おじいちゃん、叱られる

「なんじゃ貴様は……。邪魔をするでない! 言っても聞かんガキどもを教育しとるんじゃ!」


 ワシとメガモンの間に割って入り、両手を広げて静止しようとする謎の男。|七対三(しちさん》にきっちり分けた短髪で、銀縁ぎんぶちの眼鏡から覗く目つきは細く鋭い。

 ダンジョンに相応しくないサラリーマンのようなスーツ姿じゃが、その上から防弾チョッキに似たベストを羽織はおり、頭にはヘルメット、肘や膝の関節にはサポーターを着けて身を固めておる。


 "やっと来てくれたか!"

 "おせえよ協会員!"

 "でもさ、二人倒れてるじゃん? で、おじいちゃんとメガモンが戦闘中じゃん? これ、ぱっと見おじいちゃんが悪者にならん?w"

 "ジジイは素手だぞ!"

 "いやいや、それを言ったらシュンジも素手やからな?w" 

 "誰が見てもおじいちゃんが悪いだろ。何言ってんだ?"

 "ワロタwww"


「どけ……」


 底冷えするようなメガモンの声。戦闘態勢に入った野生の熊を彷彿ほうふつとさせる。

 眉間にしわを寄せ、太いまゆを吊り上げておる。威圧感のある武人ぶじんの顔じゃ。両のまなこ憤怒ふんぬにごり、仲間のあだを討つという強い意志が伝わってくるわい。


 メガモンが、謎の男(協会員と呼ばれておるようじゃがワシゃ知らん)を片手で押しのけながら前に出る。

 捕まえてさえしまえば、ワシなぞ簡単にひねり殺せるとでも思ったのじゃろう。戦鎚をひょいと後方に投げ捨てると、柔道家の如く両手を前に出し、重心を低くしてゆったり構えよった。


 探索者にとって、武器は命と同義。敵をほふり身を守る、体の一部と言ってもよい。

 なんたる愚かな男……。


「武器を雑に扱うとは何事じゃああああっ!」


 やはり此奴こやつにも愛のムチ教育的指導が必要なようじゃな。

 この巨体じゃから、他の二人に比べて打たれ強いじゃろう。怪我をさせるかもしれんが、拳の硬い部分を当てるしか……。


「だからやめろと言っている! 何度も言わせるな!」


 間合いを詰めようと前屈みになったその時。協会員が巨体の陰に潜り込む。

 下から斜め上に突き上げるような肘打ちを放ち、鳩尾みぞおちに深々とめり込ませる。

 体をくの字に折り曲げたメガモンの右腕を掴むと、腰を起点にして巻き込むように投げ飛ばした。


「ぐえぇ……」


 背中から地面に叩きつけられたメガモンは、押し潰された肺から空気を漏らし、苦しそうな悲鳴をあげる。

 殺気を感じ取ったワシは、素早く二歩後ろに下がり距離を取った。


「お主……只者ではないのぉ……」


 鬼鉄きてつの剣を抜き放ち、盾を構える。


 この男、ワシを見た瞬間に凄まじい闘気を叩きつけてきよった。

 本気でかからねば……勝てん!


「ゆくぞ小童こわっぱ! 覚悟せい!」

「おじいちゃんやめて! その人は探索者協会の協会員さんだよ! もしかして知らないの?」

「なにが協会員じゃ! 説教の最中に割り込みおって! 子を叱る大人の義務を放棄させとる時点で悪の協会員じゃろうが! 探索者協会だかなんだか知らんが……探索者協会?」


 "ゆくぞ小童じゃねえよw ゆくな!w"

 "マナティよくやった!"

 "やっぱりマナティさんなんだよなぁ"

 "ボケ老人ほんま……"

 "この暴れ納豆、協会員を斬ろうとしてたぞw"

 "悪の協会員てなんだよ!w" 


「そうだ。やっと落ち着いたか? 私は、探索者協会仏の岩窟支部保安課の遠藤えんどう誠一郎せいいちろうだ。通報を受けて来た。きみたち探索者の上司にあたる立場なんだがな……。さて、すぐにダンジョンから出てもらう。事情聴取が終わるまで帰れると思うなよ?」


 遠藤とやらが腰から取り出したのはポーション。ときおりモンスターがドロップする小瓶に入った緑色の液体じゃ。飲んだり皮膚から吸収させればたちまち体力が回復し、軽い怪我なら瞬時に癒えてしまう。

 遠藤がパンドラとシュンジにポーション振りかけ、乱暴に揺さぶり起こす。

 目が覚めた悪童二人は、状況を理解した様子で起き上がる。


「よし、立てるな? 着いて来い!」


 遠藤の号令に従い、言われるままに後を追う。まるで駆け足じゃ。

 エッサホイサと走っておると、邪魔になるモンスターは全て遠藤が倒してしもうた。鮮やかな短刀さばきじゃわい。


 ダンジョンから出て街中を駆け回り、探索者協会にたどり着く。役場のように大きく立派な建物を見て、思わず足を止めてしまう。


「ほぅ……。昔は……」

「何をしている! さっさと中に入れ!」


 景色に感動する老人のささやかな楽しみさえも奪われるとはのぉ。


 協会に入ると、やはり役場のようになっておる。申請課やら相談窓口やら、色々と部署があるようじゃ。

 ワシとスリースターズとやらは、別々の部屋に案内された。


 狭い空間に机が一つ。ワシが椅子いすに座ると、対面に不機嫌そうな遠藤がドスンと腰を下ろし、ノートパソコンを開く。


「ところで、配信中なんじゃが。このままでええんかの?」

「構わん、最近は協会が公平であることを証明するために配信を推奨している。チャンネル名を教えてくれ」

「おじいチャンネルじゃ」

「……そんなチャンネル名のやつが暴力沙汰ぼうりょくざたを起こしたのか。まあいい。きみも視聴者も虚偽きょぎの発言があった場合は問題になるからな? では、何があったのか最初から最後まで正しく詳細に説明しなさい」


 何をどう説明すればいいやら。こういうのはどうも苦手じゃわい。今までばあさんに任せっきりじゃったからのぉ。


 ワシの説明はこうじゃ。

 三階層に向かう途中でスリースターズを発見。ゴブリンで遊んでおるから、危ないと思い叱りつけた。探索者としてダンジョン内の安全を守るのは当然じゃからな。

 言うても聞かんもんじゃから、パンドラという悪ガキを殴った。殴ったというよりは、愛を注いだ……の方が正しいじゃろう。

 シュンジが怒って殴りかかってきたから、こいつにも愛を注いでやったのじゃが、遠藤が邪魔をしたせいでメガモンには愛が届かなかった。以上。

 完璧じゃな!


「と、いうわけなんじゃが。伝わったかの?」

「馬鹿にしているのか? 次は視聴者から説明してくれ。ちゃんと正しく詳細に・・・・・・……だぞ?」


 "遠藤の目、怖すぎん?w"

 "暴れ納豆が暴れただけ"

 "スリースターズがゴブリンイジメという遊びをしていて、ジジイが怒って説教した。パンドラが続行したのでジジイが殴った。シュンジがスキルを使って襲いかかってきたところをジジイが返り討ちにした"

 "おじいちゃんは説教の前に武器をしまってる。つまり愛のムチ"


 しばらくコメントを読んでいた遠藤が、椅子の背もたれに体をあずけて大きくる。ペチンと音を立ててひたいに手を当てると、魂を漏らすように深くため息をつく。

 やっと前を向いたと思えば、今度はノートパソコンをカチャカチャと操作しながら作業を始めおった。ワシ一人置いてけぼりにされたようで寂しいわい。


 ……長い沈黙。打鍵音だけんおんだけが虚しく響き続けておる。

 堅苦しい遠藤の雰囲気も相まってか、やけに空気が重い。場を和ませるために、年長者のワシから話題を提供してやるべきじゃろう。

 何気ない気遣いこそが大人の魅力というもんじゃ。


「みたらし団子が好きなんじゃが、粘り気があるじゃろ? 先月コンビニで買って食べておったら、歯が抜けてしもうてのぉ。ワシもついに部分入れ歯デビューじゃわい」

「はぁ……。君は、今がどういう状況か分かっているのか? ダンジョン内で問題行為を起こし、取り調べを受けているんだぞ?」

「はて? 何も悪いことはしとらんが。さっき説明した通りじゃぞ?」

「探索者がダンジョン内の治安を守る……たしかにそう記されているが、今は時代が違う。次からトラブル発生時には探索者協会へ連絡しなさい。暴力をふるっておいて、それを悪いことだと認識していないのがまずおかしい。真面目な話をしているのに、ふざけているのも変だろう。それと……」


 グチグチと説教が始まりおった。

 態度を見るに遠藤とやらはお偉いさんのようじゃが、どうして上の者は話が長いんじゃろうか。聞く気にもならんわい。


 これだけ時間を取られては、今日の探索は諦めるしかなさそうじゃな。久しぶりにダンジョンに来て、だんだん楽しくなってきたところじゃったのに。

 夕飯は何かのぉ。精がつくウナギなんてどうじゃろうか。麻奈も来ておるし、外に食べに行くのもありじゃな。

 ……眠くなってきたのぉ。


 "なあ、ジジイ寝てねえか?w"

 "絶対寝てるwww"

 "好き勝手に話して、飽きたら寝る。厄介老人の極みじゃねえか!w"

 "おじいさんの寝配信が見れると聞いて来ました"

 "清々すがすがしいほどの自己中だなw"


「そういうことだから、今回は大目に見るが……っておい! 聞いているのか? 目を開けろ!」

「ふぁ? なんじゃ騒がしい。もう帰ってもええのか?」

「さっきも話をしただろう! 君は現在、探索者協会のデータベースに名前だけの登録となっている。ランクの判定と能力鑑定を受けてもらう。聞いてなかったのか?」

「き、聞いておったに決まっておる!」


 いつの間にか扉の前に立っていた遠藤が、眼鏡をクイッと持ち上げて鋭い眼光を向けてきよる。


「……まったく。では、一つだけ質問だ。スリースターズとの戦闘で、なぜ武器を抜かなかった?」

「子供を叱るのに武器は要らんじゃろう。気持ちを伝えるには言葉かゲンコツじゃと昔から決まっておる」

「初耳だが……。今回の件は、厳重注意ということで終わりとする。では、ついて来い!」


 この男、またどこかにワシを連れて行こうとしておる。

 話がつまらなすぎて寝てしもうたからのぉ。状況がさっぱり理解できんわい。

 逆らえばまた説教が始まりそうじゃし、素直に従うしかなさそうじゃな。

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