孫、おじいちゃんを尊敬する 後編(SIDE:工藤麻奈)

「次は七階層ですか。麻奈ちゃんが見たかったのは赤鬼でしょ? 」

「うん……。でもさ、ほんとに倒せるのかな? たくさんの探索者がオーガに怪我をさせられてるんだよね。麻奈、ちょっと怖いな……。変なお願いしなきゃよかった……」

「あんなのが何体出たところで、おじいさんなら簡単に倒してしまいますよ? そうですねぇ、おばあちゃんなら二十……いや三十は大丈夫!」

「ええっ!? おじいちゃんもおばあちゃんもすごいんだねぇ!」


 その後もオークを倒しながら、七階層へ到着したおじいちゃん。

 ……戦闘中のパーティーの声が聞こえる。

 なんだかピンチな様子。異変に気づいたみたいで、おじいちゃんが走り出します。


 道の先では、四人のパーティがオーガとゴーレムという最悪な組み合わせと戦っていました。

 盾役が気絶しているようで、双剣士が敵の攻撃をかわし続けている状態です。いつ均衡きんこうが崩れてもおかしくありません。


「おいおい、なんだよこの巨大なモンスターは! 人間が勝てる相手じゃないぞ……。まさか親父、こんなのに挑んでいかないよな?」

「ちょっとパパ、前に出すぎ! みんなが見れないでしょ!」


 リスナーが助けを求めると、その声に呼応こおうするかのようにおじいちゃんが指示を出し始めました。

 オーガの後ろに回り込んだおじいちゃんは、盾を剣で叩いてガシャンガシャンと音を鳴らして注意を引きます。

 打ってこいと言わんばかりに盾を構えると、人の顔ほどもある巨大な拳が振り下ろされました。


「ここじゃい!」


 おじいちゃんが麻奈に教えてくれた、オーガの倒し方――繰り出された右ストレートを柔らかく受け止め、伸び切った腕の内側を斬る。あの説明通りの動きを見せてくれました。

 ……麻奈のわがままで、おじいちゃんがダンジョン配信を始めることになってしまったきっかけでもあります。


 自分の手首からあふれ出す大量の青い血を見てひるんだオーガは、顔をしかめ、距離を取ろうと後ろに下がっていきました。


「鬼さんこちら、手のなる方へー!」


 すかさずあおり出したおじいちゃんに、再び怒りの表情を浮かべたオーガ。馬鹿にされているのが分かるのか、我慢ならない様子で拳を振り回しながらおじいちゃんを追いかけます。


「まるで、おじいちゃんがオーガの動きを操ってるみたい……」

「あら、いいところに気づきましたね。麻奈ちゃんたら、ほんっとに賢いわぁ。赤鬼はね、自分より弱いと思っている相手にナメられるのが許せないのよ。おじいさんが構えた盾をわざわざ殴ってきたでしょう? 受け止められるものなら受け止めてみろ……そんなふうに思ってるんですよきっと」

「中層で一番強いモンスターだもんね! もしかしたら、プライドがあるのかも?」

「ふふふっ。そうかもしれませんねぇ」


 オーガの足元がふらつき始め、風を切り裂く轟音ごうおんを鳴らしていたパンチも弱々しくなり、やがてぐったりと崩れ落ちてしまいました。

 血を失いすぎたのか、動くことを諦めたようです。

両手をついて完全には倒れまいとあらがっていますが、もう二度と立ち上がることはないでしょう。

 おじいちゃんが背を向けると、頬を地面にこすりつけながら倒れ伏し、ダンジョンに吸収されていきました。


 続いておじいちゃんは、ゴーレムと戦う双剣士の元に駆けつけます。


 ゴーレムもまた巨大なモンスターです。

 オーガよりも背が高く、体の厚みも横幅もオーク以上。まるで、コンクリートの壁が人型に姿を変えたかのように見えます。

 動きが遅いので、攻撃を食らうことは滅多にありません。しかし、プレッシャーに押されて壁際に追いやられてしまえば、一気にピンチになるでしょう。


 スケルトンなんて比べ物にならないタフさで、半端な攻撃ではダメージを与えられません。有効なのはスキルですが、倒しきる前にこちらの体力が持つかどうか……。

 いくらおじいちゃんでも、魔法を使わないと決めた今、ゴーレムばかりは苦戦するでしょう。敵を中心に時計回りに動きながら距離を取り、何やら考え事をしているようです。


「……あったあった、これじゃ! ほれ、突いてみい!」

「……こうですか?」


 あれ?

 おじいちゃんが倒すんじゃないんだ。


 ゴーレムの説明を終えたおじいちゃんは、敵の左足付け根あたりをゆび差して攻撃しろと命令しています。

 肩で息する双剣使いの男性が、大きく踏み込み突きを放ちました。


 あの細い剣では、ゴーレムを倒すのは難しい……はずだったのに。

 突きが当たった部分だけがするりと抜け落ち、全身から強い光を発しながらバラバラになってしまいました。


 目の前で起こった光景が信じられません。

 ……だって、麻奈がよく配信を見ているAランク探索者のパーティでさえ、ゴーレムを倒すのに十分はかかるんですよ?


「うおおおおお! 麻奈、やったな! 人の命を救っちまうなんて、親父すげえよ……うぅっ……」

「ちょっとパパやめてよー! いきなりどうしたっていうの!」


 パパは両眼いっぱいに涙を溜めて大興奮。

 麻奈に抱きついて喜びを露わにしています。

 パパが泣いてる姿……初めて見たかも。


「まったく、困った子だねぇ。はやく顔を洗ってらっしゃい」

「……うん」

「ママも感動しちゃったなぁ。ほら和樹、ついて行ってあげるから。お義父とうさんすごかったもんね? 分かるから、娘の前でいつまでも泣かないの」

「……うん。千枝、すまん」


 真っ昼間からイチャイチャと……。 

 いったい麻奈は何を見せられているのでしょうか。


 ――ピロリンッ!


 スマホの画面上部に、スレッダーのダイレクトメッセージが表示される。アカウントを作ったばかりだったから、通知を切り忘れていたみたい。

 送り主は、探索者協会本部公式アカウントだって。おじいちゃんのファンは、変な名前の人が多いんだよね。

 ……協会本部!?

 

「ちょ、ちょっとごめんね。おばあちゃん、いったん配信小さくしてスレッダー開いてもいい? てか開かないと!」

 

 スマホの画面を二分割にしてDMを確認してみると、アカウント名に公式マークがついてる。

 ……これ、本物だぁ。

 待って! 大変なことが書かれてる!


「お、おじいちゃん! とんでもないことになっちゃった! あのね、今スレッダーに連絡があって……自分で読んでもらった方が早いかも。おじいちゃんのスマホに送るね!」


 難しい漢字が多かったので、本文をそのままコピペしておじいちゃんに送った。


「ふむ、なになに……」


『おじいチャンネル様


 探索者協会本部で会長の秘書をしております。榎本えのもとと申します。

 

 会長がおじいチャンネル様のダンジョン攻略を見ていたく感動し、全探索者に向けて一刻も早く周知するべきものだと判断されました。


 会長が直接お話ししたいと申しております。

 私どもの都合で大変申し訳ありませんが、明日茨城県庁までお越し下さい。

 感謝状を送らせていただきたく存じます。


 お時間などにつきましては、配信が終わりしだいご連絡いただく形になってしまいますが、その時に調整させて下さい。

 よろしくお願い申し上げます。


 探索者協会本部』


 おじいちゃんたら、声に出して読んじゃった。

 でも、すごいよね?

 おじいちゃんが表彰されるみたい!


「と、書いてある。……なるほどのぉ。コメントの衆、明日はワシの晴れ姿を配信するぞい!」


 "すげえええええええ!"

 "てか、表彰式なんて配信できるんか?w 見たいけどさ"

 "今までに協会本部から表彰されたことがあるのって、ダンキンくらいじゃね?

 "いや現役ならわかるけど、おじいちゃんは引退してるんだぞ? ……何かありそうな気がするわ。明日が楽しみになってきたw"

 "探索者協会の会長も見ているおじいチャンネルはここですか?"


 視聴者たちが大盛り上がりの中、配信は終了。

 家に帰ってきたおじいちゃんは、オーク肉の生姜焼きを美味しそうに食べていた。ご飯を三杯もおかわりしながら。

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