おじいちゃん、ゴブリンを倒す

『ねえ、おじいちゃん。さっきのスライムの倒し方、詳しく解説してあげた方がいいかも!』


 麻奈は気が利くのぉ。

 ダンジョン配信者とは、あんな簡単な事でも細かく説明せにゃならんのか。


「さっきありえんと言っておったが、よく見ておったか? スライムが体を広げる時に、コアの周りが薄くなるんじゃ。ほら、ティッシュなんかも中心に勢いよく息を吹きかけたら飛ぶじゃろ? それと同じじゃな。コアの下側に息を吹きかけることで、コアに下回転をかける。そうすると、体から剥がれてくれるんじゃ。みなもやってみるとええぞ?」


 "ちょっとダンジョン行ってくる!"

 "俺も試してみよw"

 "いやいや、ティッシュとスライムじゃ質量が違いすぎるから……"

 "うおおおおお! できたあああああ!"

 "マジ!?"


 早速やってくれた者がおるようじゃな。教えた甲斐があったのぉ。ワシのような古い探索者の言葉をちゃんと聞いてくれるというのは、嬉しいもんじゃ。

 本当は、スライムなんぞには構わんのが一番なのじゃが。……それも伝えておくとするかの。


「主らに質問じゃ。何故スライムが襲ってくるか知っておるか?」


 "理由なんてあるかい! モンスターに見つかったら攻撃されるに決まってるやんけw"

 "何故……か。考えた事もなかったな"

 "そういえばあいつらって目無いもんな。何でだろ?"


 自分の中の常識にとらわれる者、新しい何かを取り入れようと思考する者、分かれてきたのぉ。

 若者には目で見て、経験して、少しずつ成長して貰いたいもんじゃ。これからワシがする事も、新しい刺激になるとよいのじゃが。


「奥の方におるスライムが見えるかの? あの横を戦わずに通り抜けてみせよう。その後に答え合わせじゃ」


 洞窟の奥から姿を現し、ゆっくりと近づいてくるスライム。明らかにワシを認識している。現段階では……じゃがな。

 目も、鼻も、耳もない奴らがどうやって人に襲いかかるのか。少し考えれば分かることじゃ。


 ゆっくりと歩いて距離を縮めていく。


 ……あと十七歩。

 ……九歩。

 スライムはまだ動かない。


 ……三歩。

 ……そして並ぶ。

 まだ動かず。


 そのまま通り過ぎる。


 ”どういうこと!?"

 "すげえええええええ!"

 "分かったかも……"

 "何故だ?"

 "もしかして、音か?"

 "本当だ! おじいちゃんの足音聞こえない!"


 スライムから少し距離を取ったところで、正解発表といこうかの。


「コメントの中には気付いた者がおるようじゃな。しかし、百点満点中八十点というところかのぉ。スライムは、体に伝わる振動をコアで認識していると言われておる。つまり、歩く時に起こる小さな地面の揺れ、声による空気の震え、これさえ無ければ見つからないというわけじゃ」


 "いやいや、簡単そうに言うけどさw"

 "金属鎧の人は擦れる音が鳴っちゃうよね?"

 "ポーターもリュックの中でドロップ品とかポーションがぶつかってガチャガチャいうし無理だな"


「まあ、練習じゃよ。筋肉や関節をどう動かせば音が鳴らないのか、体の重心をどこに置くべきか、日常生活の中で少しずつ掴んでいく。この繰り返しじゃ。昔はみんなやっとったからのぉ。鎧もリュックも関係ない。無音歩法はスライム以外にも役立つ技術じゃから、身につけて損はないぞ?」


 "マジかよ……"

 "練習してみようかな?"

 "ダンジョン以外でも探索者としての修練を積むってことか!"

 "パーティー全員ができないと意味ないけどなw"


 スライムについてはこんなところじゃろ。


 無音歩法を習得すれば、こちらに気付いていないモンスターの背後を取り、無防備な急所を狙って致命的な一撃をお見舞いすることも可能となる。

 それは敵が集団であっても同様で、影に隠れながらパニックに陥っているモンスターを一体ずつ順番に倒していくなんてこともできるんじゃ。

 これについては、機会があれば披露しようかのぉ。


 その後も、スライムの横をすり抜けながら進んでいく。

 ダンジョンの外はあれだけ探索者で溢れかえっていたのに、この階層には人っ子一人見当たらん。

 浅い階層では大したドロップアイテムもでんからなぁ。


 階段を下りて二階層へ。

 出口付近で三体の緑の小鬼と戦う若い探索者のパーテーがおった。

 大きな木製の盾を持った短髪の男が小鬼を押し込み、体勢を崩したところで茶髪の女子おなごが槍を構えて突き殺す。

 盾役二人の攻撃役が二人の四人組のようじゃ。


 ショートソードを両手に握りしめて後退りする黒髪の少女に緑の小鬼が襲いかかる。それをロン毛の男が体に密着させた大楯で体当たりをするように弾き飛ばし、地面を転がる小鬼の動きが止まったところに女剣士が剣を振り下ろす。


「ほっほっほ。緑の小鬼をこうもあっさりと。見事なもんじゃなぁ」


 "わろとるでw"

 "じいさん、今は緑の小鬼じゃなくてゴブリンだぞ?"

 "この階層に居るってことは初心者なんだろうけど、もっと下でも戦えそうな練度だな"


 決められた動きをなぞるが如く、あっという間に倒してしもうた。コメントの言う通り素晴らしい連携じゃわい。

 パーテーが好まれるのも納得じゃのぉ。


「さて皆の衆、緑の小鬼――ゴブリンじゃったな。奴らはどんなモンスターじゃろうか?」


 "子供くらいの大きさで、成人女性程度の膂力りょりょくがある!"

 "結構頭が良くて、時には連携を図って襲ってくる"

 "狡賢ずるがしこい! 前に命乞いされたことあるわ"


 ふむ、奴らの分析はできておるな。じゃが、その狡猾こうかつさがどこから来ておるのかまでは分かっておらんかもしれん。

 ワシの戦い方を見てもらうとするかの。


「正しい認識じゃな。おーい! そこのパーテー! 向こうのゴブリンを譲ってもらってもいいかのぉー!」

「はーい、どう……え!?」

「おじいさん、もしかして一人ですか? 心配なんで俺が盾やりますよ?」


 "パーテーやめろwww"

 "あの茶髪の子、目ん玉飛び出るくらい驚いてたぞw"

 "そらいきなりジジイが一人で現れたらびっくりするやろw"

 "介護キターwwwww"

 "あのロン毛のイケメンいい奴じゃねえか"

 "女の子も可愛いぞ? 羨ましい!"


 少し離れた場所で、こちらの様子を伺っていた二体のゴブリン。緑の小鬼と呼ばれていたとおり、全身が緑色の皮膚に包まれておる。

 痩せ細り、お腹だけがぽっこりと膨れた貧相な体。

目は細く、大きな鼻はまるでわしくちばしのようじゃ。

 耳元まで裂けた大きな口からは、気色の悪い紫色の長い舌が覗いておるのぉ。


「要らん要らん。ワシ一人で大丈夫じゃ。慣れんことをすると、かえって危険だからのぉ。安心してそこで見ておれ」


 一体は、とても棍棒とは呼べない木の棒を握りしめておる。もう一体は素手じゃな。

 武器を投げてくることがあるので、盾を構えながら慎重に近づいていく。 


「ゲギャッ!」

「ギャッ! ギャッ!」


 ワシを敵として認識したようじゃ。やかましい声で騒ぎながら走って来よった。ヨボヨボのジジイを見て、くみやすいと判断したんじゃろう。


 攻めると決めた時のゴブリンは、理性を失った野獣と同じ。こうなった奴らの攻撃パターンは決まっておる。一気に間合いを詰め、頸動脈を食い千切ろうとしてくる飛びつきじゃ。


「なぜゴブリンが知恵を働かせるのか。それは、奴らが臆病だからじゃ。人間が恐ろしいと理解しているからこそ、時に徒党を組み、時に策を練る。だったら……思い出させてやればよい」


 ”おじいちゃん、喋ってる場合じゃないよ! 前見て前!"

 "ロン毛の人! ゲンジを守ってくれええええ!"

 "ゴブリン来てる! 武器構えなきゃ!"


 せっかちなコメントじゃのぉ。ワシにも見えとるから安心せい。


 迫り来る二体のゴブリン。その顔面には、猛烈な殺意が貼り付いておる。

 貴様らを殺してやる……と心の中で強く念じながら、ワシもにらみ返す。攻撃範囲のギリギリ外で、ゴブリンの表情が恐れに変わったその刹那。

 ……今じゃ!


カアァッ!」


 湧きあがる殺意を束ねて、気合いとともに叩きつける。

 あとは簡単。ビクッと体を跳ね上げて急停止したゴブリンの首をねてやるだけじゃ。


「ほいっ」


 剣を振る。

 ゴブリンの首が宙を舞う。


「ほれっ!」


 剣をぐ。

 胴体から切り離された緑色の生首が、ぽとりと地面に落ちる。


 倒れ伏した二体のゴブリンは、砂地に注いだ水のように地面へと吸い込まれていった。


 "え?"

 "はぁ!?"

 "やばすぎwww"


「……とまあ、これがゴブリンの倒し方じゃな。簡単じゃろ?」


 "いやいや、何が起きたのか分からんてw"

 "えっとぉ、状況を説明しますね。おじいちゃんが叫んで、ゴブリンが止まって、首が飛んだと"

 "なおさら理解できねえよ!w"


 では、解説といこうかのぉ。

 



 

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