第14話 とある男の身辺調査
年が明けて2028年、俺は年末に実家に戻っていたので、恒例の初詣は実家近くの神社になった。
そう言えば、ウチの二人の所員も今年は郷里に帰省すると言っていたなぁ。
藤田さんは昨年もちゃんと帰っていたようだが、小室さんはここ二年ほど帰省をしていなかったようだ。
経済的にも精神的にも余り余裕が無かったのが帰省をしなかった理由と聞いている。
俺はしがない探偵に過ぎないから、心理療法士なんかの真似事はできんが、ちょっとばかし年長だから、今後とも相談ごとぐらいは乗ってやるつもりでいる。
まぁ、大したことはできないが、誰かに話すだけでもストレスが解消することもあるんだ。
小室さんも藤田さんも美人だし、かわゆいところがあるからな。
できれば大事にしてあげたいと思っている。
一応彼女らには年末のボーナスをあげたよ。
仮採用中なので多くは無い。
公務員も人事院規則で6か月未満は、既定の三割支給とされている。
で、小室さんは、
藤田さんも同じ計算をしてから5割の支給額にした。
藤田さんが少ないのはパートタイムだから減額したんだよ。
お二人ともボーナス支給を予期していなかったらしくとても喜んでいたな。
◇◇◇◇
俺の方は、田舎へ帰って久方ぶりに親父やおふくろ、それに祖父母や
ウチの実家は、一応、明石家の本家なんで、正月の二日には近隣の親族がウチに集まることが年中行事になっているんだ。
十畳間の続き部屋とその他が老若男女で一杯になる様子を思い浮かべてほしい。
どちらかというと単なる男たちの飲み会の場ではあるものの、女たちはその準備で朝から忙しい。
子供達はと言えば、色々と遊びをしながら親交を深めているんだ。
俺なんかの年代は、もう大人だから年少の子供達とは一緒にならないけれど、爺さん婆さんから見たら、孫の中では俺と
孫で一番幼いのは親父の一番末の弟で、俺の叔父貴になる明石
ウチは爺さんと婆さんが励んだ所為で、叔父や叔母が多いんだ。
何せ男は4人、女は5人の、合わせて9人の子供を産み育てたんだから、流石に戦前生まれだよな。
その所為かも知れんが、ウチの親族はどこも子供が多いな。
本家は俺の姉が死んで子供は三人になっちまったが、他の明石姓や明石家から嫁に行った親戚は軒並み3人以上の子だくさんだ。
だから、俺の
さっき十畳二間と言ったが、そこに一度に50人以上も入るのは流石に難しい。
単に並ぶだけなら十分だけど、宴会のように膳を並べて座るのは難しいよな。
二十畳に50人も入れば一人当たり、0.4畳分しかない。
いずれにしろ、親父・おふくろを含めて子供の夫婦達が9組18名、それらの子達(孫)が31名、更にひ孫が4名も集まれば結構
だから食事は二度に分けているんだよ。
当然、飲んべえの連中は後回しなんだが、別間で先に飲み始めているのが、まぁ、普通の風景だな。
俺と同じ年齢の佳代子(誕生日は俺の方が二か月早い)と、その一つ下の
俺の姉が生きて居たら、やっぱり二、三人の子持ちになっていたんだろうと思うぜ。
俺もオジさん(又は叔父さん)と呼ばれる身分なわけなんだが、ここでは叔父さん達が子供達へお年玉を上げるのがしきたりになっている。
小金持ちの俺も昨年からはお小遣いをやる側に回ることになった。
但し、俺の場合、給付対象者は高校生までと決めている。
小学生以下は千円、小学生の低学年は二千円、高学年が三千円、中学生と高校生は5千円に決めている。
最近は諸物価高騰の所為なのかお小遣いも値上がりしているらしいが、正規の叔父さんよりもオジさんが多く渡しちゃいけないと思うんだ。
だから、少額なのを承知で渡しているわけだ。
本来、俺が叔父として渡すべきなのは俺の甥姪である幼子だけなんだぜ。
それを、生徒以下の従弟妹にも渡しているから、金額の制限をしている訳だ。
職に就いている者や大学生には俺からの小遣いは無しなんだが、そもそも俺の従弟妹が多いからな。
甥姪は今のところ幼稚園前の4人だけだ。
甥姪が大学生になったころには小遣いを出すかどうかは別途再検討することにしよう。
因みに俺は昨年秋頃までは本家の
一応有名大学を卒業し、司法試験にも合格していながら定職に就かず、二年近くも海外をほっつき歩いていたからな。
俺が大金をせしめたことはできるだけ内緒にはしていたんだが、情報は漏れるもので、俺が小金持ちになったと知った途端、親族の間の評判では「本家の立派な息子」に成り上がったようだ。
一方で俺のところにお金の無心に来る親族は居なかったのでホッとしているところではある。
俺の叔父・叔母は商売や事業をやっている者が、4人いるんでね。
チョット心配はしていたんだが、むしろ
ウチは江戸時代前期にまで
築百年を超える
おまけに
県から文化財としての指定の話が有ったようだが断っているそうだ。
文化財としての指定がなされると改築を含めて色々と制限が多くなり、住みにくくなるからである。
先祖伝来の伝統建築をわざわざ壊すつもりはないけれど、そこに住む者のメリットが失われるようなことは忌避したようだ。
この家については、俺と弟の間では、弟が相続することでもう話ができている。
弟は地元に就職しているし、今も家から通っているからな。
俺の方は仕事先を関東方面と決めた時点で、田舎の家を継ぐ気はないんだ。
◇◇◇◇
俺の仕事が探偵ということは、全年5月の開業時点で挨拶状を出して親族一同には知らせている。
二日の夜、宴会が始まる前に従妹の明石
和江は21歳、地元の短大を卒業し、確か昨年四月から地元信金に努めているはずだ。
その和江に親しい男ができたらしい。
一応その男からプロポーズがあったらしいのだが、女の勘なのか、何となく男を信用しきれないところがあるので返事を迷っているらしい。
で、俺に身辺調査をお願いできないかと頼ってきたわけだ。
これが見知らぬ人物の依頼なら俺は受けなかった。
男女の愛憎劇に巻き込まれないための処世術ではあるんだが、生憎と身内(?)ともなれば放置はできないからな。
男の名前や住所、それに勤め先を聞いて翌日午前中には調べ終えた。
俺の場合、ご本人が居るかいないかではなくって、どこを本拠地にしているかが重要なんだ。
拠点が分かればそこでかなりの情報が入手できる。
1月3日の夕刻には新幹線で東京に戻るつもりだったから、昼過ぎに和江と会って結果を知らせた。
単純な話、二股も三股もかけているチャラい遊び人のようだ。
一応、大手企業の系列会社に勤務しているのだが、会社での業績もあまり芳しくなく、むしろ取引先の若い女子社員や顧客のお嬢さんなどと肉体関係を持っていることで若干クレームまがいの事案も発生している様だ。
単純な話、余り真面目な男とは言えない。
若い時は放蕩を尽くし、年を取ってから大成する者もいないわけではないが、この男はだめだ。
何せ背後霊がこいつは良くないと太鼓判を押している。
で、半日で調べ上げて結果を言うのは簡単だが、これを言うと逆に和江は反発する恐れもあるんだよな。
薄々和江も男の浮気性には気づいているはずだ。
それが明確になったからと言って、愛想をつかすかどうかは別の話だ。
女には母性ってものがある。
手間のかかる奴ほど可愛いという奴だ。
和江はそれほど愚かとは思えないんだが、まぁ、言葉遣いに注意しながら報告だけはしてやった。
案の定、和江が言った。
「大吾さん、半日でそんなにわかるものなの?」
「いんや、俺の知り合いに探偵が居るからね。
そこで前歴がないかどうかちょっと聞いてみただけだよ。
断っておくけれど守秘義務があるから本来は教えてもらえない情報だよ。
でも、ワルについては業界で情報を共有している場合もある。
公表はできないけれどね。
だから、もし、和江がそのことを誰かに言ったりすれば、俺はそんなことは言わなかったと否定することになるよ。
飽くまで秘密情報だ。
まぁ、それほど悪名高い奴ということだから、俺としては和江が結婚を前提としてお付き合いすることには反対するぜ。
後はお前さんの判断だ。」
俺は大ウソをついて和江に後を託した。
少なくとも男の人物に関する情報は嘘じゃない。
当該情報をどこから仕入れたかどうかだけが大ウソなだけだ。
これぐらいの嘘は認めてもらわないとやって行けないのさ。
結局、和江は男と決別したみたいだ。
その半年後、当該男はとある女から刺されて死んだ。
やっぱり男女の愛憎劇にはできるだけ関わらない方がいい。
和江はその一年後に別の彼氏を捕まえたみたいだから、まぁ、めでたしめでたしだな。
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