元探索者のおじいちゃん〜孫にせがまれてダンジョン配信を始めたんじゃが、軟弱な若造を叱りつけたらバズりおったわい〜

伊藤ほほほ

おじいちゃん、孫を溺愛する

「おじいちゃん、来たよー!」


 ワシの孫――麻奈まなの元気一杯な声。輝くような笑みを浮かべておる。

 何物にも代え難いワシの天使じゃ。


「おじいさんたらね、麻奈ちゃん達が昼過ぎに到着するって聞いてから、ずっと玄関で待っていたんですよ?」


 ばあさんや、恥ずかしいからばらさんでおくれ。

 まったく、聖子せいこの口に戸は立てられんのぉ。


「親父、母さん、元気そうだね?」

「お義父とうさん、お義母かあさん、お邪魔します。こちら、お口に合えばいいんですけど」


 息子の和樹かずきとその嫁の千枝ちえさん。二人とも変わりないようで何よりじゃな。

 わざわざ気を遣って土産を買ってきてくれたらしい。できた嫁じゃのぉ。


「お土産ね、麻奈が選んだんだよ!」


 な……何じゃと……?

 そんなもの、お口に合うに決まっとろうが!


「ばあさん、すぐに茶を淹れてくれ! ほれ、何をしておる。早く家に上がりなさい!」

「ふふふ、困ったおじいさんだこと」


 真っ先に居間へと戻り、ペーパーナイフでお土産の包装を丁寧に剥がす。これは後で『麻奈との思い出スクラップ帳』にじねばならん。

 チョコを挟んだクッキー状のお菓子も、包み紙をハサミで綺麗に開いておく。これは、洗って干すという一手間が必要じゃ。

 孫を持つ老人ならやって当然の作業じゃわい。


「はいはいお茶が入りましたよ。麻奈ちゃんの好きな梨もありますからね」

「うわぁ! やったぁ!」

「ナイスじゃばあさん!」


 流石は聖子ばあさん。孫の好物でポイントを稼ぐとは……なかなかやりおるわい。ワシも負けておれん。


「何がナイスだよ。まったく、親父も母さんもあんまり麻奈を甘やかさないでくれよ? また帰るときに愚図ぐずって大変になるんだからさ」

「あははっ。別にいいじゃないの。夏休みくらいしかおじいちゃんとおばあちゃんに会えないんだから。ねえ麻奈? 存分に甘えなさい」

「うんっ!」 


 ローテーブルを囲みながら、唯一無二ゆいいつむにのお菓子に舌鼓を打つ。

 ワシの胡座あぐらの上にちょこんと座った麻奈は、両手でしっかりとグラスを持ってオレンジジュースを飲んでおる。

 もう小学二年生か。大きくなったもんじゃわい。


 去年の夏休みは、麻奈が帰りたくないと大騒ぎじゃった。

 帰らなくていいと言ったワシが原因なんじゃが、麻奈が帰った後でばあさんに叱られてしもうてのぉ。……あれは地獄じゃったわい。


「ところで和樹、いつまでこっちにおるんじゃ?」

「二週間くらいかなぁ?」

「ちょっと短かすぎやせんか? 毎年三週間はゆっくりしとるじゃないか!」

「千枝の実家にも一週間くらい泊まろうと思ってるからね」


 ……の家に行くじゃと?

 どうして急に。夏はワシの家に泊まるという暗黙のルールがあるじゃろ。


「向こうさんの家は冬に行っとるじゃろ?」

「今年の冬は家族旅行で海外に行くつもりだから」

「何じゃと!? 貴様がそのつもりならワシも……」

「おじいさん? その辺にしないと……」


 ひ、ひいいいぃ!

 鬼じゃ! 鬼がおるぞ!

 こりゃたまらん。ばあさんを怒らせたら大変じゃからな。

 お口にチャックじゃ。くわばらくわばら……。


「ねえねえおじいちゃん。これ見て?」

「ん? ほう、ダンジョン・・・・・じゃないか」


 麻奈が持つスマホの小さな画面には、迷宮内を歩く四人の探索者が。進行方向の様子まで映るように、少し上空から探索者の背後を撮影しておるようじゃ。

 驚くほどに鮮明な映像で、石造りの通路を響く足音までもがはっきりと聴こえておる。


「そう。よく分かったね! ダンジョン配信ていうのが今流行ってて、リアルタイムで攻略してる様子が見れるんだよ! クラスのみんなも誰かしらの配信を見てて、麻奈はこの人達が好きなの」

「すごい技術じゃな……」


 大きな盾を持った屈強な大男、巨大な剣を担いだ長い髪の優男やさおとこ、ローブを身にまとうヘンテコな棒を持った女子おなご、それと……この痩せ細った男はいったい何を考えておるんじゃ?


「先頭を歩く巨大な鞄を背負ったバカモノは命が惜しくないのかの? 手ぶらで進めるほどダンジョンは甘くないと思うんじゃが」

「えぇ! おじいちゃん知らないの? ポーターっていう大事な役割なんだよ!」

「……ポーター? はて、初耳じゃが」


 剣と盾を持ってモンスターと戦う。それが探索者の常識じゃった。寝巻き姿の女子おなごが持つ長い棒もワシャ知らん。

 引退してからもう三十年。時代は変わるもんじゃなぁ。


「ポーターは、アイテムを管理する人ね? パーティーの先頭を歩いて……」

「パーテーとは何じゃ?」

「もう! パーティーも知らないの? 一緒にダンジョンを攻略する仲間の事だよ。でね、ポーターってのは、進む先に危険が無いかを調べて状況を把握するの。モンスターと遭遇したときにどう戦うかの指示を出したりもするんだよ」

「なるほどなるほど。パーテーもポーターもワシが探索者じゃった時代には無かったからのぉ。昔はみーんな一人で潜っとったわい」


 ワシが十五のときに、突如世界中に出現したダンジョン。当時は大騒ぎしたもんじゃ。

 ダンジョンから溢れ出したモンスターが街で暴れ回り、大勢の人間が死んでしもうたからのぉ。

 自衛隊だけじゃ手が足りず、何とかしようと立ち上がった若者達が命懸けで戦った。今思い返しても厳しい時代じゃったわい。


「おじいちゃんも探索者だったの?」

「そうじゃよ。ワシも国を守るために戦ったんじゃ。酢羅衣霧すらいむに緑の小鬼、他にもたくさん倒したのぉ」

 

 戦場は街中からダンジョン内へと変わり、すぐに動きを見せた防衛省が探索者制度を作り上げた。探索者として認められた者には登録証が発行され、警察官や消防士のように公務員として扱われたんじゃ。

 訓練も何もしていないただの血気盛んな若造ばかり。そんな者が戦うのは、死にに行くのと同義じゃからな。当然保険なんぞ加入させてもらえん。

 その分、働きに応じた給料はなかなかの額じゃったし、探索者として活動している間は税金が免除されておったから、ワシは早期にリタイアさせてもらったがのぉ。


「じゃあさじゃあさ! これも倒したことある? オーガって言うんだけど」


 麻奈が指差す先で、身の丈が人の二倍以上もある筋骨隆々の化け物『赤鬼あかおに』が、四人の探索者と対峙しておる。


 ポーターが指示を出すと、大男が前に出る。そこに振り下ろされたのは、赤鬼の強烈な右ストレートじゃ。耳をつんざくような金属音を響かせながら、巨大な盾で受け止めた。

 その一瞬の隙を見逃さず、背後に回り込んだ優男が飛び上がる。巨大な剣を振り上げ、無防備な赤鬼の肩口を狙いすました袈裟斬りを放つ。落下の勢いを乗せた見事な一撃じゃ。


「もちろんあるとも。こいつはな、図体ずうたいの割に動きが遅い。凄まじい威力ではあるが、恐れずに拳を盾で受け止めて、無防備な手首の血管を切って逃げるんじゃ。そうすれば、いずれ血を失って死ぬ」

「絶対嘘! そんな倒し方見たことないもん!」


 ……なんということじゃ。麻奈に嘘吐きと呼ばれてしまったわい。

 赤鬼程度なら今のワシでも倒せるとは思うし、すぐにでも証明して見せたいところじゃが……麻奈を危険なダンジョンに連れて行くわけにもいかんしなぁ。


「本当じゃて。昔はみんなそうしてたんじゃぞ? 一人でモンスターを倒すために工夫しながら……」

「じゃあ証拠見せてよ! おじいちゃんもダンジョン配信してっ!」

「麻奈っ! いい加減にしなさい! おじいちゃんを困らせちゃダメでしょ!」


 なるほどなるほど、その手があったか。

 最近の機械には詳しくないが、麻奈に教えて貰いながらやれば……麻奈も配信を見てくれるし、たくさん話せるし、良いことくめじゃぞ?


「だって……だって……うぅっ……」

「千枝さん、いいんじゃ。ワシね、やりたかったんじゃよ。ダンジョン配信?」

「あのなあ親父、その嘘は流石に無理があるだろ! 歳を考えてくれ歳を! 孫を可愛がるにも限度があるぞ!」


 息子め……お前も敵か!

 ワシのカッコイイ姿を麻奈に見せてやらねばならんのに。こうなったら、力で捻じ伏せるしか……


「いいじゃないの。おじいさんね、昔は本当に強かったのよ? この人ができるって言うならやらせてあげましょう。麻奈ちゃんも協力してくれるわよね?」

「うんっ! 麻奈頑張る!」


 せ、聖子!

 今のお前は後光が差しておるぞ!

 なんていい女なんじゃ!


「ダンジョン配信をするにはどうしたらいいんじゃろ?」

「ちょっと待ってね? えっとぉ……近くの探索者専門用品店は……あった! 『シーカーズ』ってお店に行けば大丈夫だと思う。パパ、連れてってー!」

「和樹! 早まるなよ! 麻奈や、おじいちゃんと一緒に行くんじゃ!」

「うんっ!」


 今日のために愛車の軽トラをピッカピカに磨いておいたからの。準備は万端じゃわい。

 さて、早速シーカーズとやらに向かうとしようかのぉ。

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