おじいちゃん、若者を叱りつける 後編

 "おいゲンジ、やめとけ! そいつらに関わるとろくなことにならないぞ!"

 "スリースターズはこれでもCランク探索者だから、いくらおじいちゃんでも危ないですよ?"

 "おい、誰か探索者協会に連絡しろ!"

 "気持ちは分かるけど、こいつらは無視した方がいいぞ!"


 やかましいわい!

 こんなもの見せられて黙っておれるか!


 見て見ぬ振りする大人が増えたせいで、間違った価値観を持った子供がそのまま成長してしまう。

 他人の子だとしても、叱らねばならぬときは勇気を出して歩み寄るべきなんじゃ。探索者として、そして人生においての先輩であるワシら大人がな。


「うわっ! びっくりしたっす! なんなんすかこのジジイ。俺ら配信中っすよ?」

「僕らなりにゴブリンと戦っているだけなんですが、問題ありますかぁー?」

「邪魔……」

「戦っておる……じゃと? それが命を懸ける探索者の姿かぁあああ! ダンジョンとは、常に何が起こるか分からん危険な場所じゃ! 何人も命を落としとる! ワシの仲間も大勢死んだ! かつて国を守るために戦ったワシらを馬鹿にしとるのか!」


 いったい親はどういう教育をしておるんじゃ。

 国から探索者として認められ、探索者登録証を発行してもらう際には遺書が必要となる。それは今も昔も変わっとらん。

 配信者として活動しておるのなら尚のこと。このガキ共三馬鹿の親は、どういう場所でどんな仕事をしとるか把握しておるはずじゃ。

 ダンジョン配信が若者の間で流行っておるからと、いつのまにか危機感が薄れておるのかもしれぬ。警察や消防士、自衛隊よりも死と隣り合わせじゃというのに。


「よっしゃパンドラ! 腹一杯食わせてやるっす!」

「視聴者のみなさん、ごめんなさいね? ボケ老人は無視して続けましょうか。はい、ゴブリンくん。あーんして下さーい」

「ぷぷぷっ……」


 瓶底眼鏡びんぞこメガネをかけたおかっぱ頭のパンドラが、割り箸で一口分の納豆をすくい上げる。

 ワシのことなぞ気にせず、そのままゴブリンの口元へと運んでいく。


 指を食い千切られたらどうするつもりなんじゃ!

 探索者の体は商売道具なんじゃぞ!


クォリャコラァアアアアアッ! 危ないじゃろうがあああっ!」


 地面を蹴り、一気に加速してパンドラの背後に回る。左手でパンドラの肩を掴んで引っ張り、ゴブリンとの距離を離す。

 これで一安心……じゃがな、悪いことをした子供には正しい教育が必要じゃ。


「反省せいっ!」


 硬く握りしめた拳をハンマーのように振り下ろし、パンドラの頭頂点にきつめの一発を叩きつけた。怪我をさせてはいかんから、小指側の柔らかい部分でじゃがの。


 口で言っても聞かないのであれば、体に教え込むしかない。これは暴力ではなく、ワシの愛じゃ。


「あうっ!」


 情けない声を漏らし、白目を剥いて倒れこむパンドラ。

 ワシの拳に痛みはないが、強烈な衝撃が伝わってきた。この小僧が目を覚ましたとき、真人間に戻っておることを祈るばかりじゃな。

 

 "ちょ! 何やってんの!?"

 "もしかしてイカレてる?"

 "なんでおじいちゃんから仕掛けてんの!"

 "クレイジジィ……"

 "協会の人、早く来てくれぇー!"

 "このジジイ、スリースターズよりやばいやんw"

 "これが暴れ納豆か……"


「……やりやがったっすね。メガモン、こっちもやり返すっすよ! こんなジジイになめられたら、スリースターズは終わりっす!」


 シュンジに発破をかけられたメガモンは、抱えていたゴブリンの脇腹を掴み、円盤投げのように体を捻りながら遠心力をつけて放り投げる。

 三十キロはあるはずのゴブリンが一直線に宙を飛び、ぐしゃりと音を立てて岩壁に衝突。紫色の血痕を残しながら、ずるりと地面に滑り落ちていく。


「許さん……」


 両手が自由になったメガモンは、短く返事をして背中の戦鎚を引き抜いた。

 あの巨大にあの怪力じゃ。振り回された武器が擦りでもすれば、無事ではおれんじゃろう。

 深く腰を落として構える姿は、触れた物全てを押し潰すブルドーザーのような威圧感を放っておる。難攻不落の要塞が如き攻めにくさも感じるのぉ。


 対してシュンジは、体を脱力させて小さく何度も飛び跳ねておる。まるで狩りの前に体を震わすトラやヒョウのようなネコ科の大型動物じゃ。リズムに合わせて揺れる金色の片ハゲが尾のようにも見えてきおる。

 殺意のこもった瞳。吊り上がった口角。筋肉はしなやかで、一瞬で間合いを詰められそうな瞬発力を秘めておる。


 なかなかに恐ろしい相手じゃ。この位置では両脇から挟み撃ちにされてしまう。

 少し下がって距離を取るとするかのぉ。


「おいジジイ、まさか逃げないっすよね? パンドラを気絶させておいて、このままで済むと思ってるんすか? 長く生きてるってだけで調子に乗られるの、嫌いなんすよね。俺、キレちまってるっすから! ……【フレアナックル】!」


 シュンジが何か横文字を叫ぶと、両拳が燃えよった。肘のあたりまで紅蓮の炎が立ち昇っておる。

 四メートルは離れておるのに、真夏の太陽に照らされておるかのような熱気を感じるわい。

 ……なんじゃこれは?


「そんな、スキルを使うなんて……。おじいちゃん危ない! 早く逃げて!」

「よく見ておれ。不届き者から目をらして逃げる選択肢は持ち合わせておらん。ワシの退路は正義によって塞がれておる! 此奴こやつらの性根を叩き直し、孫が学校で自慢したくなるようなおじいちゃんになるんじゃ!」


 "途中までよかったのに!w"

 "最後ので台無しwww"

 "人間にスキル使うって何考えてんだこいつら?"

 "笑ってる場合じゃないって! マジでやばい状況だぞ?"


 メガモンがジリジリと距離を詰めておる。

 恐るべき圧力じゃ。若い頃なら逃げ出していたかもしれんのぉ。

 距離は五歩といったところか。


 シュンジの動きが止まった。

 深く前傾姿勢をとり、押し潰されたバネのように力を溜めておるな。

 少し離れてはおるが、このガキであれば一瞬で詰めてくるじゃろう。 


 ……来るっ!


「死ね……【ウェーブインパクト】……」


 先手を打ってきたのはメガモン。

 図体に似合わぬ身軽さで高く飛び上がり、落下とともに巨大な戦鎚が振り下される。

 そんな分かりやすい攻撃を食らってやるはずもない。余裕を持って後退しながらかわす。

 しかし、戦鎚の打撃部が地面を叩いたその瞬間。けたたましい炸裂音が鳴り響くと、大気が弾けたかのような衝撃波が発生した。


「ぬおっ!」


 とっさに腕を交差させて身を屈めるも、壁が如き空気の塊に襲われる。体は宙に浮き、後方に吹き飛ばされてしまう。

 身をひるがえし、手足の四点で伏せるように着地。砂埃を巻き上げながら、平らな地面を滑っていく。

 両足でり力の向きに抗いながら、指をめり込ませる思いで摩擦を掴む。


「これで終わりっす!」

 

 その隙を見逃してくれるはずもなく、放たれた矢のように加速したシュンジが目前に迫る。その表情は愉悦ゆえつに染まり、勝ったという確信が張り付いておった。


 燃え盛る拳を振り上げ、今まさに振り下ろそうとしておる。

 ……絶対絶命の状況。

 だからこそ決まる!


カアァッ!」


 咆哮ほうこうとともに叩きつけたのは殺気。ゴブリン戦でも披露したワシの得意技じゃ。


「なっ……!?」


 シュンジにとってのワシは、目の前で仲間の一人を倒した未知の存在。心の中に少なからず恐怖を抱えておるのは分かっておった。 

 それを膨らませてやれば、時間が停止したかのように動きは止まる。

 大逆転じゃな。


「愚か者がっ!」


 坊主と金髪の境目にゲンコツを叩き込む。もちろん小指側でじゃ。


「あがっ!」


 シュンジの首が縮み、肩が上がる。

 中途半端に口を開いていたせいで、むりやりに閉じてしまった形になり、その衝撃で歯が二本吹き飛んでしもうた。ワシの愛が重すぎて耐えきれんかったか。

 目が覚めたら、鏡を見て深く反省してくれることじゃろう。授業料が高くついたのぉ。


 "いやいや、それゴブリンのやつだろ!w"

 "歯が折れたぞwww"

 "ジジイ強すぎんか? スリースターズはクズだけど、いちおう中級探索者なんだが"

 "こいつらの中じゃメガモンが断トツで強い。油断すんなよ!"

 "あいつデカすぎて頭殴れなくね?w"


 残るはデカブツメガモン一人。

 ゴブリンを物ともしない個の力といい、先程の衝撃波も脅威きょういじゃな。

 まずは……。


「そこまでだ! 武器をしまいなさい!」

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