第38話 占い師 その四

 『ハヌマーン』と呼ばれる存在に球形ヘッドの棍で左わき腹をぶたれたことで現世に戻ってきたようだが、ほかに方法が無かったもんかねぇ

 俺を見下ろしていた木村さんと占い師の鳴海さん曰く、突然どさっと横ざまに俺が倒れたので駆け寄ったところ、ほんの二、三秒で俺が目を覚ましたらしい。


 俺があっちに行っていた時間はそんなもんじゃすまないんだが、やっぱり異界なんだな。

 時間がずれているようだ。


 さて、彼の言っていたことを思い返すと・・・・。

 俺は彼の力で結界の外に押し出されたようだな。


 押し出すというよりは棍棒でぶちかまされて放り出された感じだよな。

 まぁ、不思議なことにその時はすごく痛みを感じていたんだが、今は全く痛みなんかは残っていないんだぜ。


 あと、彼はブラフマンのマンデイルを修復するといっていたな。

 そうして、こっちの時間で一刻?


 まぁ、二時間ぐらいということだろうが、元の状態に戻ると言っていた。

 仮に失せ物の掛け軸がマンデイルから漏れた力によって隠されていたものなら、そのぐらい後になってからこちらでも見えるようになるということだろうと思うんだ。


 さてどう説明したものかな?

 占い師の鳴海さんなら俺の体験をそのまま言っても受け入れてくれるかもしれないが、たぶん木村さんは無理だろうな。


 ならば、こんな時の神頼みしかない。

 必殺、「神のお告げ」だ。


 まぁ、「神のお告げ」は後々まずいことになりそうだから、亡くなったというこの屋の元主の霊が夢枕に立ったと言うべきだろう。

 問題は時間なんだが、二時間ほど遅らせる理由をどうすべぇか?


 まぁ、適当な理由もないからこっちも夢枕に立った故人の霊の所為にしてしまおう。

 その間に、コンちゃん九尾の狐にお願いして、木村さんの亡父の生前の姿や風貌それに声なんかを調べてもらい、念話で送ってもらったよ。


 「夢枕」の真実性を高めるためにはこんな小細工も必要だろう。

 因みに、コンちゃんもダイモンも結構心配していたみたいだぜ。


 なにしろ一瞬ではあるんだが、俺の気配がこの世界から消えたんだそうだ。

 そうしてすぐに戻ってきたとはいえ、倒れて気を失っているわけだし、木村さんや鳴海さんが居る面前では何もできないということで随分と焦りまくったようだ。


 まぁな、多分俺なら大丈夫と何の根拠もなく送り出したのに、自分らの力の及ぶ範囲外に取り込まれたのだから焦るよなぁ。

 結果として俺だから大丈夫だったという言葉は当たっているんだが、あっちで酷くぶん殴られた俺の方は堪らんぜよ。


 いずれにせよ、その場で夢枕の話をした。

 鳴海さんはすぐにも納得したようだけれど、木村さんは食いついてきた。


「その夢枕に立ったと言う人物はどんな方なのでしょうか?」


「あぁ、歳の頃なら七十代も後半、もしかすると八十代に入っている男性でしょうか。

 小柄でしたねぇ

 おそらくは160センチに満たない身長の方でした。

 髪の毛と眉毛はほとんど白でした。

 丸眼鏡と言うのか老眼鏡をかけておられるようでした。

 服装は茶系の和服を召していらっしゃいました。

 話し方は何というか鼻にかかったような音声で少し聞きづらいお話し方ですね。」


「ああ、顔に何か特徴はありませんでしたか?」


「お顔ですか?

 鼻の左脇に大きなほくろが一つ。

 それとおでこの右の方に古い傷跡が斜めに走っていました。」


「あぁ、間違いありません。

 私の父、弥一郎です。

 で、その父が関わって、掛け軸を隠したのでしょうか?」


「いいえ、お父様が直接関わったわけではなく、偶々たまたま天界の事情で、とある力が漏れてしまい、そのために影響の受けやすい曼荼羅の掛け軸二本がこの世から見えなくなったのだそうです。

 先ほども申し上げた通り、その力の漏れが止められたので一定時間が経つと元に戻るということで、その時間がおよそで二時間後になるということです。

 今現在が、午後3時半頃ですので、5時半頃にこの土蔵に確認に入れば見つかると思います。」


「元に戻るその場に立ち会っても?」


「あ、その儀は遠慮された方がよろしきかと。

 その方曰く、事は天界における予想外の事態で起きたことです。

 あるいは元に復する際にも周囲に何がしかの影響を及ぼす恐れがございます。

 現場には元に戻るまで取り敢えず近寄らないほうがよろしいかと。」


「なるほど・・・。

 あなたの仰せの通りにしましょう。

 二時間ほど母屋の方で待つことにいたしましょう。」


 大本の依頼人が納得してくれたことで俺も鳴海さんも母屋の方へと案内された。

 そうして待つことしばし、午後5時12分過ぎには、コンちゃんから連絡が入った。


 土蔵にあった結界が完全に取り払われたという報告だ。

 コンちゃん曰く、コンちゃんやダイモンでは手に負えない結界だからこそ、それが無くなればすぐにわかるんだそうだ。


 これで一応元に戻ったはずなんだが、失せ物がそこにあったのなら出て来るということなんだが・・・。

 もしも出て来ないと夢枕の話が困るよね。


 俺がそんな風に心配しているとコンちゃんが調べてくれたよ。

 土蔵の中に曼荼羅の掛け軸二本が間違いなく存在すると聞いてほっとしたよ。


 後は5時半過ぎに確認しに行って、今回の依頼は終わりだな。

 木村さんの秘書さんが淹れてくれたお茶をすすりながら俺はまったりしていたな。


 この古屋に残されていた茶葉らしいが、結構な良いお茶だし、保管方法も問題なかったようだ。

 この古屋自体も、一か月に二度ほどは人が入って手入れをしているらしい。


 そういえば庭などもよく手入れされていたな。

 家というものは、人が住まなくなると途端に荒れてしまうものなんだが、この家はそんな感じはしない。


 午後5時半になって、土蔵に向かった。

 木村さんが勇んで先頭を、その後ろに鳴海さん、その次は俺、最後に木村さんの秘書さんがついてくる。


 プライベートなところまで付き合わなければならない秘書さんって、大変だよねぇ。

 ひょっとして木村さんの会社はブラックなのなかぁ?


 秘書さん、美人だし、仕事ができそうな雰囲気だから、希望があれば俺の事務所で雇ってもいいけれど・・・。

 そうは言いながらも今のところ小室さんと藤田さんが居れば十分に仕事は回っているから不要なんだけどね。


 結果から言うと土蔵に入って五分も経たずに、木村さんが以前見た場所で掛け軸二幅を発見したよ。

 木村さん曰く、


「もう十回以上も確認して見つからなかった場所なのに、本当に不思議なこともあるものです。」


 こうして失せ物探しの依頼は完了した。

 俺の報酬は手付金に一日の日当プラス交通費だけなんだが、まぁ、多くて三万数千円ってところだね。


 でも今回は、木村さんからお礼と称して十万円の加増があったよ。

 いただけるものはいただくことにする。


 本来の規定収入以外の収入なんだが、税務処理は会計事務所に任せることにしているんだ。

 どのみち億単位の依頼でもない限り、今年も探偵事務所としては絶対に赤字決算になるはずだ。


 それにしても大赤字になっても倒産の心配がない勤め先っていいよね。

 少なくとも収入が少ないという理由で事業主たる俺が焦る必要が全く無い。


 毎月数百万円以上の赤字でも、今後五十年にわたって存続できるんだぜ。

 仮に毎月400万円の補填が必要としても、年に4800万円、50年分では24億円になるんだが、俺の口座には現状で200億円を超える額がある。


 尤も、時折俺の事務所従業員からはもっと稼いでくださいという暗黙の圧力を受けているけどな。

 今回の失せ物探しだって、彼女らの後押しが無ければ、無理にでも断っている可能性が多分にあった。


 そう言えば失せ物探しと言う意味合いでは必ずしもないんだが、中東のとある王族から受けた依頼では、行方不明となった警護武官の捜索と合わせて同時に所在不明になった宝珠の捜索依頼はあったな。

 俺としては、この依頼を受ける際には、どちらかと言うと宝珠を盗み出した犯人の行方を捜すのがメインと考えていたよ。


 無論、宝珠が戻った方が良いとは思っていたが、別に盗品で売り捌かれていたにしても大勢の人が困るわけではないから、それでもかまわんと思っていたぐらいだ。

 結果として宝珠を盗み出した者は殺されていたし、盗んだのも故国で家族を人質に取られていたからだと後に判明している。


 その後、その殺された男の家族がどうなったかは聞いていないんだが、・・・。

 どのみちあまり良いことにはなっていないだろうと思う。


 例のマートフ王子の反対勢力が宝珠窃盗の背後に居たようだから、その連中が証拠になるような人質を残すような話にはならないだろうし、万が一無事に救出されたにしても、犯罪を起こした男の家族として中東の厳しい戒律の中では種々の差別を受けるに違いない。

 その意味では遺された者が哀れだよね。


 だから、失せ物探しはそもそも本業じゃないと打診があった際にかなり抗弁はしたんだけどな。

 結局は受けちまったから、今後は失せ物探しも場合によっては受けざるを得ない場合があるかもな。


 今回の一件をそれとなく知る立場にある鳴海のばあさんの知り合いが、今後色々と無理難題を吹っかけてきそうな気もするし、頭の痛いことだよ。


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