浮世離れの探偵さん ~ しがない男の人助けストーリー

@Sakura-shougen

第1話 探偵稼業事始め

 俺は、明石大吾、H県出身、27歳、独身だ。

 C大学の法学部に入り、卒業前に司法試験に合格、大学卒業後に1年の司法修習生期間を経て弁護士資格を取ったけれど、法曹界には入らずに探偵業を選んだ風変わりな男だ。


 理由は、ものすごく私的な話なのだが、俺の姉が幼い頃に誘拐されて二年後に死体で発見されたことが契機だろうな。

 俺が小学校4年生の頃の話だ。


 小学校6年生の姉由美が日が暮れても学校から戻って来ないので、両親や近所の知り合いがあちらこちらの心当たりを探したんだが何の手掛かりもなく、翌朝には両親が警察に届け出た。

 俺の見るところ、とても警察が大捜索を行ってくれたとは思えない。


 所謂、行方不明者としてリストに載せられ市内各所の交番等には連絡がなされたものの、普段の仕事の合間に気に掛ける程度のようだった。

 こんな状態では、1か月もするとそれが風化し、警察でも何の動きもなくなる。


 どちらかというと迷子の通報や変死体が出て来る際に照合するだけの仕事になってしまうのだ。

 こう言っては身も蓋もないのだが、警察も事件かどうかわからないことにいつまでも関わってはいられないのだろう。


 二年後、姉は隣の県の山中で遺体となって発見され、遺体に首を絞めた痕跡があったことから、初めて警察が殺人事件として認知し、大々的に動き始めた。

 俺にとっては、とても優しい姉だった。


 正直なところ、犯人が捕まろうが、捕まらなかろうが、俺にとっては関りが無い。

 失ったやさしい姉の面影だけが俺の心に残った。


 さらに一年後、警察の捜査がようやく実って、犯人らしき男が特定され、拘束しようとした警察官に対して刃物で抵抗したので威嚇のために発射した拳銃弾がたまたま男の腹部に当たり、犯人らしき男は搬送先の病院で死亡したことを知った。

 この事件での教訓は、行方不明者があっても余程の事件性が無ければ、警察は本気で動いてくれないということだった。


 警察がもっと早く動いてくれていたら、もしかすると姉は無事に救出されたかもしれないと思うと残念でならなかった。

 俺の姉は家出するような子ではなかったし、外で何もなければ家には戻ってきている筈という普段にない異常が認められるという状況だけであって、残念ながら何らかの事件性を疑うような証拠は、姉が消息不明になった時点では無かったのは間違いない。


 それやこれやで俺の思春期は、何をすれば姉の惨劇を防げただろうとその対策を考えることに没頭することになった。

 片手間に勉強もして、県下でも名の知れた進学校へ進み、C大学の法学部に現役で入学したのだから、それなりに勉強の方はできたんだろうと思うよ。


 前述のとおり、法学部の卒業前に司法試験にも合格し、少し迷ったけれど司法修習生にもなって弁護士資格も一応は取得している。

 だが俺のやりたいことは弁護士になることや法曹界に入ることではなかった。


 必要とあれば弁護士の真似事もいとわないが、俺がやりたいことは行方不明者を抱える家族やその知り合いの人々の助けになるような仕事をすることだった。

 警察などの治安機関に入ることも一応は考えたのだが、所詮、治安機関は組織であり所属している個々人が勝手に動くことは許されていない。


 従って、そちらの方面に進むことも断念した。

 最終的に俺が選んだのは、特段の資格を必要としない探偵業を個人で始めることだった。


 探偵と云うと探偵社を思い浮かべる人が多いかも知れないな。

 探偵社は、一応法人として探偵業を営むわけだが、個人でやる探偵業もあるんだ。


 一般的には、法人の方が組織力もあって調査能力も高いと見做みなされている。

 但し、法人にしろ、個人にしろ、大規模に動いてもらうには金がかかるんだ。


 単純に言って一人の行方不明者の捜索に10人も専従者を使えば、間違いなく一日につき10万円以上はかかるだろう。

 一か月間、探偵社の十人に専従で動いてもらえば、最低でも300万円を超える費用が依頼者に請求されることになるだろう。


 仮に一人が専従で動いた場合は、月に30万円程度か・・・。

 一般的な世帯のお父さんの給与から30万円をひねり出すことは、普通は無理か、かなり大変なことなんだぜ。


 それが長期に及べば、家が傾くことになりかねない。

 せこいと言われようが、多額の借金まで背負って行方不明者を探そうとする縁者はあまり多くはないんだ。


 俺の家族はそうしたけれどな。

 親父が大会社の部長職で年収が多かったので、姉が失踪したその年に約一千万円を捻出して探偵社に依頼したんだが、残念ながら何の成果も得られなかった。


 二年目は探偵社が受けてはくれなかった。

 まぁ、何もせずに詐欺まがいで金だけ受け取るようなも居るらしいが、親父が頼んだ探偵社はまじめな方だったようだ。


 最初の一年で手掛かりが得られない以上、これ以上続けても無駄になると逆に親父を説得したようだ。

 結局新たな手掛かりが見つかれば、再度の調査を行うとの約束で親父も納得したらしい。


 結果から見れば、おそらく、この時点では姉はまだ生きていたはずだった。

 だからこの探偵社がもっと優秀であったなら、あるいは姉が救われたかもしれない。


 俺が仮に警察の内部に入っても、余程高位の役職にでもなっていなければ組織の方針を変えることは難しいだろう。

 だが、個人の探偵ならば警察のできないことができる可能性もある。


 そうして俺には人には言えない様なちょっとした秘密もあった。

 15歳の折に突然芽生えた霊媒の素質だ。


 霊媒というよりも陰陽道に近いのかもしれない。

 多くの宗教では、この世とは別にあの世というものがあると教える。


 正直なところ、あの世というものがあるのかどうかは俺には分からないが、この世とあの世の狭間にあるかもしれない異界に棲むモノが確かに存在することは俺も知っている。

 古くから怨霊(おんりょう)、幽霊、魔物、餓鬼(がき)などと呼ばれる異形のモノたちだ。


 こいつらが死後の世界であるあの世から来ているものだとはとても思えない。

 だから、この世とは違う異界からこの世に出現しているんだろうと思っている。


 あの世が死者の行く場所で、そこから異形のモノたちが出現できるなら、全ての死者も俺には見えるはずなんだが、残念ながら亡くなった姉や曾祖父母には出会ったことが無い。

 だから、俺にはあの世若しくはあの世のモノは見えないんだろうと思っている。


 いずれにせよ、普通の人にはそうした異界から出現したモノは簡単には見えないんだが、シャーマンやイタコと呼ばれる霊媒師や霊感の強い者には見えることもあるらしい。

 俺の能力は変わっていて、そうした異形のモノが見えるだけではなくって、会話をしたり使役したりもできるんだ。


 陰陽道にある「調伏(ちょうぶく)」という奴かもしれないが、相手の力を圧倒して調伏すると、相手は従魔になるんだ。

 こいつは便利なんだぜ。


 奴らは余程のことが無いと常人には見えないからその存在が察知されず、また、この世の存在とは異なるから隔離・閉鎖されていようがどこにでも入り込めるし、陰の異界から盗聴ができる。

 生憎と普通の従魔は物を取ってきたりとか、盗撮したりするとかまではできないんだが、俺に対しては、その場面を思念映像として送り届けることもできるんだぜ。


 それが犯罪なんかの証拠になり得るかというと、そいつは多分無理だな。

 現状の司法裁判では物的証拠を優先させており、自白証言は余り当てにされていない。


 勿論、法廷における証言はそのまま証拠となり得るんだが・・・。

 なり得るというだけで証拠になる確実性は無く、相反する証言がでればどちらを採用するかでいつも揉めるわけだ。


 俺の持つ能力を司法裁判に持ち込んでも、常識外のことだから簡単には認めてはもらえないだろうな。

 裁判官や陪審員に対して、そうした能力の存在を認めさせる荒業的手法が無いわけではないが、そのことで俺自身が法廷審理に時間を取られてしまうのは是非とも避けたいことのひとつだ。


 従って、俺としては、探偵としての調査活動はするが、捜査活動は基本的にしないし、可能な限り法廷での証人になることも避けるつもりでいる。

 弁護士資格を取得したのが23歳の時で、それからまもなく24歳になったが、俺は定職には就かず、探偵業に就くため色々資金面での準備を進めていた。


 運がいいのか悪いのか、大学時代の悪友に付き合って行った競馬場でたまたま購入した馬券が万馬券でしかも一万円も買っていたから小遣いが一気に何百倍にもなっていた。

 悪友にタカられて、結構な豪遊を一回だけしたけれど、後は極々つつましやかな生活に戻ったよ。


 結局そのあぶく銭を元手にして、二年余り海外での放浪生活を続け、最終的にカリブ海でお宝を発見して、その埋蔵金総額のほんの一部ではあるけれど、かなりの大金を手に入れ、東京で探偵業を始めることになった次第だ。

 海外放浪の旅は、俺の特殊能力に磨きをかけることと、海外での事情や常識を見聞するためだった。


 話は変わるが、東京は何といっても人口が集中している地域だけに失踪者も多いんだ。

 皆さんは知っているだろうか?


 日本では警察に届け出があった行方不明者だけでも年間8万人程もいるんだが、届け出がなされていないものまでも含めると、おそらく10万人を超える行方不明者が存在するだろうというのがその筋の常識だ。

 東京都だけで1400万人の人口があり、都内23区だけで約一千万人の住民登録がある。


 学生等で住民票を東京に移していない者などは、その数に入っていないから実際の住人や滞在者はもっと多いことになる。

 いずれにしろ、東京都内だけで日本の人口の1割以上を占めているので、平均的な割合から言うと、一年に8千人から1万人以上の行方不明者が発生していることになる。


 探偵業を始めるにあたって、俺の郷里であるH県に戻ることも考えたが、俺の目的とする仕事の可能性が高い東京に狙いを定めた。

 そうして東京都内で事業所を置く場所を色々検討した末に、俺は渋谷に事務所を置くことにした。


 場所は渋谷駅前のスクランブル交差点にほど近い某ビルの三階だ。

 やっぱり天下の渋谷、特に、駅周辺になるから家賃は高いぜ。


 たまたま目に付いたのが1フロアーで200平米もあるところだった。

 事務所としては絶対に広すぎるんだが、それにしても家賃が月300万円は、まぁ、お高いよな。


 もっと狭いところも無いわけではなかったが、人通りの多いところで事務所の看板が目に付くようなところは他には無かった。

 商売として探偵を始めるならば、多くの人に知られなければ意味が無いから、金がかかるのも仕方が無いと割り切ったぜ。


 年間家賃3600万円を支払わなければならない様な場所は、常識的に考えて、個人営業の探偵事務所を置く様な場所じゃないだろうな。

 通常であれば、個人の探偵でそんなに儲けられないのは分かり切っているからな。


 赤字経営ではすぐに事務所を畳まなければならないだろう。

 但し、俺の場合はちょっと事情が違うんだ。


 思い起こせばおよそ3年前、弁護士資格を取得して数か月後、パスポートを取得してひどく曖昧な計画に従って、初期の必要資金を稼ぐための準備の一つとして、特に当てのない海外旅行に出かけたんだ。

 あちらこちらを渡り歩いて、アルバイトをしつつヒッチハイク等で北米からメキシコを訪ね、特にメキシコでは古代文明の遺跡がある場所をいろいろと訪ね歩いたよ。


 土地に棲む地縛霊や精霊のようなモノと話してみて、いろいろな情報を入手した。

 異界のモノとの会話は念話であり、言語に縛られないから世界中どこでも通用する共通語のようなものですごく便利なんだ。


 ついでにスペイン語なんかも霊から教えてもらったな。

 念話で授業をしてもらうと理解がものすごく早いんだ。


 まぁ、余計な話は置いといて、メキシコのユカタン半島の某場所でこれまで知られていなかった古代文明の遺跡の情報を得て、実際にその遺跡を見つけることができたんだ。

 発見した遺跡をそのまま秘密にしておくわけにも行かないから、然るべき役所に届け出たんだが、すぐにメキシコの中央行政府が迅速に動いて、手間賃だけで第一発見者の俺を締め出しやがった。


 それでも200万ペソ(1ペソは約8円)の小切手を褒美として発給はしてくれたけれど、その報酬の半分は、メキシコの税務署に問答無用で税金として取られたね。

 俺が見つけた遺跡にあった金銀財宝(マヤかアステカかは不明)は、もっともっと価値があったと思うんだけど、メキシコ陸軍が出てきて、すぐに管理下に置いてしまったので正直なところ手の出しようがなかったよ。


 その後は、そのメキシコの報奨金(?)を元手にして、カリブ海の島嶼国を歴訪し、例によって霊魂等から情報を聞きつけ、某国領海の浅い海底で砂に埋もれていた沈船のお宝を発見することができた。

 このお宝をネコババするわけには行かないから、うやむやにさせないために今度は知り合いになったルポライターを引き連れて某国政府に届け出た。


 こういう場合の所有権の帰属については色々と面倒なことは承知しているから、そのお宝の所有権等については関係政府機関に任せたよ。

 このお宝は、丸ごと船一隻分で、いろいろな種類の財宝(金貨、宝石、工芸品等)が多種多様に含まれていたために、左程の価格下落を招かずに、最終的にニューヨークのオークションにかけられ、その手の骨とう品収集家などにより、総額23億ドルを超えて落札された。


 但し、この宝物が誰に帰属すべきかという問題があって、関係する三か国で協議を行うなどすったもんだもあったようだ。

 それとは別に、俺の手元には発掘の褒美として総額の5%(まぁ、発見者に対する謝礼程度だな)に当たる金額が配分され、そこからさらに手数料やら税金を引かれても6000万ドル(日本円にしてレートが1ドル140円で84億円)超の大金が俺の口座に振り込まれた。


 俺に配分された5%を差し引いた残り95%の大金の配分は、何やらニュースにはなっていたが、自分の手元に入らない金の話なんで興味が無かったので忘れたな。

 俺の臨時収入が巨額だったので、当然その年の高額所得者にはなったんだろうけれど、生憎と税金はカリブ海の某国で取られたから、収入に対する二重課税の禁止条項のおかげで、日本では課税されていない。


 そのため毎年発表される日本の高額納税者一覧には俺の名が乗っていないんだ。

 預金の利息には税金が付くので、翌年以降には結構な税金がむしり取られてはいるんだが、まぁ、今現在は利息そのものが少ないし、そもそも分離課税なので左程の大きな金額ではないな。


 いずれにしろ、間違いなく10年や20年の間は、探偵事務所の高額家賃の心配をせずとも良いだけの資金はあるということだ。

 探偵稼業を始めることで、おそらくは、毎年青色申告はしなければならないのだろうが、定常支出にこの高額の家賃があるので、よほど儲けない限りは収入が黒字になることはまずないだろうと予想しているところだ。


 俺としては、別に金儲けのつもりで始めた探偵業じゃないしな。

 俺のできる範囲で困っている人を助けたいと思っているだけの話だ。


 探偵を始めるには、左程の手続きは要らないんだが、一応事務所の所在地を管轄する警察署(俺の場合は渋谷で開業するから渋谷警察署)に届け出が必要なんだ。

 その際に前科などがあったりすると探偵にはなれない。


 俺の場合は、前科などないまっさらな身上みのうえだから、もちろんすぐに届け出は受理されたよ。

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