第8話 事件でっせ


 9月下旬、相も変わらず依頼のための電話が途切れない。

 そんな中で、俺のスマホに電話があった。


 登録していた大山さんからの電話である。

 大山さんとの間では、一応合言葉は不要にしているんだが、彼から電話が来るのは初めてだな。


 一緒に飲むのは大概某焼き鳥屋。

 大山さんが贔屓ひいきにしている店なんで、そこに夜9時過ぎに行くと大抵会えるんだ。


 そのため、わざわざ彼から誘いの電話が来たことは無い。

 前回の日本料理店へのお誘いは、わざわざ大山さんが俺の事務所を訪ねて来たからね。


 その意味では、本当に初めての電話だ。


「ハイ、明石ですが・・・。」


「よぉ、元気か。

 今、電話で話しても良いかな?」


「ハイ、事務所ですので、構いません。」


「実は、から至急の依頼が来た。

 で、俺のところまで来てくれないかな。

 結構面倒な話なので電話では無理なんだ。

 そっちが出られないようなら、今からでもそっちに俺が行くが・・・。」


 彼が「充さん」と言ったのには理由がある。

 同じ署員に神山さんの依頼だということを知らせないためである。


 そもそも警視庁の幹部から所轄署の係長風情に連絡や指示が直接来ること自体が珍しいのだ。

 従って、そのことを隠す意味合いがある。


「急ぎの要件ということですね?」


「ああ、そうなる。

 一分でも早い方が良い。」


「わかりました。

 じゃぁ、これから渋谷署の方へ伺います。」


「頼む、それとA4の書類が入るようなカバンを持ってきてくれ。

 渡す資料がある。」


「了解です。」


 俺は、小室さんに言付けて外出をした。

 事務所から渋谷警察署までは徒歩で10分程度なんだが、信号にぶち当たると、もっとかかることになる。


 生活安全課には15分後に到着した。

 俺の顔を見るなり、大山さんは席を立って俺を別の階の取調室に案内した。


 他の署員にも聞かれないための配慮ということだろう。


「実は、京王プラザホテルで明日から開催される予定の捕鯨に関する非締約国会議の開催を中止しろと言う要求をしてきた者がいる。

 今日の午後五時までに会議の開催中止をテレビで報道しない場合、夕方六時に都内六か所に仕掛けた爆弾を破裂させるとの予告メールが官邸に入った。

 爆破目標は不明だし、おそらくは環境保護団体の過激派の連中だとは思うが、正体は今のところ不明だ。

 これまで環境保護団体も人命がかかるような脅迫はしてきたことが無いので、警視庁でもこれが本物かどうかの判断がつかないでいる。

 但し、サンプルとしてメールで知らせてきたモノが、代々木公園のごみ箱から実際に発見された。

 生憎と周辺には監視カメラは無かったんで犯人は不明だし、遺留指紋も検出されていない。

 厄介なのは、警視庁の科捜研で調べたら、このサンプルにタイマーがついていて起動させれば確実に爆発する代物だったということと、プラスチック爆弾のセムテックスが使われていたということだ。

 サンプルは精々50グラム程度の分量だったのだが、困ったことにサンプルじゃないものは、10キロのセムテックスを使っているとメールには記載されていて、そいつが全部で6個もあるらしい。

 全てはメールで知らせてきた内容だから全部が真実とは限らない。

 だが、仮に本物であって、人ごみの中で使用された場合は、間違いなく死傷者多数が発生することになる。

 警視庁としても最大限の努力をしているが今のところ手掛かりは無い。

 念のためメールの出どころも調べているが、出所は不明だ。

 で、お前さんへの依頼だが、本日午後四時までに犯人若しくは爆弾の在り場所につながる情報を探してくれ。

 無理を承知でお願いしているので失敗しても文句は言わない。

 だが、ウチも今のところ打つ手が無いんだ。」


「了解しました。

 早速に動きますが、渡してもらえる資料というのは?」


「ああ、これだ。」


 大山さんはA4サイズの茶封筒を渡してくれた。


「今見ても良いですか?」


「あぁ、構わん。

 だが、それが外に漏れたら俺は間違いなくクビになる。

 くれぐれも取り扱いには注意してくれ。」


 俺は頷いて、封筒内の書類を改める。

 メールを印刷したもの、サンプルという爆弾一式の写真及び構造図、科捜研の分析資料、それに明日開催予定の三か国及び代表者の氏名など会議に関する資料だ。


 そうして最後は、これまで反捕鯨を叫んでいる比較的名の知られている環境保護団体の名称やこれまでの活動記録などの抜粋資料である。

 急ぎの為か、最後の資料は原文(英語及び仏語)のままで日本語化はされていないが、俺は読めるから困りはしない。


 この依頼を普通の探偵が受けても、おそらくは何もできないと思う。

 今は午前10時少し過ぎ、これから6時間足らずで情報を集めて来いなんて、どんな無理ゲーだっちゅうの?


 まぁ、それでも俺ならできることはある。

 早速、エレックに連絡をつけて状況を説明し、ワルさを企んでいる者がいるので突き止めてほしいとお願いすると、彼は喜んで引き受けてくれた。


 彼の仕事は早い。

 俺が事務所に戻るまでの間にメールの発信場所とその現在位置を教えてくれた。


 エレック曰く、全部で24か所の海外のネットワークを経由して送られたメールのようで、その発信したノートPCの特定、その中に保存されていたデータや関連するPCやスマホの保持情報で、犯人の特定に関わるもの、及び爆発物設置個所のデータをきれいに仕分けしてくれた。

 そうして俺のデスクの上にあるノートPCの電源を入れてくれればそこにデータを入れてくれるというのである。


 それをそのまま渋谷警察署に持ち込んでも良いのだが、僅かに30分もかからずにこれだけの仕事をこなしては、以後、別の仕事でも同じことを期待されてしまうので後々困ることになる。

 従って、爆発物処理が可能な時間を見込んで午後二時までには大山さんに通報することにした。


 このデータ全部は、とてもじゃないが見せられないな。

 これを全部出せば、俺が爆破を企てた犯人どもの司令官になってしまいそうだ。


 いずれにせよ、今後はエレック用にノートPCを用意しておこう。

 必要に応じてエレックがそこに関連情報を入れてくれるだろう。


 できれば鍵のかかるところにおいて、常時電源供給と冷房をかけておく必要があるな。

 Web回線は有線LANにしておこう。


 俺が今使っているノートPCは無線LANだからハッキングの恐れもある。

 その点では有線にして、IPv6にした方がセキュリティは高くなるはずだ。


 まぁ、ルーターの方がハッキングされてしまえば危険性はさほど変わらないがな。

 少なくともPCに残ったデータを盗み取られる危険性は少なくなる


 このほかに今回の件で何か漏れが無いかどうかを色々考えながら、今現在は、現場確認のためにチャリンコで俺は走り回っている。

 最初は「渋谷駅」、次いで渋谷にある「109」で109の文字が描かれている円筒の陰、代官山蔦屋書店の女子トイレ内の天井裏、明治神宮の拝殿の床下、新宿京王プラザホテルの地下駐車場、新宿モード学園コクーンタワーの外縁部天頂付近の六か所で、チャリンコでの走行距離は10キロ前後なんだが、途中に信号がたくさん有って足止めされたから、結局は一回りするだけで1時間半ほどかかったよ。


 それでも何とか正午までには爆発物の設置個所については確認が済んだね。

 そうして実行犯の件だが、現場に爆発物を設置したのは一か月程も前の話で、被疑者は既に海外に逃亡している。


 少なくとも現場の霊魂から事情を聴き、エレックの提供データで出国までの確認が取れている。

 現在東京に居残っているのは、爆破の実行役である一人だけ。


 オーストラリア人のブライアン・ヒルズという男だ。

 こいつは偽名じゃなくって正規のパスポートを所有し、本名を使っている。


 きっと、絶対に捕まらないという自信があるんだろうな。

 データになりそうなもので、持ち歩いているのはスマホだけ。


 エレックに確認してもらったノートPCは海外の拠点にあるものだ。

 そっちを押収するのは至難の業だが、ICPOなり関係国の捜査機関がどれだけ動いてくれるかによるんだろうね。


 まぁ、そっちの方は警察のお偉方に任せよう。

 因みに彼は日本語も解し、5時までのNHKのニュースを確認して、会議中止の情報が入らなければスマホでタイマーのスイッチを入れる計画のようだ。


 従って、破れかぶれの爆発を止めるためにも、エレックには当該スマホを一時的に機能停止にしてもらわねばならない。

 その時間は、彼が籠っているパークワイアット東京の3012号室に警察官が踏み込む直前だな。


 余り早いと別の代替手段を使われる恐れが無いとも言えない。

 尤も、その前に爆発物を回収し、処理してしまえば問題ないのだが、警察の方が迅速にうまくやれるかどうかだ。


 特に京王プラザホテルの場合は、ブライアンの部屋から良く見える位置にあるので警察車両が派手に動き回るとそれだけで察知される可能性がある。

 いずれにせよ、ブライアンの部屋に突入の際は俺も現場付近に居て確認していなければならないだろうな。


 俺は全ての爆発物の現状を確認した。

 勿論、俺が直接現場に行けないところもあるんだよ。


 女子トイレなんぞに入りこめば、たちまち俺が警察に捕まるだろう。

 俺はその近傍に近寄って、最寄りに居る霊魂やら怨霊に確認してもらい、その視覚映像などを確認するだけなんだ。


 然しながら、俺が渋谷の事務所に座っていながらにして、そんなことができるわけじゃないのでこうして自転車で動き回っているわけだ。

 都内は信号が多く、渋滞もあるからチャリンコが一番早いはずなんだ。


 俺にそれなりに体力があれば足で走り回る方がいいのかもな。

 それにしても渋谷駅、109なんぞはウチの事務所のすぐ近くだぜ。


 10キロのプラスチック爆弾が炸裂すれば、場合によりウチの事務所のガラスなんかも割れるかもしれん。

 それとコクーンタワーの天頂部に仕掛けるなんて物理的にそうそうできるもんじゃない。


 こいつらについてはエレックに頼んで構成員が以後日本に入国する場合には俺のPCに警報を入れてもらうようにしよう。

 但し、エレックにこんなムシのいいお願いをして聞いてもらえるかなぁ。


 それと今回は渋谷・新宿の界隈だったから良かったが、広域になると流石に時間が無いと確認はできないぜ。

 其処が今後の問題点かな?


 ウーン、伝令とか中継をしてくれるような霊魂とか居ないものかいな。

 そういうのが居ると遠距離でも色々とできることが増えるんだが・・・・。


 俺は午後二時まで待って、大山さんに電話を入れた。

 まず、秘密を保持したまま電話で神山さんとの三者会談ができるかどうか尋ねた。


 間接的な方法になるが一応できるという。

 それで大山さんから神山さんへ電話を入れ、相手の状況を確認の上つなげてもらった。


 これで少なくとも警察首脳部への連絡に齟齬そごが無い様に連絡ができる。

 俺は関連の情報を口頭で報告した。


 ネットで文字情報を送った方が確実ではあるんだが、場合により漏れる危険性を捨てきれない。

 無論、電話の盗聴という可能性もゼロじゃないんだが、そっちの方は今回は無視しよう。


 最初に、爆弾の在り場所について報告、但し、被疑者の一人が最寄りに居るので京王プラザホテルへのアクセスだけは慎重にお願いするよう申し添えた。

 爆弾の設置がなされたのは、サンプルをゴミ箱に入れたのを除き、34日前から28日前のことであり、その実行犯は既に全員が出国して海外にいること。


 それら国外に出た人物については今どうこうできるものじゃないから、その名前および住所については別途書面で知らせるとした。

 最後にサンプルの爆弾をゴミ箱に入れたのはパークワイアット東京の3012号室に宿泊しているオーストラリア人のブライアン・ヒルズという男であり、彼が持っているもので犯行に使われるのはスマホだけ、こいつで特定の電話番号に電話すると爆発物が爆発すようになっているらしいこと。


 従ってホテルの部屋に突入して身柄を確保するのは爆発物の処理が済んでからにすべきだということ。

 残る問題は、コクーンタワー外縁天頂部の爆発物をどうやって除去するかだが、パークワイアット東京の部屋から当該天頂部が見えるか見えないかについて至急に確認すべきであること。


 仮に見えるとすれば当該人物に気が付かれずに除去する方法があるかどうかである。

 因みに振動感知装置などが仕掛けられているかどうかも不明であるが、現在の情報ではそこまでの危険な爆弾ではないらしいこと。


 一応の犯行予定時刻は、5時まで待ってNHKにより会議が中止と報道されなければ、タイマーの起動スイッチをスマホで入れることになっていること。

 タイマーの設定時間は、スイッチが入ってから55分後であること。


 ほぼ全部を言い終わってから俺が言った。


「一応、報告すべき情報は以上です。」


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