第10話 登山で捜索?

 9月に入っても、うだるような暑さが続いている。

 ヒートアイランド現象なのかなぁ。


 外に出るのがとてもおっくうになるんだけれど・・・、涼しいお仕事ってないのかねぇ。

 そんな俺のささやかな願望を無視するように容赦なく依頼が来る。


 人探しが専門だけど、調愛人を探してくれ(?)という依頼者が多い。

 ネットにも載せているんだが浮気調査はしないと決めているんだが、それでも申し込みが来る。


 日本語がわからない人種は嫌いだぜ。

 今のところ外人さんからの依頼は無いけれどな。


 いずれにしろ、そんなのは電話で断り、事務所に来てもお断りしている。

 どんなにをつけようと、実質浮気調査なら俺は受けない。


 家庭崩壊の元になる仕事はしたくねぇよ。

 でも、今日来た依頼人は、まともなようだ。


 都内にはかなりの数の山岳会がある。

 実は、東京都山岳連盟というのが古手で、国内最大の山岳団体のようだが、そこに加盟している団体の「東京山歩き会」の代表者が俺のところを訪ねて来た。


 この人も例の友永英子さんから噂を聞きつけた口らしい。

 友永女史、やたらと顔が広いお人だね。


 山東さんとう昭乃あきのさん、何か一字違いで国会議員で有名な老女がいたような気がするが、依頼人の方は56歳の女性だ。

 山登りが好きなのか、お顔はしっかりと日焼けしている。


 ウーン、山女と評すべきかどうかはわからないな。

 そんなに背丈は大きくないががっちりとした体形の感じ?


 ドワーフの女性と言われれば何となく納得できるような気がする。

 流石に美女とは言い難いが、56歳にしては若々しく見える人だ。


 依頼内容は、山登りに出かけて消息を絶った会員を捜索してほしいというものだった。

 一応、東京都山岳連盟の各会にも依頼を出して、消息を絶ったのがわかってから三日間、ボランティア主体で捜索をお願いしたらしいが、何の手掛かりも得られなかったという。


 行方不明となったのは、能代のしろ泰三たいぞうさん、45歳の会社員。

 夏季休暇を取って、東京都の西端にある雲取山に一泊の予定で出かけたようだ。


 一応、丹波山村の村営駐車場に能代さん所有のバンが停まっていたことから、少なくとも「お祭りバス停」近辺に到着しているのは間違いがないのだが、その後の足取りがつかめないようだ。

 下山予定日になっても家に戻らないことから、家族から連絡があって「東京山歩き会」でも異常を知ったようだ。


 能代さんは高校時代からワンゲル部に所属し、東京山歩き会でも古参のベテランだそうで、南アルプスの縦走経験もあるバリバリの山男だそうだ。

 山東さん曰く、能代さんほどのベテランが都内最高峰とは言え、雲取山程度の山で遭難するのは絶対におかしいという。


 しかも、一泊の予定なので家からはテント装備を含めての結構重装備で出かけたようで、かなりの数のボランティアでの捜索にも関わらす、それらの品が一切発見できていないことがおかしいと言う。

 正直なところ、俺は登山に関しては、たとえヒルクライムであろうともド素人だから、山東さんにそう言われてもピンとは来ないんだが、少なくとも消息を絶った人物についても、また、当該山についても良く知っている人物が、異様な状況を訴えているのだから、それは信用せざるを得まい。


 俺の姉が失踪した際にも、もっと事件性を疑ってくれる人がいれば姉は助かったかもしれないのだ。

 だから請け負っても良いのだが、仕事として受ける以上対価は必要だ。


 手付金2万円、日当6千円、交通費、宿泊料等必要経費を別途請求ということで依頼人に了解してもらった。

 後で揉め事にならないよう一応の契約書を交わし、二万円だけは先取りする。


 特に今回は、東京と山梨県の県境にまで出向かにゃならん。

 渋谷からだと高速道路を使っても約二時間はかかる。


 「お祭りバス停」からは、歩きになるな。

 一日で戻って来られない可能性もある。


 止むを得ないんで、取り敢えず山歩きと野営の装備を駅近くのアウトドアショップで用意することにしたが、さすがにそこまで必要経費に含めるのは行き過ぎの様な気がするので、俺のホビーの一環ということで経費は要求しないつもりだ。

 9月になってはいるが前述のとおり、下界は夏が残っていて暑い。


 雲取山は標高2269mなので、下界とは様相が異なるかも知れん。

 俺も、海外をうろついた時に、結構大きなバックパックを背負って距離だけは稼いだし、峠越えもやったが、いわゆる登山はしたことが無いなぁ。


 多分、俺専用の道案内は居るはずだから、山で迷子になる心配は無いんだが、体力が持つかどうかだけが心配だな。

 色々と装備を整えると50万円近くの金が飛んで行った。


 マァ、シャァアンメイ。

 そう割り切って、依頼を受けてから二日後の早朝に事務所を出発した。

 

 今回は公共交通機関だと時間がかかりすぎるんで俺の自家用車の*660で向かう。

 流石にレンジローバー・イヴォークは、燃費が悪すぎるし、あいつで雲取山山頂に上るのは無理だろう。

 

 渋谷から中央高速に乗って山梨との県境に向かう。

 取り敢えず能代さんの自家用車があった場所(丹波山村村営駐車場)の確認だな。


 一応、車のナンバーや車種、車の色なども山東さんに確認をしておいた。

 流石にその場で答えてはもらえなかったが、家族に確認して翌日にメールで知らせてくれた。

 

 ついでに能代さんの写真を数枚、車の写真もつけてもらったよ。

 当日の服装もばっちり確認済みだ。


 問題は能代さんが出かけたのが先月20日のことであり、既に二週間近くも経っている。

 意外と霊たちは時間に無頓着なのが多いので、時系列できちんと教えてくれる奴が居ると良いんだが・・・。

 

 下手をすると、何年か前の話でさえ最近の話のように飛び出す場合があるので要注意なんだ。

 情報にあった丹波山村村営駐車場に辿り着き、情報収取を始めると、すぐに有益な情報が得られたよ。


 山の精「クモナ」が情報を提供してくれたんだ。

 クモナは奥秩父山系一帯を縄張りにしているから、まぁ、山神様に近い存在だろうな。


 従って、雲取山を含めこの周辺で起きたことならば大体把握していた。

 俺の念話で自動車と能代さんの画像を送るとすぐに教えてくれた。


 能代さんは8月20日午前10時半ころに駐車場に到着、そこから徒歩で登山口に向かい、雲取山に向けて登山を開始したようだ。

 その日夕刻には雲取山頂付近でテントを張って泊ることにしたのだが、1時間後にそのすぐ近くにテントを張った二人組が居て、その二人が口論を始め、取っ組み合いの喧嘩を始めたのだった。


 見るに見かねて止めに入った能代さんだったが、激高した男の一人がナイフを取り出し、能城さんの腹部を刺したのだった。

 生憎と刺したところが急所であり、肝臓の門脈という太い血管を半ばほども切断したために、能代さんはほぼ即死状態でくずおれたのだった。


 興奮のあまり、つい魔が差したのかもしれないがこれは間違いなく殺人である。

 二人はすぐに、正気を取り戻し、今度は罪の重さに青くなったが、喧嘩をしたとは言え、二人は幼馴染の友人であった。


「野本、おまえ、これはいくらなんでもまずいだろう。

 どうすんだよぉ。」


「くっ、黒島、別に俺は刺すつもりはなかった。

 脅しのつもりでちょっと突き出したら、向こうがちょうど俺に向かってきたので・・。

 これは、単なる弾みにすぎないんだ。

 わかってくれ・・・。」


「そんなこと言っても、この人、脈が無いぜ。

 俺は医者じゃないから良くわからんが、多分、死んでいるぞ。

 ここから下に運ぶにしたって、重いから7時間以上はかかる。

 例え、今、生きていてもそこまで持たん。

 どうする?

 警察に自首するか?」


「いっ、嫌だ。

 俺は刑務所に入りたくねぇよ。

 黒島、お前は俺の幼馴染だろう?

 俺を助けてくれよぉ。」


 半泣きですがりつく野本の姿に、耐えられなくなった黒島という男は、犯罪を無かったものとするために、友を助けることにした。

 最初にったのは、日が暮れているにもかかわらず、周囲の片づけであった。


 能代のテントも、自分たちのテントも片づけたのである。

 不思議なことに能代の外部出血はわずかであったが、それでも地面に少し沁みていたので、小さなスコップで地面を削り、わざわざ谷あいの斜面に向かって捨てて証拠隠滅を図ったのだ。


 その上で自分たちの荷物と、能代の荷物、それに遺体で大荷物となったが、夜道に関わらず暗いヘッドランプだけで下の駐車場に移動したのだった。

 かなり難儀しながらも駐車場に到着したのが21日の午前2時過ぎであり、途中の道路を含め、人気は全くなかった。


 遺体と荷物をトランクに押し込め、逃げるように山梨県甲州市に戻ったのが21日の早朝であった。

 野本は地元の廃棄物処理業の会社に勤務しており、翌日の夜間には山間部の廃棄物処理場に入り、死体と能城の荷物を埋めたのだった。


 義理堅いのか黒島なる男はそこまで付き合った。

 一人で男の遺体を運ぶのはかなりきつい作業だからだった。


 穴掘り等の作業は、現場にあったミニユンボを使ったので短時間で済んだのだった。

 その行動のほとんど全てをクモナが見ていたのであるが、生憎と甲州市内での動きまでは縄張り外だったので確認できていないようだ。


 俺の仕事は半ばを終えたんだが、さてどうするか。

 能代さんは既に死亡している。


 罪人つみびとを造るのが俺の仕事ではないんだが、知った以上は放置もできまい。

 取り合えず、殺害現場で何か証拠でも残っていないか確認してみようか。


 クモナも細かいところまでは確認していないようだが、現場に行けば、岩、草木などの精霊が手掛かりを教えてくれるかもしれない。

 暑い盛りに山登りもあまりしたくはないんだが、止むを得ない。


 そこから概ね7時間をかけて雲取山山頂に到達した。

 時間は夕刻なんだがまだ明るい。


 クモナ以外の精霊から情報を募ったところ、能代さんのチェック柄の登山シャツのボタンが刺したときに血痕が付き、ナイフを抜いた時にちぎれて草むらに跳んでいたのがわかった。

 それともう一つ、19日の日付のコンビニのレシートとどこかのスーパーのポイントカードが草むらにおちていた。


 おそらく二人がもみ合った時にでもポケットから落ちたものだろう。

 当面、俺がすることは写真撮影と現場保存だけだな。


 警察の鑑識でも来ないと証拠保全ができん。

 生憎とスマホはつながらんのだが、イリジウムの衛星電話ならつながる、


 こいつは維持費も通信費も高いんだが、こういう時には役に立つ。

 万が一のために手に入れておいてよかったと思うよ。


 で、俺は困ったときの神頼みならぬ大山さんへ電話をした。

 内容は、依頼があって行方不明者を探しに山に来たら、僅かに血痕のあるボタン一個と、関係あるかどうか不明だが、8月19日付のレシート及びオギノというスーパーマーケットのポイントカードを近くの草むらで発見したという情報だ。


 勿論、秘密厳守ということで大山さんには依頼内容の概要も教えている。

 大山さんも困っていたな。


 雲取山という東京でも一番西にある山頂で山梨県や埼玉県の県境だ。

 下手をすると警視庁の管轄から外れるかもしれん場所で、血痕のついたボタンの切れ端が見つかったからと言って、おいそれと渋谷署の鑑識を出せるわけもない。


 とどのつまり、現場の写真を多数撮り、できるだけに手で触れないようにしてビニールの袋に入れて俺が下界に持って降りることになったよ。

 但し、降りるのは明日になるし、渋谷に戻るのは夜になるだろうと言ってはある。


 場合によって都内所轄署に届ける方法もあるがどうするかと言ったら、と相談すると言っていた。

その日の夜8時ころ俺の衛星電話にから電話が来た。


 余り面倒な話を持ち込まんでくれというひとくさりが一言あり、最終的に警視庁で預かるので、渋谷警察署の大山さんまで届けてくれという話だった。

 行方不明者の存在、登ったと思われる場所に血のりのついたボタン、登ったと思われる前日に入手したと思われるコンビニのレシート、更にはスーパーのポイントカードなど状況証拠は揃っている。


 血のりが矢代さんの血液と確認されれば、そこでなにがしかの怪我を負ったものと推定できるし、それが20日の出来事であれば19日のレシートもつながるだろうし、レシートやカードからは指紋も検出できるだろう。

 そこから追及されればどうだろう?


 それでもシラを切るか?

 落ちるとすればおそらく黒島という男だろうな。

 

 そもそも自分は刺してはいないし、追及されて友人のために頑張れるほどの強さは持ち合わせていないような気がするよ。

 翌朝、俺は日出とともに写真をもう一度撮りまくり、証拠資料を注意深く採集した。


 箸で摘み、家庭で使う冷蔵庫用のファスナー付きビニール袋に収納したよ。

 その様子をビデオで撮影もした。


 探偵の心得みたいなもんで、なんでも収集できるように、出張る際は各種の袋を持ち合わせているんだ。

 それから急いで下山、車で甲州市側に向かう。

 

 甲州市のスーパー「オギノ」に向かい、エレック君にお願いして、ポイントカードの番号から所有者の住所氏名を割り出してもらった。

 所有者は、山梨県甲州市塩山上於曽○○に住む黒島昌則まさのりだった。


 カードの所有者が刺した本人でなければ、容疑をひっかぶらないためにも黒島という男は間違いなく野本を売ることになるだろう。

 死体が見つかればについては否定のしようもなく、黒島もその場所を知っているから意外と早く終わるのじゃないかと思う。


 念のため、黒島の周辺を洗い、その結果浮かび上がった野本の周辺も洗った。

 因みに二人ともびくびくしながら生活しているようだ。


 一応の二人の周辺情報を探った上で俺は甲州市から渋谷に向かって戻り始めた。

 何とか今日中には渋谷に着けそうだな。


 渋谷に着き、渋谷警察署に電話を入れると大山さんが待っていてくれた。

 で、例によって取調室に入り、証拠資料を手渡したうえで、被疑者の野本恒夫つねお及び犯罪隠避に手を貸した黒島昌則の住所氏名をその場でメモにして渡した。


 後は警察が動くだろうと思う。

 警察はNシステムで幹線道路を確認できるし、村営駐車場の入り口には監視カメラもあった。


 野本らは遺体を持って駐車場に入るのに、わざわざ監視カメラの視界から逃れるように駐車場へ入ったようだが、生憎と車の出入りは確認できる

 20日昼頃に山登りのための駐車場に入った車が深夜に出てきたことが分かれば、警察もそれなりの疑惑は抱くだろう。


 野本と黒島にとってはほぼ逃げ道が無いと思うな。

 その三日後、二人のもとに来た警視庁の捜査官に、日下部警察署塩山分庁舎まで任意同行を求められ、種々の状況証拠を突き付けられて、ついには全面自供し、その翌日には自供に基づき廃棄物処理場でのガサ入れで能代さんの遺体が発見された。


 警視庁、山梨県警、埼玉県警の話し合いにより、この事件は警視庁扱いとなり、山梨県警が協力することになった。

 まぁ、初動と証拠関係は警視庁が抑えており、被害者も都内に住む人物だったので比較的すんなりまとまったようだ。


 俺の方は大山さんの秘密情報で任意同行を求める前日に、山東さんへの中間報告をしておいた。

 その段階では、能代さんは殺された可能性が濃厚であること、近々警察の手が入り容疑者が捕まるだろうことを秘密情報として伝えておいた。


 その上で早い時期に警察から知らせが行くだろうが、それまでは可能な限り秘密にしてもらいたいとお願いをした。

 これより少し前の時点で、DNA鑑定のために被害者宅には警察が訪れ、能代さんの髪の毛等を採取して行ったことから、能代さんの家族も山東さんもなにがしかの動きがあることを承知していたようだ。


 事件が終息した時点で、俺は依頼者の方へ請求書を送った。

 交通費は、燃料代と高速代金がメイン。


 野営なので宿泊費はタダだが、飯代は請求したぜ。

 その他諸経費を含めて、手付金以外では3万3千円ほどになった。


 5万円を少し超える額だが、二日で5万円と思えば結構な日当にはなるんだが、やっぱり儲けが少ないな。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る