第9話 依頼の報酬と憑き物

 俺の報告を聞いて、電話の向こうで神山さんがため息をつきながら言った。


「呆れたねぇ、このわずかな時間でこれほどの情報を持ってくるとは・・・。

 しかし、本当にありがとう。

 すぐに十分注意しつつ動くよ。

 今後も期待できるのかな?」


「正直なところ、あまり期待しないで下さい。

 今回は、たまたま間に合っただけで、次はそうは行かないと思います。

 それに時間を制限されるときついです。」


「だろうね。

 こちらも、ここまでの情報は期待していなかったんだ。

 何れにしろ、関係者全員に指示を与えねばならん。

 お礼の方はいずれまた。」


 電話会談は終わった。

 因みにブライアン・ヒルズの持つスマホの機能を一時止める件については、エレックが請け負ってくれた。


 単純に爆弾が起動する電話番号にはスマホから掛けられないようにしておくんだってよ。

 エレックができるというなら任せるしかない。


 そもそも俺が現場近くに居ても、タイミングを教えることができるだけで、そのほかに俺が何かできる訳じゃないからね。

 ならば、俺の方は、放置しておいた次の仕事にかからねばな。


 仕事と言っても大した急ぎじゃないんだが、・・・・。

 「ウチのシャムネコのピレットちゃんを探してほしい。」という依頼だ。


 人探し専門だというのに、6歳の子供を連れて来て、この子のお友達なので何とか探してくださいと言われた分だよ。

 友達ねぇ・・・。


 人間なら問題ないのだけれど、俺が猫を探すのか?

 但し、たまたま日曜日でその場にいたウチの事務員が二人、俺を応接ブースから引っ張りだして、口を揃えて耳元でささやくんだぜ。


「所長、この依頼は受けるべきです。

 だって、成功報酬が30万円も貰えるんですから。

 この事務所は、家賃だけで毎月300万円もの赤字からのスタートなんですから、高い報酬が約束されている依頼は是非とも受けるべきです。

 そうしなければ私たちの給料がいただけるのかどうか不安になります。

 所長、お願いします。」


 そう言われてしまっては俺も困るよなぁ。

 俺は、別におカネには困ってはいないんだが・・・。


 敢えて、二人に俺の資産を大公開する必要はないだろうしなぁ。

 で、やむを得ず、俺は件の依頼を受けることにしたわけだ。


 依頼主の家へ向かい、そこから猫の行方を追うことになった。

 まぁ、左程苦労もせずに見つけたけどな。


 せてがりがりになってはいたけれど、確かに幼女のお友達のピレットちゃんを隣町の公園で見つけて保護したよ。

 霊魂が猫の行き先を順次教えてくれたお陰だし、普通なら捕獲に手間取るところなんだが、どうやら猫には恐ろし気な霊魂が見えるらしく、霊魂を恐れて動けなくなっていたから難なく保護できた。


 持参したペットキャリアに容れて、おうちまで運べば依頼完了だ。

 6歳の女の子にはとっても感謝されたよ。


 因みに報酬でいただいた封筒が少し重かったので、中身をその場で確認したら、50万円も入っていた。

 保護者のお母さん曰くこんなに早く見つけてもらえるとは思っていなかったので、感謝の気持ちですと言って渡してくれた。


 まぁな、渋谷の松濤地区といやぁ、東京でも名うての高級住宅街だ。

 そんな家なら50万円もさほどの金額ではないんだろう。


 実際、小金持ちの俺の感覚でも50万円ってのは大金だという感覚が若干薄れている。

 ウチの従業員は間違いなく喜ぶのだろうけれど、この50万円は、どういう報酬として計上すればよいのかな?


 報酬としての収入には違いないけれど、俺の作った料金表テーブルには乗っていない項目だぜ。

 これはやっぱり、青色申告は、会計事務所にお願いするかな?


 それとも事務処理なら何でもできそうな小室さんが会計処理について知っているだろうか?

 念のため事務所に戻って聞いてみたが、家計簿に毛が生えた程度の会計業務はできても株主総会に提出するような会計処理はできませんとあっさり断られた。


 うん、今のうちにどこか会計事務所に予約しておこうかなぁ。


 ◇◇◇◇


 その日の夕刻5時には臨時ニュースが流れた。

 都内六か所に爆弾を仕掛けた男が、新宿のホテルで逮捕されたという報道だった。


 おそらくは、明日のワイドショーは朝からこの事件で大騒ぎなんだろうな。

 まぁ、なんにしても無事に事件が解決したことは喜ばしいことだ。


 当然のことながら6時まで待っても都内で爆破された場所は無かったので、警察の爆発物処理班がうまくやったということだろう。

 それにしてもコクーンタワー外縁部の天頂にある爆発物をどうやって外したものか、今度神山さんに会うことが有ったら聞いてみようと思う俺だった。


 そうして翌日のワイドショーは、各局ともこの事件の報道にかかりっきりだったな。

 警察も昨夜から数時間置きに記者会見を行っている。


 本来ならば、外国に居る仲間を捕捉するには、犯人逮捕を秘密にしておいた方が良いのだろうけれど、成功・不成功は別としてブライアン・ヒルズからの定時の連絡が入らない時点で奴らは絶対に地下に潜るはずだ。

 それを考えると事件を秘匿している意味合いは薄く、むしろICPOあたりを動かすには大々的に報道してしまった方が良いと考えたんだろう。


 まぁ、警察も大変だよな。

 きっと、神山さんも忙しいんだろう。


 依頼料、そういえばいくらなのかな?

 一件としてみた場合は、手数料が2万円、交通費は無しで取り敢えず俺の労力だけなんだけれど、1日分の実働でまぁ、1万円かな。


 合わせて三万円。

 神山さんの話では倍額もらえると言っていたから、6万円ぐらいかな?


 実働2時間足らずなので、時間給にして三万円なら悪くはないな。

 そうして大山さんから間接的に依頼を受けてから十日後、柳沢敏夫という神山さんの部下が俺の事務所に来て封筒を置いていった。


 どうやら俺への面通しの意味合いもあったようだ。

 柳沢さん曰く、領収書は不要だと言っていたな。


 因みに報酬は、茶封筒に入った厚みのあるものだった。

 中身は百万円。


「これはちょっと多くないですか?」


「いや、いや、六か所の設置場所、例の男の潜伏先、それに仲間の氏名・住所なんかの情報提供ですからね。

 これでも少ないぐらいです。

 うちで試算したら、仮に街の情報屋複数にこの件で情報提供をお願いした場合、成果が無くってもこの金額程度を支払うことになると出ました。

 この金額で済んでいること自体が正直言って驚きですよ。

 情報収集ってのは結構カネがかかるものなんです。」


 柳沢さんは、29歳の所謂公務員上級職で、将来が約束されているエリートだ。

 警察官僚になるんだろうな。

 

 俺が警察に入っていれば同じような役職に居たのかも知れないな。

 だが、組織の中で縛られるのは嫌だったので忌避きひしたわけで、特段うらやましいとも思ってはいない。


 但し、神山さんやこの柳沢さんとはこの先長い付き合いになるんだろうか?

 彼らは異動も速いから、あるいは別の人物が窓口として関わってくるかもしれないが、俺としては俺が警察の依頼を受けていることを余り広めたくはないな。


 警察の依頼が多くなれば一般の依頼がどうしても受けられなくなる事態が見えるからだ。

 特に警察組織の幹部クラスは上昇志向とともに特権意識も強いからね。


 俺の頼みが何故聞けないという風にごねる奴が出てくると困るよね。

 まぁ、そんな奴が来たら徹底的にしっぺ返しをするけどな。


 怨霊、あやかしの力をめるなよ。

 俺が普段使っているのは余り害の無い奴なんだが、奴らは制限が無く異界とこの世を出たり入ったりしている。


 だが、俺が呼ばなければ異界門から出て来れない奴にはかなり危ない奴らもいる。

 だから普段は奴らを呼ぶことも無いんだが、対処に困る場合には奴らを呼ぶ覚悟はできている。


 奴らは出て来ると代償を求めるんでね。

 あまり使いたくない連中なんだ。


 極端な話、鬼族なんぞは地獄の獄吏ごくりなんで、悪事を働いた奴の命を代償に求めたりもする。

 いちいち呼び出すたびに小悪党が死ぬんじゃ、こっちの世が持たないだろう。


 だからよほどのことが無い限り人に害を与えそうな奴は封印しているんだ。

 まぁ、嫌がらせをしてくるような奴にはナイトメアを見せるような夢魔あたりを呼べばかなりの嫌がらせにはなるだろうね。


 但し、こいつも度を過ぎると夢魔に襲撃された奴がPTSDを発症、それが高じると自殺を図るようになるから要注意なんだ。

 中には物理的な超常現象を引き起こす奴もいるんだぜ。


 外国版の座敷童ざしきわらしになるのかな。

 スコットランドや北欧では家の養生をしてくれるブラウニーとかニッセとかが伝承になっているが、あれも悪霊化すると危ないんだぜ。


 ポルターガイスト現象なんてのは、大抵、家の妖精がヤサグレた結果だな。

 それを治すには、ラノベで言う聖魔法かなんかでもって浄化しなけりゃならんだろうな。


 因みに、俺の知り合いで少しヤサグレたブラウニーが居るよ。

 カリブ海でお宝発見の後、お金が入るまでに間があったので、欧州方面にも旅行に行って、そこで知り合った奴らのうちの一人だ。


 彼らは上級の精霊や妖精の範疇であり、多くの怨霊が地縛霊に近い存在であるのに比べ、自らの自由意思で広範囲に動ける奴もいるんだ。

 で、そいつらが俺にとしてついてきやがった。


 なんで俺が良いのかよくわからんが、奴ら曰く俺の傍が快適で過ごしやすいんだそうだ。

 そんなわけで、俺にはすぐ呼び出せる少し危ない霊が結構いるということだな。


 俺が普段使いで使役したり、情報をもらったりしている奴は、ほとんど人には害を与えることができない奴だ。

 しかしながら、俺の傍にいて簡単には出てこれない奴の中には、物理的に危害を加えられるほど強力な奴もいるということだな。


 松岡里香ちゃんの一件で犯人の家に行った時、仮に里香ちゃんを人質にするような気配が見えていたなら、俺は危ない奴らにも手伝ってもらおうと思っていた。

 幸い、そんなことはしなくても済んだから良かったけれどね。


 まぁ、俺には合気道の体術以外にもいろいろと奥の手があるということだな。




 






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