おじいちゃん、配信を始める

 昨晩、ダンジョン配信に関する基礎知識を座学でみっちり詰め込まれた。

 今日はさっそくダンジョンに潜ってみようかと考えておる。


 購入したフロートカムには、アシストモードなる機能があるらしい。麻奈のスマホに紐付けておけば、配信の設定などの細かい部分を向こうでやってくれるというわけじゃ。

 カメラの操作なんかも麻奈がやってくれるので、ワシはただ目的の赤鬼を倒すまで進み続ければよい。


『もしもーし、おじいちゃん聞こえますかー?』

「聞こえとる聞こえとる。こっちの声はどうじゃー? ワシの禿茶瓶はげちゃびんも映っとるかー?」

『ちゃんとハゲてるよー! 声も大丈夫みたい!』


 今は配信の準備段階。ダンジョンの手前で最終確認の真っ最中じゃ。

 右耳に装着したイヤホン型のデバイス――イヤーチップから、麻奈の声がはっきりと聞こえておる。ワシの声は、フロートカメラが拾ってくれておる。

 眼鏡型のデバイスもあったのじゃが、邪魔になりそうなのでワシには要らん。視界の端でコメントが流れたり、歩いた道を地図として可視化してくれたりと様々な機能が付いておるそうじゃ。

 フロートカムに内蔵された人工知能が視聴者のコメントをバランスよく選んでくれて、イヤーチップが読み上げてくれるらしいわい。


「さて、いよいよじゃな。麻奈や、ダンジョンの入り口付近で配信開始じゃったか?」

『そうだね。みんなそんな感じで始めてるよ。最後に一番大事な挨拶だけ練習しておこっか?』

「みなさん、初めまして。『おじいチャンネル』にようこそ。三十年振りのダンジョン攻略じゃから、色々教えてくれんか? ……で、よかったかのぉ?」

『うんっ! 昨日三時間も練習したからバッチリだね!』


 入り口に向かって移動を開始。宿泊施設やら食事処が建ち並び、まるで観光地のようになっておる。

 ワシが探索者だった頃は、危険だからとダンジョン周辺からは人が離れて、更地同然に何も無くなってしまったんじゃがなぁ。


 麻奈が言うには、ダンジョンがいなんて呼ばれておるらしい。有名な飲食店なんかもあるようで、装備を身につけていない観光客で賑わっておる。


「……変わったのぉ。昔はみんな怖がってダンジョンには近づかんようにしとったがなぁ」


 人混みを掻き分けながら進んで行くと、巨大な漆黒の楕円の中で薄水色の光が渦を巻くダンジョンの入り口『ポータル』を視界に捉えた。

 この光景だけは昔と変わっとらんのぉ。


 麻奈が調べてくれた情報じゃと、ここ『仏の岩窟』は元々仏像があった場所に出現したダンジョンで、薄暗い洞窟がただひたすら続いておるらしい。

 体は鈍っているを通り越して、もはや錆びついてしまったように重たい……が、孫の為じゃ。気合いを入れんとな。


「この辺りでどうじゃろ?」

『いいと思う。初配信はすぐに誰か来てくれるから、コメントが流れ始めたら挨拶してね? えっと……フロントビューに変更して……と。よし、いくよ! 配信スタート!』


 よもやこの歳にして新たな挑戦とは。緊張で膝が震えておるわい。いや、武者震いかもしれんのぉ。

 血湧き肉躍るとはこの事じゃな。


 "初見です。……このおじいさんがダンジョンに潜るんじゃないですよね?"

 "ヨボヨボのジジイやんけwww"

 "えっ? 大丈夫これ?"

 "ジジイで草"


 これがコメントじゃな。感情のこもっていない無機質な声が聴こえるわい。

 いきなりジジイとは手厳しいではないか。しかし、それでこそ挑戦のしがいがあるってもんじゃ。ここは一発ビシッと挨拶を決めて、こやつらの度肝を抜いてやらねばのぉ。


「コメントの皆々様、よくぞ御出でなすった。初ダンジョン配信より賑々しく御見物くださり、有難き幸せ。厚く厚く御礼申し上げる。数え年で六十と五。姓は工藤、名は源二。粘り気だけは負けやしねえ。茨城の暴れ納豆たぁワシのことよ!」


 "歌舞伎?w"

 "暴れ納豆ってなんだよwww"

 "口上こうじょうワロタ"

 "納豆がんばれー!w"


 どうじゃ若造ども。これが挨拶じゃ!


 どんなモンスターが相手でも、時間をかけて倒す。そんなワシの噂を聞きつけた他の探索者が『粘り勝ちのゲンジ』と呼び始めた。

 そこから派生して、いつしか『茨城の暴れ納豆』になってしもうたんじゃが。


『ちょ、ちょっと! 練習と違うじゃない! あと、本名言っちゃダメぇ!』

「おっと、気持ちがたかぶってしもうた。すまんがやり直しじゃ。みなさん初めまして。えー……ワシの名前はなんじゃったかの?」


 "ゲンジだろ!w"

 "痴呆始まってる?w"

 "吹いたわwww"

 "おじいちゃん、ご飯はもう食べたでしょ?"


 自分の名前くらい知っておるわ。チャンネル名をど忘れしてしもうたんじゃ。まったく、最近の若いもんはすぐボケ老人扱いしよる。


『もう! おじいチャンネルでしょ!』

「そうじゃったそうじゃった。みなの衆、おじいチャンネルへようこそ」


 "ほんわかした名前で草"

 "おじいチャンネルのゲンジさんちぃっす"

 "一発目の挨拶が衝撃的すぎて何も入ってこねぇw"

 "面白すぎてお腹痛いwww"


 これが麻奈の言っていた掴みってやつかのぉ。流石はワシの孫じゃて。

 ダンジョン配信者は、初配信で伸びるか伸びないかが決まると言うとったな。ワシは目的を達成したら終わりじゃから、人気なんて関係ないんじゃが。

 ……いや?

 ワシが人気者になれば、麻奈も学校で自慢できるやもしれん。教室中はワシの話題で持ちきりになり、友達を連れて遊びに来るなんてことも増える……完璧じゃわい。


 俄然がぜんやる気が出てきおったぞ。

 視聴者の心を掴み、離さない。ダンジョン配信界の暴れ納豆になるとするかのぉ。


「さて、そろそろダンジョンに入るとする……」

「待った待った! ここダンジョンだよ? 勝手に入ったら駄目なの。おじいちゃん迷子? ご家族の方は近くにいらっしゃるのかな?」


 なんじゃこやつ!

 ワシの行く手をはばみおって!

 ポータルに入ろうとしたら、近くに立っておった小童こわっぱに止められてしもうた。


 "ダンジョン管理員さん、お仕事ご苦労様です!"

 "徘徊老人扱いされてて草"

 "管理員さんのおかげで今日も平和が守られたな"


 ……ダンジョン管理員?

 今はそんなのがおるのか。ワシの邪魔をしおってからに。


「ほれ、探索者登録証じゃ。ダンジョン管理員なんぞワシの時代にはおらんかったぞ。みーんな勝手に入っておったのにのぉ」

「これは失礼しました。しかし……」

「大丈夫じゃて。孫にワシの勇姿を見せたらすぐ戻って来るわい。ワシは暴れ納豆じゃぞ?」

「暴れ……。よく分かりませんが、お気をつけて。決して無理はなさらないようにお願いします」


 "管理員さん困ってて草"

 "ゲンジイズ暴れ納豆www"

 "孫にSNSを始めさせられるおじいちゃんの進化版だなw"

 "初めてダンジョンに潜るんじゃないよね?"

 "他の探索者の迷惑になるんで、マジで変なことだけはしないでくださいね!"


 ポータルに入ると、まばゆい光に包まれたまま視界が歪む。

 三半規管が狂ったかと疑いたくなるほどの酷い目眩。宇宙に放り出されたかのような浮遊感。こればかりは、何年経っても体が慣れん。

 過去に誰かが、次元トンネルをくぐっているみたいだと表現しておったのぉ。

 実在するかも分からない不確かな物の例えであったが、妙に納得したのを覚えておる。


 久々の感覚じゃわい。

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