第35話 占い師 その一
北条理恵さんの事件に関しては、いろいろと大衆紙やSNS等で話題をさらった。
大衆紙の方では流石に遠慮して北条さんの名や俺の事務所の名前は出てこないんだが、SNS特にツィッターでは、プライバシーなんぞ無関係とばかりに北条さんの名前(〇条とか北〇とかになっているけれど、二つ合わせると名前がわかっちゃう。)や俺の事務所名がモロに取り沙汰されているんだ。
ある意味で探偵事務所の広告にはなるはずだけれど、あいにくと俺にとっては迷惑でしかない。
どちらかと言うと、こういう場で私見を述べるのはふざけた手合いが多いからね。
ましてや実名なんかが分かってしまうのは、後々不都合しかないだろう。
そうして、その所為なのか、俺のところへの依頼に来る客も最近増えている。
その中には、架空の依頼を持ち込む者もいる。
曰く、「うちの妹が神隠しにあったので探してほしい。」とか、「俺の許嫁が神隠しにあったので探してほしい。」というものなんだが、実は嘘だとわかっている。
そういう手合いが居ることもわかったので、ちょっと変わった毛色の精霊が俺の対面に居て、客を見張っているんだ。
それが背後霊のように客の後ろで✖印をしている場合には、この客が嘘をついている証拠なんだ。
で、手付金の話をするとこの手の連中は大体すぐに逃げ出すことが多いな。
手付金の二万円はその意味で大きいんだぜ。
以来の仕事にかかる前に問答無用でもらっちゃう金だからね。
おそらくは悪戯で来たんだろうが、そのツケで二万円を払わなければならないとなると、皆が尻込みをするわけだ。
今、持ち合わせがないとか言って後払いを切り出す輩は、別の事務所に行ってくださいと追い出すしかないよね。
それにもかかわらず、二万円を出してなおも依頼を出そうとする輩には、契約書を出すと流石に依頼を引っ込めるよな。
嘘をつく奴には、こちらも嘘の契約書で対抗するんだ。
普通は日当一万円だが、脅しのための偽の契約書には日当二万円となっており、クレジットカードでの支払いを求める契約とするんだ。
名前を偽ってもクレジットカードはごまかせない。
この時点でうそつきの連中は間違いなく逃げ出すな。
俺としては、貴重な時間を二十分ほども潰されているから、その分を請求しても良いぐらいなんだが、そこまで
その日の午前中はそんな輩が四人ほどもいた。
ある意味でうんざりなんだが、本物の客もいるので事務所を閉めるわけにも行かない。
少し客が途切れたので、そろそろ昼飯にでも行こうかと思っていたら、一人の客が来た。
その客が事務所に入る寸前、それまで俺の仕事を手伝ってくれていた毛色の変わった精霊がすっと消えた。
あんれ、まぁ、なんと、この客人には守護霊らしきものがついているよ。
だから、守護霊に気づかれる前に精霊が消えたんだろう。
守護霊に気づかれてもどうということはないんだが、時には、守護霊が他の霊を毛嫌いする場合がある。
そうして、極めて稀なケースではあるんだが、守護霊が守護すべき人を守るためにその異能を発揮して霊を攻撃する場合もあるんだ。
毛色の変わった精霊というのは、和風じゃないからねぇ。
見た目はとっても可愛いはずなんだが、受け取り方で悪霊に見えるかもしれない。
客は五十代ぐらいの女性なんだが、守護霊の方は平安朝の貴族・・・?
いや、人型の式神らしきものを持っているので、もしかして陰陽師なのかもしれない。
守護霊や背後霊は結構いるんで色々見ているんだが、正直なところ陰陽師のような風体をした奴はこれまでに見たことが無いぜ。
まぁ、守護霊の話はともかくとして、お客の話を聞かずばなるまい。
昼飯前の午前11時45分頃に事務所に入ってきたお客さんは、大田区田園調布に住む鳴海(なるみ)恭子(きょうこ)さん、56歳なんだが、かなり派手な服装で若作りをしているね。
別にこちらから年齢を聞いたわけじゃないんだけれど、きっと「占い」では名前と同様に大事な情報なんだろうね。
向こうから勝手に教えてくれたんだ。
その際に、変わった模様が描かれた和紙を用いた名刺をいただいたが、お仕事は朱雀堂というお店で星占いをしている人のようだ。
名刺には「
星占いと言うと
俺も霊とかオカルト的なものに色々と関わりがあるけれど、あまり宗教には凝っていないので詳細は知らないが、古の都では星読みが結構居たらしい。
陰陽師の大事な仕事の一つに暦の編纂があったようで、天体の動きを追いかけていたから、まぁ、古代の天文学者というところだろう。
陰陽師というと、どちらかと言うと悪霊調伏の
陰陽師系統はどちらかというと朝廷に召し抱えられた公務員。
一方の密教系は朝廷からの依頼もあるかもしれないけれど民間なんだよね。
この両者は、平安時代は明確に区別されていたのだけれど、時代が進むにつれて陰陽師の勢力が強くなって宿曜師は陰陽師に吸収されたような感じ?
でも、明治になって陰陽道が法律で否定されてからは、陰陽師が衰退している。
そんな中で、密教系の星読みが現代にまで生き残っているということだけでもちょっと驚きなのかな。
当然のことながら現代の星読みは、古の星読みとは役割が違うと思う。
多分、占い師っていうのは大きく二つに分かれるんじゃないかな。
一つはポピュラーな相性占いなんぞのように、誕生日などからパーソナルな運命を占うもの。
今一つは、天体の運行から気象や政変、経済の動きなどまで予測するいわゆる未来予測。
どっちも『当たる意も八卦当たらぬも八卦』の類なんだけれど、前者は辻占い的で庶民に受けているパターン。
後者は、政治や会社の経営にまで影響を与えるパターン。
後者は仮に居たにしてもあまり表に出ないね。
権力者が絶対にその存在を隠そうとするからね。
でも、何で密教系の星占い師に陰陽師らしきものが守護霊化背後霊でついているんだろうね。
その辺がちょっと気にかかるよな。
で、依頼の方なんだが・・・。
行方不明者じゃなくって、失せ物の話だった。
実のところ、彼女が失せ物の依頼を受けたんだが、その依頼人の名前は明かせないとしながらも、亡父の形見の大事な品が、遺産で受け取った屋敷のどこかにあるはずなのに、分からないので探してほしいという依頼だったようだ。
で、なぜその話が俺のところに来るんだと思うような。
彼女の星占いで俺の事務所を訪ねたら在り場所が分かると出たらしい。
俺はそんな占いで出された結果まで責任は負えないぞ。
俺のところは、行方不明者の捜索はやっているが、探し物の依頼は受けていないんだと説得したんだが、このおばさん頑固でねぇ。
依頼料は倍額でも三倍でも出すから何とか請け負ってほしいという。
その時に気づいたよ。
このおばさんの背後に居る守護霊だか背後霊だかが、ニヤついているんだ。
絶対こいつが仕組んだ話だなと俺は思ったよ。
俺がなおも引き受けたがらないのをみて、おばさん、今度は情に訴えてきやがった。
依頼人は、故人の遺産相続人の一人なのだが、生前に渡すと言われていた先祖伝来の掛け軸が遺産の中に見当たらないらしい。
その掛け軸は、安土桃山時代に描かれた金剛界曼荼羅絵図と胎蔵界曼荼羅図の二幅であり、美術品としては準国宝級の品らしい。
その品を都立美術館に贈呈することが内々決まっていたのに、見つからないでは依頼人の立場が無いらしい。
因みに依頼人は美術界では結構名の知れた人物らしい。
このおばさん、どうやら辻占いじゃなくって、政財界に名を知られている占い師のようだね。
多分、このおばさんの知り合いにはいろいろと大物がつながっていそうな気がするよ。
それにしたって何で、俺のところまで来るかねぇ。
大田区ってのは、渋谷区から結構離れているんだぜ。
まぁ、田園調布からは、東横線で渋谷まで一本で来れるけどな。
まさか、この陰陽師のような風体の背後霊がSNSとかに詳しいってことはないだろうが、多数の霊といろいろ交信できて俺の情報を持っているのかな?
正直言って、このおばさんの依頼は受けたくないよな。
後々、味を占められると次から次に難題を持って来られるような気がするよ。
特に、政治家とは縁を持ちたくない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます