おじいちゃん、試練に挑む
「殺せ! 殺せ!」
「ぎゃははははは! ジジイが魔王様に挑戦とは笑わせるぜー!」
「魔王様に惨殺される前に俺が殺してやろうか? いひひひひ」
いつの間にか立っていたのは、甲子園球場を小さくしたような構造の闘技場。足場は砂地になっており、観客席にはモンスターの大群が座っている。
何かを食べながら卑しい笑いを浮かべる者。片手を握り拳にして振り上げ、鋭い目つきで叫ぶ者。奴らは一様に人語を使い、強い殺意を言葉にしている。
見せ物にされておるようで、酷く気分が悪い。
「おいおい……まじかよ……」
周囲を見渡した猪俣が、聞こえるか聞こえないかのか細い声で呟く。それもそのはず、五千をゆうに超える数のモンスターに囲まれておるのじゃから。
単体の強さはそれほどでもない。これは、感覚で分かる。じゃが、この大群に観客席から降りて来られたら……考えたくもないのぉ。
まあ、負けはせんとは思うがな。疲れて魔王と戦うどころではなくなるのは間違いない。
"ちょっとちょっとちょっと! こんな数のモンスター、どうしろってのよ!"
"あいつら、まさか降りて来ないよな?"
"闘技場みたいだし、さっきのオットマンだっけ? あれと戦わされるのかね?"
"なんでモンスターが日本語喋ってんの?w"
"一万体近くいるな……"
"魔王様とか呼ばれてるくせに汚くね?w"
あらためて闘技場を観察してみると、砂地は円を描き高い柵で囲まれている。正面には巨大な門があり、はめ込まれた鉄格子の扉には鍵がかかっておるようじゃ。
おそらく、あそこから現れる何かと戦わされるのじゃろう。……と考えておると、また不気味な笑い声が。ワシら三人の目の前で、影の中からオットマンが姿を見せる。
「お待たせいたしましたお客様。準備はよろしいですか? これより、ショータイムの始まりです。一対一の対戦方式となりますが、そちらはどなたが?」
「ワシが……」
「俺にやらせてくれ!」
ワシの声を遮るように前に出たのは猪俣じゃった。左手を右肩に当て、右腕をぐるんぐるんと回しながら、首を左右に振ってボキボキと関節から音を鳴らす。
中学一年のとき……あれは秋頃じゃったか。放課後の校舎裏で、三年の先輩二人にカツアゲされている同級生を見かけて助けに行った猪俣の後姿と重なるわい。
昔から正義感が強く、見た目に反して優しい男じゃった。バイクが好きなだけなのに、
「承りました。お名前をお伺いしても?」
「猪俣だ」
「観客の皆様、大変長らくお待たせしました。これより、本日の第一試合を発表します。挑戦者はこのお方……猪俣様! 対するは、魔王軍最強の盾……といえばお分かりですよね!」
いつの間にやら右手にマイクを持ち、パフォーマンスを始めたオットマン。
「レイヴラス! レイヴラス!」
「守護神! 守護神!」
「うおおおおおお!」
客席のモンスターどもが狂ったように叫ぶ。瞳は血走り、唾を撒き散らしている。大気の震えが闘技場に伝搬していく。
レイヴラスと呼ばれる猪俣の相手は、この大群が絶対の信を置ける存在らしい。
「そうです! 人間どもの侵攻をその身一つで何度も防ぎ、押し返してきたこの男。左手の盾は全ての攻撃を無効化し、右手のメイスは大地を揺らす! 八十年前には勇者キルクのパーティを単独で撃破し、五十年前には魔王様に敵意を向けた破滅龍バーモ・ナーズフィーアをボッコボコのボコにしてしまいました! 魔王軍幹部の一人……レイヴラス・オリーケーンの登場です!」
鉄格子が鈍い音をたてながら、ゆっくりと開く。一歩踏み出すたびに大地が揺れるほどの足音。闇の中で揺れ動く影。少しずつ輪郭がはっきりとしてくる。
「殺せ! 殺せ!」
「レイヴラス! レイヴラス!」
モンスターの歓声で鼓膜が痛いくらいに震えておる。凄まじい人気じゃな。
敵の姿が次第に明らかとなる。
地響きとともに現れたのは、二メートルをゆうに超える人型のモンスター。
身に纏うのは、丸みを帯びた濃い紫色の全身鎧。頭部には三本の角が。ダンゴムシやサイなど、堅牢な生物を彷彿とさせる。
あまりに分厚く巨大で、中に入っている者が痩せているのか太っているのか分からないほどじゃ。継ぎ目がうまく隠れていおり、あれでは関節を狙うのは難しい。
左手には全身を覆い隠すほど巨大な盾が。これもまた鎧と同色の紫色で、ワシが戦ったベヒモスに似た魔物の意匠が施されている。
右手のメイスは、もはやメイスと呼んでいいのかすら怪しい。長い柄の両端に、人を丸ごと叩き潰せそうな直径七十センチくらいの球体が取り付けられた双棍。その真ん中を握っている。
"歩くだけで地面が揺れるって、あの体で何キロあるんだよ!"
"魔法だろうが武器だろうが跳ね返しそうな見た目してるわ"
"幹部と四天王って、どっちが上なんだ?w"
"最強の盾とか言われてるし、四天王よりこっちの方がつええんじゃねえの?"
"氷龍の小手を着けてるとはいえ、猪俣さんは格闘で戦うんですよね? あの敵の守りでは、ダメージが通るとは思えないのですが……"
猪俣とレイヴラスが、闘技場の中央で睨み合う。相手の顔は見えんが、ひりつく空気と殺意の応酬が視線のぶつかり合いを意味しておる。
両者の間合いは五メートルほどか。
……しかし納得いかんのぉ。
「黙って聞いておれば……この口だけ男め! 貸さんか!」
「なっ……やめっ……なんなんですかお客様! 今はあなた様の番では……あっ!」
オットマンの持つマイクを力づくで奪い取ってやったわい。一丁前に抵抗しおって、素直によこせばいいものを。
「モンスターども、よく聞くんじゃ! レイヴラスとやらが難攻不落の要塞であれば、この猪俣は
……ふぅ、すっきりしたわい。マイクパフォーマンスで負けるわけにはいかんからな。
言いたいことを言ってやった。ワシは本心から猪俣が勝つと確信しておる。
"おじいちゃん……"
"何やってんだよwww"
"見たかモンスター! これが俺たちの暴れ納豆じゃい!"
"相手がモンスターなのに、なんか恥ずかしいんだけどw"
"客席のモンスターども、ブチギレとるやんけw"
そのジジイを潰せだの、三対一で分からせてやれだのと、観客が騒いでおる。盛り上がってきたのぉ。
「お客様、マイクをお返しいただいて……。ただいまのオッズは猪俣様が三十二倍、守護神レイヴラスが二・五倍となっております! 賭けはまもなく締め切りです! お楽しみください!」
ワシからマイクを取り返したオットマンが上空を見上げながら喋り出すと、突如……球状のモニターが出現した。半透明の青で、双方のオッズがでかでかと表示されている。
真下から見ておるが、テレビを真正面から眺めておるように映っておる。モンスターどもが騒いでおることから、奴等からも普通に見えているんじゃろう。なんと不思議な。
闘技場はお祭り騒ぎ。……とくれば、ワシも楽しませてもらおうかの!
「ちょっと待った! ワシも賭けに参加させてもらおう!」
「構いませんが、こちらの通貨をお持ちではないですよね?」
「ワシは、三島の装備全てと三島の家を賭ける!」
「……は? 何言ってんだこのジジイ! んなら俺は、源ちゃんの装備全部と源ちゃんの家と軽トラックを賭ける!」
「何じゃとー! ついに狂ったか三島!」
「いやいや、いかれてるのはお
"何やってんの? この老人達は……"
"腹痛いwww"
"アホやwww'
"まあ、男ならオールインだよな!w"
"猪俣さんが負けたら裸で戦わないとダメじゃんw"
「少々お待ちください……かしこまりました。魔王様から許可をいただきましたので、お二人が賭けに勝った場合は装備での払戻しといたしましょう」
ぬおっ、認められてしもうた!
まあ、猪俣が負けるはずがない。大丈夫じゃろう……多分。いや、勝つに決まっておる!
「ではお客様、ご移動をお願いします」
オットマンが右手をかざすと、ワシと三島の体が光に包まれた。一瞬、視界が暗闇に包まれる。ポータルを潜り抜けるときの浮遊感があり、気づくと闘技場の壁際に立っておった。
右に三島、左にオットマン。いつの間にやら、ワシらの周りが薄い水色の膜で覆われておる。
「お待たせしました! それでは第一試合……スタートです!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます