第12話 二件の行方不明
10月半ば、時季外れの依頼がやってきた。
三連休の中日である10月10日(日)、多摩川で遊んでいた中学生が流された事件があった。
丁度この日は暑い日だったので、中学生が浅瀬の川に入って遊んでいたところ、前々日から前日午後にかけて山梨北部から奥多摩にかけてまとまった雨が降っていたことにより川の水量が増していたために、流れに足を取られて深みに
警察・消防などが出動して、下流域を中心に捜索を行ったのだが、生憎と行方不明となった中学生は発見できなかった。
事故から5日後対策本部も解散して、日常の仕事の中で捜索が続けられることになったので、家族が俺に捜索依頼をしてきたのだった。
正直なところ、余り気乗りのしない依頼ではある。
できないわけじゃないんだが、できれば生きている者を助けたいよな。
事件から5日も経ってからじゃ間違いなく死んでいるだろうし、遺体が東京湾にまで流れているかもしれない。
多摩川は、最終的には神奈川県川崎市の河口から東京湾に注いでいる。
途中に大分浅瀬はあるし、
現場に行って聞き込みを始めたら、ちらほらと情報が得られ、最終的には東京都大田区矢口3丁目にある下水道ポンプ場の排水溝付近に沈んでいることが分かった。
ポンプ場の排水溝にはオイルフェンスが張ってあって、油や浮遊ゴミなどが川に流れ込まないようになっているんだが、その放水口と川の接点付近の川底に長さが200mほどのワイヤーが不法投棄されており、
このままでは、腐敗しても水面に上がってくる気配はないだろう。
で、問題はどうやって知らせるかなんだが、水は濁っていて上からは見えないんだ。
困った時の神頼みかな?
遺族には夢枕に中学生が現れたと言って、遺体の在り場所を教えたよ。
生きている者で知っている人が居るのであれば、それなりに情報は得られるけれど、霊や精霊が知ってますという話よりは、故人が夢枕に立った話の方がよっぽど受けが良いはずだ。
で、半信半疑ながらも家族の依頼でダイバーが潜って、見事に遺体を発見したので一件落着だ。
お陰さんで、この依頼の後で霊能探偵なんて風評が立っちまった。
まぁ、それに近いかもしれないので否定もできないんだが、聞かれたときには、表向きにはそんな能力は無いと否定しているよ。
◇◇◇◇
その事件が終わって翌日にはまた別の依頼がやってきた。
今度は羽田沖にマイボートで夜釣りに出かけた旦那が戻ってこないと大騒ぎになり、警察や海上保安庁が捜索したが、何の手掛かりも得られなかったという事件だった。
当日の夜は曇天ではあったが、風が無く、海は凪いでいたようだ。
そういったところでは事故は起きにくいのだが、夜間の海では意外と衝突事故なんかも起きている。
港に入るコースを間違えて沖防波堤に突っ込んだとか、船同士が衝突して沈没するとかは結構あるようだ。
大きい船が小さい船と衝突したような場合は、大きな船が衝突そのものに気づかない場合もあるらしい。
車同士の衝突ならば結構なショックがあるんだが、船の場合は重量差の関係で必ずしもそうじゃない場合もあるようだ。
例えば船の船首でバルバスバウ方式を取っている大型船は結構あるんだが、こいつがなかなか厄介な奴で、海中に尖った球形部分が隠れているような状態で前進している場合、船首部で海面が盛り上がり、その近辺にいる小さな船を転覆させてしまうようなこともあるらしい。
また、大きな船の航走波でもって小型船が転覆するような事例もままあるようだ。
羽田沖に依頼主の旦那さんが居たとして、そうした事象又は事件に巻き込まれたかどうかだな。
普通小型のプレジャーボートは、艇体のボイドスペースに浮体がついているから転覆しても簡単には沈まない。
特にFRP製の船は内部に浮体構造がある場合が多いのでほとんど沈まないんだ。
勿論、バラバラにされたなら沈むけれどね。
それにしても行方不明になった翌日ならば何か手掛かりがありそうなものなんだが、最近は海にも結構なごみが多いらしいから、港湾局の清掃船がかなりのごみを楊脩しているらしい。
そんな中に何か行方不明者につながるようなものは無かったのだろうか・・・。
俺の場合は、全然別方向から情報収集をするけれどね。
取り敢えず、現場に近いところで俺が行けそうなところを探してみた。
行方不明者のマイボートの出港場所は、都下中央区にある〇どきマリーナだった。
残念ながらこのマリーナでは有益な情報は得られなかったよ。
そうして俺も羽田空港には行けるんだが、生憎と空港地域の海岸線は立ち入り制限区域になっているから空港施設から行くことはできないな。
仕方がないので、川崎駅までJR、駅前から浮島町バスターミナルまでバスで移動して、羽田空港の南にある浮島町公園周辺の海浜に辿り着いたよ。
本来はマイカーで行きたかったけれど、生憎とこの周辺には駐車場が無いんだ。
駐車場があるのは隣の東扇島にはあるんだが徒歩で浮島に渡れるような道が無いので、やむを得ず公共交通機関を利用したという訳だ。
これでだめなら、船でもチャーターして羽田沖に出なけりゃならんなと思いながら、現地に行くと
多分元は海藻だったんじゃないのかな。
そいつが例の狭間に住み着いているので、俺とも意思疎通ができるんだ。
驚いたことにこいつはかなり広範囲の縄張りを持っている。
東京湾は勿論だが、南は小笠原諸島の硫黄島、北は仙台湾辺り、西は四国沖までぐらいを縄張りにしている様だ。
しかも水深が3000mの海盆ぐらいまで把握しているみたいなので、それより浅いところなら概ね把握できている様だ。
但し、問題は奴らが群体の意識なので時系列がバラバラなんだよな。
現状であれば把握ができるけれど、例えばそこにあるものがいつから存在しているかなんてことは壊滅的にわからない状態だ。
でも、俺が消息不明となったプレジャーボートのイメージを与えると、すぐに同型のボートの居場所が把握できてしまったよ。
それによると東京湾とその周辺だけで数十隻単位の同型船が存在している様だ。
但し、一隻だけほとんど原形をとどめない状態で海底に沈んでいるものがある。
何で、原形をとどめていないのに同じ型の船だってわかるかって?
正直なところ俺に区別はできんが、当該ボートの底の一部及び甲板の一部の曲面が一致するんでこれが当該同型船の残骸と分かるようだ。
質問があるならイルシード(俺が海生の霊に名付けた名前)に聞いてくれ。
まぁ、それを引き上げて製造会社に調査してもらえば確認はできるだろうな。
大事なことはその残骸の傍に遺体が沈んでいるということだ。
場所は羽田沖でD滑走路北東端から略南東方向に200メートルほどの場所だ。
航路からは少し外れている場所ではあるけれど、船が走っちゃいけないという場所ではない。
FRPの比重は1.5~1.7程度だから軽いけれどそれ自体は沈む。
もう一つ、普通海に出る釣り人は救命胴衣のような浮きを身に着けているのが常識だ。
だから、仮に何らかの事情で海に投げ出されても普通は浮いているはずなんだ。
中には胴衣をつけていると動きづらいので、
しょうがないから依頼者に断りを入れて、ダイバーをピンポイントで潜らせることにしたよ。
何も証拠はないわけなんで依頼人も費用が掛かるのを嫌がっていたけれど、もし発見できなかったら俺が費用を持つと言ったら同意した。
まぁね、何の当てもなく結構な金を使いますよと言えば誰もが心配するよね。
端的な話、羽田沖周辺の海底をダイバーが捜索すると人件費だけでもものすごい金が出て行くことになる。
因みに俺が頼んだピンポイントの捜索でも一回当たり15万円だよ。
支援船を出さなきゃいけないし、それなりの装備も必要だから左程高いというわけでもないんだ。
で、現場について30分で遺体を見つけて、後は警察やら海上保安庁が出てきて大騒ぎだな。
遺体はDNA検査で依頼人の旦那と分かり、俺の依頼は終了した。
その後の海上保安庁の捜査で、青梅のコンテナふ頭を出港したコンテナ船の船底塗料が付着していたとかで、リ〇リア船籍の船が捕まったらしい。
海保の調べでは、二隻が海上でのニアミスでどうも船首のバルバスバウに小型船が乗り上げて転覆したようだ。
そうして転覆して半水没状態のプレジャーボートがそのまま船のスクリューに巻き込まれて、粉砕されたようだ。
因みに亡くなった旦那さんには大きな傷は無かったので、そのまま沈んだものと判断されている。
自動車の塗装からひき逃げ等の犯人を捕まえる話は聞いていたが、船の塗装でも似たような鑑定ができるらしい。
船の場合、腐食を防ぐために定期的に塗装を繰り返すんだが、そいつが層を成すので、船ごとに特徴が違うので特定ができるということらしい。
こいつはたまたまこの事件で知り合った東京海上保安部の警備係長の坂本琢磨さんから教えてもらった話だ。
面白いことに、坂本さんの奥さんは渋谷署の大山さんの奥さんと姉妹になるらしく、別の話で大山さんと飲んだ時に、名前を出したら親戚なので互いによく知っている間柄というのが分かったよ。
因みに遺体は見つかったから、ダイバーへの依頼料金は無事に回収できたよ。
◇◇◇◇
小室さんがメイン、藤田さんがサブとなって、2027年9月1日から3か月分のウチの事務所の収支一覧と依頼の傾向をデータで出してくれた。
まぁ、大枠は俺も知ってはいるんだが、領収書をできるだけかき集め、日々の必要経費を小室さん若しくは藤田さんに知らせるだけの作業しか俺はしていない。
その前の事務所創設からの記録は俺が全部付けていたんだけれどな。
二人の事務所員を雇ってからは、二人にできるだけ仕事をしてもらうようにしている。
俺が口述した内容を整理して、ワープロで調査報告書にまとめ上げるのも彼女たちに任せている。
その分析によれば、予想した通り5月の事務所発足依頼、黒字はただの一度もない。
事務所の賃貸料で330万円(消費税込み)、光熱費で概ね8万円ほどかかり、小室さんの給与が月に約30万円、通勤手当、住宅手当等で6万円、社会保障費の振込額が約5万円、藤田さんの給与が月に約21万円、通勤手当で約13,000円ほどかかるので、月の定常的な支出だけで400万円を超える。
これに対して一番収入があった8月と9月でさえ、2か月での収入は250万円弱であったから、大赤字である。
普通の一般企業ならとっくに潰れているよな。
然しながら、事務所長の俺は、赤字については織り込み済みと言って問題にもしていない。
それよりも、面白いのは依頼の傾向だろうか。
ウチの事務所で一番取扱件数の多いのが、家出少女、家出少年の類の捜索だな。
中には出て行った女房を探してくれだの、旦那を探してくれだのと言う依頼も結構ある。
一応は人探しなので受けるけれど、該当者を見つけた場合にどうするかについては案件によって違う。
例えば夫のDV(ドメスティック・バイオレンス)に耐えかねて出て行った女性については、当該旦那に戻すことが必ずしも当該女性の幸せにつながるとは限らないから、状況により見つからなかったと言って嘘をついている場合もある。
そうしたものはデータにより不成功として処理されるので成功率を低下させることになる。
但し、ウチの事務所の場合、結果を出すのが非常に速いのでお客さんには喜ばれている様だ。
家出少女や家出少年の場合は、概ねその8割から9割について三日以内に居場所を特定している。
但し、概ね全体の二割については、居場所が判明していても知らせない方が良いと俺が判断した案件で書類上は不首尾に終わっている。
従って、依頼達成率は実質100%なのだが、その事実をウチの事務所員にも知らせていないので成功率は下がることになるな。
まぁ、これも俺のわがままから来ていることだから致し方ないよな。
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