孫、おじいちゃんを尊敬する 前編(SIDE:工藤麻奈)

 今日もこれからダンジョン配信……なんですけど、昨晩おじいちゃんにスキル魔法の使い方を教えていたら、途中で寝てしまったんですよね。

 おじいちゃんたら、全然覚えてくれなくて。でも、麻奈の話を楽しそうに聞いてくれるのが嬉しくて、ついつい張り切っちゃいました。

 そしたらいつのまにか……。

 三つしか教えてないから、大丈夫だとは思うんですけど。ちゃんと使えるか心配です。


「パパ、ママ、おばあちゃん! そろそろ配信始めるよー!」


 配信を始めると、さっそくリスナーさんが来てくれました。おじいちゃんは、スライムに炎型の初級魔法を試すようです。

 昨日私が教えたのはファイア。これはバッチリなはず。

 名前も短いし、動画で説明してくれていた人も簡単だって言ってたので問題ないでしょう。


「狙いを定めて……【パイア】!」


 ……と、思ったんですけどね。


「親父……パイアはねえよ……」

「あらまあ! 炎があんなに燃え盛って、まるで映画みたいじゃないの。ねえ麻奈?」

「……う、うん」


 コメントの人たちも大笑いしてます。


 次は、ゴブリンに氷系の魔法を使うみたいです。

 氷系魔法は、アイスカーペットとブリザードの二つを勉強しました。

 名前が短いからブリザードを使ってくれると思うんですけど、麻奈が寝ちゃった少し前に動画を見たんですよね。


「今回は完璧じゃぞ?」


 おじいちゃんが自信満々に胸を張っています。

 期待していいのでしょうか?

 でも、動画を見ている時に同じ気持ちになったって、どういうことなんだろ……不安です。


「食らえいっ! 【アイスたーべよっと】!」


 ……やっぱり。

 悪い予感は当たりますね。


「麻奈……俺さ、恥ずかしくなってきたよ」

「ほ、ほら……ね? 魔法はスゴイじゃない! モンスターをまとめて倒しちゃったわよ?」

「……そうだね。……魔法は完璧だね」

「まったく、おじいさんたら。私が居ないとダメなのかしらねぇ?」


 工藤家一同、呆れ果ててます。

 視聴者は大盛り上がりなので、配信的には大成功なんでしょうけどね。

 麻奈としては、かっこよくモンスターを倒して欲しかったかな……。


 スキルの実験が終わって、次はスケルトンを倒すみたいです。理科室にある骨の模型みたいで、とっても怖いんですよね。

 バラバラになってもすぐ復活しちゃうから、麻奈が普段見ているダンジョン配信では無視して通り過ぎています。

 てっきりおじいちゃんもスケルトンを倒さずに進むと思っていたのですが、簡単に倒すコツがあるようです。

 本当でしょうか?


「母さん、秘孔突きの三島って、あの『三島整体院』の三島先生じゃないよな? 俺が部活で腰をおかしくした時に通ってたとこ」

「あら、よく覚えてたわねぇ。そうですよ?」

「……おいおい、マジかよ」


 スケルトンを倒す方法を編み出した三島さんのことを、パパも知っているようです。

 そういえば、近所で三島整体院の看板を見たような気も……。


「えええぇ!? 嘘でしょ!」


 おじいちゃんがスケルトンの背後に回り込み、剣を突き刺しました。

 ただそれだけで、地面に崩れ落ちたスケルトンがダンジョンに吸収されていきます。


「これを三島先生が考えたってのか?」

「あの人は腕がいいですからねぇ」

「……そういう問題じゃないと思うんだが」


 配信開始直後の、あのふざけた魔法はなんだったんだろう……そう思えるほどにおじいちゃんがかっこよく見えます。

 視聴者も大喜び。今ゴブリンをメインで狩っている初級者帯の探索者が、スケルトンに流れるかもしれないんですって!


 おじいちゃんもすごいけど、秘孔突きの三島さんの功績でもありますよね。

 昔は他にも有名な探索者がたくさん居たみたいです。マタギのマサヨシさん、五本指靴下の加藤さん、ひたちなかのデスタクシーさんなんて面白い名前の人もいるみたいです。

 おじいちゃんの奥さんは、みなと大橋の女弁慶って呼ばれてたんですって!

 ……え?


「おばあちゃんも探索者だったの?」

「うふふ。おばあちゃんも昔はなかなかのものだったんですよ?」

「そうだったんですか! そういえばお義母かあさん、薙刀なぎなたやってらっしゃいましたもんね!」


 女性探索者のコメントをきっかけに、おばあちゃんも一緒に配信したらどうかと盛り上がっています。


「麻奈ちゃん、おじいさんにおばあちゃんも参加すると伝えてくれますか? おばあちゃんは女性の味方ですからね」

「う、嘘だろ母さん!?」

「こんなことで嘘をつくはずないでしょ? それに、おじいさんったら麻奈ちゃんを独り占めして……ずるいじゃないですか! 私だって、麻奈ちゃんにいろいろと教えてもらいたいですからね。ふふふ」

「ふふふじゃないんだよまったく。親父も母さんも、勘弁してくれよ……」


 おばあちゃんは、まんざらでもない様子。倉庫から装備を持ってきちゃいました。

 おじいちゃんの剣と同じ色をした斧みたいな槍と、金属製の胸当てがついた鮮やかな薄紫色のワンピースのような防具です。


 そのあいだにも、おじいちゃんはどんどん迷宮内を進んでいき、六階層への階段にたどり着きました。


「とうとう六階層だね……。ここからはモンスターがすっごく強くなるんだよ」

「へぇ、そんな場所に行って親父は大丈夫なのか?」

「平気に決まってるじゃないの。だって、おじいさんですよ?」

「……いや、だから聞いてるんだが」


 今度はオークを倒すみたいです。

 オークは二足歩行の大きな黒豚みたいなモンスターで、力がすっごく強いんですよ?

 慣れてないと、盾役の人だって弾き飛ばされちゃうんですから。

 ……パパもママも不安そうな顔をしています。麻奈も心配になってきました。

 おばあちゃんだけは余裕の表情ですけどね。


 階段を下りたら、すぐにオークを発見しちゃいました。

 おじいちゃんが倒し方について説明を始めたので、フロートカムの画角を切り替えて、顔が見えるように変更します。

 戦闘が始まったら、バックビューに戻すだけで迫力のある映像を視聴者さんにお届けできますからね。

 麻奈が配信中にやることはカメラの操作だけですが、おじいちゃんの魅力を伝えるには大切な仕事なんです。……頑張らなくっちゃ。


「……親父はあれと戦うつもりなのか? 大型バスと軽自動車くらい体格が違うぞ!? おい麻奈、今すぐ親父を帰らせるんだ! あんなの、ちょっとぶつかっただけでも死にかねない!」

「……はぁ。おじいさんが豚人間ごときに負けるはずがないでしょう? 和樹は心配しすぎですよ。まったく、みっともないったらありゃしない」

「ねえ麻奈、他の探索者はどうやってあのオークを倒すの?」

「うんとね、盾役の人が動きを止めて、他の人がスキルを使ったりして攻撃するんだよ!」


 そんな話をしていたら、おじいちゃんが走り出しました。腰をくの字に折り曲げて、まるで体を地面に放り投げているみたい。

 麻奈がいつも見ている配信者と遜色そんしょくない速さです。低い姿勢を維持しながらも、視線だけは真っ直ぐ敵を見据みすえています。


 そのままオークの背後を取ったおじいちゃんは、アキレス腱を斬りつけて高く飛び上がりました。

 これでもかと遠心力を乗せた横薙よこなぎの一撃が、太い首をあっさりと刎ね飛ばします。

 なんと流れるようで洗練された動きなのでしょう。何年もその動きを繰り返し練習し続けた達人みたいです。


「すごいすごい! お義父とうさんて強いのね!」

「ま、まあ……なかなかやるんじゃないのか?」

「あー! パパったら素直じゃないんだー!」

「これくらい私もできますけどねぇ?」


 パパ……興奮してるのかもしれないけど、だんだん画面に顔を近づけないで欲しい。

 テレビを見てるときなんて、麻奈にはいつもお行儀よくしなさいって遠ざけようとするのに。


 あとね、おじいちゃんに嫉妬しっとして、ほっぺたを膨らませてるおばあちゃんが可愛いの。

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