おじいちゃん、下層へ

「ほら、行きますよおじいさん」

「……うむ」


 "すごかったなw"

 "俺たちは……何も見てない……"

 "人のほっぺたって、あんなに伸びるんだねw"

 "ゲンジ老けたなwww"

 "虫歯になったんかってくらい腫れてるw"

 "ハムスターみたいw"


 今、ワシの配信は何人くらいに見られとるんじゃろ。

 ばあさんに胸ぐらを掴まれながら説教されるのはいつものこと。それだけでは終わらず、両ほほがもげそうになるほどつねられてしもうた。

 ……そんな恥ずかしい姿を衆目に晒してしまったわけじゃ。


 何事もなかったかのように、ばあさんが走り出す。

 ワシも後を追うが、風を感じるたびに熱を持った頬がヒリヒリと痛む。

 ……こりゃ気が散ってかなわんぞ。


「ばあさんや、ポーショ……」

「ダメです!」


 顔の違和感を治すことすら許されず七階層に到着。ここもまた、ぱっと見て分かるほどに人が増えておるわい。


「いたぞ! ゴーレムだ!」

「っしゃ! ラッキー!」

「囲んで弱点を見つけろ!」


 三人組のパーテーが距離を取ってゴーレムを取り囲み、注意深くどれが抜けそうなブロックかと観察しておる。

 赤髪の男が背中側から長剣を突き入れたらしく、胸の辺りにぽっかりと穴が開いたゴーレムが光を放つ。

 弱点を見つける速度が三倍になれば、こんなに早く倒せるんじゃなぁ。


 "ゴーレム見つけてラッキーだなんてw"

 "おじいちゃんのおかげで、ダンジョン内における探索者の分布が変わってきましたね!"

 "たしかに。こりゃ表彰されて然るべきだわ"

 "あと厄介なのはオウルベアくらいか? あれさえ楽に倒せれば、上層から中層に狩場を変える初級者帯も増えそう"


「オウルベアとは、羽熊はねぐまのことかな? あれは素早いからのぉ。しかし、あんなの刺せば終わりじゃろ?」

「勝手に死んでくれますからねぇ? みなさんがお困りなら、少し探してみましょうか!」


 羽熊オウルベアは、熊の体にふくろうの頭をつけたようなモンスターじゃな。

 熊の体表は、柔らかくて短い綿毛わたげと硬くて長い刺毛さしげに覆われておる。対してオウルベアは、毛の代わりに白と茶褐色ちゃかっしょくが混ざり合った長い羽が生えておる。

 手首から腰の上あたりまでが翼膜よくまくになっていて、短い距離ならば滑空が可能じゃ。

 動きは速く、三次元的に攻めてくるが、分かりやすい弱点がある。……そうか、それを知らねば厄介に映っても仕方がないかもしれん。


 駆け足で進んでいくと、壁際でとぐろを巻いた鎧蜥蜴よろいとかげが目をつむって寝転んでおる。

 尾の先まで含めれば体長は三メートルほど。金属質な銀の鱗が体表を埋め尽くし、壁から発せられる青白い光を反射して非常に美しい。

 音を立てなければ襲ってくることはないじゃろう。


 "ちょい待ち! もしかしてさ、メタルリザードも倒せたりすんの?"

 "スキルすらほとんど効かないから、誰も倒してないよな"

 "ちょっかいかけなきゃ無害だしねw"

 "あれはいやし要員やろw"


「ばあさん、ちょいと待ってくれんか。ここはワシがやろう。前から行けば、低い位置から噛みつかれる。後ろから攻めれば、ムチのようにしなる尻尾が危険じゃ。ではどうするか……上じゃ!」


 無音歩法で近づき、大きく飛んでメタルリザードの真上を制圧。身の危険が迫っているとも知らず、スヤスヤと気持ちよさそうに眠り続けておる。

 狙うは首の少し下。背骨の左に一つだけ存在する逆向きの鱗じゃ。ここに剣を差し込んでくださいとばかりに、分かりやすく隙間が開いておる。


「そいやっ!」


 ショートソードの先端を滑り込ませるように突き入れて、内側で刃の向きを垂直に。

 鱗は硬いが、此奴の肉はやわいからのぉ。皮膚ひふえぐってさえしまえば、傷口を広げるのは容易たやすいこと。


 痛みで目を覚ましたメタルリザードが、今更になって暴れ始めるが……遅すぎる!

 さらに深く刃を突き刺し、片側の刃を鱗で固定しながら、バールでこじ開けるように腹の中をさばく。

 逆鱗の下に隠れた心臓を真っ二つじゃ!


 着地の瞬間だけ、気をつけねばならん。地面に降りようもんなら、足を踏まれたり、噛みつかれたりと危険があるからのぉ。

 一番安全な離脱方法は、背骨に沿って垂直に生えている丸みを帯びた鱗を足場にすることじゃ。ここを蹴って距離を取る。


 しばらくその場でもがき苦しむメタルリザードであったが、じきにぐったりと動きを止め、ダンジョンに吸収されていく。


 "嘘だろ!?"

 "剣なんか通じないって言われてたのにwww"

 "前に別の配信で見たんだけど、でかいハンマーを持った二人が、頭を五時間ぶっ叩き続けても倒せてなかったぞw"

 "暴れ納豆にかかれば二十秒も要りません!"

 "お? なんかドロップしてんぞ!"


「ワシが剣を刺した場所をよく覚えておくとよい。……これは、鱗じゃな。メタルリザードを倒すとたまに落とすんじゃよ。盾なんかに貼り付けてやれば、なかなかの装備に……そういえば、ワシの盾がそれじゃった! では、次に行くぞい!」

「オウルベアは私が倒しますからね?」


 探し回ってはみたが、オウルベアはなかなか見つからず。九階層まで来てしもうた。

 もしかしたら、仏の岩窟にはおらんのかもしれんのぉ。

 ……と、考えておったのに。

 現れよったわい!


 去年の夏休み、麻奈と一緒に行ったフクロウカフェ。そこにおったモリフクロウという種類に似た顔をしておる。

 羽毛はフカフカに膨らんで、体長は二メートル半ほど。くりっと丸い大きな瞳が可愛らしい。

 熊と比べて手足が長く、前足の爪はダガーのような形状じゃ。あれで引っ掻いてきよる。


「このモンスターとの戦闘は、ほぼ逃げに時間を使います。基本的に飛びかかってきますから、横に避けてあげれば大丈夫ですよ。急な方向転換なんてしてきませんからね。では、参りましょうか!」


 ハルバードを振り回しながら、ばあさんがゆっくりと近づいていく。肩慣らしをしておるのじゃろう。真紅の刀身が無限の軌道を描いておる。


「キュイイイイィ!」


 オウルベアも戦闘態勢に入ったようじゃ。

 二本足で立ち上がり、両腕を広げた威嚇いかくのポーズ。甲高かんだかい鳴き声が脳を震わせよるわい。


 ばあさんは、半身になってハルバードを中段に構えておる。軽く膝を曲げ、相手の動きに対応するつもりじゃろう。

 道の中央にたたずむ姿は、もはや湊大橋の女弁慶じゃ。


 四足歩行となったオウルベアが、体を大きく揺さぶりながら地を駆ける。

 その迫力は、まるで軽自動車。ブレーキが壊れたかのように突っ込んでくる……が、突如進行方向を変え、壁へと向かっていく。

 そのまま飛び上がり、四つ足で壁を蹴って三角飛び。両手を広げて翼を開き、聖子を狙って滑空する。

 ……さっそくチャンスじゃな!


「角度に合わせて武器を突き立てます」


 オウルベアが目前に迫ったそのとき、ばあさんが屈む。

 ハルバードの穂先を持ち上げての後端を地面に固定し、両腕でしっかりと握りしめておる。

 とっさには軌道を変化できず、自らハルバードに突き刺さっていくオウルベア。

 地面とオウルベアとの隙間に入り込んだ聖子は、武器を引き抜きながら横にれた。


 胸元から血を吹き出した獣は、それでも闘争心を失わない。すぐに起き上がると、再びばあさんに向かって走り出す。

 しかし、すでに距離を取っていたばあさんは、オウルベアを中心にして円を描きながらいなし続ける。

 こうなればもう勝負は決まったようなもの。

 羽を真っ赤に染め上げたオウルベアは、やがて崩れ落ち、動きを止めてしまう。


 "あの滑空が厄介だと思ってたんだけど、逆手に取るとは……"

 "戦法としては、オーガとそれほど変わらん感じか"

 "じいちゃんも同じように倒すの?"

 "すげえわマジで。中層で唯一のスピード型モンスターなのに"


「ワシの場合は、オウルベアが空を飛んでいる間に地面を滑り、すれ違う勢いを利用して腹を裂く。刀身の短いショートソードならではの戦い方じゃな。その後はワシも逃げ回る」

「敵の力を使えるので、女性でも倒しやすいモンスターですね。……あらら。ごみが出ました」


 オウルベアが消えた場所に、少し大きめの羽が落ちておる。曇り空のような灰色じゃ。


 "ゴミってw 帰還の羽じゃんかw"

 "え? まさか、ゴブリンの魔石みたいに……"

 "いやいや、さすがにそれはないっしょw ダンジョン探索の必需品じゃんかw"

 "羽軸うじくのあたりを折り曲げて、半分に割ったものを地面に放り投げたら帰還用のポータルが出るよ!"


「あらやだ。燃えるごみの日にまとめて捨ててましたよねぇ、おじいさん?」

「そうじゃな。ダンジョン帰りに、コンビニのゴミ箱に捨てておったわい」


 "やばwww"

 "笑うわw"

 "それ買ったら三万くらいすんのに!"

 "腹痛いwww"


 こんなもん、ごみにしか見えんじゃろ……。


 コメントに馬鹿にされながら、十階層へと下りていく。

 ここから先は下層。モンスターが知恵を持ち、少しの油断が死につながる。

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