第5話 交渉事

 誘拐騒ぎも一段落した。

 杉並署では、犯人扱いじゃないかと思われるほど担当刑事にねちねちと聞かれたよ。


 俺が弁護士資格を持っていると知ると、流石に無茶は言わなくなったが、その日は夜の8時過ぎまで留め置かれ、翌日も自宅までパトカーで迎えに来やがった。

 まぁ、事務所はたまたま休みだったからな。


 俺は家に居たんだが・・・。

 俺の家は、広尾にあるどちらかというと外国人向けの賃貸マンションかな。


 敷地のスペースに入って来るのに流石にサイレンは鳴らしてはいなかったが、同じマンションに住む外人さん(俺以外に3家族、10人)の奥さんたちがびっくりしていた。

 此処の住人は少ないからみんな顔馴染みなんだよね。


 俺もパーティで呼ばれたりする間柄で、そのためにたまには俺もお返しのパーティを開かにゃならんのだ。

 外国人の旦那さんは、会社勤めで日本駐在員の人が二人、某国大使館勤務の一等書記官が一人だな。


 因みに家賃は高いぜ。

 俺のところで月額150万円だ。


 4LDKで270平米を超える広さがあるし、東京都内でも有数の高級住宅地だから高くて当たり前なのかな?

 此処を借りたのは、渋谷の事務所まで2キロほど、要すれば徒歩でも通勤ができることが一番のメリットかな。


 もう一つのメリットは、そもそもが世帯用なんで、駐車場に車が2台まで置くことができる。

 バイクやチャリンコは、別枠な。


 事務所の賃貸費用と家の賃貸費用だけで毎月450万円程度の金が出て行くわけだが、10年で5億4千万円になる。

 仮に40年続けても22億円足らずだから、小金(80億円超)持ちの俺としては特段困らないわけだ。


 そうは言ってもこの賃貸住宅にずっと住めるわけじゃない。

 古くなってくれば施設が陳腐化するし、維持費もそれなりにかかるはずだ。


 大きな修理は家主がやってくれるかもしれないが、例えば電球や蛍光灯等の照明が切れた場合、取り換えは家主ではなくって住民がやることになる。

 それが嫌ならホテル住まいをすればいい。


 ホテルならシーツまで毎日取り換えてくれるし、掃除もしてくれる。

 ホテルも調べてみると意外に安いんだぜ。


 ホテルにもよるが長期契約だと半額以下の値段になるらしい。

 仮に一泊4万円ほどの部屋としても、一泊2万円前後、1年365日使っても700万円余りだから、俺の事務所代3か月分にも満たないし、4戸建てマンションの家賃で言えば5か月分で済む勘定だ。


 まぁ、ホテルだと本当に寝泊まりだけになってしまうがね。

 お客さんが来ても、自由に使える客間は流石にないな。


 家ってのは、寝泊まりだけじゃなくって憩いと休息の場であるだろうから、それなりのスペースも必要だろう。

 俺の場合、多少の趣味もあるから、それ用の部屋なり工房も欲しい。


 だから取り敢えず賃貸にしたわけだが、どこかに良い物件があれば購入も考えている。

 まぁ、探偵稼業をやっていればいろんな情報が入って来るから、そのうち良い物件も見つかるだろうと楽観視しているよ。


 それと、仕事については、できるだけ都内、それも渋谷区近辺に限定したいとは願ってはいるんだが、依頼次第で、他府県に行かねばならん場合もあるだろうな。

 その際の足としては、やっぱり車が居るんだ。


 人跡未踏とまで言わなくても、田舎に行くには車が無いと話にならん。

 特にJRが赤字路線を次々に廃止しだしてからは、車が無いと辿り着けない場所が増えちゃったよね。


 東京だって、「奥多摩湖」辺りは車が無いと不便だよな。

 公共交通機関を使う場合、渋谷駅前からだと電車やバスで4回も乗り換えて奥多摩湖畔まで約5時間を要する。


 自家用車だと渋滞は考えずにおよそ2時間というところかな?

 また、東京都下と言っても離島は別格だな。


 伊豆七島にしろ、小笠原にしろ、車では直接行けん。

 伊豆七島ならば島によっては航空路線もあるが、小笠原になると船しかない。


 しかも、〇海汽船で竹芝桟橋から父島まで24時間もかかるし、一週間に二便だけの筈だ。

 東京都下とは言いながら本当に広いよな。


 そんな話は置いといて、今、俺は渋谷駅近くの日本料理店にいる。

 ホテルの高層階にある日本料理店で渋谷界隈が良く見渡せる場所の個室に入っている。


 目の前に美女でも座っていれば言うことは無いのに、色気のないおやじ(?)が二人揃っているよ。

 一人は、いつもであれば道玄坂二丁目の焼き鳥屋で一緒になるはずの大山さん。


 もう一人は、三十代半ばで警視庁刑事部刑事課管理官(警視)の神山こうやまみつるさんというお人だ。

 警視庁のお偉方が出てきたということは今回の事件のアラ探しだろうね。


 誘拐事件の解決のためにを取らなければいけなくなった時点で多少の覚悟はしていたよ。

 ひとしきり自己紹介を終えると、神山管理官が言った。


「せっかくの酒宴の場だから、野暮な用件だけ早めに済ませておこう。

 今回の松岡美香ちゃんの誘拐事件では、早期に解決できたのはひとえに君の尽力のお陰だと承知している。

 本当にありがとう。

 然しながら、一方で我々警察の組織力に伍して民間人が単独で事件を解決したことで、ある意味で我々の上層部は危機感を抱いている。

 更には、大山警部補が関わった最近の2件の事件についても、君が関わっていたと大山君から聞いた。

 あ、大山君を攻めんでくれよ。

 私がある意味で脅しをかけて無理に聞き出したことだ。

 彼をどこかにさせ、それと同時に君に監視の目をつけると言ったら、彼が折れた。

 俗にいう典型的なパワハラだな。

 君は弁護士でもあるそうだね。

 だから、私も、それで起きるであろう弊害を覚悟してやっている。

 で、私が聞きたいのは君の情報源だ。

 大山君が関わった三件の事件で二件は殺人事件だったが、いずれもその時点では未解決であり、そのうち一件は事件の発生すら警察は関知していなかった。

 単なる消息不明事件として処理されていたからね。

 両方とも関係者から君への依頼があったことについては調べがついている。

 君が行った調査の結果を大山君に伝えたことで、いずれも犯人が捕まり、事件の解決を見た。

 そうして、今回の事件については、・・・。

 我々警察は営利誘拐の端緒を掴んで捜査を開始したばかりで犯人及び里香ちゃんの行方に関しては何の手掛かりも得ていなかった。

 にもかかわらず、君は事件発覚の翌朝に依頼を受けて、その午前中には被疑者宅に現れて被害者を救い出した。

 その際の住居侵入についての嫌疑については、まぁ、問題なしと考えている。

 取り敢えず、の女房が玄関に出てきて相応の応対があったようだし、そこまでは何ら問題は無い。

 更に風早宗次が君の要求に激高し、刃物で障害未遂を起こした時点で犯罪現場に変わったから、以後の幼子救出の動きとしては緊急避難として侵害も許容されるだろう。

 従って。君の行動については、問題が無いと考えている。

 然しながら、如何にすればわずかに二、三時間で犯人までたどり着けられるのかがわからない。

 前二件の殺人事件についても情報源を秘匿しているらしいが、普通はそんなに都合よく情報が得られるとは思えないんだ。

 前二件は依頼を受けてからそれなりに時間的猶予があったかもしれないが、今回は移動する時間だけでも結構な時間を要したはずだ。

 君には何か秘密があるね?

 警察の威信をかけてそれを探しても良いのだが・・・。

 君は探偵で、依頼を受けて調査をする。

 ネットでは人探しが専門ともうたっている。

 捜査機関に携わる者としては、本来ならばしてはならないのかもしれないが、警察からの依頼も受けてはくれまいか?」


「ん?

 あの・・・。

 警察が私に依頼をすると?」


「あぁ、人探しの依頼になるだろうな。

 行方不明者の捜索もあるだろうけれど、場合により何らかの犯罪の犯人を捜してもらうことも含むことになる。」


「依頼ということであれば、会社などの法人からの依頼もあり得ますので受けられますけれど・・・。

 依頼料はいただきますよ?」


「あぁ、それは構わない。

 ウチでも余り公にはできないが、諸経費の中に情報への報償費の項目もあるから経費は出せる。

 但し、成功報酬になる。

 依頼して動いてもらっても、相応の成果が無ければただ働きになるということだ。

 その代わり成果を上げた場合は、既定の二倍の費用を払おう。

 税金対策については、そちらでうまいことやってくれ。

 問題は、証拠の保全についてなんだが・・・。

 これは飽くまで確認なんだが、察するに君の情報源は一切表に出せないんだな?」


 少し間をおいてから俺は言った。


「ええ、種々の確かな情報は仕入れられますけれど、その情報源は表立って公表できませんし、裁判での証言も基本的には拒否します。

 従って、そのままでは証拠に使えない情報ということになるでしょう。

 しかしながら、一方で犯人を特定できていない時点での大いなる道標みちしるべにはなると思います。」


「なるほど・・・。

 裁判での証言は無理か・・・。

 仮に、証人として君が裁判所に呼ばれた場合は?」


「偽証罪に問われない範囲で、情報源を業務上知り得た秘密、若しくは情報収集の手法そのものを業務上の秘密として秘匿します。

 裁判所は、証言を強制できません。

 被告人に対してさえも強制できないのに、証人に対してできるはずもありません。

 情報源を秘匿することで弁護士等から攻められる材料にはなりますけれど、それを補うのが警察の捜査でしょう。

 私は、捜査権限は持ち合わせてはいませんから。」


 神山さんは苦笑いをしていた。


「わかりました。

 その線で結構。

 今後とも我々警察に対しての適切な情報提供をお願いします。

 窓口は、これまで通り大山君になってもらうけれど、大山君と連絡がつかない場合は、私か、私の直属の部下で柳沢という者に連絡をしてください。

 合言葉は・・・。

 クレオパトラにしておきましょう。

 貴方から私どもに電話を掛ける場合は「クレオ」といい、受けた方は「カエサル」と返してから用件を話す。

 こちらから掛ける場合は、自分の名を言ってから「アントニウス」、貴方からは「パトラ」で返してください。

 大山君との間では、省いていただいても構いませんが、私や柳沢との間では間違いがあってもいけないので是非とも合言葉での確認をお願いします。

 こちらが私と柳沢の携帯電話の番号です。」


 神山さんは小さなメモを俺に手渡した。


「了解しました。」


 情報源について余り追及されずに済んだが、警察は隠れたところで色々やるからねぇ。

 おそらくは俺に監視の目がついていると思って動いた方が無難だろうねぇ。


 こりゃぁ、のダミー電話が必要だな。

 自動応答のできるスマホを裏のルートで二、三個入手しておこうか。


 渋谷や新宿の繁華街の怨霊や精霊は、そんな裏の情報も色々持ち合わせているんだ。

 そのスマホを、俺からの応答のみに固定し、適宜都内で時折移動させておけば警察も特定できないはずだ。

 

 俺としては、少なくとも情報源と連絡を取っているとの体裁が整えられれば良いんだ。

 警察がそう思ってくれれば御の字だし、少なくとも目くらまし程度にはなるだろう。


 俺が連絡する知人なんかにも、警察の手が回るかも知れんが、それは止むを得ないので当該知人に勘弁してもらうしかない。

 その後三人で楽しく飲んで食べた。


 本格的な日本料理は久しぶりだったが美味かったな。

 因みに、今日は警察のおごりだから余計に美味かった。


 公費で払っているのか二人で割り勘なのかは、俺は知らん。

 でもエエところの店だから、絶対に安い金ではないはずだ。


 それでも誘拐犯の逮捕のお礼と考えれば安いものかな。

 あれで里香ちゃんが無事に助けられなかったら、警察幹部の誰かが責任を取らなければらなかったかもしれない。


 別に引責辞任だけが責任の取り方じゃない。

 単なる左遷とか減俸だって警察組織としての責任の取り方の一つなんだろう。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 8月15日より、


「仮想戦記:蒼穹のレブナント ~ 如何にして空襲を免れるか」

  https://kakuyomu.jp/works/16817330661840643605


を、また、9月2日より


「コンバット」

 https://kakuyomu.jp/works/16817330661959774004 (カクヨム)


を投稿しております。

 よろしければ是非ご一読ください。


 By @Sakura-shougen


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る