おじいちゃん、城へ行く
いやはや、間違いなくヘイルメリーは強敵であった。鷲羽の剣が無ければ、もっと苦戦を強いられていたじゃろう。負ける気はせんかったがな。
三島が二体を討ち破り、ワシと合流してしまえば終わりじゃ。相性が悪すぎて、人型のモンスターでは三島に勝てん。
"やった……よな?"
"倒した! 一人称があたいの女を倒したぞ!"
"その呼び方やめろw"
"三島さんもすげえよ。ボスクラスを二体相手にして勝っちまってんだから"
"ま、四天王をソロで倒したゲンジが最強なんですけどねw"
"あぁ? 五本指靴下の加藤も四天王を一人で倒してっけど? 加藤さんはダンジョン産でもなんでもない日本刀だかんな?"
"加藤信者おるやんwww"
"加藤のあれはソロって言えるのか……?"
"はい、暴れ納豆最強でーすwww"
"三島さんて、どうして全身ミスリル装備なの?"
コメントの衆が猛っておるわ。気持ちは分からんでもないがのぉ。誰が強いかと妄想するのは楽しい。昔はワシも他の探索者とその話題で盛り上がっておった。
ワシはワシが最強じゃと言い続けたが、多くの者はミチコ・ザ・ジャイアントには勝てんと力説しとったな。
いわく、拳でビルを崩壊させた女。いわく、片手でオークを振り回す女。いわく、ゴーレムを叩き斬る女。当時誰よりも有名で、人間離れした噂話をいくつも聞いたことがある。懐かしいわい。
「ミスリルてのは空銀のことか? んなもん決まってっぺしたぁ。これが一番かっこいいべよ! 他の装備もあるけども、ダサくてしょうがねぇ。見てみろ? どっかの王子様みてぇな源ちゃんの防具。恥ずかしくないんかね?」
「頭でも鎧でも光を反射しておる貴様に言われとうないわい! 全身ツンツルテンの間抜け
「白馬でも買ってきて
「なにをぉ! こやつめ、ワカメでも頭に貼り付けておけばいいんじゃ!」
"まーた始まったよw"
"どっちも馬鹿でいいだろwww"
"喧嘩するほど仲がいいってねw"
"このまま仏の岩窟に向かう感じ?"
"掲示板がミチコ・ザ・ジャイアントの話で盛り上がってる!"
"ミチコも腕が六本のスケルトンと戦ってるわ。こいつも四天王らしいけど、子供扱いされてるんだがw"
"腕六本使ってるのに一撃でぶっ飛ばされる雑魚……おる?"
"ミチコが魔王なんじゃないか説"
"暴れ納豆ファン……というか、探索者が仏の岩窟に結構集まっちゃってて、Aランクがいるバニラオーシャンていうパーティも居るし、こっちは大丈夫そうだよ? 水戸城跡に出現した城型のダンジョンに行ってみたら?"
ふむ、そういうことなら城に行ってみようかのぉ。
ひたちなかもミチコがなんとかするじゃろうし、これから県外からの探索者もやって来るじゃろう。
あの城が今回のレイドを引き起こした原因じゃとワシは推測しておる。ここから先、何が起こるか分からん。今よりも悲惨な状況となる前に、なんとかせねばな。
「城へ向かうぞ三島!」
「明日の朝でいいべ。寝とかねえときついぞ?」
「
「まあな……確かにそうか。あん頃に今の四天王だっけか? あれがいたら、全滅してたかもしんね。しゃあねえから、お
誰が間抜けじゃ!
まったく、一言も二言も多いハゲじゃわい。
"茨城だけってのが変だもん。俺もあの城が怪しいと思ってたんだよ!"
"あそこに魔王がいるってことなんかね?"
"魔王城ってことか……"
"だとしたらさ、他のじいさんばあさんと一緒に向かったほうがよくない?"
"ダンキンを待つべき!"
"ダンキンより、ミチコ・ザ・ジャイアントと五本指靴下の加藤じゃね?w"
"紅蓮根も欲しいところ"
"一番近いのがゲンジだからなぁ……。てかさ、本当に仏の岩窟から離れて大丈夫なのか? みんなが魔王城に行ったところで、また四天王みたいのが現れたら終わりじゃね?"
"そんなん言い始めたら何も進まんやん!"
"喧嘩すんなよw"
"俺らが決めることじゃない……"
ワシは、自分の直感を信じる。探索者となった時も、初めてばあさんを見た時もそうした。間違っているかもしれない。だが、間違っていなかったとしたら……。
ワシの行動が何万もの命を救う鍵となるやもしれぬ。おそらく、城では魔王と呼ばれるモンスターが待っておるのじゃろう。
当然、四天王なんぞ比べ物にならないほどの強さを持っておるはず。腹を括らねばならんのは間違いない。
しかし、足をどうするかじゃな。ヘイルメリーどもが暴れ回ったせいで、乗り捨てられた車が邪魔をしておる。軽トラックで向かうのは悪手じゃろう。
この先、どの道でも同じような状況になっている可能性もあるしのぉ。
「いたいたあ! おう源二、テレビ見て来てやったぞ! 困ってんじゃねえかと思ってよ!」
かんしゃく玉を地面に叩きつけたような乾いた炸裂音とともに、背後からワシの名を呼ぶ聞き覚えのある声。
「ぬおっ! その声はもしや……?」
振り返ってみると、やはりじゃった。単車にまたがる剃り込みの入った白髪混じりの坊主頭。体にピッタリと張り付いた赤いレザーのライダースーツに身を包む男がいた。
ワシに鎧通しを教えてくれた波動使いの
暴走族を思わせるアッパーカウル。純白の塗装を施したボディには桜吹雪が舞っておる。
「困ってんじゃねえかと思ってよー。落武者とクラゲを助けに来たってわけ」
「両方とも源ちゃんのことだべした。その中途半端なピロピロした長髪が、カツオのエボシみてな触手だっぺよ!」
「何を言うか! ワシがプリンスで、こいつはタコじゃ! 猪俣は相変わらずの猿顔じゃしな!」
「おら、ツンツルども! さっさと後ろに乗れよ。行くんだろ? あの城によぉ!」
"ワロタwww"
"ヤンキージジイが来たぞ!"
"猪俣さんて古武術の人だよね?"
"三島さんの髭が触手ってことか! 猪俣さん上手いこと例えるなw"
"鎧通しの人だったはず"
"暴走族と落武者とクラゲのパーティだ!w"
"どこがプリンスなんだよw"
高く反り曲がったシートに座り、三人乗りで走りだす。猪俣、ワシ、三島の順で並び、男ばかりぎゅうぎゅうに詰められた座席は気持ちが悪い。
やかましい音を鳴らしながら、バイクは乱雑に転がる無人の車を縫うように避けながら進んでいく。
「何が悲しくて三島に腰を抱かれなければならんのかのぉ……」
「お
「ワシはいいじゃろ! 気分はプリンセスじゃ!」
「プリンスだかプリンセスだか知んねえけどよ、ハゲ頭の中身はプリンなんじゃねえの?」
「脳みそプリンは貴様じゃろ三島!」
「ぶはははははっ! 源二も貴一郎もふざけてねえでちゃんと掴まっとけ。ブッ飛ばすからよー!」
道が開けたところで、猪俣がギアを上げ、アクセルを捻り込む。
マフラーからはマシンガンの如く、けたたましい排気音が鳴り響き、体を後ろに持っていかれそうな加速とともに進んでいく。
ベッドライトの光が、いつもとは違う街並みを照らしている。
"ちょwww 飛ばしすぎwww"
"まぁまぁ、こういう時だからね。無礼講ということで"
"警察の人、今だけは見ないであげてー!w"
"このバイク、すげえ音してんなw"
"猪俣さんも一緒に戦うのかね?"
三島とは通院の関係で定期的に会うが、猪俣とは随分と久方ぶりじゃ。たまに街中で顔を合わせることはあれど、それも数年に一度。当時仲が良かった同級生ではあるし、友人なのは間違いない。
集まって一緒に何かをするようなことは、探索者となってからめっきり減ってしまった……だが、
ワシから直接助けを乞うことはできた。呼べば来てくれるだろうとも思っておったしのぉ。じゃが、現状をよく知る三島にしか声はかけんかった。
「実はよぉ、もういいだろって思っちまったんだよな。娘が帰ってきてて、孫もいて、そんで今回の騒動だろ? 手の届く範囲だけ守りゃいいと……逃げちまおうってさ。だけど、ハゲ散らかしたダチ公二人がテレビに映ってるんだもんよ。気づいたら体が動いてたぜ!」
「うむ……。ジジイが一人や二人逃げ出したところで、誰も文句は言わん。じゃがな、猪俣。お前がお前でいてくれたことが嬉しい。体の底から力が湧き上がってくる。
「待て待て! いつの間にお
ワシらはもう六十五じゃ。時の流れに身を任せて余生を過ごす……そんな歳になってしもうた。
国のために、人々のために、命を賭して働いてきた世代として、猪俣の考えも理解できる。ワシだって、麻奈からせがまれなければ、探索者に戻ることはなかったじゃろうしのぉ。
まったく、三島も猪俣も気のいい奴らじゃて。……口には出してやらんがな。
昔話に花を咲かせながら、季節外れの桜吹雪が魔王城へと風に乗る。
襲われている人をみかければ、猿とカッパとタコのヘンテコ西遊記が助けに向かう。
"ミチコんとこの四天王も終わったっぽい"
"加藤、源二、ミチコが倒して、あと一体はどこにいるんだ?"
"どっかのジジババが雑に倒してたりしてw"
"茨城ならありえるなwww"
"スレッダーとか掲示板見ても、ヤバそうなところはもうなさそう。今更最後の四天王が来たところで、袋叩きにあうでしょw"
"あとは、魔王がどんだけ強いかだな!"
"水戸城なら、ミチコもワンチャン合流できるくね?"
"四天王はいなくなったけど、ひたちなかはまだモンスター結構いるよ"
"ダンキンがあと一時間くらいで魔王城に到着するかも!"
"おじいちゃんとダンキンのコラボおもろそうwww"
そしてついに、水戸城跡に聳える天高き城に到着した。
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