おじいちゃん、レイドに参加する

 ワシが戦っておった当時よりも、茨城県内のダンジョンは増えておる。街にモンスターがあふれ出すとなれば……。

 まずい状況じゃ。ワシだけでは守りきれん。


「そうじゃ! 麻奈、配信の準備をしてくれ。眠っておる獅子を叩き起こす! スレッダーでも呼びかけてくれんか?」


 現役の探索者だけでは対応しきれんじゃろう。街が地獄と化すのは目に見えておる。

 あの頃にだけは戻りたくないからのぉ。呑気に隠居中のジジババ達を働かせようというわけじゃ。

 麻奈に頼んで、文章を作成してもらった。


『ダンジョンからモンスターが溢れておる。みなの力を合わせねばならん。茨城に住む者、茨城に家族や友人を持つ者、ワシの頼みを聞いて欲しい。すぐに連絡を取り、元探索者のじいさんばあさんを街に送り出してくれんか? 暴れ納豆が戦っておると呼びかけてくれ!』


 投稿した瞬間から、リスレッドという機能でどんどん拡散させていく。……どれだけの戦友に届くじゃろうか。

 あとは、声を直接届ければよい。打てる手は全て打たねばな。ワシが配信を始めたのは、今日という日のためじゃったのかもしれん。

 運命めいたものを感じるわい。


「近くにダンジョンは無いが、何が起こるか分からん。ばあさんは家の周りを守ってくれ。では、行ってくる!」

「自分もお手伝いします!」

「あたしも!」

おろかか者が! 酒の入った状態で戦おうとは、モンスターをなめておるのか! ……風呂に入って、今日はもう寝なさい」


 ベヒモスの鎧に着替える。動きを阻害そがいしない柔らかな皮で、むしろワシの動きをサポートしとるようじゃ。初めて装着した防具だが、違和感はない。

 家を出て、軽トラックに乗り込む。時間との勝負じゃ。法定速度を少し超えるくらいは許してくれるじゃろう。

 アクセルを踏み込み、車を走らせる。二十二時を過ぎているというのに、いつもより道が混んでおるな。県外へと避難しておるのじゃろうか。


 最初の目的地に到着。ダンジョンではなく、とある一軒家いっけんやにやってきた。看板には大きく『三島整体院』と書かれている。

 かつて秘孔突きの三島と呼ばれた旧友の自宅じゃな。


「おーい三島! おるかー?」


 乱暴に玄関のドアを叩く。ついでにチャイムを連打。この時間にはもう寝ておるじゃろうからな。

 いい夢を見ておるかもしれんが、悪夢の中へと招待してやろう。


はよう出てこい! くたばってしもうたんかー?」

「うるせえぞげんちゃん! もう寝る時間だっぺよ! ……その格好は何だ?」


 しつこく叫び続けておると、ようやく顔を出しおった。

 ツルッパゲ頭に白髪混じりの太い眉、口元とアゴにはニョロニョロと長い白髭。優しげな細いタレ目が特徴的で、整体師らしいゴツゴツとふしばった手をしている。

 今日はベヒモスを倒して疲れたからのぉ。このパジャマ姿の男――三島みしま貴一郎きいちろうを巻き込み、楽をさせてもらおうという作戦じゃ。


「モンスターが街を襲っておる。……どういうことか分かるな? さっさと着替えてこい」

「おいおい……そらまずいでねえか! 装備なんて、どこさしまったべ。ちょっと待っとけ」


 三島の着替えを悠長ゆうちょうに待つ暇はない。イヤーチップを左耳に装着し、フロートカムを起動する。


「麻奈、聞こえるか? 配信を始めてくれい!」

「とりあえずフロントビューでいいんだよね? ……じゃ、スタート!」


 "このタイミングで配信キター!"

 "ゲンジ、大丈夫か?"

 "掲示板とかスレッダーとか、ネットが凄いことになってるぞ。もう怪我人が出てるらしいよ"

 "スレッダーを見て、茨城の友達には連絡しました。周りの人にも伝えてくれるみたいです!"

 "今回のモンスターの氾濫はんらんは、レイドって呼ばれてるらしいで。てか、ボスからの連戦やんけw"


「コメントの衆、よくぞ集まってくれた。今、茨城県が大変なことになっておる。皆の協力が必要じゃ」


 開始を告げる軽やかな機械音。それに続いてコメントが流れる。大勢の視聴者が集まってくれよった。ありがたいことじゃ。

 すぐに話を始めたいが、なるべく多くの者に聞いてもらいたい。もう少しだけ待つべきじゃろう。


「何だっぺ源ちゃん、変な玉なんて浮かべてぇ。手品でも始めたんか?」


 三島の準備が終わったようじゃ。

 右手に鬼鉄の剣を持ち、左腕には鬼鉄の盾が。空銀くうぎん――今はミスリルと呼ぶんじゃったか――の全身鎧を身につけている。

 頭だけはツンツルテン……あの頃のままじゃな。


「もたもたしおって。ほれ三島、これを耳につけろ」


 ワシの左耳を見せながらイヤーチップを手渡すと、三島は文句を言いながら装着する。


 "三島って、あの秘孔突きの三島!?"

 "タコみたいwww"

 "どんな戦い方するんだろうね?"

 "茨城を救ってくれー!"

 "三島さん可愛いw"

 "昔の人は、みんな頭を守らないの?"


「機械に馬鹿にされてんだけどよぉ? かぶり物なんてしたら視界が悪くなるし、耳もふさがっちまうべぇよ」

「肩もこるしのぉ……」

「んなもん、みほぐせばいいべ?」

「それもそうじゃな! だーっはっはっは!」


 "この緊張感のなさ……w"

 "仲良さそうw"

 "早くモンスター倒しに行けよw"

 "ふざけてる場合か!w"


 いかんいかん。そろそろ本題に入らねば。

 決して遊んどったわけではないぞ?


「マナティです。話の途中にすいません。おじいちゃん! 今ね、スレッダーにテレビ局の人から連絡があって、この放送を流していいかって聞かれたの!」

「今から大事な話をする。協力してもらえるならありがたいのぉ。すぐに返事をしてくれ!」


 これは願ってもない展開じゃ。最高の舞台が整ってくれた。

 ……あとは、ワシの本気を届けるだけじゃ。


みなの者、お願いじゃ。この老いぼれの言葉を茨城県中に伝えたい。助けてくれんか?」


 "当たり前だろ!"

 "私達は、配信を切り抜いて拡散すればいいんですかね?"

 "っしゃ! 任せとけ!"

 "大先輩に敬意をひょうし、ダンジョンキングも茨城へ向かう。……耐えてくれ!"

 "ランサーズも、仲間と一緒に移動中だよん"

 "ダンキン!?"

 "風神きたああああ!"

 "すごいことになってきたぞ……(小並感)"


 何度か聞いた名前じゃな。たしかSランク探索者じゃったか?

 正義感の強い若者じゃのぉ。昔を思い出すわい。

 ワシも負けてはおれん!


「ワシの名前は工藤源二。かつて、茨城の暴れ納豆と呼ばれた男じゃ。こっちの蛸入道たこにゅうどうは、秘孔突きの三島。スケルトンに困っておった昔の探索者は、この名前にピンとくるのではないか?」

「俺がタコなら源ちゃんは落武者だっぺよ」

「……真面目な話をしておるというのに。ワシらは、茨城のために再び戦う。元探索者の老人ども、お主らはどうする? 家族の命を他人に預けて、隠居を続ける気か? ……違う。今が立ち上がる時じゃ。貴様らの両手には、力がある。ワシに続け! 命を懸けろ! いくさじゃああああああ!」


 "うおおおおおおお!"

 "暴れ納豆! 暴れ納豆!"

 "三島さん頑張れぇええええ!"

 "おう! 小童こわっぱが言うではないか。会ったことはないが、五本指靴下の加藤で伝わるかの? 北茨城は任せろ!"

 "孫に聞いたよ。大洗のデスタクシーも営業を開始する。モンスターを地獄に送ってやろう"

 "日の丸弁当の高橋。参る!"

 "俺の命もくれてやる。マタギのマサヨシ、最後の大花火だ"

 "わしゃ土浦つちうらに向かうぞ? 紅蓮根べにれんこんこと原田郁美いくみも力になろう"


 ……みんな、まだ生きとったか。

 心強い味方が次から次へと。懐かしい名前が聞こえよるわい。

 同窓会の始まりじゃな!


百人力ひゃくにんりきじゃ! 行くぞ三島! 今更いまさら動けんとは言わせんぞ?」

「心配いんねど要らない。俺の戦いは施術せじゅつと同じ。源ちゃんが休んでた間も訓練してたようなもんだっぺ」


 三島を助手席に乗せ、軽トラを走らせる。

 向かうは仏の岩窟。モンスターの姿が見えたら、そこから戦闘開始じゃ!

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