちらさんもワシの存在に気づいたようじゃ。

 動き出して散らばる前に勝負を決めてやらねば。


 すでにイメージは完成しておる。

 顕現けんげんさせるは氷の世界。触れる者すべてを凍りつかせる雪女が如き死の床じゃ。


「食らえいっ! 【アイスたーべよっと】!」


 ゴブリンメイジの足元を中心に白銀がう。大気までもが動きを止め、パキパキと乾いた音を鳴らす。

 メイジ、ランサーと順にからめとり、時間さえも奪ってしまったかのように全身を凍りつかせていく。

 緑の皮膚は白に染まり、二体のみにくい氷像が大口おおぐちを開けて驚愕きょうがくしておる。


 異変を察知したソルジャーは、とっさに飛び上がって回避を試みる……が、空中で体温を奪われ、全身がしもおおわれてしまう。

 重力とは無慈悲なものだ。宙に浮いた氷の塊ソルジャーが地面に吸い寄せられていく。

 綺麗に着地などできるはずもない。落下の衝撃で、ガラスが割れるようにもろく砕け散ってしまう。

 醜悪しゅうあくな見た目にそぐわない美しい音色をかなでながら、かつてゴブリンソルジャーだった物が地面に吸い込まれていく。


 先に魔法の餌食えじきとなった二体もまた死亡したようで、足裏からゆっくりとダンジョンに吸収されていった。


「おじいちゃん……アイスカーペットだから……」


 "勝手に食べとけよw"

 "アイスを食らうのはお前や!w"

 "クソワロタwww"

 "マナティも呆れとるやんけw ジジイが自信満々だったから、なんかおかしいと思ったわw"

 "空耳にもほどがあるだろw"

 "足止めの魔法なのに倒しちまったぞ? 威力どうなってんだよマジでw"

 

 ……また間違えてしもうたのか。

 さすがのワシでも二連続は恥ずかしいわい。


 魔法を解除して、ワシをからかうコメントを知らんぷりしながら先に進んでいくと、ちょうどいいところにゴブリンがアイテムをドロップしてくれたようじゃ。

 此奴こやつらが決まって落とすのは、くすんだ黒色の小石。これを踏みつけて砕く。

 平らな地面に異物があると、他の探索者がつまずいて転ぶ恐れがあるからのぉ。これが大人の対応じゃわい。

 コメントのしゅうも、この真摯なワシの姿を見れば、涙を流して感動するはずじゃ!


 "おい、何してんの!"

 "このじいさん、魔石を踏み潰しやがったw"

 "それ買取りで一個二百円だぞ?"

 "せっかくドロップしたのにwww"

 "クレイジジィ再び……"

 "笑いすぎて腹いてえよw"


「時代は変わったのぉ。昔はこの小石に価値などなかったんじゃが。みんな踏み潰すかゴブリンに投げつけておった。道に放っておいたら邪魔になるじゃろ?」

 

 "なるほどね"

 "魔石は魔道具のエネルギーになるんだよ!"

 "ドロップ品の価値は常に変動してるからなぁ。昔と相場が変わっててもおかしくはない"


 そういえば、遠藤が鑑定に使っておった黒い板も魔道具じゃと言っておったな。

 家の倉庫によく分からん物がたくさん眠っておるし、魔道具も混ざっておるかもしれん。そのうち調べてみようかのぉ。


 気持ちを切り替え、探索を再開。すぐに階段が見つかり、五階層へ移動した。

 ここからは、人体骨格模型のような化け物――人骨じんこつが現れる。

 動きは遅いのじゃが、ゴブリンよりも力は強い。右手に持った大腿骨を棍棒のように振り回してくる厄介なモンスターじゃ。

 頭に食らえば死んでしまう可能性が高いからのぉ。


「皆の衆、人骨はどうやって倒しておる?」


 "人骨? スケルトンのことかな?"

 "その呼び方こわいなw"

 "こいつらめんどいんだよなぁ。砕いてから無視して逃げてるわw"

 "ワイも同じやな。こいつらと戦うのは時間の無駄やねん。ゴブリンの方がコスパええし"

 "クソデカハンマーで頭から丸ごと叩き潰してやれば、一撃で倒せるらしいぞ!"

 "有効なのはスキルなんですよねぇ……。こんな雑魚に使うのはもったいないんで、私も戦わないようにしています"


 ふむ、今はスケルトンというんじゃな。骨が硬いから、正攻法で倒すには苦労するんじゃ。

 関節がすぐに外れるので、強い一撃を与えてやれば、崩れ落ちるようにしてバラバラに散らばってくれる。

 しかし、それだけで倒せんのが厄介なところ。空中に浮かび上がりながら体を組み立て直し、再び襲いかかってくるからのぉ。

 攻撃を重ねて、繰り返して、全ての生命力を削りとることでやっと倒せるんじゃ。


 時間をかけてしまえば、とうぜん他のスケルトンが群れてくる。そのうちに囲まれて、窮地きゅうちおちいってしまう。

 逃げるが勝ちの戦法も分からなくはないわい。この階層に人の姿が少ないのも、そういった理由からじゃろうて。


 ゴブリンに集まる探索者をスケルトンに誘導できれば、ダンジョン内の偏りを解消できるかもしれんな。


「ふむ、主らは知らんようじゃの。スケルトンに関しても教えることはある……が、攻略を確立したのはワシではない。茨城で当時有名じゃった腕のいい整体師の男じゃ。名を、『秘孔ひこう突きの三島みしま』という」


 "暴れ納豆よりカッコイイなw"

 "期待が止まらん!"

 "スケルトンが簡単に倒せるなら、初級者の選択肢も増えるんじゃね?"

 "たしかに! そりゃでけえわ!"

 "三島式スケルトン攻略法かw"


 広い洞窟を進みながらスケルトンを探す。

 暗闇にたたずむ奴らの姿を初めて見たときは、心臓が縮む思いをしたもんじゃ。


「骨だけで動いていることに疑問を持った三島は、見えんだけで体は存在していると推測した。人体の構造を頭に思い浮かべながら空洞を突いていると、ある部分を攻撃したときにスケルトンが苦しみだした。心臓の裏側あたりにある背骨付近のツボ――神道しんどうじゃ。……どれ、お見せしようかのぉ」


 説明をしながら歩いておると、二体のスケルトンを発見した。

 剣と盾を打ち鳴らしてやれば、ワシという敵に気づく。下顎をカタカタと揺らして威嚇しながら近づいてくる。

 慣れてしまえば、ゴブリンより楽に倒せるのがスケルトン。動きが単調じゃからなぁ。


 まずは左の一体に接敵。

 攻撃の始めは必ず骨棍棒を振り上げてる動作じゃ。これを待っておった。


「スケルトン戦のコツは、恐れず真っ直ぐ突き進むこと! 攻撃の圧に呑まれてはならぬ! 相手が武器を振り下ろす頃には……ほれこのとおり。背後に回りこめておる。あとは神道を狙うだけで……終わりじゃ!」


 隙だらけの背中に鬼鉄の剣を突き入れる。空を斬るのと同じこと。抵抗なんぞいっさい感じぬ。

 じゃが、スケルトンには大問題。こうべを垂れるように倒れ伏し、そのまま地面に吸い込まれていく。


 "スケルトンがこんな死に方をするなんて……"

 "は? これマジなん?"

 "背骨の真ん中あたりかしら?"

 "ち、ちょっと試してくる!"

 "すげえ簡単そうに倒すやんけw"

 "明日からスケルトンに人が集まりそうw こんなんできれば、探索者のノルマが軽くなるな!"


 続いて二体目。

 解説しながらでも楽に倒せる相手じゃ。ただ決められた動きに沿うだけじゃからのぉ。


 近づけば、スケルトンは右腕を振り上げる。その下をくぐり抜けてやれば、弱点丸出しの背後にたどり着く。

 ……簡単じゃろ?

 力も速度も必要ない。剣先で軽く秘孔を押してやればよいだけじゃ。

 背骨の空間に触れた瞬間、スケルトンは糸が切れたかのように倒れていく。


「秘孔突きの三島は、こんな言葉を残しておる。『なぜ神道が弱点かなんて、そんなの誰にも分からない。俺たちみたいなツボ押しの世界じゃ、神は心――つまり精神を表す。意識の通り道を断ち切っていると説明されれば、人骨スケルトンが倒れる理由も納得できちまうんだよな。でもさ、ダンジョンなんて不思議な場所においては違う気がしないか? 動く骸骨なんて恐ろしい存在に、神の通り道を作ってやれば死ぬ……そっちの説明の方が、なんだか神秘的で相応しいんじゃないかと俺は思う』とな」

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