第2話 初めての依頼

 俺の探偵稼業は、令和9年(2027年)5月1日から始まった。

 一応ネット等に広告も出しているし、通りの見えるところに看板も出してはいるんだが、依頼客がすぐに来るとは全然思っていないんだぜ。


 探偵業というのはある意味で信用性が大事だから、客がこっちを信頼してくれなければそもそも事務所を訪れることもないだろう。

 俺の場合、変わっているのは「人探し専門」と広告でうたっていることだろうな。


 だから、浮気調査や素行調査なんかを頼まれても原則受けないことにしており、ネット広告ではそのことも明記してある。

 その代り、人探しであれば逃走中の被疑者であっても探し出すつもりでいる。


 依頼が無いのに、懸賞金が掛けられているからといって手配犯を探すようなことはしないんだが、依頼があればそうした人物を探し出し、警察に突き出すこともするつもりではいるんだぜ。

 日本で懸賞金制度が発足したのは確か2007年の4月のことだったはずだ。


 米国なんかの拳銃を携帯した探偵が手配犯を捕まえる制度と違って、日本の場合は逃走犯確保につながる有力な情報を提供した場合に報奨金の形で出ることになっている。

 公的な報奨金が出るのは指定された事件のみで、最高額は一千万円までとされている。


 元々この制度ができたのも殺人事件の被害者遺族が私的に懸賞金をかけて情報提供を求めたのが始まりだ。

 俺の場合は、別に金目当てではないのだけれど、依頼があればバウンティ・ハンター賞金稼ぎの真似事もするということだ。


 開業してから一月ほどは、何の依頼もなく、無為に過ごしてはいたが、6月5日(土)に初めての客が訪れた。

 うちの事務所は原則として朝9時から夕方18時までが営業時間だが、毎週木曜日は休業日にしている。


 そのほか年末年始は公務所と同じく12月27日から正月3日までは休みにしている。

 時間外の場合は、電話での事前相談を一応受け付けてはいるんだが、仕事の依頼自体は面談で受けるかどうかを決めることにしている。


 6月5日の客はアポイントなしの飛び込み客だった。

 依頼人は、M県在住の横山よこやま美由紀みゆき、24歳。


 この5月の連休から行方知れずとなった姉の横山沙織さおりを探してほしいという依頼だった。

 横山沙織は26歳、渋谷のアパレル業界で働いていたが、5月の連休に入る前の電話連絡を最後に音信不通となっているのだそうだ。


 沙織のスマホに電話をかけても、「電源が入っていないか電波の届かない場所にある」とのアナウンスしかない。

 美由紀嬢は、姉の住んでいたアパートを訪ねたようだが、室内に特段の異常は認められなかったという。


 当該行方不明の姉には誰か特定の男性とのお付き合いはあったのかと聞くと、多分特定の男友達はいなかったと思うと美由紀嬢は述べた。

 明確な根拠はないらしいが、美由紀嬢とその姉沙織は二人だけの姉妹で両親は既に他界し、ほかに親しい身寄りも居ないことから、互いに何でも打ち明け合っていたから、男友達ができたのなら教えてくれたはずと言い切った。


 まぁ、その辺は、推測だけでは動けないので俺の方で裏は取るんだが、最初に美由紀嬢を誘って姉沙織のアパートを訪ねることにした。

 部屋の様子を自分の目で確認することが大事だし、場合によっては地縛霊などから情報を得られる場合があるからだ。


 部屋を確認するにあたっては、身内の人が一緒にいる方が大家さんや近所の人にも受けがいいからな。

 因みにアパートの合鍵は美由紀嬢も預かっていたらしい。


 沙織さんが住んでいたアパートは、京王井の頭線池ノ上駅から徒歩10分以内ではあるが築30年以上の物件で2Kの間取りだった。

 中は小綺麗に片付いており、今すぐにでも帰ってきそうな雰囲気がある。


 冷蔵庫には5月10日までの消費期限がついた食品がいくつかあったので、少なくともその三日前程度には姉沙織は存在していたのだろう。

 几帳面な性格のようで、5月7日の買い物の記録とレシートが残っていた。


 そうしてもう一つ、この2Kのアパートには地縛霊が居た。

 かなり年老いた女性の霊だが、地縛霊とは言いながらおしゃべり好きな霊で、近在の霊などとも色々情報交換をしているようだ。


 地縛霊のくせに、その土地にあまり縛られずにふわふわと他の土地にも出入りしておしゃべりをして来るようで、たまにこんな自由な地縛霊も存在する。

 そのおカネばあさんが耳寄りな情報を教えてくれた。


 4月の半ばから半月ほどの間、沙織さんをストーカーしていた男が居るらしい。

 男は同じ渋谷区ながら池ノ上駅と同じ路線である京王井の頭線の新代田駅周辺に住む人物らしい。


 普通、地縛霊だと土地に縛られているからそこまでの情報を仕入れてはいないのだが、このおカネばあさんはどうも特別らしい。

 色々ばあさんから聞き出して、男の特徴や勤め先まで教えてもらったよ。


 まぁ、その男が沙織さんの失踪に関わっているかどうかは定かではないんだが、少なくとも当たってみる価値はあるな。

 いずれにせよ、横山美由紀嬢と契約書を交わし、二週間の期限付きでお姉さんの捜索をすることを請け負ったのである。


 契約をする前に、美由紀嬢が不満げにほほを膨らせながら文句を言った。


「二週間だけというのは何故ですか?

 必要経費はお支払いしますから、もっと探してもらえませんか?」


「ええ、まぁ、ご不信は分かりますけれど、お姉さんが消息不明になってから結構な日数ひにちが経っていますよね。

 手掛かりがあるならば、おそらくはここ1週間の間に見つかります。

 仮に二週間経っても何ら手掛かりが得られない場合は、その後の情報収集で得られることは非常に少なくなります。

 無駄とは言いませんが、その後の調査を続けても成果は得られないと存じます。

 それで、契約上は二週間と区切らせていただきます。

 その後の調査については、その時点で再度検討してはいかがでしょう。

 私の場合、人探しの手付金として一件につき二万円、調査費用は一日6千円の日当と、交通費など諸経費が加算されますが、概ね一日について1万円と見積もっていただければ十分の筈です。

 仮に国外等遠距離を探さなければならないような場合には、その前に横山さんの方に連絡を入れます。」


 美由紀嬢それを聞いてびっくりしたようだ。


「あの、国外って・・・。

 姉が国外に行った可能性があると?」


「今の段階では何も情報がありません。

 但し、犯罪組織が関わっているような場合には、人身売買で海外に売られるようなことも女性の場合には有り得ます。

 飽くまでレアケースですけれど、そのような疑いが生じた場合は、いずれにしろ報告いたします。

 あと、調査報告は書面で提出しますが、日々の報告が必要な場合は、メールアドレスを教えていただければ一日遅れで簡単な日報を送ることができると思います。」


 結局、彼女は二十万円の現金とメールアドレスを置いていった。

 手付金2万円と二週間分の日当等14万円分、それにプラス分の余裕を見ての20万円である。


 俺としては手付金の2万円だけ払ってもらい、後は出来高払いで良いと言ったのだが、彼女はM県から出てきたり、送金したりする方が面倒なので預けておくと言って金を置いていったのだ。

 止むを得ず、俺は預かり金として取り敢えずの領収書を出しておいた。


 これって、別途調査終了時点で、清算する必要があるんだよな。


 ◇◇◇◇


 俺はその日の夕刻から調査に入った。

 事務所は、閉めた状態で留守番電話のみ生きている。


 おカネばあさんの情報から得られたストーカー男はすぐに特定できた。

 はやし正幸まさゆき32歳、渋谷の某会社員ではあるが、暴力団が絡む胡散臭い商事会社の社員のようだ。


 会社周辺での霊等からの聞き込みでは、本人は余り仕事のできるような人間ではなさそうだ。

 渋谷駅からの沿線沿いでの聞き込みでも色々な女性にストーカーをしているらしいことが判明した。


 池ノ上駅周辺での聞き込みでは、道路沿いの並木の精霊が事件を目撃していた。

 夜11時過ぎに人通りの少ない道で、林が沙織さんに薬のようなものを嗅がせ、自家用車に運び込んだのだ。


 その後を手繰たぐるのに二日かかったが、八王子北部の谷あいにある一軒家に連れ込んだようだ。

 手足を縛って凌辱した上に殺害、その一軒家の庭先に穴を掘って死体を埋めたことまで突き止めた。


 さて、ここから後は警察の出番だな。

 探し出すことはできたが、残念ながら生きたお姉さんを探し出すことはできなかった。


 因みに連れ込んだ一軒家は、林が祖母から受け継いだ林名義の家であるが、住居としては使ってはおらず、専ら女を攫ってきて凌辱する場所で使っていたようだ。

 霊等からの聞き込みではほかにも3件の殺し、十数件の婦女暴行があるようだ。


 女性の場合は、外聞を恐れて警察に言わないケースが多々あるんだ。

 警察への連絡だが、情報源秘匿の上で俺の実名で垂れ込むことになる。


 但し、垂れ込む先の警官は決めている。

 渋谷警察署生活安全課の係長をしている大山和夫警部補だ。


 大した顔見知りではないのだが、探偵の届け出に行ってたまたま知り合い、以後は一週間に一度程度焼き鳥屋などで出会って一緒に飲む程度の仲ではある。

 これまでの付き合いから概ねの性格は承知しており、彼の身辺についても霊なんかに聞いているから、俺が秘密情報だと言うとそれなりに動いてくれるお人のはずだ。


 彼に渡す情報はこまめに書面にはしたが、敢えて裏が取れない情報にしている。

 後は端緒を掴んだ警察の仕事だ。


 大山さんは俺よりも10歳以上も年上のベテランだが酸いも甘いも心得ている。

 それを信じて託すだけのことだ。


 もし、彼が動いてくれないか、あるいは動けないなら、別の方法を考えるだけのことだ。

 横山美由紀嬢には、6月10日に犯人の住所や名前などを伏せたまま、大枠の事実関係を知らせており、残念ながらお姉さんは亡くなっている可能性が大であると報告している。


 その上で大山さんにも知らせたわけだが、横山美由紀嬢が翌11日には上京してきた。

 そうして、俺の事務所で俺に対して不満をぶつけているところなんだが、俺としては如何ともしがたい状況だ。


 犯人の名前を教えてもいいが、それだけでは警察は動けないんだ。

 何せ情報源が不確実だからね。


 下手をすれば俺自身が疑われる。

 俺としては横山沙織さんの行方を捜してその手掛かりを入手、そのことを警察に通報して警察の対応を待っているに過ぎない。


 美由紀嬢には、さんざん文句を言われたが、翌日に警察が林を逮捕してくれた。

 大山さんの方で動いて林の周辺監視を行い。


 意識のない女性を八王子の一軒家に連れ込んだところへ踏み込んで、誘拐の現行犯で逮捕したのであり、同時に俺の情報に基づき、当該家の敷地内を精査、最近掘られた場所を探し当て、捜索差し押さえ令状を取った上で掘り返して、沙織さんの遺体を発見したのだが、同じ場所に三体の女性の遺体もあったことから一気に大騒ぎになった。

 事件の端緒を掴んだのは渋谷警察署であるが、殺人並びに死体遺棄の現場は八王子警察署の管轄であるため、合同捜査本部が設けられて余罪の捜査に当たったのである。


 結局、大山さんは俺の名を出さず、信頼できる垂れ込み屋からの情報として内部処理をしたようだ。

 今後とも警察の力が必要な場合にはこの大山さんに頼ることになるだろうな。


 何とも頼りない話ではあるんだが、犯罪に関わる事件の解決にはほかに良い方法が無いんで仕方がない。


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 8月15日より、

 「仮想戦記:蒼穹のレブナント ~ 如何にして空襲を免れるか」

  https://kakuyomu.jp/works/16817330661840643605

を投稿しております。

 よろしければ是非ご一読ください。


 By @Sakura-shougen


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