第34話 失踪者騒動の始末

 北条さんの失踪については、警察に色々聞かれたものの俺も事情を詳しく説明はしていないからたくさんの謎が残ったままだ。

 無理に俺が霊などの話をするよりは、人の身では計り知れない不思議なことが起きたということで収束させたほうが良いと考えたんだ。


 彼女が催場で消息を絶って、そのままほぼ二か月もの間、行方不明となっていたのは事実であり、その消息を絶ったことからして、どんな方法でいなくなったのか警察でも掴めていないのだ。

 ちなみに警察は、行方不明の届け出を50日以上も前に受理しているんだ。


 おまけに俺と小室さんの動静については、いろいろな監視カメラに映っていて、地下駐車場に入るところまで事後確認されていた。

 おまけに駐車している俺の車が分かるようなアングルの映像まで残っており、北条さんが何も無いところから突然出現した様子が監視カメラに残っていたのだった。


 おそらくだが、これは、玉兎がそのように調整したのかもしれない。

 普通ならば、扉を開けた時点で、虚空から出現した北条さんの映像も当然のように消される可能性があったはずだ。


 いきなり現れた北条さんが崩れ落ちる姿、俺が車から飛び出して北条さんをきわどいところで抱きかかえるところまで全部映っていたから、少なくとも北条さんが突如出現したという俺と小室さんの証言を警察も信じざるを得なくなっていた。

 ついでに言うと、俺の車のドライブレコーダーにも社内の様子は映っていないが、車外の様子はしっかりと記録が残っていたから、ドライブレコーダーの生の記憶媒体をそのまま警察に預けてやったよ。


 警察でも一月ほど記憶媒体をいじくりまわしていたようだけれど、最終的には俺のところに新品の記憶媒体にコピーしたものが戻ってきた。

 俺の記録していたデーターは任意提出の形で、そのまま保管されるようだが、警察からはくどいほどSNSなどへの流出をしないよう注意されたな。


 まぁ、この時点で俺たちの誘拐疑惑はほぼ完全に消えたようだな。

 そうして肝心の北条理恵さんだが、3月20日の失踪直後から、5月16日に現れて、搬送先の病院で目覚めるまでの記憶が一切無かったようだ。


 本人の同意を得て催眠術を利用し、深層心理まで探るような手法も使ったらしいが、残念ながら得られるところは無かったようだ。

 不思議なことは、彼女が持っていたスマホとスマートウォッチがいずれも機能を停止していたことだった。


 電源は入っているのに、二つの機器は時刻表示が午後7時43分を表示したまま停止していた。

 日付は3月20日のままである。


 その後5月21になって、警察で預かっていた機器が、急に正常に動き出したらしいが、あいにくと、誰もその復帰の状況を確認してはいない。

 警察の資料保管庫に保管していたら正常に戻ったらしい。


 最終的に5月末には北条さんの手元にスマホも時計も戻されたようだ。

 彼女の着ていた衣装は、全て失踪当時に身に着けていたものだったが、警察の鑑識班の調査で、着ていた下着まで含めて念入りに調べたが、二か月近くも着の身着のままだったとは思われないほど汚れが無かったようだ。


 色々とたくさんの不思議が重なっても結論が出るはずもなく、科学捜査や物的証拠を前提とする警察組織がなどという民間伝承を信ずるわけもない。

 この一件は、当事者の記憶が曖昧あいまいということで事実未確認のまま事件とされずにお宮入りとなった。


 この辺の警察情報は大山さんからの秘密情報だよ。

 まぁ、俺が関わった事件でもあるし、漏れる心配がないと踏んで話してくれたんだろう。


 警察の判断としては、妥当なところだろうな。

 俺の方は、依頼について彼女を発見することができたので実質無事に完了なわけだが、依頼人に対する報告書には表向きの話しかできないから、当然に経費も過小な請求しかできないよな。


 4月16日から4月18日までの二泊三日をホテルで宿泊して張り込みをしたんだが、一泊が4万円を超える宿泊料金と、同ホテルで摂った食事の料金を請求するわけには行かないだろう?

 まぁ、無理すればそれなりに説明はできるんだが、依頼人が納得するとは思えないから、この経費はすべて持ち出しになった。


 日当は請求できるけれど三日分としても3万円、出費のほうは何やかやで優に10万円を超えている。

大赤字だよな。

 まぁ、そもそも赤字覚悟の探偵稼業だから仕方がないぜ。


 後は、俺の特殊能力については、人目が無い事務所に居る時に、他言無用を条件として小室さんには話しておいた。

 彼女自身も、目の前で起きたことへの整理が全くついていなかったようだけれど、俺の説明で何とか無理やりにでも納得したようだ。


 ただし、その話の照明の一環で俺の守護霊が物凄い美女になって出現したときには、さすがにびっくりしていたな。

 うん、俺の守護霊であるは、20代半ばの絶世の美女に変身できるんだ。


 いわゆるというやつだな。

 あまり必要性は無いらしいのだが、以前どうしても人前に姿を現して伝言する際に九尾の狐のままでは拙いので人化して以来、必要がある場合には人化するようになったらしい。


 ほかにも小室さんにも見えるような居候は居るけれど、敢えてそっちは出さなかった。

 出すと面倒な奴が多いし、面倒をかけない妖精の類は小室さんでは見えないからな。

 

 ◇◇◇◇


 6月半ば、北条理恵さんが俺の事務所を訪れて来た。

 依頼ではなくって、お世話になったお礼だった。


 勤務先は二か月以上(失踪及び入院期間を含む)もの欠勤だったが、幸いにして彼女の復職を認めてくれたらしい。

 普通、二か月も無断欠勤だったなら、まぁ、クビになるんだろうな。


 彼女のスマホや時計の不思議については、警察から事情を聴かれたので知っているそうで、そのスマホも時計も無事に彼女の元へ戻ったようだ。

 ちなみに彼女の記憶は、パーティ会場に居たことまででぷっつり消えているそうだ。


 当該会場で、どんな人物に出会ったかなども覚えてはいるらしいが、ある時からいきなり記憶が無くなるらしい。

 そうして気づいたら病院のベッドで寝ていたのだ。


 ご当人としては、ものすごく不安だったに違いない。

 目が覚めたら友人やら家族が傍にいて、自分が二か月近くも行方不明だったと聞かされて、その間、自分がどうやって生きていたのだろうと不安にもなる。


 どこかのテレビドラマに出てきそうな話である。

 二重人格で、突然人格が変わり、別の人間として別の場所で生きている?


 ある日、その別の人格を知っている人間が現れ、お前は○○だと言われてもその記憶が無い。

 記憶がない時期のことをとやかく言われてもどうにもならないのだが、逆にそれが怖いと言う。


 自分の知らないところで罪を犯していたりすれば大きな問題だからである。

 どうやら、北条さんはその件で若干のトラウマを抱えているらしい。


 やむを得ないので、俺の居候の一人に頼んで、彼女の意識を少し操作してやった。

 ラノベで言う闇魔法?超能力ならヒュプノだな。


 まぁ、簡単に言うとというやつだな。

 俺が使うわけじゃないけれど、そんな精神操作ができる奴も結構居るということだ。


 北条理恵さんが二か月もの間、失踪していたことについては既に報道されている。

 三面記事に乗り、さらにはネットで拡散もされている。


 そうしたことを利用しようとする悪い奴もいるからな。

 そうしたやからが彼女を騙して恫喝どうかつしても対応できるだけの気力を持たせるのが必要と判断し、敢えて洗脳をさせたんだ。


 万が一、そんな事態が起こったら、俺のところに通報し、必要があれば警察にも届け出るように条件づけた。

 仮にそんな輩が出たなら、その背景を調べ上げて、秘密裏に私刑リンチにすることもあり得るな。


 俺が自分で手を出すことはほとんど無いが、居候いそうろうに然るべく依頼はできるんだ。

 その結果として、最悪、人死にひとしにもあるかもしれないなと覚悟はしているぜ。


 仮にそんなことが有っても、毒を使ったり刃物を使ったりするわけじゃないから、証拠が無ければ案件としては事故死若しくは突然死で片づけられることになるだろう。

 そんなことのできる奴が俺のところの居候には複数いるということだ。


 ◇◇◇◇


 私は小室孝子。

 婚活パーティの参加者の失踪事件のおかげで、大吾さんの能力を教えてもらうことになりました。


 霊媒れいばいという商売をする人が少なからず居ることは知っていましたけれど、大吾さんが霊媒と似通った能力を持っているとは思ってもみませんでした。

 5月の14日に、事務所で大吾さんから、「明日の夜はちょっと付き合ってくれないか」と言われて、ちょっとびっくり。


 うん、デートのお誘いなのかしらと思いましたよ。

 そうして聞けば、一月以上も前の依頼案件で、ホテルで張り込みをするんだけれど、対象が女性なので私が一緒に居たほうが助かるということでした。


 無論、特別の超過勤務ですし、仕事が終えたら洋飯ようめしおごってくれるということしたので、一も二もなく了承しました。

 実際のところ、超過勤務になろうがなるまいが、私は了承したはずです。


 だって、間近で大吾さんの仕事ぶりが見られますし、なんだかんだ言っても二人で動くんですから実質デートと同じじゃないですか。

 こんなチャンスを逃す手はありません。


 ん?

 大吾さんって、やっぱり攻略対象なのかしら?


 イケメンだし、金持ちで若いのに豪邸まで持っているから、亭主にするには物凄く条件がいいんだもんね。

 これを放置すれば女がすたるとは思いつつも、実際にはなかなか踏み込む勇気がない。


 でも、そんな中で、彼の家に住むようになったし、今回はもっとお近づきになれるチャンスでもある。

 まぁまぁ、いろいろと恋人同士のシーンなんぞも思い描いていた私ですけれど、張り込み場所は、某有名ホテルの地下駐車場でした。


 デートスポットとしては、まったく色気が無い場所ですよね。

 それでも、駐車場に車を乗り入れてすぐに大吾さんが言いました。


「これから、おそらく小室さんの予想もしないことが目の前で起きるだろうけれどびっくりしないように。

 それと、後で警察とか消防とかに色々聞かれる可能性があるけれど、孝子さんは見た通りのことをしゃべってもらって構わない。

 あと、もう一つは、何でここにいたのか聞かれるだろうから、ホテルでの食事を予定していたけれど、時間が早かったので、車の中でイチャイチャしていたとでも言ってくれ。

 その辺の言い回しは小室さんに任せる。

 一応、僕と君とは、恋人同士とでも言って置くほうが無難だろう。

 そういう設定で頼む。」


 うーん、偽りのシチュエーションが残念ですが、恋人役は望むところです。

 シッカリと大吾さんの恋人役を演じて見せましょう。


 でも、一体何が起きるというのでしょうね?

 そのまま待つことしばし、突然、大吾さんがドアに手をかけ運転席から降りました。


 その動きがとっても素早かったんですよね。

 そうして気づいたら、車の前に突然おめかし衣装の若い女性が出現しました。


 空気の中から突然現れたといっても過言ではありません。

 テレビのSFドラマの瞬間移動を目の前で見た感じです。


 私が反応する前に大吾さんが、駆け寄って倒れかけたその女性を抱えていました。

 私の出番と思い、すぐにドアを開けて車の外に出ましたが、大吾さんから声をかけられました。


「大至急、救急車を呼んでくれる。

 この、意識が無い。」


 で、すぐにスマホで119番です。


「〇〇ホテルの地下駐車場ですが、意識不明の女性が一人います。

 原因は不明ですが、大至急救急車の手配をお願いします。」


 実は、私、119番にかけるのは初めてですけれど、一応、簡潔、適切に通報できたと思いますよ。

 でも、大吾さんって、このことを予測していたんでしょうかねぇ?


 警察や消防の事情聴取まで考慮していたなんて本当にびっくりです。

 119番に通報した後、大吾さんからはこの女性の付き添いで病院まで行ってくれと言われました。


 まぁ、やむをえないでしょうかね。

 多分、ここには警察も来るんでしょうから、警察対応は大吾さんの方が間違いないと思います。


 待つことしばし、救急車が地下駐車場に入ってきました。

 救急隊員は、すぐに女性の容態をチェックした上で、担架に乗せ救急車に乗せました。


 その際に、差し支えなければ救急車に同乗してほしいと頼まれました。

 で、当初の打ち合わせ通り、私が救急車に乗って同行します。


 病院には十分ほどで着きましたけれど、そこから、結構慌ただしかったですね。

 意識不明の女性が北条理恵さんであることは知っていましたので、そのことを救急隊員には告げました。


 病人との関係はと聞かれ、困りましたが正直に答えます。


「この方、うちの探偵事務所に行方不明者として捜索の依頼が来ていた方なんです。

 私は写真を見て知っていますが、彼女は私を知らないとおもいます。」


 そこからは、結構、いろいろと聞かれましたね。

 それでも救急隊員のほうはそれでよかったのですけれど、そのすぐ後で婦警さんがやってきて、それこそ根掘り葉掘り尋ねられました。


 大吾さんが言っていたように、なぜ駐車場に居たのかと聞かれ、打ち合わせ通り、恋人同士であること、ホテルのレストランで食事をするつもりでいたこと、時間が有ったので駐車場の車の中でイチャイチャしてましたというと、婦警さん食いついてきました。

 イチャイチャとはどういうことをしたのかと言われました。


 さすがに、いくら嘘でもカーセックスをしていたと言うのは拙いでしょうから、キスをしてましたと答えました。

 婦警さん、「20分以上も?」って聞くんですよ。


 うーん、関西ではこういうのを『いけず』というんでしたっけ、

 私は表情も変えずに言ってやりました。


「はい、そうですけれど、それが何か?」


 そう言ってやるとさすがにそれ以上は聞いてきませんでしたね。

 あぁ、救急隊の聞き取り調査が終わった後、婦警さんの事情聴取までの間に、大吾さんから聞いていた依頼人でもある北条さんの友人や家族に連絡をしておきました。


 友人は1時間ほどで駆けつけてきましたけれど、家族のほうは翌日になって上京して来るようです。

 それから午後9時ころになって、大吾さんから電話が来ました。


 現在の居場所を言うと彼が迎えに来てくれました。

 そのころには午後9時を回っていましたね。


 これからホテルへ向かってもレストランは、午後10時ころまでしか開いていません。

 なので、夕食は松濤の家近くのレストランになりました。


 そこは深夜まで開いているレストランなのだそうです。

 生憎と、なぜこんな不思議なことが起きたのかや、大吾さんがそれを予測するように動けたのか聞きたい事はいっぱいあるのですけれど、個人の秘密の守秘義務があるので、この一件については外で話さないように事前にと釘を刺されてしまいました。


 色々と知りたいことが有ってうずうずしているのですけれど、これもやむを得ません。

 そんなことよりも、美味しいフランス料理と大吾さんとのデートを楽しむことにしました。


 フランス料理はとっても美味しかったですよ。

 以前の派遣職員のままだったら、絶対に食べられなかったはずの高級料理です。


 それだけでもとっても幸せなのに、大吾さんがすぐ目の前にいる。

 いつもおなじ家に住んでいるはずなのに、これは意識しちゃいますね。


 あ。そうそう、大事なことが一つ。

 これまで大吾さんが私を呼ぶのに「小室さん」だったのに、その夜以降は「孝子さん」に昇格しましたよ。


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