おじいちゃん、膝から崩れ落ちる
銀行の金庫のような分厚い扉をくぐる。案内されたのは、コンクリートで囲まれた広い空間じゃった。
唯一置かれておるのは、入り口近くの大きな箱。形だけ模しておればよいとばかりに粗雑な木製の武器や盾が入っておる。
「今から君には模擬戦をしてもらう。私が相手になるから、好きな装備を選びなさい」
「なぜ戦わねばならん! そんな暇があるなら協会の仕事をすればええじゃろ!」
「これが私の仕事だ! もう一度最初から全部話したほうがよさそうだな。君の登録証の情報は……」
「そうじゃったそうじゃった! 年のせいか物忘れがひどくてのぉ。
"このジジイめちゃくちゃだなw"
"寝てたのが悪いんだろ!w"
"堅物眼鏡てw"
"
"さて、暴れ納豆のランク判定はどうなるかな"
重い金属扉を閉じた遠藤がハンドルを回してロックをかけると、窓一つない殺風景な密室ができあがる。
そのまま箱の前で屈むと、中からダガーを取り出し逆手に持つ。
「首から上は攻撃禁止だ。では……始めるぞ!」
遠藤は、とくに構えもせず自然体のまま近づいてくる。
一見すると隙だらけなのじゃが、攻め込む気にならん。奴のかもし出す雰囲気がワシの動きを封じておる。
それがやけに不気味で、どうしても盾を握る手に力が入ってしまう。
「どうした? 力を見せてくれないと判定できないんだが。手加減してやるから遠慮せず来い!」
「老人を
大きく踏み込み、下から斜め上に斬りあげる。
遠藤はそれを潜り込むようにして避けた。
「――シィッ!」
小回りがきくのがショートソードの強み。振り上げた剣をそのまま振り下ろす。
くるりと体を回転させた遠藤は、前進しながら最小限の動きで
体重を抜くように腰を引き、体ごと後ろに下がることで肘の位置をずらす。
空を切るダガーを確認し、遠藤の脇腹に突きを放つ……と見せかけたフェイント。これ以上間合いを詰められてはかなわんので、大きく二歩距離を取る。
仕切り直しじゃな。
一瞬ではあったが、神経がすり減ってしもうたわい。額から流れ落ちた汗が頬を伝っておる。疲労によるものではなく、冷や汗じゃろう。
しかし、なんじゃこの
「隙だらけじゃと思ったが……もしや、それがお主の構えか?」
「クラヴ・マガという格闘術だ。少しアレンジしているがな。ところで、スキルを使ってもいいんだぞ?」
「コメントも言っておったから後で聞こうと思っとったんじゃが、スキルとは何じゃろ?」
「……そこからか。私の突きを躱した動きを見るにCランクはあるだろう。判定はこれで終わりにして、鑑定に行くぞ」
"え、もう終わり?"
"あの一瞬でCランクってすごいけどなw"
"もっと見たかった!"
"おじいちゃん俺より強いわw"
"絶対Bランク以上あるやろ!"
"最後のフェイントからの間合い管理は間違いなく達人の域。遠藤の方が強いと思うけど、暴れ納豆も相当やるぞ"
思ったより早く終わってしもうたからのぉ。コメントの
遠藤の方が上手なのは確かじゃな。長引けば負けておったじゃろう。
再び遠藤の後を追う。今度は登録窓口の横にある鑑定課という部署に案内された。
行ったり来たりと大変じゃわい。
「まず、スキルとは想像を具現化する力だと言われている。動画を確認したが、君と戦ったスリースターズの二人も使用していた。デカいのがハンマーを叩きつけた時の衝撃波と、奇抜な髪型の少年が両手を発火させていたのがスキルにあたる」
「ほぅほぅ。不思議じゃなぁ。ワシらの時代にはスキルなんぞ使っておる探索者はおらんかった」
「十年ほど前に見つかったからな。このスキルも、ダンジョンキングという配信者がたまたま試してみたら使えたというだけで、詳しいことは何も分かっていない。ダンジョンが出現したことで、地球の環境が変化したという不確かな説があるだけだ。例えば……【火を灯す】」
遠藤が右手の人差し指を立てると、指先からタバコを吸うのにちょうどいいくらいの火がつきおった。
しかし、息を吹きかけても消えやせん。ライターの火とはまた違うようじゃ。
「消そうと思えば、このように消える。頭の中で思い描いたものを投影させればいい。まずは人のいない場所で練習するように。スキルを使うと、規模にもよるが疲労感に襲われる。使いすぎれば動けなくなるから注意しなさい」
「もしや……そのスキルとやらを使えば、失われたワシの髪の毛も取り戻すことができるのか!?」
「……いや。スキルで欠損部位を再生するのは無理だ。ポーションの最上級『エリクシール』であれば可能かもしれないが、そんな使い方をした者はいないからな」
「それは残念じゃのぉ」
"ワロタwwwww"
"スキルで髪生やそうとすんな!w"
"いまさら気にしても遅いだろw"
"スキルは参考動画いっぱいあるからマナティに教えてもらえば?"
"ゲンジがスキル使いこなしたらAランクいける気がする!"
コメントに天才がおるな。帰ったら麻奈に聞けばいいんじゃ。
遠藤のようなつまらん男との話はさっさと切り上げて、一刻も早く家に帰らねば。
「わしゃそろそろ帰るぞい。今晩はウナギを食べて、孫からスキルについて教えてもらわねばならん。予定が詰まっておるんじゃ!」
「待て待て、ほんとに話を聞かない奴だな。鑑定するって言っただろう。君は剣と盾を使っているようだが、適正職業が分かればもっと相応しい装備が見つかるかもしれない。本来なら鑑定課の者が対応するんだが、君が相手じゃ不安だからな。手を出してくれ。……少し痛むぞ?」
右手を差し出すと、指を掴まれヘンテコな器具を押し当てられた。
「
パチンという音とともに人差し指の腹に短い針が刺さり、血液が滲む。
遠藤に操られながら、テーブルの上に置かれた黒い石板に血判を押すと、光の文字が浮かび上がってくる。
「大魔導士だと!? ……これはすごい。上級職じゃないか!」
「やはりワシには剣が合っておったのか!? 自分ばかり驚いとらんで早く教えんか!」
あの
ワシも釣られて立ち上がってしもうた。
「いや、遠距離からスキルで戦うエキスパートだから、そもそも近接で戦うのが間違っている。剣との相性は最悪と言っていいだろう。今までよく死ななかったな」
「ワシの二十年が……間違っておったじゃと……?」
全身の力が抜け、糸が切れた操り人形のように膝から崩れ落ちてしまう。
頭の中が真っ白で動くことができん。
"ジジイが燃え尽きちまったw"
"いやいや、上級職なんだから喜べよw"
"ゲンジしっかりしろ! 上級職なんて探索者の中に三パーセントも居ないんだぞ!"
"剣と盾にそれだけ誇りがあったんだろうなw"
"目から光が消えてるw"
その後のことはよく覚えておらんが、気づいたら家に帰っておった。
軽トラックの中から夕焼け空を見上げておる。
ひぐらしの声が、今日はやけに悲しく聞こえるのぉ。
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