おじいちゃん、カメラを買う

「ここでいいんじゃろうか?」

「地図アプリで確認したから間違いないと思うけど、こんなに大きいんだね」


 全てのドライバー達に見習って欲しいくらい同乗者に気を遣った安全運転で走ること約四十分。田舎にはとても似つかわしくない巨大な建物がそびえ立っておる。

 以前、ばあさんと一度だけ行ったことがある会員制倉庫型店舗より大きいかもしれんのぉ。


「麻奈も初めて来たんだけど、装備とかモンスターからのドロップアイテムとか、冒険に役立つ商品が置いてあるらしいよ。おじいちゃんは武器とか防具とかも買うの?」

「昔使っていた装備がまだ使えるかもしれん。八年前に見た時には綺麗なまんまだったしのぉ。ダンジョン産じゃし、手に馴染んでおるから、そっちを使おうと思うんじゃが……どうじゃろ?」

「じゃあ、今日は飛行追尾式カメラ――通称フロートカムって言うんだけど、それしか買わないからそんなに時間はかからないと思うよ!」


 早速店内に入ってみると、大勢の若者でごった返しとる。みなこれからダンジョンに行きますと言わんばかりに装備を着込んでおるわい。

 いまだに探索者がこれだけ人気の職業であれば、日本は安泰じゃろうて。


「すみませーん! フロートカムを買いたいんですけど!」


 な、なんと利口で肝っ玉が据わった子なんじゃ!

 まだ小学二年生だというのに、自分から店員さんに話しかけおったぞ!

 ワシが麻奈くらいの時は、下を向きながら親の陰に隠れていたというのに。


「はぁい。ご案内しますねぇ」


 ずいぶんと別嬪べっぴんさんな店員じゃのぉ。探索者なんぞむさ苦しい男だらけの世界じゃと思っとったが、麻奈が見ていた配信にも女子おなごがおったし、ワシの常識がどんどん崩れていくんじゃが。


 ……この三十年の休業期間で、モンスターが異常に強くなっているとかないじゃろうな?

 生い先短いとはいえ、孫が見ている前で無惨に殺されるのだけは勘弁じゃぞ。とりあえず一階層に潜ってみて、無理そうなら逃げ帰って土下座するしかないかもしれん。


「こちらになりまぁす。お嬢ちゃんが使うわけじゃないわよねぇ?」

「ワシじゃ」

「……そ、そうでしたかぁ。勇敢なお祖父様でいらっしゃいますねぇ」


 ワシがやるに決まっておろうが。まったく、なんじゃこの小娘は。冷ややかな視線を向けおって。

 ワシはかつて、茨城に工藤源二くどうげんじありと言われた男じゃぞ。


「どういったタイプのフロートカムをお探しですかぁ?」

「初めてなので、使いやすいのがいいのです。ダンキンさんが紹介してた、スマホの配信と自動同期してくれるやつはどうなんですかね?」

「いいと思いますよぉ。旧式になりますが、最低限の機能ですから、シンプルで使いやすいフロートカムですぅ。お値段もお手頃ですしぃ、人気商品ですねぇ」


 フロートカム……じゃったか?

 この広いコーナーの陳列棚に、所狭しと並べられておる。安くても五十万円とは、恐ろしい世界じゃわい。

 こんな訳の分からんもんが売れているなぞ信じられん。黒色の球体、多面体と形は様々じゃが……たしか浮いておったよな?


「店員さんや、この一番高いのと孫が言っていたダイコン? のカメラとは何が違うのかのぉ?」

「ダンキンだよおじいちゃん……」

「こちらは発売されたばかりの最新式でしてぇ、肌を綺麗に見せたり体を細く見せるビューティー効果ですとかぁ、体の線に沿ったアバターを投影したりですとかぁ、様々な機能がございますねぇ。お試しになりますかぁ?」

「ふむ、見てみよう」


 店員さんが何やら操作を始めると、黒い八面体が音もなく飛びおった。用意されたモニターにワシが映っておる。

 どういう仕組みなんじゃ?


「こちらがビューティー機能ですぅ」

「な、なんじゃと!」


 ……しわが消えておる。

 五十代……いや、四十代でも通用するかもしれん。恐ろしいテクノロジーじゃ。

 しかしのぉ……。


「店員さんや、後頭部を映してくれんか?」

「はいぃ。こんな感じで設定してあげればぁ、どのような画角で撮影するかを選べますぅ。こちらがバックビューモードですねぇ」


 ……やはりか。


「このビューテー機能で髪を増やして欲しいんじゃが」

「ぶふっ……。い、今の技術では難しいかもしれませんねぇ」

「ちょっと! おじいちゃんやめてよー!」

「すまんすまん。失った物を取り戻せるかと思ってのぉ」


 どうせなら素敵なおじいちゃんで配信したかったんじゃが……。八百万円程度でどうにかなると思ったワシが馬鹿じゃったわい。


「でしたらぁ、アバターモードは如何でしょう? 例えばぁ……こちらはデフォルトのスキンですがぁ、お客様ご自身でアバターを作成して頂くことも可能なんですよぉ?」


 歳の頃は二十代前半じゃろうか。陽の光を集めたかのように鮮やかな金色の長髪に、目鼻立ちのはっきりした顔。これがイケメンというやつなのかのぉ。


「お嬢さんや。確かに凄い技術じゃが、こんなに腰が曲がっておれば台無しじゃろうて。これを見て、まあ! なんて素敵な殿方かしら! ……とはならん。流石に無理があるのぉ」

「……っ! ……ふぅ……ふぅ」


 店員さんが、ワシに背を向けて肩を震わせておる。

 ふざけすぎたせいか、麻奈のほっぺたがパンパンに膨れておるし、素直に麻奈のオススメを買ってさっさと帰った方がいいかもしれん。


「じゃあ、最初のを包んでくれんか? なんじゃったか……ダイ……」

「ダンキン! もう、おじいちゃんテレビ見てないの? ダンキンさんも知らないなんて。ダンジョンキングさんていう登録者六百万人超えの大人気配信者なんだよ! すっごく強いんだから!」

「では、会計はレジでお願いしますねぇ」


 ……こんなソフトボール大の黒球が八十二万円。高い買い物じゃった。

 しかし、幸い蓄えはある。孫の疑念を晴らせるのなら安いもんじゃ。


「では、帰るとするか!」

「うんっ! お家でいっぱい練習しなきゃ! 麻奈が教えてあげるから、ちゃんと覚えてね?」


 マンツーマンで手解きしてくれるらしいわい。買った甲斐があったのぉ。結果的に安い買い物じゃったな。


 時速一キロだけ、スピードを出して帰るとしようかの。

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