おじいちゃん、コメントに救われる

「ずいぶんと人が増えたもんじゃな」


 昨日は三組しか見かけなかったパーテーがあちこちにおる。

 盾役がオークを引きつけ、攻撃役が背後に回り込む。アキレス腱を斬って動きを止め、総攻撃を仕掛けてとどめを刺す。ワシの攻略が見事にパーテー用として落としこまれておるわい。


「おっ、暴れ納豆だ! 表彰式見たぞー!」

「今日はおばあちゃんも一緒なんですね……って、速すぎ!?」

「ゲンジありがとー! おかげでオークが簡単に倒せるようになったよー!」


 すれ違う若者に声をかけられるが、ばあさんがどんどん先に行くもんじゃから、剣を振りながら一言ひとこと返して終わり。会話もさせてもらえん。


 短いファンサービスで目を離した隙に、聖子の姿が消えておる。少し距離が空いてしまったようで、一人で先に角を曲がっていったようじゃ。

 ……やれやれ、カメラはワシを追尾しておるというのに。


 呆れながら左に曲がって追いかけると、首の無いオークの死体が前のめりに倒れてきた。

 おそらくばあさんの仕業しわざじゃろう。


「ぬおっ! 危ないじゃろうが!」


 左足で踏み切って飛び上がり、オークの背中に両手をついて跳び箱の要領で乗り越える。そのまま、着地の反動を前方に逃して加速じゃ。これ以上離されてはかなわんからのぉ。


「うふふっ。おじいさんが遅いからですよ」


 ドッキリ大成功とばかりに悪戯いたずらっぽく笑っておるわ。なんてやつじゃ……。


 "は? 今の五秒くらいでオークを倒したってことだよな?"

 "どうやったんだろうなw ゲンジがカメラを独り占めしてたから見れなかったわ……"

 "おじいちゃんさ、今日はカメラ要員なんだからちゃんとしてくれない?w"

 "見たかったなぁ。誰かさんのせいで……"

 "カメラマンさん、次は仕事してね?"


「おい聖子! お前のせいでワシがコメントから馬鹿にされとるだろうが!」

「私もイヤーチップをつけているから聞こえてますよ。……それよりおじいさん? ……今、名前で呼びませんでしたか?」


 突然足を止めた聖子が振り返る。両目だけはオーガのように怪しく輝いておるが、表情から感情が抜け落ちていく。

 なぜワシの背中はじっとりと汗をかいておるのじゃろうか。鳥肌が止まらん。

 ……ブチギレておるな。


 "あっ……"

 "セイコちゃん怒らないで!"

 "ひぇっ……"

 "セイコ! 美人な顔が台無しだぞ!"

 "そうだぞセイコ! さっきまでの可愛い笑顔はどこにいったんだ?"


「あら、美人だなんて。私なんておばあちゃんですよ! もう、お上手ですねぇ!」


 コメントのしゅうよ、ナイスじゃあああっ!

 お主らは、このダンジョンで最も危険なモンスター『オーガババア』を無力化してくれたっ!


「おっ、向こうにオークがおるぞ! みんな見たがっておったから、倒してきてくれんか?」


 一瞬、日本刀のように鋭い眼差しをワシに突き刺した聖子が、オークに向かって走りだす。

 専属カメラマンワシもそれに続く。


 しだいに姿勢を低くしていくと、ワシでさえ見失いそうになる。当然足音もない。

 オークからしてみれば、視覚も聴覚も意味をなさなくなったわけじゃ。優れた嗅覚でなんとかするしかないが、大まかな位置しか把握できないんじゃから、見えない相手と戦うに等しい。


 あせって的外まとはずれな場所に掴みかかろうとするオークの横を通り過ぎたばあさんが、体を起こすと同時にハルバードを振り上げる。

 踏み込むとともに上半身を捻ることで、は大きくしなり、いびつな曲線を宙に描く。

 剣とは重心がことなるその武器は、遠心力という破壊の慣性をまといながら加速する。

 オークの首筋に迫った時には最高速に達しており、薄い刃が音もなく太い首を通過する。


「みなさん、見てくれましたかねぇ? オークの頭蓋骨は、アゴが平らなんですよ。真後ろから首と頭の境目に刃を入れてやれば、私のように低い場所から斜めに攻撃したとしても、すんなり斬り落とすことができます。……ほらね?」


 まだ首が繋がっているように見えるオークの頭をハルバードの先端で突くと、驚くほどに綺麗な断面がパックリと開く。

 生首が白目を剥いて転がり落ちると、オークの体が前のめりに倒れた。

 ……これがイタズラの正体じゃったか。


 "おばあちゃん、ちっちゃい体なのにすんごいパワーだね!"

 "強すぎワロタwww"

 "あんなに太い首を女性の細腕で真っ二つとは!"

 "セイコにとってはゴブリンと変わらんのなw"


「勘違いしているようですが、私は非力ですよ。たとえショートソードであっても、おじいさんのように片手で振り回すのは難しいですからねぇ。断言してもいいでしょう。探索者という職において、女は男に勝てません。同じようにやっていては……ですが。体のしなやかさで長物の遠心力を活かす。これこそが女探索者の強みだと思いますよ。男の三倍訓練なさい。私の動きを見て学びなさい。そうすれば、二年で追いつき、三年で追い越せますから」


 "言うことに深みがある……"

 "経験の厚みを感じるよねw"

 "おばあさん……いえ、先生! ありがとうございます。私の進むべき道が見えました!"

 "女だからしょうがないと思ってレイピアを使ってたけど、剣槍けんそうか薙刀に変えてみようかな?"

 "ゲンジが空気になっちまったwww"


 ……反論ができん。下層にさえ行ってしまえばワシの出番なんじゃがのぉ。

 聖子の戦い方は、攻略法を取り入れながらもハルバードを使う前提で考えられておるからな。配信に誘って正解じゃった。

 ワシには真似できんやり方じゃから、女性にとっては参考になるのかもしれぬ。男に勝ちたければ努力せよと、進む先に希望を持たせる説明も素晴らしい。

 ながらあっぱれじゃ。


「よし、さっさと下層へ行くぞい! コメントらは、戦い方が気になるモンスターがおったら、都度つど言ってくれの?」


 "あれ? ゲンジ居たんだ?"

 "おっ! やっと来たか!"

 "お前らひどいぞwww"


「お主ら……後で泣いても知らんからな! ワシだって強いんじゃから! こんな鬼婆なんぞ……」

「……何か?」

「え? あ、いや……何も言っとらんぞ? ほんとじゃもん!」


 "……はぁ"

 "あーあw もう助けてやんねえからなw"

 "ゲンジ、いい奴だったな……"

 "ご冥福をお祈りしますw"


 ぎゃああああああああ!

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