孫、おじいちゃんの姿に感動する(SIDE:工藤麻奈)

 麻奈は、居間でスマホを眺めています。

 映っているのはおじいちゃん。五年前に現れたダンジョン『仏の岩窟』へと入っていきました。

 昨日、麻奈がムキになってしまったせいで……。


 夏休みは毎年、源二おじいちゃんのおうちで過ごすのですが、今年は麻奈がやらかしてしまいました。

 クラスのみんなが夢中になっているダンジョン配信を見ていたら、おじいちゃんが「オーガは手首を切って逃げれば倒せる」だなんて、ありえないことを言い始めたんです。

 配信をしている探索者の方々は、パーティでいくつものダンジョンを踏破とうはしています。オーガは、そんなすごい人達でも苦戦することがあるんですから。

 人間の何倍も体が大きくて力が強いモンスターを、そんな簡単な方法で倒せるなら苦労はしません。

 もし可能なら、みんなもうやってますよね?


 麻奈にはそれが信じられなくて、ついつい元探索者のおじいちゃんにダンジョン配信をお願いしちゃいました。

 おじいちゃんなら麻奈のためになんでもやってくれると思って、甘えてしまったんです。おばあちゃんは大丈夫と言ってくれてましたが、今はかなり反省しています。


「パパ、ママ、おばあちゃん! おじいちゃんがスライムと戦うよ!」

「髪の毛にへばりつかれて全部溶かされちまえばいいんだ。そうすれば親父も諦めて帰ってくるだろ」

「あら、お義父とうさんカッコイイじゃない。探索者って感じがするわね!」

「ふふふ、おじいさんたら張り切っちゃって。よっぽど麻奈ちゃんにいいところを見せたいのねぇ」


 スライムは、モンスターの中で最弱だといわれています。でも、なりたての探索者が一人でダンジョンに潜り、スライムに顔を覆われて窒息死した事件もありました。

 ……おじいちゃんは負けませんよね?

 胸がドキドキして、心臓が口から飛び出してしまいそう。


 スライムが小さく跳ねながらおじいちゃんに近づいていきます。ポヨンポヨンと体を揺らす半透明の柔らかそうな姿は、とても可愛らしいです。

 スライムを模したクッションも販売されているくらいですからね。麻奈もおじいちゃんに買ってもらいましたし。

 ……あっ!


「危ないっ!」


 スライムが飛び上がり、おじいちゃんに襲いかかりました。ドッジボールが上手なクラスの男子が投げるたまよりよっぽど速い。

 体を大きく広げたスライムがおじいちゃんの顔を包み込もうとしていますが、おじいちゃんはまったく動こうとしません。

 やっぱり、麻奈のために無理をして……。


「スゥ……ブフウッ!」


 おじいちゃんが息を吐くと、スライムの体から魔核が剥がれてしまいました。

 その瞬間、キラキラと輝くダイアモンドダストのように、スライムの体が細かな粒子となって空気に溶け込んでいきます。


「えええええぇ!? おじいちゃん、武器も使わず倒しちゃったよ!」

「ま、まあ。スライムだしな。こんなもんじゃないか?」

「あなたったら……。驚いた顔、見逃してませんからね? 素直にお義父とうさんを褒めたらいいじゃないの」

「昔はみんなこの倒し方でしたよ。うちのおじいさんは、こんなもんじゃありませんからねぇ」


 おじいちゃんが大活躍する姿を見て、みんな嬉しそうにしてる。おばあちゃんなんて、すっごく誇らしそうな顔。麻奈もびっくりしちゃった。


 うわぁ、コメントもすっごく盛り上がってる。

 一……十……百……七百人!?

 まだ始まって三十分も経ってないのに。


 いけないいけない、配信に夢中になってしまいました。

 麻奈がおじいちゃんをサポートしてあげないといけないのに。


『ねえ、おじいちゃん。さっきのスライムの倒し方、詳しく解説してあげた方がいいかも!』


 おじいちゃんには麻奈の声が聞こえるようになっています。視聴者の方々が今の戦闘について知りたがっているようなので、教えてあげました。


 次は二階層を目指すようです。

 おじいちゃんは、視聴者を楽しませながらダンジョンを進んでいきます。

 暴れ納豆とか、聞いててちょっと恥ずかしい部分もあるけれど……。


 おじいちゃんの配信は驚きの連続。無音歩法という技術で、何事もなくスライムの横を通り過ぎてしまいました。

 色々な探索者の配信を見てきましたが、おじいちゃんの配信は身内補正を抜きにしても面白いと思います。

 他の視聴者も同じ気持ちなのか、チャンネル登録者数がニ千人を突破していました。


 仄暗ほのぐらい石造の階段を下りて二階層へ。おじいちゃんの目の前では、すでに四人のパーティがゴブリンと戦っています。

 盾役と攻撃役が二組に分かれた見事な連携で、あっという間に敵を倒してしまいました。


「おーい! そこのパーテー! 向こうのゴブリンを譲ってもらってもいいかのぉー!」


 戦闘が終了したばかりの四人組に声をかけるおじいちゃん。コメントでパーテー呼びがいじられています。


 盾役のかたが協力を申し出てくれましたが、おじいちゃんは断りました。

 麻奈は二人の方が安全だと思うんですけどね。


「次はゴブリンだよ! おじいちゃん勝てると思う?」

「はぁ……。親父のやつ、手伝ってもらえばいいのに。意地になってるのか?」

「それはあなたでしょ。心配ならそう言いなさいよまったく」

「あらあら、そんなに頼りなく見えますかねぇ? 麻奈ちゃん、安心して!」


 迫り来る二体のゴブリン。すごく怖い顔をしてる。

 あんな顔で向かって来られたら、麻奈は腰が抜けて動けなくなると思う。


 おじいちゃんは盾を少しだけ持ち上げて、散歩でもするようにのんびり歩いてる。

 ……余裕ってことだよね?

 視聴者のみんなは焦ってるみたいだけど。


カアァッ!」


 びっくりした!

 おじいちゃんたら、急に大声を出すんだもん。

 ……あれ、ゴブリンが止まってる。

 たった二回、剣を振っただけで倒しちゃった。


「おじいちゃんすごーい! 初心者はまずゴブリンを安定して倒せるようにって言われてるのに、一瞬だったよ!」


 おじいちゃんがフロートカムに向かって解説を始めました。

 どうやってゴブリンの動きを止めたのか。麻奈はてっきりスキルを使ったと思っていたのですが、ワンちゃんを叱る時の心構え? ……のようなものが必要なんですって。

 

 これにはコメントも大盛り上がり。早速試してみようとする探索者が続出しています。中には、おじいちゃんのやり方が初心者の参考になると、宣伝してくれるという人まで。


 ……って、ビースト北村さん!?

 登録者数30万人超えの人気ダンジョン配信者で、麻奈のクラスにもファンがたくさんいます。

 白のタンクトップにジーンズという、ダンジョンに相応しくない格好でモンスターに肉弾戦を挑む探索者です。

 ボディビルダーのような筋肉ムキムキの体を傷だらけにしながら、白熱した戦いで視聴者を楽しませてくれる上級探索者。たしか、ランクはB。凄い人が来てくれました。


 探索者は危険な職業です。命を落とすことだってあります。そのリスクを減らせるなら……。

 麻奈は学校で習いました。人の為になる立派なおこないをしなさいと。

 おじいちゃんの配信がみんなの助けになるなら、多くの人に知って欲しい。そう思ったのですが、おじいちゃんは宣伝にあまりいい印象を持っていない様子。

 ……だったら、麻奈がやるしかない!


「こ、こんにちは! おじいチャンネルの孫でアシスタントの麻……マナティです。皆さん、ご視聴いただきありがとうございます。ビースト北村さん、宣伝をお願いしてもよろしいですか?」


 あっぶない!

 自分の名前を言いそうになって、マナティになっちゃった。

 おじいちゃんが頑張ってくれてるんだもん。麻奈だって、できることをやらなくっちゃ。


 コメントのみんなが麻奈を受け入れてくれてる。恥ずかしいような嬉しいような不思議な感じ。配信者ってこんな気持ちなのかな。


「……麻奈、終わったら説教だからな。一緒に配信するなんて聞いてないぞ」

「じゃあ、ママがパパを叱ります。この子が自分で考えてやったことを尊重できないの? すぐにダメだと決めつけるのはあなたの悪い癖よ」

「おばあちゃんも味方ですからね。あんなに楽しそうなおじいさんの邪魔はさせませんよ」


 やっぱりパパは怒るよね……。

 でも、麻奈は後悔してない。正しいことをしたと思ってる。おじいちゃんと一緒なら、探索者の常識をいい方向に変えれるかもしれないんだもん。


 踏み出した勇気の一歩が、麻奈の世界を広げてくれた気がしました。

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