第32話 不思議な失踪 その二

 俺の場合、霊から情報を得られなかったことはこれまで一度としてなかった筈なんだが、今回は全くの例外のようだ。

 北条理恵さんという女性がまるでパーティー会場に現れなかったかのように霊や精霊は振舞っているんだ。


 やむなく一旦会場を離れて彼女の住所を当たってみた。

 彼女は、一人暮らしで田園都市線駒沢大学駅近くのアパートに住んでいたようだ。


 アパート及びその近傍で霊たちから情報を得たが、間違いなく事件当日夕刻までの足取りはつかめているので彼女が実在しなかったわけではない。

 監視映像やVTRに映っているんだから、まぁ、彼女が居たのは間違いはないと思ってはいたんだが・・・。


 ついでに勤め先のほうも確認しておいたよ。

 勤め先は、駒沢大学駅のお隣、三軒茶屋駅の北方にあるアパレルメーカーで、都内数か所にテナントの売り場を持っているらしいが、彼女に婚活パーティを勧めた同僚曰く、彼女が出入りする仕事場は三軒茶屋がほとんどらしい。


 駒沢大学駅及び三軒茶屋駅周辺でも特段の情報は得られなかった。

 VTRに残っている北条理恵さんの映像を思念で駒沢大学駅の霊たちに見せたとこと、彼女の姿を当日の6時頃に確認していることが分かったぐらいだな。


 彼女の足取りを追いかけてみたが、渋谷駅では乗降客が多すぎて確認は取れなかった。

 渋谷駅からパ-ティー会場へ向かう道路の街路樹や街灯の霊が彼女の姿を覚えていた。


 ところが、パーティ会場のある某高級ホテルの敷地近くになると情報がなくなるんだ。

 俺は歩道を歩いているわけなんだが、ホテルの敷地につながる歩道じゃなく片側二車線の道路、四車線を隔てた反対側の歩道に行って確認したら、一部の街路樹と歩道橋がホテルの敷地に入る姿を見ていた。


 但し、歩道橋の場合でも歩道橋の中央からホテル寄りの部分は彼女の姿を覚えていないんだ。

 うん、かなり不可思議なことが起きているな。


 人の記憶に対する誤魔化しというものはいろいろできるということがわかっている。

 俺の居候になっている連中にはそういうことが得意なものが居るんだ。


 だが、精霊や霊に対しても同じことができるのかどうかはわからない。

 で、困った末に、ダイモンと俺の守護霊である九尾の狐に聞いてみた。


 ダイモンは、霊力の大きいものなら霊や精霊の記憶とて改ざんできるだろうと返答したし、九尾の狐はしばらく考えた末に言った。


『そのホテルの敷地に行けばあるいは何かわかるかもしれぬな。』


 で、もう一度パーティ会場のあるホテルに行ったわけだが、九尾の狐が意外なことを言った。


『ほう、珍しいのぉ。

 なんでこんなところにホテルが建っておるんじゃ?

 ここは小さいとはいえ、龍穴じゃぞ。

 このような場所は神社があってしかるべきじゃ。

 なぜ、その社がないのじゃ?』


『うん?

 龍穴とは龍脈が地上に突出する部分のことか?』


『その通りじゃ。

 今の世の者には、その龍脈を感じ取ることのできぬ者が多いがな。

 いにしえの世では、その気を感じ取ることのできた者が大勢いたものじゃ。

 龍脈から発せられる気は周囲を清浄にする。

 じゃから、人々はそこに社を立てて神をまつったものじゃが・・・。

 昨今は、そうした自然神を敬う気持ちが足りぬようじゃな。

 そなたにもその気を感じ取れる能力ちからはあるはずじゃが・・・。

 はて?

 ここは、もしや間欠泉のごとく気が脈動しているのやもしれぬな。

 今は、かなり漏れ出る気が弱いようじゃ。

 そのためにそなたが感知できぬのやもしれぬ。

 いずれにせよ、この地にあった古き社の歴史を調べてみよ。

 さすればこの奇怪な現象の端緒がつかめるやもしれぬ。』


 九尾の狐のご託宣により、俺はあちらこちらの図書館やら古書店を訪ねて知識を漁り、ホテル周辺にある地蔵尊やら土地神様を訪ねて歩いたよ。

 かなり時間がかかったものの、ホテルから少々離れた場所にあったが、稲荷神社の石組みの御神燈に取り付いた霊が神祠しんしを覚えていた。


 どうやらホテルのあった場所には、武蔵国塩谷社という小さな社があり、月夜見尊ツクヨミノミコトが祭られていたようだ。

 但し、江戸期の何度かの大火で火事に遭い、最終的に石垣等の基礎部分だけが残っていたものが、関東大震災の影響でその基礎部分の石垣までが崩れ、荒廃してしまったようだ。


 当然に社が無ければ次第に民心も離れるわけで、ついには忘れ去られた神祠になってしまったらしい。

 そのあとの都市開発により更地にされて、普通の不動産として扱われた結果、新しいホテルが十年ほど前に立ったわけのようだ。


 そこまでの説明を聞いて九尾の狐が言った。


『なるほど、月夜見尊ツクヨミか・・・。

 但し、ツクヨミが斯様かよう悪戯いたずらをするとは思えぬ。

 また、荒廃したとて、龍穴近くに悪霊がはびこるとも思えぬし、・・・。

 なれば、ツクヨミの眷属けんぞく仕業しわざかのぅ。』


 ツクヨミ(月読?月夜見?)と言えば、アマテラスの弟分の神様のはず、あいにくとツクヨミの眷属というのを俺は知らなかったので九尾の狐に聞いてみた。


『ツクヨミ様の眷属というと?』


『なんじゃ、それも知らぬか?

 ツクヨミの眷属と言えば、古来、月に住むといわれておる例の動物じゃ。』


『うん?

 もしや、ウサギ?』


『うむ、そうじゃ。

 玉兎ぎょくとというのが眷属だったはずじゃ。

 姿かたちは可愛げだが、いたずら好きでな。

 時折面倒ごとを引き起こす。』


 そう言ってから、九尾の狐が再度考え込んだ。


『この龍穴は、もしや月の満ち欠けにより気が増えたり減ったりするやもしれぬな。

 漏れる気が少なくては、いかに眷属とてその能力ちからを発揮できまい。」


 改めて、パーティー会場を確認すると、パーティ会場自体は、渋谷の某高級ホテルの別館になる催事場だ。

 この別館への出入りは、ホテル側の建物から渡り廊下で一か所、道路側の正面玄関から一か所、ホテルとつながる庭園側から一か所、そうしてケイタリングを含めて従業員等が利用する出入り口が一か所だ。


 また別館内に入るとカウンターのあるホールがり、その奥に二つのドアがあってパーティ会場につながっている。

 火災等非常時の緊急脱出用の扉などもあるが、これを開けると中央監視室の警報が鳴るようになっており、事件当日非常扉が開閉されてはいないことが確認されている。


 カウンターのあるホールに窓はあるが、嵌め殺しのガラスで庭園が見えるだけで、窓から出入りはできない構造になっている。

 探偵物よろしく、ケイタリング等のワゴンにでも隠れないと姿を見られずに脱出するのは難しい密室のようなものだ。


 「ツクヨム」絡みなので、念のため、月の満ち欠けを確認してみた。

 失踪した日は3月20日午後7時から9時の間、もっと細かく言うと、午後8時20分から午後9時までの間に北条理恵さんは失踪しているようだ。


 この20日の月齢は23.7だった。

 普通は満月の時に気が増すのかと思ったら、九尾の狐曰く、必ずしもそうではないという。


 本来の龍脈には気の増減はないのだそうだ。

 むしろ龍穴の大小と潮汐の加減により漏れる気が変わるらしく、その絞りに当たる部分が細く長いほど、地上に漏れ出す気の漏出にも数日の遅れが生じるらしい。


 それ以前にこのような事象がなかったとすれば、ただ一度の事案かもしれないし、これまで気づかないうちに何度も起きている事案かもしれないようだ。

 正直なところ絞り込みが効かないから、張り込みをすることにしたよ。


 23.7の月齢に最も近いのは、3月20日以降では4月19日の23.9なので、19日の前後三日をとって4月16日から4月22日までの一週間を張り込みすることにした。

 金はかかるんだが、この一週間は某ホテルに泊まりこみだぜ。


 ちょうど、催事場の真下が駐車場になっている関係で、食事と寝る時間は別として、俺は概ね車の中で張り番をするつもりだ。

 ホテル側に変な行動をする者としてマーキングされるのも嫌だから支配人にあって、事情を説明し、調査のために車で確認することについて許可をもらっている。


 もちろんホテルは客商売であるから、他の客に迷惑をかけないことが大前提であり、客からクレームなどがついた場合は直ちにやめるという条件が付けられたよ。

 16日に初めて張り込みに行ったときに龍穴から漏れ出る気を確認できた。


 なんといえば良いのかわからんが、静謐と清涼さを感じたな。

 そうしてそれがわずかずつながら強くなって行った。


 張り込みを始めてから三日目の朝、単なる堪にしか過ぎないが、「気」は、16日に見た時よりも4割増しほどに達したようだと思ったよ。

 そうして俺の目の前に朧な光が出現し、ウサギが見えた。


 なんというか可愛い目をしているんだが、ちょっとでかいかな?

 四つ足をつけた状態で体高は1.2mを超えていると思う。


 そうしてそいつの全身が朧に光り輝いているんだな。

 因みに朝早くから車に乗って出かける客らしき人もいるんだが、どうやらそのウサギの存在に誰も気づいていないようだ。


 「うさちゃん」、でかい上に、朧に光っていて奇麗だから、見えれば誰でもきっとびっくりするはずなんだけれどね。

 まぁ、これも普通の人には見えない精霊の類なんだろう。


 で、俺が話しかけた。


『そこのうさちゃん、初めましてだけれど、ちょっと聞いていいかな?』


『ん?私?

 あなた私が見えるの?』


『ああ、ちょっとした特異体質でね。

 霊や精霊が見えるんだ。』


『フーン、・・・。

 数百年ぶりかなぁ、

 この現身うつしみのままでお話しできる人に会ったのは・・・。

 ちょうど、お願いもあるから、何でも聞いてみて。

 私が答えられるものなら答えるよ。』


 俺は北条理恵さんのVTRの映像を思念で送った。


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