第3話 犯人捜し

 7月半ば、また今年もくそ暑い夏がやってきた。

 探偵事務所オフィスは冷房が効いているんだが、通勤途中は冷房のないところもあるし、かなり暑いよな。


 そんな時期の昼下がりに中年の女性が俺の事務所にやってきた。

 話を聴くと、半月前に旦那さんを殺した犯人を捕まえてほしいという。


「あの、・・・。

 殺人事件であれば、警察も動いていますよね。

 私ども探偵が動くよりも警察の方が余程当てになるかと存じますが・・・。」


「ええ、警察は動いていますが、もう一月も経っているのに容疑者の一人も捜査線上に浮かんで来ないのだそうです。

 私の知り合いで警察詰めの新聞記者が居まして、そこから得た情報なので確かだと思うんです。

 大事な夫を殺されて、その犯人が捕まえられないんじゃ主人が浮かばれません。

 警察が当てにならないのなら、探偵さんにでもお願いするしかないじゃありませんか。

 それに、ここは人探し専門なんでしょう?

 それとも犯罪者だと探してはもらえない?」


「いいえ、犯罪者であっても探すことはできますけれど、正直なところ犯人が全く特定できていない時点では非常に難しい問題ですよね。

 それとも奥さんの方でどなたか疑わしい人物の心当たりがありますか?」


「いいえ、私には何の心当たりもありません。

 探偵さんなら警察の方にも顔が利くのじゃないんですか?」


「警察の方に多少の知り合いは居ますけれど、捜査に関する情報は基本的に秘密にされますから、単なる民間人に過ぎない探偵には普通教えてはくれませんよ。

 ですから仮に私どもが犯人を捜すとなれば、全く手掛かりが無いところから始めなければなりません。

 単純に申し上げて、私にできないとは申しませんが、警察に比べると一段も二段も遅い調査になる可能性がございます。

 それを覚悟の上で依頼されるのであれば、犯人捜しをお受けします。

 但し、現行犯を除いて探偵には犯人を逮捕する権限が与えられていませんから、くまで犯人が分かったならば、警察へ通報して捕まえていただくことになりますが、それでもかまわないですか?」


「誰が捕まえても構わないです。

 ただ、このままだと迷宮入りになってしまう恐れもあるので、それを防ぎたいんです。」


「随分とまた断定的ですけれど、事件発生から未だ一か月ほどですよね。

 警察情報で何かそのような兆候がございましたか?」


「飽くまで私の知人情報ですけれど、刑事の一人がトイレでこいつはおみや入りかもなと同僚にぼやいていたのを聞きつけていたようなんです。

 きっと犯人に至る手掛かりが少ないんだと思います。

 だから、担当刑事も焦っていて、それがボヤキになったのだろうと言っていました。」


 ふむ、トイレの話とすれば知人の新聞記者というのは男性か・・・。

 結局、奥さんの依頼の意思が固いので、俺は依頼を受けることにした。


 この殺人事件は、ニュースにもなり、新聞にも載っていたから俺も概要は知っている。

 事件から一月も経っているので、殺人現場への立ち入りも可能だろう。


 他人ヒトには言えないが、そこから俺なら見つけられるものがある場合もある。

 色々奥さんに聞いてみると、旦那さんが殺されたのは勤務先の事務所の中のようだ。


 死因は何らかの凶器で背後から刺され、それが心臓に達してほぼ即死状態だったとわかっている様だ。

 凶器は検視の結果から刺身包丁のような刃先が細く鋭い刃物だそうだが未だ特定はされていない。


 現場には微物を含めて非常に遺留品が少なく、犯人の特定に至っていないようだ。

 また、最近では犯人特定に役立っている監視カメラ映像が今回の場合ほとんど無いそうだ。


 理由はこの現場である勤め先が路地の中にあり、周囲に監視カメラが無いこと。

 また、広い通りに面した場所にある監視カメラ映像は不特定多数の映像があり過ぎるために犯人特定が非常に難しいのだそうだ。


 特に一時期潜伏されてから通りに出られてしまうと容疑者から外れる可能性が高いのである。

 今現在は、多分監視カメラの解析とともに周辺の聞き込み捜査を行っているのだろうけれど、その中に容疑者が浮かび上がってこないのだろう。


 翌日、俺は殺人現場に行ってみた。

 京王線の笹塚駅近くにある六階建て雑居ビルの三階と四階を使っているIT関連の会社であり、従業員が12名前後の小さな会社だ。


 殺された被害者は、経理担当の課長をしていた方で、殺害当日は、翌日の幹部会議で使用される財務チャートを造るために独りで残業をしていたようだ。

 遺体が発見されたのは翌朝8時頃。


 従って、被害者以外の社員が退社した午後7時半以降翌朝8時までの間に殺人がなされたのははっきりしている。

 検視結果によれば、死亡時刻は6月17日(木)の午後9時前後と推定されている様だ。


 このビルは管理人の居ないビルであり、鍵が開いていれば誰でも侵入できる。

 フロアーごとに入居者がカギを持っており、当時は事件現場となった3階のフロアーのみ鍵が開いていたようだ。


 で、会社を訪ねたのだけれど探偵の名刺だけではなかなか信用してもらえず、結構手間取った。

 結局、依頼人の奥様から電話を入れてもらい、現場確認だけはさせてもらった。


 因みに現場は当時血溜りができていたそうで、現場検証が終わってから、警察の了解をもらってすぐに床の張替えなどをしてもらったそうで、血痕のついた机や椅子なども廃棄されたことから殺人現場の面影は無い。

 例によって、居ついている霊魂を捜したところ、居ましたねぇ。


 ちょっと変わった奴で、長さが80センチぐらいの毒々しい色の大ムカデだ。

 中々やんちゃな奴で俺になびこうとしなかったが、何とか俺の異能で調伏できた。


 で、そいつに聞いたら犯人が分かった。

 当時の会話の様子から判断して、清子きよこという被害者の元愛人だった女のようだ。


 周辺の霊に聞きまわり、八重樫やえがし清子なる人物を特定したのは三日後のことだった。

 ご丁寧にこの女は自分のマンションに凶器を隠し持っているらしい。


 だから捜索差し押さえ令状があれば一発で御用になるはずだけれど、さてどうしたものか・・・。



 困ったことにこの八重樫清子なる女性は普段は品行方正な女性であって余罪が無いんだよね。

 多分、警察が周囲を張り込んでも、前回の男のように犯罪を繰り返すようには思えない。


 アリバイも特段に工作しているわけではないが、辻褄の合う状況が造られている。

 この女、被害者を殺害してすぐにいつも通っているコンビニで食べ物と飲み物を購入してそのレシートを持っているんだ。


 普通、殺害の直後にコンビニに買い物に行く加害者はいないだろう。

 ゴム手袋とレインコートで返り血はついておらず、殺人現場でそれらをバックパックに収納し、何食わぬ顔で広い通りに面したコンビニに入ったのだが、このコンビニでは、たまたま監視カメラが故障していたために、この女は捜査線上に全く浮かばなかったのである。


 たとえ監視カメラがあっても挙動不審な点が無ければ捜査上に浮かぶかどうかは疑問だな。 

 コンビニからの帰りは、また路地を抜けて自分のマンションに戻っているので監視カメラには映っていない人物だ。


 偶然なのだろうけれど、仮にコンビニの監視カメラの故障までこの女が引き起こしていたなら大した計画的犯罪だ。

 因みに、この女、被害者とは別のIT関連の会社に勤めるプログラマーで、ハッカーの能力もあるようだ。


 少なくとも彼女のマンションに居ついた霊からは、彼女が夜な夜な色々なネットに入り込みハッキングの真似事をしているのを見ている。

 但し、当該霊にはプログラムの内容もハッキングの処理もわからないのだが、やたら文字列の長い処理をしていたのは知っている。


 ハッキングは犯罪なんだが、ログを消されると立証は難しいからね。

 その件で別件逮捕は難しいかな?


 少なくともその前に彼女がハッキングしていることを客観的に証明できないと、捜索令状は出ない。

 手詰まりなんだが、どうするか・・・。


 仕方がない。

 奥の手を出すか。


 俺の知り合いには少し毛色の変わった精霊も居る。

 少なくとも100年も前には絶対に存在しなかっただろう精霊だな。


 彼にはエレックという綽名あだなをつけている。

 彼は、ウェッブや電子データの海を泳ぎ回ることのできる精霊だ。


 磁気媒体であろうとメモリーであろうと電子が走り回れるところなら、どこにでも到達できるし、色々な操作も可能なんだ。

 妖精と違って、いたずらは滅多にしないけれど、俺がお願いすると聞いてくれることもある。


 彼がデータを操作することで周囲に与える影響が大きいことはやってくれない。

 例えば、銀行のデータ群に入り込み、口座の金を勝手に移し替えるようなことだ。


 どうも彼の中ではものごとの善悪がはっきりしているらしい。

 だからそれに訴えると俺の言うことを聞いてくれる場合がある。


 彼の中では、ハッキングは良いことではないと分類されている様だ。

 だから八重樫清子が勝手にネット内でハッキングを続けている状況を彼自身が良く思っていないんだ。


 だからと言って積極的に悪をただす意図は彼には無いんだぜ。

 でも僕が頼んで清子が侵入した形跡を示すログの改竄かいざんを、元の正常な記録に戻して欲しいと頼むとやってくれた。


 彼の中では、改竄されたログを元に戻すのは悪いことではないという認識だからなのだ。

 かくしてネットを通じた彼女のハッキング犯罪歴が某会社のログに残ったのである。


 放置していてもいずれその会社のシステム・エンジニアSEが気づくかもしれないが、生憎とハッキングで情報を盗み取ったわけではないので発見が遅れる可能性があった。

 結局、渋谷署の大山さんにハッキングの犯罪情報の提供をして、某会社のログを特定して調べてもらうことだった。


 そこから芋づる式に八重樫清子のIDが手繰られた。

 尤も、海外のサイトをいくつも経由して誤魔化しているので、警視庁のネット犯罪担当官も相当に苦労したようだが、俺が情報提供してから5日後に、八重樫清子のマンションに警官が赴いてIT犯罪防止法違反の容疑で捜索差し押さえが執行された。


 当然に押し入れの長櫃ながびつの底に隠されていた殺人の証拠品も発見され、血液鑑定などからIT犯罪防止法違反とは別に殺人容疑でも取調べがなされたのである。

 八重樫清子が殺人を含めて全面自供したのは逮捕されてから二日目のことだった。


 俺の方は、警察がガサ令状を取った時点で、奥さんの方に犯人がほぼ特定され、警察にその情報を流しているから、うまくすれば近々に犯人が捕まるだろうと教えておいたので、俺の仕事は一応終了だった。


 今回も一応の人助けにはなったのかな?

 でも、犯人捜しよりも被害者については、家族や知人の元へ生かしたまま返したいよね。


 最初の二件の依頼はいずれも死体が絡んだものだったから・・・。


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