第16話 航空機の遭難
2月に入って、いよいよ確定申告の手続きが近くなった。
2月の半ばから3月15日までが確定申告の時期になる。
会計事務所にその辺はほとんどお任せなんだが、領収書や各種収入明細は事務所で作って会計事務所に渡さにゃならん。
会計事務所ではその手続きのために2月に入ってウチの事務所に監査を行うことになっているんだ。
そんな何となく
調〇飛行場を飛び立った個人所有のセスナ機が消息不明になった事件の依頼だ。
消息不明になった時点で、海上保安庁や自衛隊まで動いて捜索に当たったようだが、依然として安否がわからない案件だ。
事前に提出されたフライトプランでは、調〇飛行場から伊豆諸島の
伊豆諸島には、「八丈島空港」、「新島空港」、「大島空港」、「神津島空港」、「三宅島空港」の5つの空港があるんだが、いずれの空港にも当該飛行機は降り立っていないし、目撃情報もない。
消息不明になって1週間が過ぎてから、俺のところに当該セスナ機の所有者であり操縦者であった
よりによって俺のところに来なくても良いのにと思うんだよな。
でも、家族にとっては最後の神頼みのようなものらしい。
俺の霊能探偵の噂が効いている様だ。
何でも頼めば解決してくれるみたいに思われると俺も困るんだよな。
そうは言いながらも頼まれれば否とは言えないお人よしの典型的な日本人だ。
仕方がないから一応は受けました。
普通受ける側は条件なんぞ付けないものだが、一応一週間の期限付きで、少なくとも新島など調査地域までの航空運賃は見てもらうという条件を飲んでもらった。
新島空港は滑走路長が千mで、安全離着陸距離は800mほどの小型機専用の飛行場だ。
消息不明になった機体は「セスナ172」、2027年製の最新鋭機で、きちんと航空整備会社の定期的な整備を受けている機体なので、フライトに際して特段の支障は無かったはずだ。
取り敢えず調〇飛行場にも行き、色々と情報を漁ったよ。
俺の場合調査の仕方が特殊だから、普段はあまりしないのだが、今回は生きている人にも聞いて回った。
航空機に関しては、俺は全くの素人だからね。
教えてもらわないとわからないことが一杯あるんだ。
調〇飛行場に行って、関係する整備士などに話を聴き、また飛行場が見える「プロ〇ラカフェ」にお邪魔し、展示してあるプロペラ機三機、ヘリ1機、グライダー1機の精霊からも情報を仕入れた。
特に航空機の精霊からは多くの航空機に関する情報を仕入れることができた。
まぁ、いずれも一昔前の機体で最新情報ではないのだが、それでも航空機関連知識の基礎がわかる程度の情報は得られたな。
実のところ調〇飛行場は自家用機の駐機について問題を生じており、今回の消息不明事故が更なる問題を提起することにもなるかも知れない。
コミューター航空を推奨している都庁と、住民への安全配慮から飛行場の廃止を求めている○鷹市や周辺の市町村が一時対立し、現状では、何とかコミューター空港の存続は認めたものの、都庁が関与しない自家用機の離発着を止めたいとする他の市町村に配慮して、自家用機の周辺空港への離散を推し進めることになっているのだ。
ところがこの離散が中々に進んでいないのが現状なのだが、ここにきて自家用機の事故となればさらに自家用機の規制が加速する可能性もあるだろう。
俺としては規制とか何とか、余りそっち方面への加担はしたくないんだが、依頼を受けた以上事実確認だけはせずばなるまいな。
最初にやったのが、以前、羽田沖で消息を絶った釣り人の件でお世話になった海生霊に依頼することだった。
イルシード(俺が海生の霊に名付けた名前)は、すぐに東京湾から伊豆諸島周辺海域までの捜索を行ってくれたよ。
彼の意識の中で時系列は無茶苦茶だが、現時点での状況なら把握できるんだ。
そうして確認されたのは水深55mの海底に没している機体と遺体だった。
場所は、新島よりも遠い神津島の西方海域にある
恩馳島は、知る人ぞ知る、釣り人に有名な島ではあるが、空から眺めて絶景と言うほどでもない場所なんだ。
フライトプランにはそもそも神津島まで遊覧するとは記載されていなかったから、捜索範囲から除かれていたようだ。
神津島の上空でも通過していれば噂話にでも飛来中のセスナの話しがあったかもしれないが、生憎とそんな話は無かったようだ。
一応、俺も新島と神津島まで出向いて、島に存在する精霊などに確認したから間違いない。
海図で見る限り、船で行っても55mの深さでは海上から確認するのは難しそうだ。
やむを得ないので例のごとく俺の枕元に山内一志さんの霊が立ったことにした。
新島と神津島の民宿に泊まったところ、二晩連続で枕元に立った山内一志さんがピンポイントで海図上の一点を指し示したことにして、その旨を遺族に話して、ダイバーによる調査を依頼してはどうかと進言したんだ。
水深55mともなると通常のダイビングでは潜ることができない。
通常ボンベによるスキューバーダイビングは、安全を保持するために原則的に30m前後までの潜水が推奨されている。
潜ろうと思えば50mでも空気が持つ限り潜れるんだが、潜水病と言う難敵がある。
スキューバーダイビングの場合、背中に背負う高圧のボンベから空気を吸えるので潜れるわけだが、実は10mごとに海水の圧力が1気圧高まるために、水中では大気中と違って高圧の空気を体内に取り入れることになる。
特に30m以上の深さでの潜水になると、高圧空気が血液は勿論のこと脊髄の中にまで浸透することになる。
例え10m程度の潜水でも血液や骨の中への浸透は起きるんだが、圧力が低いだけにその浸透の程度は軽いということだな。
ベテランダイバーが仮に40mにまで潜る予定なら、潜水病を避けるためには当該40mの海中での作業は精々数分程度に留めるだろうし、安全のために途中の深度にステージを設けて減圧処理をするようにするだろうな。
ステージと言うのは錘と浮をつけて海面から海底に伸びる目印代わりのザイルの途中に、予め空気を充填したボンベを準備しているだけのものだ。
万が一背負っているボンベの空気が不足する場合でも、ステージにある予備のボンベで命をつなぐことができる。
このステージでは、血液や骨にまで浸透した高圧空気を当該途中の水深で減圧して徐々に逃がす処置をする場所なんだ。
単純な話、40mの海底に潜っていた奴が息を止めたままで海面に浮かび上がってきたなら、肺の中にある空気が大気の5倍の圧力だから、肺がはじけてしまうことになる。
だから深海から浮上する際は、吐き出す泡以上の速度で浮上してはいけないことになっている。
潜水病と言うのは骨内部にまで浸透した高圧空気が、骨の中ではなかなか減圧しにくいことで起きる細胞破壊あるいは脊髄の破壊でおきる病気なんだ。
元々は橋脚の基礎を築く際に、大きな鉄の箱を川底若しくは海底に据えて、その内部に圧力をかけて水が侵入しないようにし、作業員が特段の装備なしで長時間所定の作業ができるようにしたことが原因で発症した病気だ。
潜る箱での病気と言う意味で潜函病と名付けられた。
高圧の環境下で長時間作業した者が、一気圧の大気に戻った際に、神経系をやられて廃人になってしまうという恐ろしい病気だよ。
スキューバーダイビングが流行るにつれて、そちらでも起きたので潜水病とも言われる。
だから深海での捜索ともなると正規のサルベージに頼めば最初からかなりの高額な経費を要求されるだろうね。
然しながら、恩馳島周辺の海水透明度は高いので、おそらく40m付近にまで潜れば海底のセスナの残骸を発見できるだろうというのが俺の考えだ。
そうしてスキューバダイビング業者ならば40m程度まで安全に潜れる経験と技量があるはずだ。
ポイントさえ間違いなければ40mまで潜って、機体を発見するだけの作業だ。
セスナを発見した後に、遺体を含めた揚収をどうするかは遺族や保険会社の判断だな。
結局は、俺の与太話に遺族が乗ってくれて、それからしばらくして海象模様の良い時にベテランダイバーが潜って海底に沈んでいるセスナを確認してくれた。
最終的に、セスナと遺体はサルベージ会社に依頼して引き上げるようになったようだ。
ダイビングの話が出たが、潜水病と言うのは怖いんだぜ。
前述したように、下手をすると脊髄がやられて廃人になってしまう。
西伊豆でダイビングを楽しんだ若者が、その日のうちに車で箱根を通って東京に戻ったら潜水病に罹ってしまったという逸話がある。
彼らは決して危険深度まで潜ったわけじゃないんだぜ。
一定以上の水深に潜って、その後に左程の時間を置かずに高度が高いところに行けば、それだけ気圧が少ないのでその差で潜水病に罹ったということらしい。
だからグアムとかサイパンでダイビングをした当日に飛行機に乗ったりすると、潜水病にかかる恐れがあるということだ。
一日程度の猶予を置けば高圧空気が身体(骨)からじわじわ抜けるから大丈夫なんだ。
それを怠ると骨の中で空気が膨らんで、神経その他を破壊することになる。
ダイビング初心者は十分注意した方が良い。
それと深い水深に潜ったから潜水病にかかるわけじゃない。
アクアラング潜水によって高圧空気を吸うことが問題なんだ。
だから10m以内の水深でも長時間の潜水を行えば、当該気圧に身体が馴染んでしまい、減圧処理をしないと潜水病にかかる恐れもあるということだ。
余計なことを言ってしまったかな。
まぁ、浮世離れした探偵の世迷いごとの一つと思ってくれればよい。
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