第33話 不思議な失踪 その三
『この女性を知らないかな。
ひと月ぐらい前にこの上の建物の中で居なくなったんだけれど。』
『あぁ、知ってる。知ってる。
実は、その子、たまたま私が次元空間の扉を開いた時に、無意識に私のいる狭間に入り込んでしまってね。
何とか帰そうとはしたんだけれど、時期が悪くって実現が難しかったんだ。
多分、来月の同じ月の満ち欠けの頃には、条件さえ揃(そろ)えば何とか帰せるんじゃないかと思うんだけれど。
君、手伝ってくれないかな。
あの子をこの世に帰すには、錨のような定点が必要なんだ。
そうして、その定点は多分人じゃないといけないと思うんだ。
よほど強い土地神なんかがここに居れば、その代わりを頼めるんだけれど。
この近くにはいないんで、そっちのほうは、どうも無理みたいだから。
是非、君に錨になって彼女を引き寄せてほしいんだ。
彼女が狭間にいるとさ、こちらも困るんだよね。
彼女の場合、さしたる能力も持ち合わせていないから、余り長く向こうにいると命を吸い取られかねないんだ。
私が開いた扉にたまたま飛び込んでしまったという不慮の事故みたいなものだけれど、このまま死なせるのも寝覚めが悪いしね。
何とかしたいんで協力してくれる?」
『あぁ、協力はやぶさかじゃないが・・・。
君が
『嫌だなぁ、もしかして私が疑われているのかな?
本当に私の
いや、まぁ、原因は私が作ったようなものだけれど、・・・。
普通、次元の扉を開けたらこっちの人がそのまま入ってくるなんてありえない話なんだもの。
彼女、もしかすると、異次元通行の能力が有るのかもしれないわ。
だって、普通ならば扉も感知しないし、扉を通ってもそのまま通り抜けてしまうだけなんだから。』
『ふむ、偶然事故になってしまったというのは一応認めるよ。
でも、この周囲の霊や精霊が、君のことや彼女のことを全く覚えていないというのは君がやったことじゃないの?』
『なるほど、君は霊や精霊とも話ができるんだね。
彼らの記憶が一部
この扉を把握できるモノについては、補正が働いてその記憶が自動的に消去されるみたいだね。
ある意味で異物である彼女が扉を通って向こうに入ってしまったことも自動的にその記憶が消去される。
だからその瞬間を見ていた人も、消えた瞬間とその前後の記憶がほとんどなくなるんだ。
おそらくは、
いずれにしろ、私では調整の効かない次元扉の
『で、今度君が現れるのはいつなの?
君に協力するにしても、具体的な日時を知りたいな。』
『ああ、それならこちらの時間で言えば5月15日の午後6時半ころになるかな。
場所は、本当はこの上の広いところが良いんだけれど、錨を君がやってくれるんなら、この地下の場所でも良いよ。
君の場合は、狭間から見ても良い目標になりそうだからね。』
『何?
俺ってそんなに目立つの?』
『あぁ、例えは悪いかもしれないけれど、モノクロームの世界に君だけ色づいている感じ?
それもキラキラ輝いているから余程目が悪い人じゃなければ見逃がすのが難しいだろうね。
今日ここに私が来たのも、君を確認するためだったんだ。
まさか、君が私を認識できるとは思っていなかったからねぇ。』
とんでもない話を聞いてしまったな。
別れを告げて、うさちゃんが消えて扉が作動したんだろうとは思うが、記憶の消去については俺には効果が無かったようだな。
ただし、念のため周囲の霊に確認したら、彼らはうさちゃんも扉も認識・・・、いや記憶していないようだ。
事情が判明して解決の
何はともあれ、依頼案件が解決しそうな目途はついたんだが、北条理恵さんの周囲にどう説明するかだよな。
それが一番の問題だ。
色々考えたが良い案は出てこない。
結局出たとこ勝負になってしまいそうだ。
ツクヨミの
おまけに周囲の人はその瞬間を見ていてもその記憶が奪われている。
そんな『不思議の国のクリス』みたいな話をしても、誰も信じちゃくれないだろう。
特に5月の15日までの失踪となると、その二か月近くもの間どうしていたのかということが絶対に問題になる。
そうして多分だが、それこそ不思議の国なんだろうから、彼女は入り込んだ時とほとんど変わらない姿で戻るんじゃないのかな?
いや、玉兎の話では徐々に命を吸い取られると言ってたか?
ならば、結構衰弱している?
まぁ、今の段階でいろいろと考えていても仕方ないよな。
5月15日午後6時半ころ、このホテルの地下駐車場で待っていて、彼女を引き取ってから状況を見て救急車を呼ぶぐらいしかないだろう。
◇◇◇◇
そうして問題の6月15日、俺は小室さんを引っ張り込むかどうか迷った挙句、一緒に来てもらっている。
何かあった場合に、女性が居たほうがよさそうだというのが一番の理由で、小室さんなら俺の秘密を知っても、その秘密を守ってくれるだろうという考えもある。
6時33分、俺の乗っている車の前に陽炎が揺らめき、朧な光で人型と玉兎が見えた。
即座に俺が運転席を降りると、少し遅れて助手席から小室さんが降りた。
俺が北条さんに駆け寄ると、北条さんはいきなり力が抜けたようにその場で崩れ落ちるところだった。
何とか倒れるのを防いだが、北条さんの意識はないようだ。
そのまま彼女を抱えたまま、小室さんに言った。
「大至急、救急車を呼んでくれる。
この
それからは結構大変だったな。
救急車が来るまでおよそ10分、警察もやって来たよ。
そうして北条さんには小室さんが付き添って病院までついて行き、俺が警察の事情聴取を受けることになった。
一応、俺と小室さんの間では事前謀議は済んでおり、北条さんが突然目の前に現れた状況についてはそのまま説明することにしている。
ああ、因みに小室さんは扉の出現の記憶はない。
だが、忽然と現れた北条さんを見ていてその記憶はあるし、俺から事前説明をしていたので北条さんが失踪者であったという事実も知っている。
俺と小室さんは、ホテルでデートするために地下駐車場に来て居たということにしている。
駐車してから20分ほども経ってしまっていたんだが、その間のことは、まぁ恋人同士のようなことを車でしていたということにした、
但し、誤解のないように言っておくが、いわゆる性行為は一切無しの健全なデートな。
その線で話を合わせている。
警察なり消防なりが、そんな話をどう判断するかは、向こうの話だ。
北条理恵さんについては、多分向こうの記憶がないんじゃないかな。
俺が北条さんを抱きかかえた時に、玉兎が念話でそう言っていた。
そうして、『後をよろしく。』それが玉兎の別れの挨拶だった。
これって神隠しの類なのかねぇ。
こういう面倒な奴は依頼を受けたくないよな。
結局、俺の事情聴取は夜の8時半までかかったよ。
お巡りさん、犯罪じゃないんだから簡単にしてよね。
そもそも意識不明の状態だった女性は、二か月近くも行方不明だった北条理恵さんだよ。
俺が懇切丁寧に説明しても誘拐の被疑者扱いだ。
まぁ、
警察電話じゃなくってスマホのほうな。
15分ほどもすると大山さんが出張って来てくれて、無事に釈放されたよ。
警察官は人を見たら泥棒と思えと教育されているのかもな。
その日は一応小室さんと仕事が有るので遅くなるから外食すると妹の加奈には言ってあるので、家に戻っても夕食がないはず。
小室さんと連絡を取り合い、彼女を病院まで迎えに行って、それから事務所へ行って車を車庫へ放り込んだ。
フランスじゃぁ、午後9時からレストランが開くらしいが、日本では夜の10時には閉店というレストランが多いよね。
でも、我が家に帰る途中でちょっとだけ遠回りしなければいけないけれど、18時開店で午前3時閉店というフランス料理店が最寄りにあるんだ。
だから、二人で帰る途中にそこに寄ることにした。
店に入ったらお仕事の話は無しだ。
個人情報にかかわるものが多いからね。
今日の一件での情報交換は明日にする。
今日は月曜日ということもあって、店の中は
一応、道すがら電話で予約を入れておいたんだ。
こういうお店は予約なしだと入れないところも多いから。
小室さんは今日の不思議な体験を聞きたそうにしているけれど、レストランでは当たり障りのない話に終始する。
小室さん、少々ご不満かもしれないけれど、ちょっとふくれ気味の顔もかわいいよね。
あれ、俺って結構恋愛モードに毒されてるのかな
まぁ、若い男女のことだからいいことにしておこう。
翌日二人だけで事務所にいる時には、結構どぎつい話も出たんだぜ。
なんと俺と小室さんは車の中で抱き合ってキスしていたことになってるみたい。
そりゃまぁ、適当にごまかせとは言っておいたんだけど、病院に事情聴取に来たのは若い婦警さん。
北条さんの同僚さんや家族には、北条さん発見の報を別途小室さんから知らせていたので、小室さんが病院に詰める必要はなかったけれど、第一発見者ということでやはり事情を聴かれた。
さすがに犯人扱いはされなかったようだけど、俺の自家用車内で20分以上も一体何をしていたとかなり追及されたらしい。
その結果、俺と小室さんが抱擁しあって熱いキスを交わしあっていたことにしたらしい。
まぁな、若い男女が自動車の中でイチャイチャしてるとしたら、そりゃまぁエッチかキス・・・。
ペッティングなってのもありかな?
うーん、俺たちそこまで行ってないぞ。
遅れてるのかな?
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