おじいちゃん、若者を叱りつける 前編

「では、次の階層を目指すとしようかのぉ。三階層のモンスターもまたゴブリンじゃが、装備が変わる。厄介なのは弓持ちじゃろう。しかし、先に見せた足止めさえできてしまえば、それほど苦労する相手ではない」


 "たしかに、あれができればね? ……できればだけどw"

 "殺意を意識したら、ちょっとだけ止めれるようにはなったぞ? ポーターの奴は練習しといて損ない"

 "マジ!? 今から俺もダンジョン行こっかな"

 "ポーターワイ、ゴブリンの足止めに成功する。ちな二秒"

 "これさ、革命起きてね? ビースト北村も来たし、おじいチャンネルすごいことになりそう"


「みなさん、よかったらチャンネル登録していただけると嬉しいです!」


 "はーいマナティちゃん!"

 "優秀な営業おるなw"

 "おじさんもチャンネル登録しちゃうぞー!"

 "俺もマナティのおじいちゃんになりたい"

 "おじいちゃんのあだ名が暴れ納豆ってかなり嫌だけどなw"

 "草"

 "やめてあげてwww"


 麻奈も喜んでおるようじゃな。帰宅しても怒られる心配はなさそうじゃわい。


 ゴブリンの倒し方に満足してもらったようなので、三階層への階段を探す。二階層は初心者と思われる探索者が多く、あちらこちらでゴブリンと戦っておる。

 おかげでワシは戦闘を避けれて楽なんじゃが、新規で参入する探索者は戦う相手がおらんから、実力をつけるのに苦労しそうじゃな。


 一階層のモンスターに安定して勝てるようになったら二階層に挑戦する。そんな流れなんじゃろう。

 スライムなんぞに苦戦する者はおらんじゃろうから、ゴブリンに人が集まるのは当然。……負の螺旋らせんじゃのぉ。

 多くの者がワシの戦術を身につけてくれれば、少しはよくなるかもしれぬ。だからといって、ゴブリンという厄介な相手をあなどることがないように、おいおい注意していかなければならんかもな。


「うぃーっす! シュンジっす!」

「パンドラでございます」

「メガモンだ……」


 三階層への階段付近で、フロートカムに向かって挨拶をする三人の若者がおる。彼らもダンジョン配信者じゃろうか。

 頭の右半分を刈り上げた奇抜な金髪で、右腕にウニョウニョとした模様を掘り込んだ男がシュンジ。遠くから見ると青いキノコのようにも見える、丸眼鏡をかけたひ弱そうな男がパンドラ。頭を短く丸刈りにした、太っちょで背が高い男がメガモン。

 ヘンテコなポーズを取りながらと名乗りを上げておる。


 "うわ……迷惑系配信者のスリースターズじゃね?"

 "最悪だな。いつもは中層あたりで配信してるのに"

 "スリースターズの活動拠点て茨城だったんだ"

 "おじいちゃん、あいつらには関わらないほうがいいかも。迷惑行為ばかりしてるんだけど、実力もあるから手がつけられないんだよ"


 ……迷惑行為じゃと?

 それは見逃せん。ダンジョン内の治安は探索者が守るとダンジョン安全保護法で決まっておる。だからこそ探索者は公務員なのじゃからな。

 昔と違って色々と制度は変わっておるようじゃが、根本は同じ。第一条に書き記された探索者としての立ち振る舞いは変わっとらんかった。

 それに、子供を叱るのは大人の義務。ワシが注意するべきじゃろう。


「今日はっすね、リスナーのみんなに面白い遊びを教えてあげるっす! 題して……ゴブリンイジメ!」

「ではメガモンくん、さっそく捕まえてください」

「おう……」


 通路の奥でちょうど出現した三体のゴブリンに向かって、身の丈二メートル前後の大男が全身の肉を揺らしながら近づいていく。所々が金属のプレートで守られた革鎧に身を包み、背中には巨大な戦鎚せんついを担いでおる。


 モンスターに接敵すると、二体のゴブリンの首を掴んで持ち上げた。

 空中に浮かんだゴブリンは、引っ掻いたり足で蹴り上げたりして暴れておるが、大木のようなメガモンの腕はびくともしておらん。


「ふんっ……!」


 シンバルが如く打ち合わされたゴブリンの頭部が、耳障りな音とともに体液をぶち撒けて潰れてしもうた。

 メガモンとやら、かなりの実力者じゃな。武器を使わず単純な膂力のみで圧倒してしまうとは。


 目の前で仲間を瞬殺されてしまい、恐怖に顔を歪ませる三体目のゴブリン。賢いモンスターじゃから、同じように自分が殺される姿を想像してしもうたのじゃろう。

 かなわないと悟ったのか、棍棒を投げ捨てて一目散に逃げだす……が、メガモンに捕まって羽交締めにされてしもうた。


 ひょいと持ち上げられて、何やら準備を始めたシュンジの元に運ばれていく。厄介なはずのモンスターがまるで子供扱いじゃわい。

 仲間にもゴブリンを倒す経験を積ませてやろうとしておるのじゃろうか。モンスターと出会ったら、なるべく早く倒すのが鉄則なんじゃがなぁ。

 人それぞれやり方があるじゃろうし、こればかりは口出しできん。ダンジョンでは絶対の安全が保証されておらんから、危険なのは間違いないがのぉ。


「視聴者のみんな、これが何か分かるっすか? ……そう、納豆っす! これをゴブリンの鼻に詰めていくっす。こいつらも臭いと感じるんすかね?」


 おそらくコンビニで買ってきたのであろう。ビニール袋から納豆のパックを取り出したシュンジが、ゴブリンの大きく開いた鼻の穴に納豆を押し込む。


「ゲギャッ! ギャギャッ!」


 メガモンに抱えられたゴブリンが唾液を撒き散らしながら悲鳴をあげる。不快感をあらわにし、首を振って嫌がっておる。


「ぎゃはははははっ! 次は食べさせてみましょうよ。ゴブリンくんは、納豆にカラシを入れる派ですか?」

「ぶほほっ……」


 "相変わらず最低だなこいつら……"

 "これでチャンネル登録者数十五万超えなんだから終わってるよほんと"

 "ファンよりアンチの方が多いんだろ? 配信中のコメント荒れまくってるって聞いたけど"

 "スリースターズの話はもういいじゃん。無視して先に進もうぜ!"

 "そうだな。おじいちゃんがイジられたら可哀想だし"


 ……何をしておるんじゃ?

 ……まさか、モンスターで遊んでおるのか?

 此奴こやつら……ここはダンジョンじゃぞ!


ブワッカ馬鹿モォオオオオオオン!」


 剣を腰の鞘にしまい、盾の持ち手を背中のホルダーに引っ掛ける。

 スリースターズと呼ばれるおろかな三人組を睨みつけながら、ゆっくりと近づいていく。


 ワシの両手が、怒りでわなわなと震えておる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る