第11話 不確実な情報を確実に?

 10月に入って暑さのピークも過ぎたころ、俺の携帯電話に、神山管理官から電話が入った。

 向こうが「アントニウス」と言い、こちらは「パトラ」と返す。


 それから用件が伝えられる。

 神山管理官から直接の電話ということは、急ぎの用件か、若しくは大山さんを挟めないほど大きな問題ということだろう。


 どっちにしろ、俺にとっては面倒な話には違いない。


「またまたすまないが、急ぎの用件だ。

 実はウチの情報屋が武器密輸のネタを仕入れた。

 但し、かなり不正確な情報でね。

 ウチでもガセネタかどうかの判断が付かないんだ。

 絡んでいるのは、新宿界隈のロシアン・マフィアの「ジノ・ラスカ」と、チャイナ・ドラゴンの「ヘイロン」だそうだ。

 ロシアン・マフィア系の情報では、「ヘイロン」が密輸に絡んでいると言い、その逆に中華マフィア系の情報では「ジノ・ラスカ」が密輸の元締めだと言う。

 未確認情報では、今晩のミッドナイトに日本のどこかで水揚げされるらしいのだが、場所も時間も不明のままだ。

 密輸の手段が船かどうかすらもわからない状況だ。

 過去において、フィリピンから大量の拳銃をモーターボートで密輸した事例もあり、現時点では海上保安庁や自衛隊にも情報を流して洋上監視をお願いしているところだ。

 あるいはガセネタの可能性もあるんだが、一応は警戒せねばならん。

 特に外国のマフィア系列は過激だからな。

 拳銃は勿論だが、あれば自動小銃やバズーカ砲の類まで持ち出しかねん。

 今から精々12時間程度の時間しかないだろうが、何らかの情報を得られたなら私のところへ直接連絡をお願いする。

 今回については大山君は関わらせない。」


「了解ですが、あまり期待しないでくださいね。

 どこを探ったら良いのかすら見当がつきません。」


「いや、まぁ、それもわかるんだが、こっちは何にも当てがないんでね。

 現状では、君しか頼れないんだ。

 情報屋もこれ以上の情報取得は難しいと言っている。

 まぁ、マフィアが絡むと確かに命の危険が伴うんでね。

 君も余り深入りしないよう十分注意してくれ。」


 ウーン、最後の発現の意味は一体何だ?

 一応注意は与えたよってポーズなのかい?


 少なくとも情報を取るように依頼してきた人間の思いやりには聞こえんなぁ。

 まぁ、すまじきものは宮仕えということかいな。


 しょうがないなぁ。

 新宿に出張ってみるかい。


 情報が少しでも正しければ、ロシアン・マフィアと中華マフィアが絡んでいるということだろう?

 タダねぇ、場所が新宿というのがよくわからん。


 密輸なら港か空港だろう。

 普通ならそこに拠点を置くマフィア等が絡みそうなものだが・・・。


 まさか外国からいきなり新宿にコンテナで運び入れるなんてのは有り得まい。

 普段は滅多に出せない俺の隠れ従魔ならば、そんなことができる奴も居ないではないが・・・。


 渋谷駅から新宿駅まで約四キロ、後のことを考えるとここはチャリンコ一択だよなぁ。

 チャリンコならかなり広範囲を探って回れるし、駐車場にも困らんからな。


 そんなわけで俺はちょっとだけ残暑の残る新宿の街をチャリンコで流している。

 あっちへフラフラ、こっちへフラフラだなぁ。

 

 もし見ている者がいれば、かなり不審者に見えるんだろうな。

 何しろ当てもなく、ゆっくりと新宿の街の中を自転車で走り回っているんだから。


 但し、外見で何もしていないように見えても、内情はかなり違うんだぞ。

 それこそ白鳥が水面みなもを優雅に泳いでいるようで水面下では足がやたら動いているようなものだ。


 見えないところで俺は頑張っているんだぜ。

 そんなこんなで、新宿界隈を随分と探しまわったんだが、少なくとも武器密輸に関わる情報を聞いたり見たりした精霊や霊魂は居なかった。


 魔物に分類されるようなむしにさえも確認したが情報は得られなかった。

 従って新宿ではありえない。


 あるとしたなら新宿に巣くうマフィアの仕業に見せかけたブラフだろうな。

 密輸で一番在りそうなのはやっぱり港だな。


 東京湾は海に接しているところは岸壁が無数にあるから困るんだが、同じ東京湾でも千葉、神奈川エリアについては、この際時間的に無理だから無視しよう。

 また、クルーズ船も無視だな。


 大量の武器なんかを運ぶには最も適さない船だろう。

 最も可能性の高いのはコンテナ船での密輸だが、最近は至って見かけなくなった木材運搬船も可能性があるだろうな。


 更にマフィア系が利用しやすいのがモーターボート等の私有船だ。

自由に動かせるし、場合により洋上での積み替えも可能だろう。


 手の込んだところでは、外国船が海に沈めて、それを国内の船が拾うという手法もあるらしい。

 いずれにしろ外国とのやり取りの痕跡がどこかに残っていないかどうかだな。


 お馴染み、俺の奥の手でもあるエレックさんにお願いしてみた。

 流石に正義の味方エレックさん、膨大な情報の山の中から東京に関わりある密輸情報を拾い上げてくれたよ。


 関わっているのは、関東の暴力団の中では一番勢力が大きい〇葉会だった。

 元締めは〇葉会で、金を出しているのがチャイニーズマフィアのバン・シュイロンだった。


 〇葉会が所有する(名義上はカタギの人)50ft級のクルーザーを使い、房総沖で中国船から荷を受け取り、明日の午後三時に東〇湾マリーナに入港する予定になっている。

 日本船舶の場合、外国に立ち寄らない限り、税関や入管の検査は無いから、出入りはある意味自由なんだ。


 中国船との会合時刻が今日のミッドナイトのようだ。

 荷の受け取りは目立たないよう、二隻が接近せずに浮体をつけた密封容器で海に流し、クルーザーがその投棄位置に行って拾うという手法のようである。


 荷物には小さな閃光灯がついており、遠くからは見えないが近くによればすぐに判別できるものらしい。

 関係者間で、暗号化されたメールで詳細なやり取りをしたことが仇になった。


 エレックに暗号は無意味なんだ。

 スーパー・コンピューターで何年もかかりそうな暗号の解読をエレックなら一瞬で解いてしまう。


 この解読内容を、書面にまとめれば俺の作業は終わりだな。

 但し、今回の取引に関して、警察は海上で捕まえる手段を持っていないだろう。


 何しろ取引場所は、犬吠埼の南東沖100海里の海上だ。

 銚子港から20ノットの速力でも5時間はかかる沖合なのだ。


 小型の警察艇しか持たない水上警察署では手が出せない場所だよな。

 海上保安庁に任せるという方法もあるが、その場合、実行犯の乗組員の逮捕だけで背後にいる連中はすぐに逃げおおせることになる。


 だからおそらくは、早い段階でこの情報を通知しても、警察はすぐには動かないだろう。

 釣り人を装うなどして周囲から張り込むだけの活動をして、船がマリーナに入る午後三時ころに体制を集約させるはずだ。


 ならば、焦らずに締め切りの24時近くまで待てばよい。

 それから準備しても警察には半日以上の準備時間があるのだから。


 この情報をどこまで信じるかは警察次第だな。

 それまで何かすることは?


 まぁ、一応東〇湾マリーナでも車で見に行くかな?

 生憎とマリーナに至る道路が袋小路なので、俺が行くと何となく疑われてしまうんだが、マリーナが見える某ビルのコンビニに行けば、何とか当該マリーナを見渡せそうだ。


 他にマリーナに近寄ることができそうなのは船なんだが、流石に俺も船までは持っていない。

 クルーザーも買えないことはないが、あれはそれこそ維持費が高いし、保管料が高すぎる。


 年に数回も乗る機会なんぞ有りはしないんだから、どうしても必要ならレンタルだろう。

 免許だって取らにゃ運転できんしな。


 車と違って資格を持った人間が一緒に乗っていれば、ハンドル握るのは無免許でも良いらしいけどな。

 余程必要に迫られなければクルーザーの購入は無いし、免許の取得もないな。


 で、コンビニからコーヒーを飲み、スナックをかじりながら敵情視察をしたわけだが、マリーナには結構大きな船が係留してあったね。

 ネットに提示してある値段表から見ると70ft型クルーザーまで停泊できそうだ。


 70ftと言えば長さが20mを超すわいな。

 こんだけ大きいと小型船舶じゃなく一般船舶になるのかな?


 プレジャーボートというなら小型船舶操縦士の範疇で動かせないと、船員さんを必要数雇わにゃならんから、余計に金がかかるよね。

 やっぱり、小金持ちの俺には向いていないと思うよ。


 敵情視察を終えて渋谷に戻り、夜の10時半に神山さんに電話を掛けた。

 一応口頭で伝えた上で手書きのメモでよければ、情報をまとめたものを手渡せるというと、神山管理官がすぐに柳沢さんを俺の事務所に向かわせるという。


 メールで送る方法もあるがと言ったが、情報漏洩の危険は冒せないという。

 まぁね、密輸の量が半端ないからな。


 情報では拳銃が200丁、自動小銃が30丁、弾薬が合計で3万発を超え、手りゅう弾百発まで入っているらしい。

 まるでこれから戦争をおっ始おっぱじめるみたいだよな。


 秘密の打合せ内容によれば、ベランダに置くような大きさのプラスチック製容器に密封しており、重量が一個50キロほどのものが全部で12個もあるらしい。

 そのまま海に放り込めば沈んでしまうらしいが、特殊な浮体をつけることで海面上にわずかに上部が見える程度に浮くみたい。


 洋上で手繰れるようにご丁寧にネットで包み単体ではなくロープで数珠繋ぎにしているから、カギ状のフックがあれば、船に引き寄せるのはさほど難しいことじゃないようだ。


 尤も、揚収するのが一苦労で、クルーザー後部に設置してある簡易クレーンで船の上に一個ずつあげるようにしなければならないらしいぜ。

 密輸武器の量が半端ないので、警視庁も本腰を入れねばならんわけだ。


 柳沢氏が事務所にやってきたのは午後11時半だ。

 やれやれご苦労なこった。


 柳沢さんが俺のメモを受けとり、代わりに茶封筒を渡してきた。

 中身は今回の手付金だそうで、金10万円也。


 検挙出来たら別途に成功報酬を渡すことになりそうと教えてくれたよ。

 うん、ウチの従業員二人が喜ぶかな?


 翌日夕刻のニュースで大量の武器密輸が発覚し、関係者が摘発された旨を報道していた。

 どうやら無事に検挙できたようだな。


 うん、これで成功報酬はゲットだな。

 前回は百万もくれたけれど、今回はどうなんだろうね。


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