おじいちゃん、表彰される

 背広なんぞ着たのはいつぶりじゃろうか。

 いやはや、何が起こるか分からんもんじゃのぉ。


 昨日、ダンジョン配信をしておったら、探索者協会の会長秘書から連絡があった。なぜかは分からんが、今日の昼前に表彰してくれるらしい。

 メールをくれた榎本さんと相談したところ、最高にダンディなワシの姿を配信してもよいと許可をもらえた。


 鼻歌まじりに愛車の軽トラックを運転して、水戸の茨城県庁までやって来たんじゃが、広すぎてどこへ行けばよいのやら。

 天高くそびえ立つ建物が、おそらく県庁なのじゃろう。駐車場からはなかなかに遠い。

 手をかざし、夏の日差しをさえぎりながら目的地を目指す。


「なんとまぁ見事なもんじゃ……」


 夏の暑さにまいりそうになってしもうたが、なんとか到着。中に入ってみれば、天井まで吹き抜けた立派なつくりになっておる。


「おじいチャンネル様ですか?」

「そうじゃよ。今日は、表彰式があると聞いて来たんじゃ」


 辺りをきょろきょろと見回し、エントランス内をうろちょろ歩いておったら、美人な女子おなごに話しかけられた。

 長く艶やかな黒髪を後ろで束ね、書類を挟んだバインダーを抱えておる。体のラインに合った、おそらくオーダーメイドと思われるスーツ姿は、仕事のできる女という印象じゃ。


「秘書の榎本と申します。本日は、急なお呼び立てにもかかわらずお越しいただきありがとうございます」

「工藤源二じゃ。ここで配信を始めても大丈夫じゃろうか?」

「ええ、かまいませんよ」


 カバンの中からフロートカムを取り出し、電源を入れると宙に浮かび上がる。スタンバイモードに切り替わった合図じゃな。

 配信初日は、こんな簡単なことですら梃子摺てこずってしもうたからのぉ。指紋認証式のスイッチに五秒以上触れると言われても、わけが分からんかったわい。

 さて、左耳にイヤーチップを装着すれば準備完了じゃ。あとは麻奈に連絡してやればよい。


「おじいちゃん聞こえる? もう配信してもいいの?」

「オッケーじゃぞい!」

「今日はずっとフロントビューにしておくね。じゃ、スタート!」


 "待ってました!"

 "こんにちはー"

 "暴れ納豆キター!"

 "隣の美人は誰だ?"

 "表彰式楽しみですね"

 "お、カッコイイ服来てるじゃねえか!"


「皆の衆、今日も元気かの? こちらの方は、昨日連絡をくれた協会長の秘書さんじゃ。今日はスーツでバシッと決めてきたからのぉ。まあ、ワシがイケてるのはいつものことじゃが」


 コメントを読み上げる無機質な声が、配信の始まりを教えてくれる。

 今日もたくさん集まってくれたようじゃな。


「おじいチャンネル様のお召し物は素敵ですね」


 ワシの服装は、紺のダブルスーツにピンクのシャツ。さらには、瑪瑙めのうをあしらったループタイで首元を引き締めておる。

 お洒落だと言われても、何の疑問も生じぬほどに完璧じゃ。麻奈も太鼓判を押してくれたしのぉ。


「そうじゃろそうじゃろ。コーディネートはこーでねーとな! だーっはっはっは!」

「……では、会場までご案内しますね」


 なんじゃい!

 遠藤といい、この秘書といい、探索者協会はつまらん奴らの集まりじゃな!

 ワシの抱腹絶倒ほうふくぜっとう殺人ギャグを無視しおってからに。


 "おいジジイ、すべってるぞ!"

 "見ているこっちが恥ずかしいくらいにつまらなかった。これ、マジなやつな?"

 "秘書さんを困らせるなよ……"

 "服のセンスはあるのに、ギャグのセンスは壊滅的だね!"

 "コメントの方がゲンジの百倍面白いw"


 此奴こやつら、ここぞとばかりに攻撃してきよる。

 初対面の相手と会話するときは、ひと笑い起こして距離を縮めるのがワシのやり方なんじゃがのぉ。

 ……まあ、このギャグは封印じゃな。


 エレベーターに乗って上階へ。二十五階の展望ロビーにされた。

 窓は全面ガラス張りで、水戸の街を一望いちぼうできる開放感のある場所じゃ。

 夏の空が青々と晴れ渡っておる。

 

「今日のスケジュールをお伝えしますね。まず、茨城県知事の大河内おおこうち様よりご挨拶をいただきます。次に、探索者協会本部の会長である森永もりながから挨拶があります。最後が表彰式となっておりまして、工藤様より一言頂戴ちょうだいする流れになりますね」

「……ふむ、承知した」


 "今、話聞いてたか?w"

 "絶対承知してないよな?w"

 "別のとこ見てたし、多分聞いてないと思う"

 "不安しかない……"


「こちらで少々お待ちください」


 案内されるがままについて行くと、通路の中央には小さなステージが設置されており、その手前には堅苦しい格好の観客が今か今かとワシの到着を待ち望んでおった。

 拍手で迎えられたワシは、ステージ横のパイプ椅子にちょこんと座る。


「これより、表彰式を行います。大河内様、よろしくお願いします」

「茨城県から、全国に向けて素晴らしいニュースをお届けできること、大変嬉しく思っております……」


 司会の進行で、知事の挨拶が始まった。

 笑顔がまぶしいさわやかな男じゃわい。

 ワシの活躍する姿を見て驚いたこと、引退した探索者が再び活躍するという前例がないこと、などなど。ありがたい言葉ではあるんじゃが、いかんせん話が長い。


 昼を告げるかねの音が聞こえる。

 なんだか腹が減ってきおったぞ。

 そうじゃそうじゃ。ばあさんがこしらえてくれた、オーク肉のそぼろ入りおむすびがカバンに入っておったな。

 腹が減っては戦はできぬ!

 ……うむ、甘辛くてうまい。ほんのり生姜が効いておるのぉ。


 "え、嘘だろ?w"

 "おにぎり食べてるwww"

 "表彰式の最中に飯食うやつおる?w"

 "これだからジジイの配信はやめられねえぜw"

 "他の人がどんな目でおじいちゃんを見てるのか気になるわw"


「……茨城県を代表して、おじいチャンネルの工藤源二様に重ねてお礼申し上げます」


 知事がお辞儀じぎをすると、聴衆が拍手で応える。

 ワシもウンウンとうなずきながら、手を叩いておいた。


「続きまして、探索者協会本部より、森永会長からご挨拶を頂戴ちょうだいします」


 あれが会長か。ずいぶんと若く見えるが、おそらく五十代前半じゃろう。

 岩のような顔で、威厳いげんを感じるたたずまいじゃな。


「みなさんご存知のとおり、探索者協会は今から約二十五年前に防衛省から分岐した組織になります。ダンジョンが地球に現れて最初に探索者となった、第一世代と呼ばれる方々の死傷率の高さを重く受け止めて作られました。ソロで戦うのは間違っていると考えた我々は、若くて実力のある探索者を協会員としてスカウトし、パーティでの戦い方を指導するようになったのです。探索者ランクという制度を設けたのも、自分の実力を正しく把握して欲しいという意味がありました……」


 最初の二年くらいは、何が何だか分からんうちに、大勢の仲間が死んでしもうたからのぉ。

 パーテーもランクも、よく考えられたシステムじゃと思う。一人より二人、二人より三人じゃ。切磋琢磨で生まれるものもあるじゃろうし。

 さて、ワシの番はまだじゃろうか。

 どいつもこいつも話が……。


 "パーティが間違ってるとは思わないけどな。実際、死亡者数は年々減ってるわけだし"

 "待って? おじいちゃん眠ってない!?"

 "こいつマジかwww"

 "どういう神経してたらこのタイミングで寝れるんだよ!w"

 "食べて寝る。この子は大きくなるぞ!w"

 "あとは小さくなるだけなんだが……"


「フロートカムの開発により、ダンジョン配信という方法で、正しいパーティのあり方を伝えることが可能となりました。さらに死傷者の数を減らすことに成功し、協会の活動は正しかったと確信しておりました。……しかし、おじいチャンネルの攻略法を見て、我々は重大なミスを犯していたことに気づいたのです。ダンジョン攻略の現状は、安定という名のもとに進化を止めていたのですから。では、工藤源二さん。こちらに…………えぇ、感謝状がありますので、次の表彰式でお渡ししたいと思います。私の話は以上です」


 "今さ、こちらにお越しくださいって言おうとしなかった?w"

 "叩き起こせ!w"

 "協会長に気を遣わせてんじゃねえよw"


 ……おっと。拍手のおかげで目が覚めたわい。

 会長の挨拶も終わったようじゃ。


「では、おじいチャンネルの工藤源二様、ステージへどうぞ」


 段上で会長と向かい合い、感謝状を受け取った。

 ゴブリンに探索者が集まりすぎているせいで、成長をさまたげ収益を減らしている問題を解決したこと。スケルトンが簡単に倒せるモンスターだと周知したこと。安全にオークを倒せるパーティ攻略を生み出したこと。そして、オーガとゴーレムから探索者の命を助けたことに対する感謝の言葉が記されておる。


「では、今のお気持ちをお聞かせください」


 さて、何から話したもんかのぉ。

 原稿なんぞ作ったところでうまく喋れんから、用意してこんかった。

 こういうときは、分かりやすい言葉で、思ったことをそのまま伝えるべきじゃろうな。 


「なんだかワシがすごいと言われておるようじゃが、まさにその通りじゃ! ……というのは冗談。ともに戦った仲間たちの知恵や勇気がワシの強さじゃ。みなソロではあったが、間違いなく心のどこかでつながっておった。じゃがな、一人で戦うことに誇りは持っておるが、ワシもばあさんとパーテーを組んでみることにした。ダンジョン配信もそうじゃが、よわい六十五にして新たな挑戦をしてみたい。見ておるかコメント! お主らもワシについて来い!」


 "うおおおおおお!"

 "ゲンジ! ゲンジ!"

 "これが俺たちの暴れ納豆よ!"

 "っしゃあああ! ついて行くぜええええ!"


 表彰式が終わり、雑誌やテレビの記者から取材を受けた。配信禁止なのは残念じゃったが、たくさん写真を撮られたので、真のイケメンというやつを世に知らしめてやれるじゃろう。


 さて、帰るとするか。

 明日はばあさんとダンジョン配信じゃ!

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