おじいちゃんと吸血鬼

「死ぬなよ三島! この軍団を指揮するモンスターじゃ。最奥の魔物より強いかも知れん!」

「おもな! 人型なら俺の得意分野だ!」


 西洋の貴族を彷彿ほうふつとさせる、ドレススーツに身を包んだ男――レガンテが、両手に長く鋭い真紅の爪を出現させた。


「いつものでりますよ? ダッカルト」

「一瞬で終わらせる!」


 インナーに白いシャツ、その上から肩を金属で保護した漆黒の革鎧をまとうダッカルト。不気味な赤い刀身の細剣を抜き放ち、半身になってジリジリと三島の方へと距離を詰めていく。

 一瞬で……とは何じゃったのか。


「では、ワシらも始めるかのぉ。鎌女かまおんなさんや?」

「ジジイ、あんたには首輪を着けて……犬になってもらおうかねぇ!」


 四天王ヘイルメリーが血の如き大鎌を振り回す。草を刈る物とは違い、両刃になっている。刺してよし、押してよし、引いたら真っ二つにされてしまうじゃろう。


 "うおっ! いきなり始まった!"

 "鎌の軌道が見えねえ……"

 "でも、おじいちゃんはかわしてるよ!"

 "三島さんの装備ってミスリルだよな? もしかして、ボスを倒したことないとか?"

 "三島さんがカメラの死角に入っちゃった"


 を長く持ち、リーチと遠心力を生かした攻撃。細腕から繰り出されているとは思えんほどの速さじゃ。

 だが、目で追えんことはない。街灯に照らされ浮かび上がる真紅の弧をぎりぎりで避けながら反撃の機会をうかがう。

 

「やるじゃないか人間。あたいの攻撃がここまで躱されるなんてねぇ! ……じゃあ、これならどうだい?」


 ニヤリと笑うヘイルメリーの口元から、鋭い二本の牙が顔を出す。なぜか脳裏に浮かぶ毒蛇。直感を信じるならば、注意せよということか。

 ワシを格下に見ておるのじゃろう。躊躇ちゅうちょなく間合いを詰めてきおった。


 大鎌の真ん中あたりを広く掴み直した妖艶な女。……刹那。漆黒のドレスが暴れ狂う。それほどに激しい嵐のような乱刃に襲われる。槍になっておる後端を交えて手数を増やしてきおった。

 右手で鎌、左手で穂先を操り、まるで二刀流の動き。威力よりも速さを重視したようじゃ。


「ぬおっ……」


 オールでボートを漕ぐような最短距離の連続攻撃。腕を突き出すたびに刃が迫る。

 ……対応が間に合わん。どれほどの力が込められているのか分からないからこそ、受け止めるのは悪手。後ろに下がり続けるしかない。

 こうなると乗り捨てられた車が邪魔になってくる。


「ジリ貧だねジジイ! あはははははっ!」


 邪悪な顔で高笑いをしながら、今度は体を回転させるヘイルメリー。舞踏会ならダンスホールを大いに沸かせたことじゃろう。優雅に踊りながら、血風の竜巻が押し寄せてくる。

 刃に触れたセダン車にワゴン車、トラックまでもが空中へと巻き上げられていく。


 いくら動きが速かろうとも、いかにもモンスター然とした相手であればワシは有利に戦える。それだけの経験と技術があるからのぉ。

 だが、手数が多く体の小さい人型は苦手じゃ。それも最奥の魔物ダンジョンボス級の膂力りょりょくなんじゃからたまらんわい。

 このワシが防戦一方とは。


 "やべぇぞこれ……"

 "どうやって勝つんや……"

 "他のモンスターと単純な性能が違いすぎる"

 "お、三島さん映った!"

 "あっちは押してるっぽいな"

 "三島に頑張ってもらって、ゲンジのヘルプに入ってもらうしかない!"


 ナイスじゃコメントの衆。向こう三島の様子が分からんかったから助かるわい。自分のことで精一杯じゃからのぉ。


 上半身を反らすと、赤き疾風が鼻先を掠める。鎌による振り下ろしじゃ。

 続いて、斜め下から腹部をえぐるような軌道で槍の穂先が飛んでくる。これを、後ろに飛び退いて躱す。

 一瞬でも気を抜けばあの世行き。ヘイルメリーの怒涛の攻めをどう対処すべきか……。

 いや、何を弱気になっておる!


 攻撃は最大の防御というが、それは戦力が拮抗している場合のみ。肉を切らせて骨を断つ……これこそが格上との戦いを制す唯一の道。

 こちらから前に出ねばならんじゃろう。


「疲れただろう? そろそろ殺してあげる。あたいの傀儡くぐつとして可愛がって……」

「化け物の操り人形なんぞごめんじゃわい!」


 真上から振り下ろされた真紅の鎌。刃の真横に盾を打ちつける。巨大な重量鉄骨が遥か上空から落ちてきたかのような衝撃じゃ。

 ギャリギャリとけたたましい音を立てながらメタルリザードの鱗が滑り、丸みを帯びた形状の分だけ攻撃をそらす。

 ……受け流そうとしただけでこれとはな。


「――であっ!」

 

 わずかに生じた隙に半身をねじこみ、槍がくる前に攻守交代じゃ。ヘイルメリーの脇腹に鬼鉄の剣を突き入れる。

 ワシの反撃が想定外じゃったのか、はたまた、もとより避けるつもりがなかったのか。剣先があばらの少し下を通過していく……はずだった。


「はい、ざ〜んねんっ残念!」


 イタズラに成功した少女のように無邪気な声。ヘイルメリーの体が無数の小さなコウモリへと分裂し、上空で一塊の闇と化す。徐々に人型を作り、再び絶世の美女が現れた。

 厄介な能力じゃわい……。


「おい三島! この女、コウモリに化けよるぞ!」

したっけそれじゃあコウモリを斬ればいいっぺした! こっちも忙しいんだから話しかけんなマヌケ!」

「そういう女はタイプがどうか聞いただけじゃツルッパゲ!」

「んなわけねえべ! 馬鹿なことばっか言ってんなよカッパ頭!」


 "なんでこの二人はずっと喧嘩してんの?w"

 "心配して損したわw"

 "なんか勝ちそうだな!"

 "ふざけやがってw これで負けたら許さん……"

 "でも、ゲンジってば困ってそうじゃない?"


 なるほどなるほど、分身ということか。三島の言うことも一理ある。思考が整理されたわい。てっきり剣が無効化されたのかと考えてしもうた。

 しかし、コウモリを狙おうにもあまりに速い。咄嗟に腕を動かしたところで逃げられてしまうじゃろう。

 で、あれば……じゃ。あれを使ってみるか。


「手数で勝負してみようかのぉ」


 腰のポーチに鬼鉄の剣をしまい、別の剣を取り出す。

 まるで巨大なわし風切羽かぜきりば。長さはロングソードに近い。重量を感じさせぬ浮いてしまいそうなほどの軽さで、どこか頼りなさを感じて今まで使ってこなかった。

 ダンジョンの最奥で四足歩行の鳥を倒したときに宝箱に入っておった武器じゃ。

 素振りをしてみれば、あからさますぎる風の音。ビュオンビュオンと大気を揺らす。


「そんな羽根であたいの攻撃を受けれるとでも? せいぜい足掻いてみな!」


 大きく開いたドレスの背中側から広がる両翼で、空気を叩き、ヘイルメリーが加速。ワシに向かって一直線に急降下してきおった。

 これはかわすしかない。受け流そうとも、その衝撃で弾き飛ばされるはず。

 真横に飛んで……ん?


「ぬおおっ? ……あいだぁあああっ! 何じゃこりゃ!」


 ヘイルメリーの攻撃を余裕を持って右に避けようとしただけなんじゃが、足がもつれて地面をみっともなく転がり回ってしまう。

 体がおかしい。自分のものではないような……あまりに軽く、感覚が狂ってしもうた。

 鬼鉄の剣はそれなりの重さではあるが、持ち替えたくらいでここまでの差はでない。

 ……もしや、鷲羽わしばの剣のせいか?


 "何してんの?"

 "あの? なんじゃこりゃって、こっちのセリフなんですけど?"

 "まーた漫才始めたんか?w"

 "本日もゲンジ劇場は満席ですw"

 "ちゃんとやれや!w"


「待て待て、違うんじゃコメントの衆! わざとじゃないんじゃ! だって、体が変なんじゃもん!」


 "じゃもん……じゃねえよw"

 "あふれ出るゲンジのエロスw"

 "誰得なん?w"

 "おじいちゃん、可愛いかよ……"

 "アホやこいつwww"


 馬鹿にしおって……。疑うのなら見せてやろうではないか。

 ワシの体に、何か特殊な力が働いているのは確実じゃ。使いこなせば、一人称があたいの女ヘイルメリーを倒す糸口となるじゃろう。


 軽く地面を蹴ってみる。ジョギングでもするか……程度の一歩だったはず。しかし、風を切り裂く矢の如く体が前に出る。鳥の羽根一枚分だけ残して、体重が消え去ってしまったかのようじゃ。

 空中で膝を曲げてみれば、気分はリニアモーターカー。ほぼ初速のままスイーと進む。

 止まろうとして地面を踏み込むと、今度はさらに加速して後方へと飛んでいく。慣性の法則など存在しなかったかのような動き。

 例えるなら、足を推進機として宇宙空間を漂う感じじゃな。とすれば、地面に加える力は上方向をなるべく減らし、進行方向のみに絞るべきじゃろう。

 ……掴んできたぞ。どれ、三島のアホにちょっかいでもかけにいくか。


「おーい、三島ぁー!」

「んだこの! いい加減うっせぇぞ源ちゃん! こっちは手一杯なんだて!」


 レガンテとダッカルテは、すでに動きが鈍い。いくつか付けられた小さな傷跡が、秘孔を突かれたことを意味しておる。

 三島の攻撃を受けてまだ戦えるとは。この二体もまた、並ではないというわけじゃな。

 さて、イタズラの始まりじゃ!


 全力で地面を蹴ると、世界が走る。ワシ自身でさえも、高速で移り変わる景色を捉えきれない。風になるとはまさにこのこと。

 昔、車と並走するターボババアという都市伝説があったが、今のワシはさながらリニアジジイ。新たな怪奇となるじゃろう。


 ダッカルトの細剣がしなり、意思を持つ。三島の鎧――その隙間を、正確に狙う。小さく飛んで体を前後に揺らしながら何度も突きを放ち、それを三島が空銀ミスリルの盾で防ぐ。

 レガンテは、撹乱するように素早く動き、あらゆる角度から真紅の爪による乱撃で襲う。しかし、三島には届かない。

 それは何故か。秘孔を狙う正確無比な三島の反撃を恐れ、攻めきれていないからじゃな。もはや二体のモンスターは足止めに徹しているにすぎない。

 だからこそ、ワシが決めに行く!


「――ほいっ!」


 三島の背後に回り込もうとしたレガンテの背中を斬りつける。肩口から脇の下にかけて斜めに。自分でも恐ろしいほどの速さじゃ。


「ぐあっ! ぎゃああああっ!」


 鷲羽の剣は軽く、傷口は深くない。

 誓って言うが、ワシの放った斬撃は一度。だが、渦を巻くようなカマイタチが発生し、レガンテの背中を何度も何度も切り裂いていく……小さな刃の嵐が巻き起こった。

 体をのけ反らせて悲鳴をあげるレガンテ。背を切り刻まれ、体を左右に震わせている。

 その隙を三島が見逃すはずがない。


「――そらっ!」


 ミスリルの剣が、レガンテの首を刈り取った。

 白い肌は血に染まり、膝から崩れ落ちた体がゆっくりと消えていく。

 こやつらとて急所は変わらぬらしい。


「レガンテ!」


 何が起こったのか分からんといった様子で、ダッカルトが後退り。チャンスとばかりに、三島が追い立てる。

 二対一ですら五分の状況で戦っておったからな。三島の勝ちは決まったようなもんじゃ。


 "おいゲンジ! 何だよその武器!"

 "魔法剣みたい!"

 "そんなすげえ武器があるなら最初から使えよw"

 "体を軽くする能力と、攻撃に追加効果か。すげえ性能だな!"


「そんなことを言われてものぉ。ワシだって初めて使ったんじゃもん……」


 "じゃもんに味しめてやがるw"

 "ワロタwww"

 "おじいちゃんの動きが全く見えなかったんだが?"

 "消えたよな?w"

 "暴れ納豆最強! 暴れ納豆最強!"


 さて、ワシはワシでお嬢さんを倒してやらんとな。

 怒りに顔を歪ませて、真紅の鎌を振り上げながら走ってきておる。あれでは美人が台無しじゃわい。


「ジジイィイイイイイ! もう許さないよ!」

「ワシは最初から許してもらう気なんぞさらさらなかったんじゃが……見解の相違かのぉ?」


 繰り出される紅の連撃。横薙ぎの鎌も、最短距離を走る穂先も、今のワシにはもはや止まっているのと同じ。軌道さえ見えておれば、避けるのは容易い。


「絶対に殺してやる! ずたずたに切り刻んで、レガンテのところに送ってやるからね!」

「残念じゃったな。あいつは地獄行ったぞい? ワシは天に召されるつもりじゃから、もう会うことはないじゃろう。お主も地獄行きじゃしな!」


 この一瞬で、ヘイルメリーの攻撃を見てからでも先手を取れると分かった。

 回転を乗せて頭上から振り下ろされた鎌を左に躱し、そのまま前に出る。すれ違いざまに胴抜きを放つが、逆方向へ飛ばれてしまう。


 追いかけて突きを出す。姿勢を低くして右腿を狙ったものであったが、足を引かれて空振り。

 ヘイルメリーも負けじとカウンターの突きを繰り出してきたが、ワシも後ろへ飛び退いた。

 ワシの速さに対応してくるとはのぉ。正直なところ、一瞬で終わると思っておったんじゃが。流石は四天王といったところか。


 一進一退の目まぐるしい攻防が続く。速さと速さの勝負。一つのミスが死に直結してしまう。

 ……が、ここで好機。


「三島! 今じゃ!」

「おうよ!」


 ダッカルトを倒した三島が無音歩法で忍び寄り、すでにヘイルメリーの背後まで迫っておった。まだ少し遠いが、意図しない所から声が聞こえるというだけで違う。

 つい振り返ってしまったヘイルメリーに袈裟斬りを放つ。


「……っ!」


 声にならない悲鳴とともに、無数のコウモリへと体を分裂させた美女。刃をすり抜け、空へと舞い上がる。


「それを待っておったんじゃ!」


 両脚で踏み込み、後を追う。弾丸の如き速度で飛び上がり、剣を振る。

 まずは一匹。追い越したコウモリを真っ二つにすると、斬撃の嵐が発生した。周囲の数体を巻き込みながら、細切れにしていく。

 その風でさらに加速し、次から次へと倒す。発生した気流でゆらゆらと空中を漂いながら、半分以上を消滅させた。


 ビルを超えるほどの高さから着地。なのに、膝に伝わる衝撃はふわりと軽い。


 残るコウモリが上空で集まり、ヘイルメリーを形作ろうとするが……いや、何も言うまい。

 ぐしゃりと音を立て、かつては美しい人型のモンスターだったものが地上で砕け散った。

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