おじいちゃん、SNSを始める

「おじいちゃん起きてー! 大変なのー!」

「ふぁ? なんじゃ、天使か……。ワシにもついにお迎えが……」

寝惚ねぼけてる場合じゃないんだってば! はやくこれ見てよー!」


 布団の上からのしかかり、麻奈がワシを揺さぶり起こそうとしておる。

 なにやらスマホの画面を見せておるようじゃが、老眼のせいでボヤけてよく見えん。かろうじて、今が朝の五時であるのは読みとれたわい。

 いつもはこのくらいの時間に起きるからのぉ。わざわざ知らせに来てくれるとは、ほんに優しい子じゃて。


 昨晩は予定どおりウナギを食べた。最近の店はどこも養殖物じゃが、ふっくらとした身は旨味がたっぷりで、良質な油が傷ついた心を癒してくれた。

 いやはや、ウナギはいつ食べてもいいもんじゃ。絶品じゃったのぉ。長年使い続けておった剣と盾が、ワシには相応しくないという衝撃もぶっ飛びおったわい。


 家に帰ってからは、可愛らしい講師麻奈がスキルについて一生懸命に教えてくれた。コツから始まり、他の魔法使いがどのようなスキルを使っておるかなど、一から十まで丁寧にのぉ。

 すぐに眠くなってしまう遠藤のつまらない話とは違い、何時間でも聞いておれるそれはそれは素晴らしい授業じゃったなぁ。


 はしゃぎ疲れた麻奈を布団に寝かせて、そのままワシも眠ってしもうたんじゃった。


「もうっ! おじいちゃんてばー!」

「おぉおぉ、もう朝じゃったか。ありがとうありがとう。起こしに来てくれたんじゃな? 麻奈は気が利くのぉ」

「ちゃんと見て! おじいチャンネルの登録者数が七万人を超えてるんだよ?」

「そうかそうか。麻奈は気が利くのぉ」

「それは関係ないから……。チャンネルの登録者っていうのは、配信者のファンと同じなの。つまり、おじいちゃんのファンが一日で七万人も増えたってことなんだよ!」


 ビースト北村のおかげもあるが、ゴブリンの倒し方があちこちで話題になっておるらしい。

 初配信では、多くても一万人のファンがつけば大成功なんじゃと。ワシにはよく分からんが、麻奈が言うには滅多にないすごいことらしいわい。

 えへへうふふと頬を緩ませながら、嬉しそうに説明してくれよった。感情豊かな可愛らしい子じゃ。


 昨日の配信もすでに五万回以上視聴されて、コメントがたくさんついておる。これも普通ではありえないんじゃと。

 盛り上がった場面ごとに分けて編集した動画の方が好まれるらしい。麻奈は物知りじゃのぉ。


「SNSも作らなきゃだし、動画も編集しないと! 忙しくなるよおじいちゃん!」

「エスエヌなんちゃらとは何じゃ?」

「おじいちゃんてば、何も知らないんだからー! ダンジョン配信者がよく使ってるのが『スレッダー』ってアプリで、メッセージを投稿したらファンが見てくれるの。昨日何食べたとか今日は何時から配信するとか、お知らせしたり交流したりするんだよ!」

「難しいことは無理じゃぞ? ワシの脳みそが悲鳴をあげておる。キャパオーバーじゃ! 麻奈、知っておるか? ……適材適所という言葉を」


 スマホは電話とメッセージアプリくらいしか使えん。色々と教わった記憶はあるが、まったく覚えとらんからのぉ。若者のように使いこなせる気がせんわい。

 麻奈がいつになく楽しそうじゃから、好きにやらせておくのがよいじゃろう。ああでもないこうでもないと悩みながらスマホをいじっておるわ。

 この工藤源二、けっして逃げてはおらん!

 麻奈の笑顔を……守りたいんじゃ!


「おじいちゃん見てー! これがスレッダーで、おじいチャンネルのアカウントね? うふふ。さっそく投稿してみたよ!」


 剣と盾を持ったワシの写真がでかでかと表示され、チャンネルの紹介文が書かれておる。この短時間で見事なもんじゃわい。

 その下に、麻奈がマナティとして作成した文章が掲載され、これまたワシの画像が貼り付けてられておる。


『おじいチャンネルのマナティです!

 スレッダーアカウント開設しました。

 配信予定なんかを投稿しますので、フォローやリスレッドしていただけると嬉しいです。

 ダンキャスのチャンネル登録者数が7万人を超えていてビックリ!

 おじいちゃんを起こす前にイタズラを思いついちゃいました。

 可愛い寝顔を載せておきますw

 【画像】        』


 健やかな寝顔じゃな。ワシの魅力が存分にあふれだしておる。顔がいいと眠っている姿までもが絵になってしまう。

 ……罪な男じゃわい。


「そういえば、切り抜き動画の収益分配申請がきてたんだ。おじいちゃんの口座に振り込みでいいよね?」

「収益とはどういうことじゃ? ワシは探索者を引退しておるから、給料は発生しないはずじゃが。年金は貰っておるぞ?」


 探索者にはボーナスも退職金もない。モンスターからドロップしたアイテムを売ることで、ノルマを超えた分が固定給に加わる仕組みになっておる。

 ワシのように引退しても、会社員と違って退職とはならん。探索者としての資格を残したまま、ノルマと固定給がなくなるだけ。

 昨日はドロップがなかったので、ワシには一銭も入らんはずなんじゃが。


「違うよおじいちゃん。昨日配信したでしょ? その動画を使ってお金を稼いだ人がたくさんいるの。切り抜き職人て呼ばれてるんだけど、その人たちは配信者に収益を六割渡さないといけないルールがあるんだよ。今でだいたい十万円くらいかな?」

「……へぁ!? なぜそんなことになるんじゃ? 一日配信しただけで大金を稼げてしまうとは、恐ろしい世の中じゃのぉ」


 昨日叱りつけた三馬鹿スリースターズの行動にも合点がてんがいったわい。金は人の心を狂わすからのぉ。

 奴らはまだ二十歳はたち前後じゃろう。そのわりに戦闘の技術はなかなかのもんじゃった。……キノコ頭は分からんが。

 探索者として身を削り、心をすり減らしながらまじめに働くよりも、楽に稼げる方法があるならそちらを選んでしまっても不思議ではない。


「うちのチャンネルでも動画を出せば、もっとお金が入ってくると思うよ。ご飯のとき、毎日オレンジジュースを飲んでも怒られなくなるかな? あっ! おじいちゃん、スレッダーにさっそく反応があったよ!」

「やれ太るだの、やれ虫歯になるだの、ジュースは和樹がうるさいからのぉ。健康オタクもほどほどにしてほしいもんじゃが……どれどれ、なんと書かれておる?」


『アカウント開設おめでとうございます。昨日の配信面白かったです!』

『今日は配信ありますか?』

『ジジイ死んどるやんけwww』

『大魔導士ゲンジのスキルが見たい!」

『し、死んでる……』


 生きとるわい!

 まったく、不謹慎な奴らじゃのぉ。またワシのクールな戦闘を見せつけてやらにゃいかんか。

 麻奈に動画を見せてもらいながら教わったスキルも試さねば。楽しみになってきおったぞ。

 茨城の暴れ納豆から日本の大魔導士ゲンジへと変わるときがきたのかもしれぬ!


「朝飯を食べたらダンジョンへ行くぞい!」

「そうこなくっちゃ! じゃあ、スレッダーでみんなに伝えておくね!」


 今日は赤鬼オーガとの戦い方まで見せれるとよいのじゃが、当初の目的鬼退治を果たしたのちに何をするかを決めておらんのよな。

 ……それはまあ、おいおいか。ひとまず聖子に甘い卵焼きでも作ってもらうとするかのぉ。


「おいばあさん、朝じゃぞ! はよ起きんか! いつまで寝ておるんじゃ!」

「……もうそんな時間ですか? あら、麻奈ちゃんもおはよう。……おじいさん、時計は見ました?」

「麻奈のスマホで確認したぞい。五時じゃった!」

「そうですかそうですか、ずいぶん良い目をお持ちなんですねぇ。……今、三時半ですよ?」


 ひ、ひいぃ……。

 三と五を見間違えてしもうたぁあああ!

 聖子の顔が鬼婆になっとるぅううう!

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